考古学と歴史学



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10月23日13:30より富岡八幡宮婚儀殿で第95回倭塾を開催します。
 詳細は↓で。
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日本文明は、世界最古の文明を継承しているといっても良い文明といえます。
日本人は何万年もの間、この日本列島という天然の災害の宝庫ともいえる列島に住んできました。
そしてその中で、お互いに助け合って生きていく和の文化を形成してきたし、それはもはや日本人にとって、後天的な文化というより、DNAに刻み込まれた先天的な本能となりました。
破壊よりも建設。
対立よりも和。
闘争よりも愛。
それが日本人です。

20221012 大森貝墟碑
画像出所=https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E6%A3%AE%E8%B2%9D%E5%A1%9A
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歴史を学ぶことでネガティブをポジティブに
小名木善行です。

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戦前戦中まで、日本の歴史はせいぜいさかのぼっても3千年。
それ以前の日本は、神々の時代ですから、人である人類の存在は、よくわからないもの、とされていました。

そのような社会的思考の中ですから、たとえば昭和6年に旧石器時代の人骨の骨盤とみられる化石が発見されて明石原人と名付けられたのですけれど、その発見者が29歳のアマチュア考古学者(後に本物の学者になる)であったことから、学会では相手にされませんでした。
しかもその化石さえ、戦争で焼けてしまって、現物は存在していません。

戦後になって、標本の写真の解析から、明石原人はおよそ1万年前、縄文時代の遺跡であったろうとも言われていますが、いかんせん、現物がないということで、いまでは明石原人という用語自体が教科書から消えてしまいました。

さて、戦後、日本にやってきたGHQは、明治以降の日本に巣くっていた反日主義、日本否定主義の人々と結託し、徹底的な日本文化の破壊に努めました。
おかげで、戦前戦中までの日本の歴史認識は否定され、戦後は歴史教育そのものが否定されました。

「そんなことはない。日本史とか世界史という授業があったよ」と思われる方もおいでかと思います。
実は、現代日本で行われている日本史や世界史は、実は歴史の授業ではありません。
それらは社会科という教科の中の一部として、日本史なら、日本の歴史に登場する様々な事件や人物などを、ただ羅列しているにすぎません。
羅列というのは、歴史ではありません。
なぜなら、歴史というのは、過去に起きた事実を時系列に従ってそれをストーリー化する学問だからです。

つまり、1192年に鎌倉幕府が出来たというのが歴史ではなくて、なぜ1192年に鎌倉幕府ができたのかを考え、ストーリー化するのが、実は歴史学なのです。

戦後、司馬遼太郎は一世を風靡した歴史小説家となりましたが、戦後日本が、そうしたストーリーとしての歴史を失った中にあって、歴史を小説の形でストーリー化したことが、司馬遼太郎の時代小説の成功の要素です。
そしてその歴史観は、いまでは内容の善し悪しは別として、司馬史観とまで呼ばれるようになっています。

これが世界史になると、もっと悲惨です。
実は世界の学問体系の中に、世界史というものは存在しません。
歴史は、過去に起きた事実を時系列に沿ってストーリー化する学問ですが、西洋史と東洋史では、まったくそのストーリーの組立が違うのです。

西洋史ならば、強大な敵が現れてみんなが倒されて行ったとき、一人の英雄が現れて敵を倒し、美女を手に入れて王国を築きました、めでたしめでたし、というのが基本ストーリーです。
西洋史は、ヘロドトスのヒストリアイ以降、すべての歴史が、この筋書きで書かれています。

一方東洋史はどうかというと、はじめの皇帝は素晴らしい人物だったけれど、世代交代が進むにつれて劣化が起こり、天命があらたまって、別な姓を持つ皇帝が誕生した、というのが基本ストーリーです。
司馬遷の史記以来、すべての史書の記述は、これに従っています。

つまり西洋史と東洋史では、その筋立てがまったく異なりますから、両者を歴史学として一緒くたにすることができません。
だから、世界ではいまもそうですし、日本でも戦前戦中までは、まず日本史のことは「国史」といい、いまでいう世界史は「西洋史」と「東洋史」に分かれていたのです。

ところが日本はGHQによって、こうした歴史学の基礎までが破壊され、西洋史と東洋史はくっつけられて世界史とされました。
基本的な筋書きが異なるものを、無理やり一緒にしても、史学にはなりません。
結果、世界史は、相互の関連のまったく見えない、ただ、世界に起きた国や出来事が羅列されているだけの分野になっています。
これは、はっきりいって、学問破壊です。
そしていまもなお、日本の歴史学会は、その破壊された中にあります。

