堀内豊秋大佐・・・仁政の軍神

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堀内豊秋大佐

デンマーク体操って言葉、お聞きになったことがあろうかと思います。

ドイツ体操、スウェーデン体操、デンマーク体操は「世界三大体操」と呼ばれているのだとか。

そのデンマーク体操を、日本にとりいれたのが堀内豊秋氏(1900年~1948年)

氏は、熊本県出身。海軍大佐でした。

堀内豊秋大佐は、第二次世界大戦後に「B級戦犯」として「処刑」されました。
「処刑」の理由は、「オランダ兵を公衆の面前で侮辱した為」というものです。
享年47歳。

1994年、インドネシアのメナドに、地元の人たちの尽力によって堀内豊秋海軍大佐の慰霊碑が建立されました。

慰霊碑は、をメナドの知事や市長が中心となって建立したものです。

インドネシアの独立50周年を祝して、堀内大佐の慰霊を兼ねて建立されたのだといいます。

堀内大佐が、メナドにいた期間は、わずか3ヶ月です。

しかし、その人柄と仁政がメナドの人に受けて、尊敬された。

メナド知事はいいます。

「堀内大佐は、落下傘降下したときに、オランダ兵を公衆の面前で侮辱したという理由で逮捕され、メナド市内の刑務所に拘留、最後は刑務所の向こうにある林で処刑されました。遺体はそばの墓地に埋葬されました。
後に遺骨は掘り返され日本に帰りました。
私たちは、その墓地でずっと堀内大佐の慰霊祭を行って来たのですが、こんな状態では堀内大佐に申し訳ないということで、慰霊碑を建立し、慰霊祭をすることにしたのです。」

彼は落下傘部隊の指揮官だった。そして彼にもその部下にも、オランダ兵を公衆の面前で侮辱という事実は、ありません。

しかし彼は、部下ら12人が戦犯として囚われていることを知り、自分の証言で救えるならと考え、巣鴨刑務所に出頭した。
インドネシアに送還され、有罪とされ、刑場では目隠しを断って潔く散ったといいます。

彼を知る人々は耳を疑ったと言います。
占領下の住民から残留嘆願されるほど慕われた誠実な人物だった。

堀内大佐は、海軍の落下傘部隊でした。

そして彼は、世界で初めて、落下傘部隊をもって、オランダ軍基地を攻略。激戦の末、わずか数日でオランダ軍を降伏させています。

戦いのあと、彼は、現地住民を非常に大切にした。
現地人と邦人の差別をせず、平等に取り扱い善政をひいた。
このため、住民の対日感情が非常によかった。

さらに、オランダのインドネシア傭兵捕虜も、直ちに釈放している。

彼の善政のおかげで、どこの村落にいっても
「ニッポン インドネシアサマサマ(平等)」
「ホリウチタイチョウ ジョウトウ」
「ニッポンジョウトウ」
といって親指を上に向け歓迎してくれたそうです。

日本がインドネシアに侵攻したとき、インドネシアには、医者が7万人に一人しかいなかった(宮元静雄氏元ジャワ派遣軍作戦参謀談 「日本の心を語る34人」明成社刊p221 元南方特別留学生でもある元バハリン・ヤヒヤ氏 インドネシア外務大臣との対談にて)。

そのような当時の状況の中で、堀内大佐は、現地住民から無料巡回をしてほしいという要請に応えて、「責任は俺がとるから」と、先任軍医による無料巡回診療を続け、現地住民の人々に感謝されてもいる。

堀内大佐とその部隊がバリ島に移動するとき、落下傘の降下地区のガラビランとラングアン地区の住民数百人が、別れを惜しみ六十キロの道を歩いてメナドまでホリウチ部隊を見送りしてくれたという史実もあります。

