北条時宗と元寇

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元寇
元寇


東北地方の山間部に、「モッコ」という言葉があります。

「モッコ」というのは、ふるくから“この世の中で一番怖いもの”とされるもので、「何だかわからないけれども、とにかく一番怖いものなの」なのだそうです。

その「モッコ」は、じつはモーコ(蒙古)のことだといわれています。

元寇の恐怖が、東北の山の中で、いまでもこのような形で語り継がれている。

それほどまでに蒙古襲来は、鎌倉時代の恐怖のできごとだったわけです。

1268年、高麗の使いによってフビライの書簡が九州の太宰府にもたらされました。
ちなみにこの書簡をフビライが書いたのは1266年。その書簡が高麗を経由して、ようやく太宰府に届くまで、なんと2年を経由しています。どこで書簡が停滞していたかというと、高麗です。

当時高麗は元の属国だった。蒙古と日本が戦争になると高麗は兵員や食糧を負担しなければならない。事大主義でああでもないこうでもないと、高麗の国内であれこれ議論やっている間に、2年が経っちゃった。

さてその書簡が、いよいよ大宰府にもたらされます。
当時の太宰府は、中国・朝鮮をはじめとするアジアに向けられた日本の玄関だった。

太宰府はこの書簡に驚き、幕府をとおして朝廷に書簡を届けます。
朝廷も、書簡を見てびっくり。連日会議を重ねたあげく、諸国の大きな寺や神社に蒙古が来ないよう、来ても勝つようにと加持祈祷祈を命じます。
いまでいったら、憲法9条論者に命じ戦争・放棄経を読むように命じたというところでしょうか。

他方、鎌倉幕府にも、蒙古襲来そなえよと命じます。
つまり自衛隊にミサイルに備えよ、と命じた。
これも、命じただけです。この時点で具体策はなにもない。

蒙古の書簡が到着からわずか6日後、北条時宗は、若干18歳にして幕府の頂点、執権の座につきます。

幕府も当初は朝廷と同様だったのでしょう。鳩首会議をするけれど、主戦派、穏健派に分かれ、容易に結論がでない。

時宗もこの時点では、執権に就任したばかり。周囲の声もかしましかったのでしょう。なんの手も打たずに放置した。

しびれをきらしたフビライは、何度か高麗に命じて使者を日本に派遣します。

ところが高麗は、天候が悪いの、海が荒れたのと理屈をつけて途中で帰ってしまったり、日本に蒙古と通交するようにすすめたりと、まるでらちがあかない。

業をにやしたフビライは、4度目(日本には2度目)の使者としてシナ人の趙良弼に命じ、日本に赴かせ、日本との交渉を前にすすめます。蒙古にしてみれば、高麗は属国といっても、なんの信頼に足る国ではなかったのでしょうね。

同時にフビライは、6千人の兵を高麗に送り、日本との戦いに備えます。
高麗はそのために土地や人や農耕のための牛を出さなければならず、人々は草や木を食べて飢えをしのいだと記録に残っているとか。
わずか6千人の兵の駐屯で、そこまで飢えるとは、当時の高麗の国力や、推して知るべしです。

太宰府に着いた趙良弼たちは「天皇や将軍に会わせないならこの首を取れ」とまで言います。

ところが、今回も返事はない。

4ヶ月滞在した趙良弼はいったん高麗に戻りますが、再び日本にやってきて一年間日本に滞在します。

この滞在は、戦争準備のための日本の国力調査のためだったといわれています。
趙良弼の報告を聞いたフビライは「大変よくできている」とほめています。

最初の使いから6年後である1274年1月。

フビライは高麗に対して日本遠征のための造船を命令します。

高麗はそのための人夫3万5千人と食糧・材料の木材を出すことになります。
労働者として使われたり食料を出さなくてはならない庶民の生活は苦しくなり、飢えて死ぬ人も多くいたという記録もあるそうです。