一方、戦後、にわかに活気づいたのが、考古学会です。
戦前戦中までは、皇国史観ですから、初代神武天皇以前の時代は神々の時代であって、アメリカ人の動物学者・エドワード・S・モースが発見した縄文式土器とか弥生式土器などは、あくまでも土器の分類であって、それが歴史に関連しているとは考えられていなかったのです。

ひどい話だと思われるかもしれませんが、これが江戸時代になるともっとひどくて、たとえば青森県の亀ヶ岡遺跡といえば、遮光式土偶で有名な遺跡ですけれど、江戸時代にここが発掘されて、さまざまな土器や土偶が発見されるのだけれど、その貴重さが当時は誰にもわからない。
そこでご丁寧に、発見された土器などが長崎に運ばれて、オランダ船に乗って、遠く西洋で売りさばかれていた・・・といった状況にありました。
それからみれば、まだ明治以降は、遺跡として保存しようとする雰囲気が生まれただけ、まだマシであったわけです。

ところがGHQによって、皇国史観が否定されると、にわかに活気づいたのが考古学会でした。
そしていまでは、日本列島に人が住み始めたのは、なんと12万年前にまでさかのぼる(砂原遺跡・島根県)ことまで確認されるようになりました。

12万年前というのは、実はものすごいことです。
一般に現生人類(新人類)は、およそ4万年前に誕生して現代に至ったのだといわれています。
それ以前はネアンデルタール種のような旧人類の時代です。
その新人類が、旧人類を滅ぼして現代に至ったのだというわけです。

しかしそもそも新人類というのは、クロマニョン人の別名です。
これは19世紀に南フランスのクロマニョン洞窟で発見された5体の人骨から、その後同種の特徴を持った人骨がヨーロッパ各地で発見されることになりました。
その説を唱えたのは、フランスの古生物学者のルイ・ラルテですが、要するにクロマニョン種というのは、ヨーロパの白人種を意味するわけです。

言い換えれば、白人種は4万年さかのぼることができるというだけのことで、人類には他に黄色、黒色の人種がいますから、それらを含めた人類の祖先となると、旧人類を含めて考察しなければなりません。
そのため現代では、世界の趨勢として、旧人も含めて人類史を考えなければならないとされるようになりましたが、なぜか日本では、相変わらず日本人もクロマニョン人の子孫のように思い込んでいる人が大勢いるようです。

しかし砂原遺跡の人骨は、それらクロマニョン人始祖説を、完全否定するインパクトを持ちます。
つまり日本人は、旧人類の末裔だとしなければ、理屈が立たなくなるのです。
そして近年西ドイツの研究チームの発表によれば、旧人類のDNAを最も濃厚に持っているのが、日本人なのだそうです。

ちなみに旧人類といえば、代表的なものがネアンデルタール種ですが、2007年にネアンデルタール人の舌骨が発見され、この発見によってネアンデルタール人は解剖学的に、現生人類と同じだけの音声を発する能力があるということが明らかになりました。

また英国の人類学者のロビン・ダンバーは、脳の容積とヒト族の群れの大きさの関係についての分析を行い、大きな脳を持っていた旧人類は120人以上のグループを形成して生活していたに違いないと結論付けました。
言語がなければ、それだけの大きな集団を保持することができません。
初期的言語コミュニケーションを用いるチンパンジーでは、50人以下のグループしか構築できないのです。

要するに、集団生活には言語によるコミュニケーションが欠かせないし、言語が発達する(これは特に女性のウワサ話によって発達してきたといわれています)ことによって、大脳に著しい進化が生まれ、また人々の生活も一変したというわけです。

日本列島に住んでいた12万年前からの人々は、そうした言語によるコミュニケーションを盛んに用いることのできた旧人類です。
そうであれば、万年という長い歳月の間に、その言語コミュニティ能力がたいへんな勢いで進化していったということは十分に考えられることになります。

さらに2万数千年前ものから3万年以上前の前頃の製造を示す複数の磨製石器が長野県飯田市(竹佐中原遺跡)から出土しました。
これもまたものすごい発見です。
伊豆半島の沖に浮かぶ神津島の石でできた磨製石器が、長野の山奥で発見されているからです。