送りにきた郡長、村長、その他の村人たちが、堀内大佐との最後のお別れに近寄つてきた。

大佐の白手袋の手を握る六尺のモゴットの郡長は、堪えきれなくなって司令に抱きつき、男泣きをした。

泣きはらして目を赤くした少女が、打ったようにしゃくりあげながら司令の前で腰を二つに折って挨拶した。

三十人ほどの若者がかたまって、「司令殿がいなくなって、ランゴアンの私たちは寂しくてしかたがない」との趣旨の「堀内司令を讃える歌」を、涙を流しなから歌った。

大佐はこのとき、目を赤く濡らしながら、

「別れるということは、実に辛いものですね」
「五十のおやじに泣かれるのには実際参る。本当に嘘がないですからね」
と、言われたそうです。

いよいよ司令も乗船する。

優しい勇将堀内中佐の目は、高僧の目のごとく澄んで濡れていたそうです。大佐は、鼻水をハンカチでかみながら、ランチのほうへ歩き出された。

堀内大佐の人間性を感じさせてくれる文章があります。

久保田義麿元国立国会図書館館長が、昭和45年6月27日付け「週刊新潮」の掲示板コーナーに寄稿した文章です。

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着任して驚いたのは、半年ほと前に進攻し、すでに移動していた堀内海車中佐の落下傘部隊が、原住民に深い愛情をもって語られていることでした。

堀内さんといえば例の海軍体操の発案者。

その後、念願の会見をしたときには、
「罰を厳しくするよりは、罪を犯させない配慮がなにより」
ということを話ってくれたものです。

腰布ひとつの島の女たちに胸を覆う布を配布し、日本兵との事故を防いだのもそのひとつとか。
--------------------------------------

当時のバリ島では男女ともに上半身は裸だった。

堀内大佐はあるとき部下の非をとがめ、こっぴどく叱りとばした後、その非は自分の不徳の致すところ、責めの一半は自分にもあると深く反省し、以後自らを戒める誓いの印として、通訳を通じて、廈門の南西に浮かぶ小島コロンスの洞窟内に下記のような文字を彫ったそうです。

「以責人之心責己、以怒己之心怒人」
(人を責むる心をもって己を責め、己を許す心をもって人を許す)

堀内大佐の落下傘部隊の隊員だった坂田喜作氏は語ります。
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昭和17年1月11日、いよいよ今日は降下する初陣の日だ。敵情不明で相当の抵抗も覚悟し、とにかく軽装触で敵陣に降りるという緊張は私だけではないと思いつつ、機中の人となる。
私の搭乗したのは司令と同じ一番機、一機に12名ずつ28機の編隊である。
機中の人となってから暫くの間誰一人口をきく者もなかった。

今この機中にいる落下傘の戦友は何を考え、何を思っているのだろう。

私は勝利を願い、自分の傘をしっかりと抱えているだけだった。

すると前方より、一個のリンゴを一人一口ずつかじり、順番に後方にと回ってきた。

そのリソゴは司令が回したものだった。

そのリンゴが一回りすると、次第に機内の緊張した空気もとけて、無言のうちに、隊員を信じ期待してくれている司令に、何も想い残すこともなく「よーし、いよいよやるぞ」という堅い決意がどの顔にも満ち温れた。司令に命を捧げた無心の顔に、会心の微笑みが浮かび話し声が出はじめた。

勝利への乾杯ならぬ、リンゴの食べ回し乾杯で肝っ玉が座ったのだ。

隣を飛んでいる二番機、三番機はと、窓から見ると、同じょうに窓からこちらを見て、手を振ったり、大きく口を開いて話しかけたりしている。実に不思議な程にさわやかな機中であった。

部隊がメナド飛行場に降下して、とても言葉では表現できない程の敵味方の凄絶な激戦の後、敵飛行場を占領した。

そしてその夜は付近の田圃の中にあった一軒の民家に入り、通信隊の一部と本部附の人、そして司令とで、その日の戦闘状況等報告することにして、その準備をしていると、敵兵を一人捕虜にしたという報告が入った。

その夜は、その捕虜を拘禁し翌日よく調べてみると、その捕虜は、そこの住民であることがわかった。

すると司令は、早速その捕虜になった農民に、
「お前達住民の仲間で私達落下傘部隊に協力してくれる人がいたら、私達の所に連れて来てくれないか」と言って、貴重な塩を与えて帰してやった。

すると、その住民は、その後、十数人の住民を連れて来て、我々が占領した飛行場の整備等一生懸命手伝ってくれるようになった。

これがきっかけで、住民に驚く程の速さで宣撫が行き届き、飛行場に降下してより、一ケ月後には、住民達と一諸に演芸会を開いて共に楽しむ程になった。

常日頃司令は、女子供には手を出すな、弱い者いじめをするな、と隊員に言っていたので、宣撫工作も徹底し、益々住民達に慕われる司令であった。
---------------------------------