それでも高麗は、わずか10ヶ月の間に大型船300艘、中型船300艘、給水用の小型船300艘、あわせて900艘の船を作りました。

最近でも、韓国が請け負った橋梁工事で、その橋が落ちたとか、できあがった高層ビルが傾いたとか、韓国製品の粗雑さは有名ですが、このことは当時もいまもかわらない。

高麗は、船を作るのにあたり、頑丈な中国式ではなく、簡単な高麗式の船を作った。


1274年10月3日、中国兵6,000人、高麗兵24,000人、合計3万の兵を乗せた船が、高麗の合浦を出発します。

10月5日には対馬、14日には壱岐を襲います。島民の数は、当時おそらく数千人。
いきなり襲ってきた3万の兵にかなうはずもありません。

対馬・壱岐の人々は殺され、生き残った人は手に穴をあけられ、そこをひもで通して船のへりに鎖のように結ばれたといいます。
戦前の通州事件や、尼港事件、終戦直後の半島人やシナ人の残虐さを考えれば、壱岐対馬の方々の惨状は、想像するだに恐ろしい。


中国・朝鮮の連合軍は、19日に博多湾に集結します。
そして10月20日、連合軍は、筥崎・赤坂・麁原・百道原・今津あたりに上陸を開始します。

当時の日本の武士たちは、ほぼ全員が兼業農家です。

それまでの日本の国内のいくさというものは、おおむね次のようなものだった。

農家の長男坊が、いざ鎌倉の掛け声で、馳せ参じる。家の人は心配だから長男坊に、小者4~5人をつけて出征させます。
おおむね、馬上の者が武士。その周囲には4~5人の小者。

そしていくさがはじまると、双方の陣地から腕自慢の者が前に出て、
「やぁやぁ我こそは○○県○○村の○×△太郎と申すもの。腕に自慢のあるもの、おであえそうらえ」とやる。

そうすると、敵の陣地からも、同じく腕自慢の男があらわれて、
「我こそは□□村の◇◇と申すもの。いざや尋常に勝負、勝負~~」と名乗りをあげ、互いに一騎討ちをやる。

小者を含めた全軍が見守る前での勝負です。いまでいったら、K-1や、ボクシングの試合みたいなもので、ギャラリーとなる観客(この場合は戦いの場にいる武士や小者たち)にとって、名だたる武士の一騎討ちなんてのは、当時としては最高のスポーツ観戦だった。双方、全軍あげて、応援する。

なんどかそうした試合が行われると、双方のギャラリー(兵士たち)の興奮も最高潮に達し、小者たちが、敵陣に向けて、石投げをはじめる。

ちなみに日本の鎧かぶとは、弓矢は通すし、槍や刀も、突かれたら、刺さってしまう。
でも、考えてみてください。兜をみても、よろいを見ても、投石は、よく防ぐ仕様です。

そうした個人試合と、投石にはじまって、大将首をあげたら、それで終わりという日本式いくさ法に対し、シナと高麗の連合軍は、長年の奴隷を使った集団戦法です。

日本の武士が前に出て行って、「やぁやぁ我こそは」とやると、いきなり矢が飛んでくる。

凝り性の日本人は、弓も矢も、凝りに凝って作りますから、なにせ弓も矢も、値段が高い。当然、弓矢を持つのも武士だけです。名入りの高級品です。当然、敵の雑兵に向けて弓を射るなんてもったいない。雑兵相手には、小石で充分。なにせ小石なら、地面にいくらでもある。

これに対し、集団戦術の蒙古隊は、粗製の矢を雨のように射かけてくる。名乗りをあげるなんてのもありゃしません。

こりゃたまらんと、とりあえず、引きに引いて遠巻きにするくらいしかなすすべがない。

ところが一夜明けると、シナ・高麗の連合軍の船が一艘もない。
湾内を埋め尽くしていた船が一艘も見あたらない。

一説によると、この第一回蒙古襲来(文永の役)は、大暴風がやってきて多くの船が沈んだというけれど、日本側の記録である八幡愚童記などを見ても、嵐のことは一行も触れていない。そればかりか「朝になったら敵船も敵兵もきれいさっぱり見あたらなくなったので驚いた」と書いてある。

どうやら、文永の役では、嵐が来た(神風が吹いた)のではなく、そもそもが様子見に来寇したシナ・高麗連合軍が、無抵抗だった壱岐対馬と異なり、意外に日本側が武器を持って戦いに臨んだので、驚いて帰っちゃった。。。というのが真相のようです。

高麗の歴史書である「東国通鑑」には、夜半に大風雨があったこと、多くの船が海岸のがけや岩にあたって傷んだと書かれているけれど、これはどうやら、いがいな抵抗を受けて逃げ帰ったシナ・高麗連合軍が、本国である元に報告する際に、記録を捏造したというのが、最近の通説になっています。
なんと、かれらの捏造史観は、いまにはじまったことではない!