神津島まで、伊豆の下田からでも海路を片道57キロです。
しかも島までの海路は、流れの早い黒潮に洗われています。
つまり、流れの早い横幅57キロの急流を往来するようなものなのです。

当然、丸木舟ではいけませんし、もちろん丸木につかまって泳いで行くこともできません。
しかもその神津島から、石を持ち帰っているということは、それなりの船を持ち、それなりの航海術が確立されていなければならないのです。
つまり、2万5千年以上の昔に日本列島に住んでいた人々は、外洋航海ができる船を持ち、往来していたのです。

先程も書きましたが、ひとくちに1万年とか2万年といっても、これはとほうもなく長い歳月です。
なにせ明治維新からまだたったの150年しか経っていないのです。
関ヶ原の戦いからでも、まだたったの400年です。
千年前となると、紫式部や清少納言が活躍した平安中期です。
二千年さかのぼっても、まだ垂仁天皇の時代です。

ちなみに垂仁天皇の時代に、出雲で捕らえた白鳥を、口のきけない皇子の本牟都和気命(ほむつわけのみこと)の遊び相手にしたところ、皇子が言葉を発するようになったので、出雲地方が鳥取と呼ばれるようになり、これがいまの鳥取県の名前の由来になっています。

こうして日本列島では、1万6500年前には縄文式土器が作られるようになり(大平山元1遺跡・青森県)、1万3000年前には人の形をした土偶(相谷熊原遺跡・滋賀県)が作られ、1万2500年前には工芸品のための漆が栽培され(鳥浜貝塚・福井県)、岡山県の朝寝鼻貝塚から約6500年前の稲の生育を示す大量のプラントオパールが見つかっており、さらに2500年前には稲の水耕栽培を行う集落が営まれるように(菜畑遺跡・佐賀県)なります。

ところが7300年前に、鹿児島沖のアカホヤで、日本史上最大と呼ばれる破局噴火が起こり、九州一帯から東北地方にかけて、ほとんどの人が死んでしまいます。
そしてそこからあらためて、日本が再建され、皇紀によれば2678年前(実際には二倍年歴で紀元前100年前後)の時代に、神武天皇が即位されて、日本という国が生まれています。

日本の凄みは、先住民を皆殺しにして土地も文化も奪い去って、ワープロでいうなら、いわば上書き方式で文化が形成されてきたのではなく、もともと住んでいた人々が形成した基礎となる古い文化の中に、海外からの新しい文化を受け入れて、国内の文化そのものを発達させるという、ワープロでいうなら挿入方式であったことです。
これにより古い文化が途絶えることなく現代に至っています。

つまり日本文明は、世界最古の文明を継承しているといっても良い文明といえます。
日本人は何万年もの間、この日本列島という天然の災害の宝庫ともいえる列島に住んできました。
そしてその中で、お互いに助け合って生きていく和の文化を形成してきたし、それはもはや日本人にとって、後天的な文化というより、DNAに刻み込まれた先天的な本能となりました。

破壊よりも建設。
対立よりも和。
闘争よりも愛。
それが日本人です。

日本をかっこよく!
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小名木善行(おなぎぜんこう)

Author:小名木善行(おなぎぜんこう)
連絡先: info@musubi-ac.com
昭和31年1月生まれ
国司啓蒙家
静岡県浜松市出身。上場信販会社を経て現在は執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」を運営。
ブログ「ねずさんの学ぼう日本」を毎日配信。Youtubeの「むすび大学」では、100万再生の動画他、1年でチャンネル登録者数を25万人越えにしている。
他にCGS「目からウロコシリーズ」、ひらめきTV「明治150年 真の日本の姿シリーズ」など多数の動画あり。

《著書》 日本図書館協会推薦『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』、『ねずさんと語る古事記1~3巻』、『ねずさんの奇跡の国 日本がわかる万葉集』、『ねずさんの世界に誇る覚醒と繁栄を解く日本書紀』、『ねずさんの知っておきたい日本のすごい秘密』、『日本建国史』、『庶民の日本史』、『金融経済の裏側』、『子供たちに伝えたい 美しき日本人たち』その他執筆多数。

《動画》 「むすび大学シリーズ」、「ゆにわ塾シリーズ」「CGS目からウロコの日本の歴史シリーズ」、「明治150年 真の日本の姿シリーズ」、「優しい子を育てる小名木塾シリーズ」など多数。

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