堀内大佐は、戦争裁判で、処刑されました。

戦争裁判とはいっても、英米担当の裁判と異なり、オランダや中国の戦争責任追及は、理不尽とも言うべき不正がまかり通り、欺証人に依り事実を歪曲した証言や弁護人抜きの即決裁判など別に何ら珍しくもなかった。

日本軍がメナド攻撃をしたとき、そくさくと逃げ出して後に降伏して捕虜になったオランダ軍の守備隊長がいます。

この男は、終戦後、急に居丈高になり、自分達と違って現地で慕われていた堀内大佐に報復感をいだき、卑怯にも自ら裁判官となった。

この卑劣なオランダ人裁判長の名は元歩兵大佐F・W・M・ティウオン(F・W・M・Tiwom)といいます。他にJ・H・Warowo  W・G・VAN・de Leasar の二名を加えた卑劣なオランダ人3名により、堀内大佐は非公開裁判で銃殺刑に処された。

こんな証言もあります。

「私は裁判長から、堀内大佐を弁護するとあなたのためによくないよ、といわれ、判決日を俟たずに帰国させられました」(昭和20年代後半名古屋大学の学生だった堀内大佐の遺児堀内一誠氏が東京都内に住む堀内大佐の弁護人だった井手諦一郎氏を訪ねた時の井手氏の証言)つまり裁判長自ら弁護人を脅迫し、強制送還していた。

「とても弁護できるような状態ではなかった。
充分な審理がおこなわれず、法廷が開かれた回数も極端に少なかった。
いきなり判決が下されたような状態だった。
弁護人として発言の余地がなかったので、私は、自分が何のために来たのかわからないと、裁判長を問いつめた。
裁判長は一瞬詰まった様子だったが、『それは、被告が日本国民であるからだ』と答えた。
これほど露骨な報復感情を込めた言い方はない。はじめから裁判の形をなしていなかったのだ」(昭和29年にたずねた緒方健一郎氏に対して井手氏の言葉)
 
堀内大佐の死刑は、インドネシアのメナドで、オランダ軍の手によって行われました。
オランダ軍にも、人はいます。
堀内大佐の人柄に心打たれたオランダ軍の死刑執行部隊は、死刑執行に際して、特に儀杖兵を配して軍人に対する最高の敬意を表したといいます。
それは、彼らのおなじオランダ人裁判官に対するささやかな抵抗であり、軍人としての誇りでもあった。

堀内大佐は、死刑に際して、眼隠しを拒んでいます。

【辞世】

神そ知る罪なき罪に果つるとも
生き残るらむ大和魂

白菊の香を残し死出の旅
つはものの後我は追ふなり


「B、C級戦犯の合祀は問題だ!」
「靖国神社の存在自体が問題だ!」
「日本の戦争は全て侵略戦争だ!」
という人たちがいます。

その一方で、長い間、日本人を祀ってくれている、インドネシアやその他の国の人たちがいます。

正しい史実や、日本人の立派な行いを学校で教えず、「感謝」すらしていない日本人。

日本と戦った事実などどこにもないのに、日本と戦った英雄気取りの中国共産党、北朝鮮、韓国人。

ウソに嘘を塗り固めた捏造史観を、日本だけでなく、世界に広めている特ア人。

わたしたちは、それに対して、黙っていることしかできないのでしょうか。

正しい史実や、勇気ある先人達の行動を、子に伝えることは、罪なことなのでしょうか。

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パレンバン敵前上陸

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コメント

かぐやひめ

オランダって
ダッチといえば、西洋では馬鹿にされてましたね。
ダッチワイフとか、
イギリス人はオランダを軽蔑の対象にしていましたよね。
なんか、わかる気がしますね、残念だけど。

そういえば、雅子さんはオランダが好きでしたね・・・
なんかなあ・・・

みんなで”ねずきちのひとりごと”
「日本に手を出した国はかならす滅びる」
を応援しよう!!!!!