これに対し、ほんとうに神風が吹いたのが、文永の役の7年後に起った1281年の弘安の役です。

この7年の間に、幕府の執権、北条時宗は悩みに悩み、尊敬する日本に禅宗を伝えた宋のお坊主、蘭渓道隆からも、

「宋は蒙古を軽く見て、だらだらと交渉している間に侵略され、国をなくしてしまった」と教わり、

また蘭渓道隆の後継者である無学祖元からは

「莫煩悩(ばくぼんのう)」=あれこれ考えずに正しいと思うことをやりとおしなさいの意

を教わり、武家の棟梁として、日本を守るために断固戦う決意を固めます。

北条時宗
北条時宗


そして北条時宗は、敵が世界を手中に収める大元帝国であろうと、座して死を待つより、いさぎよく戦って死のう、と決意する。

文永の役の翌1275年4月15日、元は、杜世忠を正使として、日本に降伏を迫る書簡を解けどます。

文永の役は「蒙古の恐ろしさを知らせる」のが第一の目的で早々に撤退したけれど、こんどはもっとたくさんの軍隊を送るよ。言うことを聞くなら今のうちだよ」というわけです。

しかし。「国を守る」。そう覚悟を決めていた北条時宗は、竜の口で、杜世忠一行5名を、全員を処刑。見せしめとして首はさらしました。いまでいう打ち首獄門さらし首です。
時宗は、これによって、日本の国内世論を、開戦やむなしに固めたのだといいます。

ところが、全員殺してしまったので、肝心の元の側は、使者が死んだとは知らない。
いつまでたっても杜世忠が帰ってこないので、元は翌1279年6月に、周福を正使とする一行を、再度日本に送り込みます。

ちなみに杜世忠も周福もシナ人です。さしもの元も、この時点ではまるで高麗を信用していなかったということでしょう。

北条時宗は、この周福一行も、博多で斬り捨てる。

杜世忠と周福が首を刎ねられたことを知った元は、怒りまくります。
「日本をうつべし」
元の腹は固まります。

一方、北条時宗は、全国の御家人に命じて、博多に防塁を築きます。この工事への参加には、時宗は一切の反論を認めなかったし、各藩の御家人たちも、国を守るためにと、幕府の命に従った。

そして、1281年(弘安4年)、元は、范文虎を総大将とする14万の大軍を博多に差し向けます。

これに対する日本の武士団は、小者の数まで入れて6万5千人。武士だけなら、おそらく1万の軍勢です。
なんと武装兵力でいえば、14倍の大軍を相手に日本の武士たちは戦いを挑むことになった。

日本の武士たちは、夜陰にまぎれ、敵船に乗りこんで火をつけたり、敵兵の首を取るなどゲリラ戦を用いて果敢に戦います。
一方、元軍は、あらかじめ日本軍が用意した防塁に阻まれて、侵攻ができない。

戦線は膠着状態となります。

そうして運命の7月1日がやってくる。

旧暦の7月1日は、いまでいう8月16日です。

この日、北九州方面を、大暴風雨が襲った。

港をうめつくしていた4千艘の船は、台風のまえに、ひとたまりもなく破壊されます。なんといっても船は手抜きの高麗製。どうにもならない。


翌2日、船の残骸と無数の死体が海をうめつくした。

当時を記した「八幡愚童記」は、このときの様子を
「死人多く重なりて、島を作るに相似たり」と記しています。

「高麗史」もまた「大風にあい江南軍皆溺死す。屍、潮汐にしたがって浦に入る。浦これがためにふさがり、踏み行くを得たり」と書き残しています。
つまり海を埋め尽くす死体の上を歩くことができた。

同史によれば、生存兵19,379名。
士官や将官などの上級軍人の死亡率7~8割、一般兵士の死亡は8~9割だった。


すっかり戦意を無くした范文虎らは残った船で宋へ引き上げます。
港には、置き去りにされた元の兵士が多数残った。

これを見た日本軍はたちまち生き残りの元軍兵士におそいかかります。
戦闘は7月7日まで続いた。
捕虜となった数千の兵士はそれぞれの御家人の生け捕り分を記録後、ことごとく首をはねたと記録されています。残虐な殺し方はしない。いっきに首を刎ねている。