オランダは

No title
オランダが現地民を捕らえる為の施設に、オランダ捕虜を入れたら
東京裁判で「非人道的な施設に入れた」と主張した国オランダ。
反日オランダ人の人間性はコリア人とよく似ているね。

りょうこ

ブログを本に、大賛成!
かぐやひめ様 初めまして。
ねずきち様のブログは、日本国の教科書に是非して頂きたいです。
かぐやひめ様の副読本付でお願い致します。

かぐやひめ

ブログを本に
前、電車男というブログ本と、なんとかいうのがありましたよね、ねずきちのひとりごとを、出版するのってどうですか?
引き受け手がなければカンパして自費出版でも

ねずきちさんご検討ください。
ブログ解説1周年記念号として

北の熊

No title
国に対しての誇り、日本人であるという誇り。
国民の自殺者が多いのとは無関係ではありません。

「何故、ここにいるのか?」アイデンテティーを失っています。
教育のなせる技です。

LAY

訂正です。
訂正します。

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しかしその後を、恥ずかしげもなくしっかり継いでる議員が自民党におりますよね。

LAY

そもそも「自覚」などあるのか?
bingo 様

>このことに断固として反論対処をしない、現在の国会議員たちは、英霊の名誉において、国を預かる資格などありえません。<   本当にそうなのですが、、、

そもそもいまの国会議員に「国を預かるという認識」があるのかどうか、さえ私には疑問なんです。

いままでに「スパイ防止法」ができていないのがその証左です。 共産党や旧社会党が「自分の首を絞める」法案を通さないのはよく理解できますが、安定多数の時でさえ自民党が本気にならなかったのは「同じ穴のムジナ」ということでしょう。

自民党には、昔、金の延べ棒を貰ってきた大(悪)政治家から、「人道支援」などと偉そうな啖呵を切って、北朝鮮の軍隊に米を貢いだ(売)国会議員まで両手ではぜんぜん足りないぐらいの反日、媚中媚韓議員がいるのですから、まさに「日本の危機」なんです。

LAY

鳩山党首は正常か?
東郷平八郎 様

>こうゆう話を鳩山由紀夫や福島瑞穂に読ませて感想文を書かせその内容如何では議員バッジを剥奪する。なんていう法律があるといいですね。 <   まったくです!!

票と金に買収された鳩山党首と時代遅れのイデオロギーに染まった福島党首では、何を見せても変わらないでしょうね。

福島党首は論外ですが、鳩山党首にいたっては、少なくとも国民が生活する上では、総合的には世界でもかなり恵まれた国である日本に居て、「日本はそれほどよい国とは思わない。」とか「日本は日本人だけのものではない。」などと言い、それで媚びる相手が中国じゃ、かなりまずいでしょう。 

この言動だけで日本国にとって「不利益」な人物と認識されなければおかしいのですが、そうならない(大マスコミが批判しない)ところが、日本という国の病の重さを現わしていますよね。

鳩山党首の言動は、日本国の総理大臣たるに非ず! 

LAY

人気ブログ、ベスト5を目ざせ!
椿 様 、 ねずきち 様

>『歴史を知らぬ無知な善意』は、結局、“偽善”以外の何物でもない!! < この一言がすべてだと思います。 かといって日本国民が特別馬鹿なわけでもなく、やはり政治(文部省の教育も政治の実践です)が三流の証左です。

明治以降の日本近代史を史実にできるだけ忠実に(理系的実証主義の態度で)学んだ日本人は極めて希有です。 中・高校ではそのように教えてくれる先生はめったにおりませんし、だいたいそこ(明治以降)まで授業でいきません。大学はそもそも日本史の専門科でもない限り単位すらありません。

ということは、大部分の日本人の近代史の知識は、(独学以外は)GHQの洗脳と左翼マスコミの捏造による自虐史観を鵜呑みにしたものなわけです。 

このブログ「ねずきちの ひとりごと」はユーチューブの動画を分かり易くお使いになり、とても説得力があります。 特別な色に染まらず普通の感性を持つ日本人なら、普通に理解出来る内容です。 

私は日本の将来や政治に関心のある友人や知り合いには「日本の近代史をよく知りたいなら、いいブログがありまよ!」とここを教えることにしました。。 

皆さん!「一人が10人に!」を目標にこのブログを仲間に紹介しましょう。 
少なくとも明治維新から大東亜戦争の戦後処理までは日本人として正しい歴史観を持つ国民が増えないことには、国家として「隙」だらけで、彼の国々からは諜略のし放題され放題なのです。 可愛い子供たちに、これでは余りに無責任ではありませんか?