殺害したことに抵抗のある人もいるかもしれないが、壱岐対馬での彼らの残虐行為を考えれば、当時の日本軍のやり方は、紳士的にすぎるといっていい。

今でも博多周辺には蒙古塚とか首塚と呼ばれる場所が残っているけれど、これらは当時元軍兵士の首を埋めた場所でもあります。遺体は、日本はちゃんと供養までしている。この供養に行われたのが”踊り念仏”です。

こののち、鎌倉幕府は、弘安の役に対する御家人への恩賞が不十分だった・・・外国からの防衛戦だったために、恩賞を与える土地がない・・・ことから、教科書によっては、
「鎌倉幕府は、外国からの侵略は防げたが、御家人の生活を守れなかった。このため鎌倉幕府は御家人たちの不満が募り、滅亡した」などと書いています。

アホか!といいたい。戦後左翼の思考はそんな程度か!
もし日本が元に侵略されていたら、その後の日本はなくなっている。

それに鎌倉幕府の滅亡は、1333年です。弘安の役の52年後です。そして幕府は源家から足利家に移るけれど、その後1868年の明治政府樹立まで、日本は長い武家政治の時代が続きます。なるほど鎌倉幕府は滅んだけど、日本の国体が解体されたわけではない。征夷代将軍が、交替しただけで、武家政治は、その後500年続く。

つまり、武家を施政者として認める風潮が我が国に定着した。
いいかえれば、元寇によって、世間で、武家の信用が増したといえるのです。

文永の役と弘安の役、この2つの日本史上の大事件、そしてわずか1万の武家で14万の大軍と対峙したという事実は、東北地方の「モッコ」の怖さの伝説同様、武家というものが、国を守る誇り高き志士たちであるという認識を深く日本人の心に刻んだ事件だったのです。


最後にね、蒙古のフビライが日本に送ってきた書簡(文永の役の前のもの)の口語訳を掲載しますので、是非、一読してみてください。

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大蒙古国・国書

天に守られている大蒙古国の皇帝から日本国王にこの手紙を送る。

昔から国境が接している隣国同士は、たとえ小国であっても貿易や人の行きなど、互いに仲良くすることに努めてきた。

まして大蒙古皇帝は天からの命によって大領土を支配してきたものであり、はるか遠方の国々も代々の皇帝を恐れうやまって家来になっている。

例えば私が皇帝になってからも、高麗が蒙古に降伏して家来の国となり、私と王は父子の関係のようになり喜ばしいこととなった。

高麗は私の東の領土である。

しかし日本は、昔から高麗と仲良くし、中国とも貿易していたにもかかわらず、一通の手紙を大蒙古皇帝に出すでもなく、国交をもとうとしないのはどういうわけか?

日本が我々のことを知らないとすると困ったことなので、特に使いを送りこの国書を通じて私の気持ちを伝える。

これから日本と大蒙古国とは、国と国の交わりをして仲良くしていこうではないか。

我々は全ての国を一つの家と考えている。

日本も我々を父と思うことである。

このことが分からないと軍を送ることになるが、それは我々の好むところではない。

日本国王はこの気持ちを良く良く考えて返事をしてほしい。

至元3年8月(1266年・文永3年)
-------------------------------------

わかりますか?

相互に仲良くしようといい、一通の国書をも送らないとささいなことでケチをつけ、すべてをひとつの国であるなどと調子のいいことをいい、シナを父と思えと都合のいいことまで云いながら、その一方で言うことを聞かないのなら軍を送るぞと、脅かしている。

これって、いまのシナの対日外交姿勢と似ていると思いませんか?