手取川

牛蒡とお灸で死刑とは
BC級戦犯で最も有名な話しは牛蒡を食べさせ死刑になった件。もう一つがお灸をすえて死刑になった話し。
その一。捕虜収容所に日本から久し振りに食料が届いたので開いてみるとその中に牛蒡があった。 調理担当者は早速料理して捕虜達にも食させたのです。 そして、、、彼は戦犯として裁判にかけられた。 彼を訴えた捕虜達の言い分が凄い。
日本軍の調理担当者は我々に木の根っこをむりやり食べさせた、このような行為は人道上許されないと。そして死刑に。
その二。 収容所の医薬品が不足したため、軍医が捕虜の治療のためにお灸で治した。、、、訴えた理由、日本軍の軍医は我々捕虜を火で焼き殺そうとした、このような事は許されないと。そしてこの軍医も死刑に。
この死刑になった二人に共通している事は自分の任務に忠実であった、それだけである。
今の私たちには考えられない事であり、こんな馬鹿な理由で死刑になるなんて、と思うのだが、当時の状況はまさしく、復讐そのもの、捏造、でっち上げ、嫌がらせなど、理由はなんでもよかったんですよ、戦場で殺せなかった代わりに裁判の形を借りて殺しただけ。 この裏には白人の思い上がりがはっきりと読めますね。
 負けるという事が、このような理不尽な事をも受け入れざるを得ないというのは悲しい事です。

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No title
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6月21日のTBS「サンデーモーニング」で麻生総理について偏向報道があったので、

『偏向報道にはスポンサー問合せ』にてスポンサー情報を更新いたしました。

TBS系朝400~昼1200
http://www23.atwiki.jp/inquiry_003/pages/24.html

スポンサー問合せにご協力ください。

bb

ねずきちさん、こんにちは。
バリ島の人の良い青年を思い出してしました。親日のインドネシアでも反日教育を施し始めたと先日の記事にありました。インドネシアの平均寿命は60歳前後だそうです。日本より世代交代が早いでしょう。こうして残されている先人たちの偉業も捏造されるのは時間の問題かもしれませんね。手をこまねいてみているのは忍びないですが、何か良い方法はありませんか?現地に行くと、中国人や韓国人の行儀の悪さに辟易しているようですが、お金を落としてくれるとなれば話は変わりますね。

でも十年ほど前には、オーストラリア人を狙ったテロが起きています。私たち一人の力は本当に非力ですが、少しでも意識して行動しないと怖ろしいことになるかもしれません。

ねずきちさんの物語と椿さんのコメントで、一度で二度おいしい記事になっていますね。

先人の偉業を孫子に伝えていきたいです。これからも色々教えてください。

けんぶつ

No title
毎回素晴らしい内容で、目から鱗です。
私は神道教学上からは国家神道には否定的で靖国は
非神道施設にして国営謝霊施設にするべきと考えており、一部見解が違いますが、戦争そのものは大義のあったものと考えますし、立派な先人を尊敬せねばと思っています。
ただ、国軍は国家利益のために大義とは無関係に戦うべきであり、大義を作らなければ戦えないようなものであってはならないと思います。その点違和感はありますが、必要な石油をとりにいったさきで善政を敷くという当時では最もレベルの高い人道的な侵略を行ったのだと思います。侵略は否定しないので悪しからず。侵略は国家の権利として国民の生存権をまもるためには行っていいと考えておりますので。ではまた楽しみにしています。

椿

歴史を知らぬ無知な善意は、偽善でしかない!!
加賀の武将、前田利家の子孫で、華族の長男、前田利貴陸軍大尉は、原住民からとても慕われていて、『前田氏は、善人で、曲った事の嫌いな真っ直ぐな方です。どうか助けて下さい』と、前田氏の為に原住民の方達はみな、一貫して有利な証言をオランダ側に、嘆願したそうですが、

しかし、侯爵家の嫡男であり、馬術のオリンピック選手であり、法学士であった彼は、その育ちの良さと才能を、オランダ人から妬まれ、最初から殺すつもりだったそうです。

処刑の前日、前田大尉は『最後の希望』を検事に伝えています。

1.目隠しをせぬ事
2.手を縛らぬ事
3.国歌奉唱、陛下の万歳三唱
4.古武士の髪に香をたき込んだのに習い、香水一瓶
(之は死体を処理する者に対する、私個人の心使いである)
5.遺書・遺髪の送付
以上、全部承認。