日本は戦いました。元を強大な国家と知って戦った。

そのおかげで、いまのわれわれがいる。
先の大戦と同じです。
当時の人は、何十倍もの兵力を持つ相手と、必死になって戦った。

それとね、もうひとつ。

文永の役では、実は神風は吹かず、弘安の役で神風が吹いたと書いたけど、上の文にいちばんたいせつなことを加えます。

当時、ただ動揺するだけの朝廷や、幕府の閣僚に対し、北条時宗は元の使者を切り捨てることで、明確に「戦う意思」を示した。

おそらくは当時の多くの「護憲・9条派」から、反対と怨嗟の声を浴びたと思う。

だけど北条時宗は、断固として「戦う意思」を示した。

これに多くの武士たちが賛同し、弘安の役の備えをした。

ぼくはね、元寇における真の「神風」は、台風ではなく“北条時宗の決断”そのものだったのではないかと思っています。時宗そのものが「神風」だったのかもしれない。

そしてその決断に、日本の八百万の神々が、台風をもって答えてくれた。

そしてたぶん、いまの日本に一番必要なのは、北条時宗なのではないか。

ちなみに元も、高麗も、元寇のあと、内乱に次ぐ内乱が起こり、元は明に滅ぼされ、高麗は李氏朝鮮に統治が変わり、とりわけ李氏朝鮮は、国民にとっての収奪国家としてその後の半島の発展を400年間にわたって失わせています。

日本に手を出した国は必ず滅びるのです。

弘安の役で、もし日本が戦うことをしなかったなら、元の大軍は、易々と上陸を果たしていたことでしょう。

そして上陸していたならば、彼らは台風で軍団が壊滅することもなかった。

明確に戦う意思を示した北条時宗の英断と、命を的に戦いぬいた鎌倉武士たちの活躍がなければ、その後の日本の歴史は大きく変わっていた。そのことは、誰でもが理解できることだろうと思います。

日本を守ってくれた北条時宗、そして鎌倉武士団に、わたしたちは深く感謝すべきだと思うのです。

同様に、先の大戦で亡くなられた多くの日本の将兵のみなさんも同じです。
国を守るために必死になって戦った。

施政者は、その苦しい戦いに大決断を下した。

その彼らに対し、わたしたち現代に生きる日本人は、やはり、深い感謝と哀悼をささげなければならないと思うのです。

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コメント

はげ

No title
大部分同意ですが、実際問題として日本を現在進行中で侵略してるのはシナでもチョンでもなく、アメリカですよ。
日本に米軍基地があるっていうのはそういうことです。
東京の横にも基地がいっぱいありますね。
アメリカに日本軍基地はないです。
ニューヨークの近くに日本軍自衛隊の基地がありますでしょうか。
シナやチョンは昔は敵でした。
しかし今の真の敵は彼らではなく、アメリカだと思いますよ。
国内に他国の基地があるということ。
これがいかに異常事態かを考えるべきです。

アロン

No title
前々から、古今東西の戦史や、元寇関係の史料を調べれば調べるほど、
蒙漢・高麗軍圧倒的優勢、日本軍の一方的惨敗のように伝える学者や
知識人の言説に疑問を感じています。
特に軍事的セオリーから見ると尚更です。

1・鎮西軍(日本軍)の完全撃破に成功できず、主力を取り逃がしたこと。
2・蒙漢・高麗軍は博多・百道原を突破できず、終日激戦が行われたこと。

さらに箱崎方面、博多方面、百道原・赤坂方面、今津方面の
各地に上陸した3万3千人の蒙漢・高麗軍と、
日本軍の武士団4400騎ほどと+当時の基準の徒歩2~3人を足しても
兵力差は2倍近くあります。
それと記録上では戦力となっていますが、戦闘に参加できなかった
武士団がいくつかありましたから、結果2倍以上の敵と戦ったことになります。

そのような状況で、赤坂と鳥飼潟の戦闘で小弐、菊池、大友、
白石といった武士団が勝利し、蒙漢・高麗軍を麁原まで敗走させ、
更に左副元帥の劉復享を負傷させています。

部隊単位で纏まって行動する蒙漢・高麗軍に対し、
諸武士団は各自の判断による戦闘で一日を持ちこたえたというのは
日本勢の戦意、戦技の高さ、善戦の証とも言えます。

日本軍が水城・大宰府方面に後退したのは、まだ未到着の武士団があり
再編成をとれたのに対し、蒙漢・高麗軍の船に後退したというのは
数に限りのある遠征軍という形態。
一日の戦闘で蒙漢・高麗軍が消耗しきり撤退したと想われます。