翌日早朝、一緒に処刑される穴井兵長と、書き置き通りの態度を貫き、大きな声で歌い、2人で何か言葉を交わし、笑い声を上げた直後、銃殺されました。

しかし、その堂々たる最期を目の当たりにしたオランダ側は、以来、収容所内で、日本人を虐待する行為を、ピタリと止めたそうです。

終戦後も、広島・長崎の原爆で息も絶え絶えになった日本に対し、シナ・ロシアは、火事場泥棒よろしく、満州で殺戮・略奪・強姦の限りを尽くし、日本人に多大な被害を与えました。

それなのに、「日本はいまだに戦争責任を果たしていない」とか、「A級戦犯を祀っている靖国に参拝するのは、違憲だ」など言う輩は、祖国日本の礎となり、、尊い命を投げ出され、卑怯な裁判判決にも、甘んじて耐え、お亡くなりになった英霊方を“踏みにじっている”事実に、気づけないのでしょうか?

無知な彼等は、「日本の被害にばかり主張するのではなく、被害者の方にも目を配るべきです」と言い、己を善人だと、勝手に自己満足し、陶酔しているのでしょうが、

歴史を知らぬ無知な善意』は、結局、“偽善”以外の何物でもない!!

かって日本人で、「敵側が完全武装解除して降伏し、抵抗できない者を“リンチ裁判=報復裁判”にかけるような、加害の事実」はあったのですか?

アメリカのように、「無辜の民に原爆投下して、何十万人も一瞬にして殺戮した、加害の事実があったのでしょうか?」 答えは否です

国やぶれ つみ人となり 死ぬる身は 世界平和の杭となるなり』 片岡正夫曹長の句です。

以前のトピックもあったように、清水馨八郎氏の、『侵略の世界史』でも読んで、歴史をもっと勉強してから、日本の加害責任でもなんでも、文句言って欲しいと思います言えるものならですが…。




あきつ

No title
ねずきちさま
いつも素晴らしいエントリありがといございます。
日本の先人一人ひとりの行い・・・

素晴らしい事です。

多くのお話が出てくるでしょう。
となれば先の相手国のやり方
嘘が暴かれていくのです。
歴史は言った者 勝ち
負けてはなりません。

一読者

あるがとうございます。
鳩山の与太話にはうんざりですが、真実もあります。すなわち、『日本人は自信を失っている』。そのとおりです。幼少の折より、日本は悪い国である、つまらない島国である、などということばかり聞かされ、それで『自信』を持ち続けることなどできません。

ここに書いてある、本当のこと、私たちの祖先が国の内外で積んだ功徳、身を以って、つまり言葉の遊びではなく、実践した理想の追求、これらを明らかにすることこそ、『自信』を取り戻すために一番大切なことであると思います。

『日本列島は日本人だけのものではない』、などという、健全な精神・思考からは考えられない、戯言を弄する人物はもういりません。

ここに書かれているようなことを、子供が読めるような本にでもできれば、本当に結構なことだと思います。

国憂う農家

感動しました

東郷平八郎

友愛
こうゆう話を鳩山由紀夫や福島瑞穂に読ませて感想文を書かせその内容如何では議員バッジを剥奪する。なんていう法律があるといいですね。
この平和な日本において友愛などと声高に叫ぶ者に限って非常時にはオランダの守備隊長のような行動をとるのではないかと。鳩山が韓国に行ったり外国人参政権を推進する動機と軌を一にするのではないかと思います。

.

No title
特定の人を一方的に英雄視するのは、歴史ねつ造を繰り返す特アの連中と同じ過ちにつながりかねません。
が、戦後の戦犯裁判は理不尽なものであり、勝者による敗者への恣意的なリンチ以外のなにものでもないことは、この国の人々に遍く知らしめる必要があります。
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ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう)

Author:小名木善行(おなぎぜんこう)
連絡先: nezu3344@gmail.com
電話:080-4358-3739
出身:静岡県浜松市
住所:千葉県野田市
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんの学ぼう日本」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「明治150年真の日本の姿」、「日本と台湾の絆」、「奇跡の将軍樋口季一郎」、「南京事件は4度あった」、などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。
日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
《著書》
『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』
『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦
『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
『ねずさんと語る古事記・弐〜天照大御神と須佐之男命、八俣遠呂智、大国主神』
『誰も言わない ねずさんの世界一誇れる国 日本』
最新刊
『ねずさんの奇跡の国 日本がわかる万葉集』
『ねずさんの世界に誇る覚醒と繁栄を解く日本書紀』

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