元史の
【その国を破ったが官軍整わず、矢も尽き、四境を略奪し、捕虜を得ただけで…】
高麗史の
【壱岐に至っては敗れ…】

蒙漢・高麗軍の司令官、ヒンドゥの
「前々から武勇の国とは聞いていたが、これほど強いとは思わなかった」や

南宋の遺臣である鄭恩尚の心史大義にある
「倭人 狼にして死を懼れず 倭婦 甚だ烈にして犯すべからず」

に当時の日本軍や日本人が如何に勇戦したかが表れていると想います。

-

No title
元寇についての通説は間違いがかなり多いですよ

http://kanasokunews.blog11.fc2.com/blog-entry-338.html

-

No title
よくこのブログ読んで、すばらしいと思っています
ただ今回一つ気になるのは、北条時宗は蒙古襲来の予言した立正安国論を確か2度無視しています
日蓮聖人は反日創価学会などとは全く違い、大変日本国を憂いていた人でした

名無しさん

No title
今日は 8月16日 弘安の役 神風が吹いた日。偶然このブログを読みました。未だ午後11時28分、16日です。
書きたい事はもっとありますが、一つだけ書きます。

「元寇」又は「元寇の歌」と打って下さい。明治の香のする雄壮な歌が聞こえて来ます。教わった記憶は無いのですが、何故か昔から知っていた様な気がします。

かぐやひめ

椿さん、ありがとう!
町の平和は、常にケアしないと、本当に簡単に、壊れてしまいます。油断はできません。

周囲の人が、あんなにも長いものに巻かれるのは「血液型A型」が日本人には多いからかなあ・・・と、理屈をつけたくなることがあります。
でも、その従順さが、日本を救っていると考えたりもします。
日本人の強さは、まさに羊の群れのような従順さにあるんじゃないかと。
あれは両刃の剣ではないかと。

大阪万博の時、若くて生意気だった私達は農協のおばさんおじさんの群れが、添乗員の掲げる旗を一心におっかけて、従順に、何時間も並んで、展示の趣旨や理念なんか気にもしないで・・・ただ黙々と、列を作るのを、馬鹿にしていました。

しかし、毎日毎日赤や青や黄色の同じデザインの帽子をかぶり、面白くもなさそうに、日本全国からやってきて、黙々と列を作り、誰も「疲れた!」と苦情を言わず、誰も、へたりこまず強靭な体力で炎天下の会場を右往左往するありさまに、私は、とうとう感動しました。

この自己を滅して、言われるままに黙々と働く人たちが、この1970年の日本の繁栄を支えたのだ…
稲妻に撃たれたように、そのことに気付くと・・・日に焼けた群れに向かって手を合わせたい気持ちになりました。

長いものに巻かれる人の多さは「社会の安定を保証しています」

むしろ私が心配なのは、こういう社会を支えていた実直な群れが、消滅していっていることです。

てんで気ままに、何の秩序もなく、ただのわがまま勝手。
今の20歳そこそこの子たちはそうなってしまった・・・らしいです。
昔はやくざは、やくざらしく、ある意味扱い方が定番化していました。今は、素人がやくざ以上の犯罪をやってのけたりします。

でも、なににせよ「気迫」だと思います。
私の町では、恐喝はありません。ひったくりもほぼ皆無。空き巣が1年に1回ぐらいかな。
痴漢も、めったにないです。
シンナーも、覚せい剤もないはずです。(若い子が減ったし)

何年間も地域を見つめていると、事件が起こった時、大方の犯人像は、わかります。
地元の子がやったのかよその子か、そんなもの、すぐわかります。

じっと見ていたら、わかるのです。1万人が住んでいる「私の町」です。
「私の町」と「私の」と思う人が一人、本気で、常に心をかけていたら、町は守れると私は思います。
一人の力は、大きいのです。

握れば1点、ひらけば無窮・・・インドのリグ・ヴェーダだったと思います。
私は、この言葉が好きです。

椿

No title
かぐやひめさんへ、

>失礼な!若いころは美人で有名だったのに。<

冗談ではなく、私は前からそうだと思っていましたよ。実際、私が今まで見てきた中で、勇気のある女性は『美人揃い』です。

かぐやひめさんはヤクザと戦い、親しい近隣の方達との間で、苦しい板挟みにあい、それでも信念を貫き通されたのですね。かぐやひめさんは、3-4年町の復興にかかったとおっしゃいますが、かぐやひひめさんの熱い思いがあったからこそ、町も復興したのだと思います。

町の子供達も幸せ者です。かぐやひめさんがいなければ、きっともっと非行の道に引きずられられていたことでしょう。昨今の荒んだ世の中で、大人が『義を持って戦う』事の大切さを子らに伝えた、貴重なお話だと思います。

この話は、是非是非、私の家族は勿論、友人・知人に聞いてもらいたいので、伝えさせて頂いてもよろしいでしょうか? 大人の責任というものを、ヒシヒシと感じさせられます。

>みんな「偉そう、恐そう」な人に対しては無条件で従っていくようです。<

弱い人ほど、「弱気を挫き、強きを助ける」のです。なんだか、今の朝鮮に似ていますね

私は以前、貴乃花がテレビの番組で、『勝利から学ぶことはあっても、敗北からは学ぶモノは何もない!』と言ってるのを聞いた事がありますが、『その通りだ!』と非常に感動したのを覚えています。

まず、この日本も『元寇・日清・日露第一次大戦』と勝利してきましたその勝利から、多くのものが学べ、進歩・発展できたのだと思います。だからこそ、当時不可能であった、『アジアの解放』、『人種差別撤廃』を成功させ、奇跡と言われる『経済大国』となれたのだと思います。

今の時代、『勝って来い!』なんて言うと、「野蛮だ」とか、「競争社会で、子供にストレスを与えるのか?」と、寝言を言う大人がまかり通っていますが、国際社会は常に『競争社会』であり、『差別』が大手を振っています。その中で、『義を貫き立派に戦い抜ける、忍耐力と勇気のある子供達を育てるのは、私たち大人の役目なはずです

かぐやひめさんが貫き通した『』は、子供達の心にシッカリと残っているでしょう。子供達が人生を左右される運命に出会った時、必ず、かぐやひめさんが「偽善と悪」に対して、懸命に闘い抜いた姿を思い出し、必ずや正しい方向へと進んでいくと思います

一人の義が、多くの義を生み、正しい道へと導く』。本当に素晴らしい経験談をありがとうございました。




かぐやひめ

つい調子にのって武勇伝を・・・
ねずきちさま、すみません。つい調子に乗って武勇伝をやっちゃいました。
いつも、必死で戦っているもんで・・・勝てているわけではないんです。いつも、薄氷を踏む思いです。本当は。
ただ、自分を一生懸命励ましています。
「後ろには引くな!」
「勝てない喧嘩は、最初からするな!」
「臥薪嘗胆。捲土重来なきにしもあらず!」

私は、負けてないつもりだけで、吉本新喜劇みたいに、こてんぱんにされながら「今日は、これぐらいにしといてやる」と、言っているのかもしれません。お恥ずかしいことです。
<m(__)m>

かぐやひめ

やくざといっても「もと」ですから73歳でした。
携帯電話で立ち回ったのは自治連合会の会議の席で(私一人が、彼の会長就任に反対した)、
一人で対抗したのは、向こうから電話がかかってきて「おまえは、わしの悪口を言って歩いているそうやな。今から、若いもんを行かせるぞ!」というから。
「なんぼでも、来い!」と、言ってやったら、来なかったです。
若いもんなんて、一人もいてないことは、近隣だから知っています。嘘なんか、恐くない。

なのに、以前に、こういう電話で恫喝された人は、恐怖で発熱して、すべての地域の役割を降りてしまいました。

私の町をもとに戻すには3~4年かかりました。最初の2年間は、私は、会議の委員を降りました。彼を信認しない以上、傘下には身をおけません。
でも、あまりひどいことになってきたので、仕方なく立ち上がり、警察との交渉、パトロールの強化、近隣組織との会議と交流会を開きました。そのうち、彼が会長を降りたので、状況が変わりました。
彼は、獲物を十分食ったから、去って行ったのです。

もと大林組の人から「マンションを建設する場合、近隣を説得するための補償金は最初から予算に組んであります」と、教えられました。「このケースは1500万円ですね」・・・どうやら、彼は、この半分ぐらいを「わしが、住民をなだめてやるから」と言って、取ったみたいでした。(取り方にも工夫がある)

椿さんもそうでしょうけど、お金がからむと私は嫌になるのです。そこに参入して「あの人も、分け前にあずかりたいんや」と、言われるようなことはしたくないから。
縁を切って、同時に、無断で、自分の会議の委員から外しました。

周囲の人々が長いものにまかれるのは現実です。
あの人たちは、死ぬまで治りません。

みんな「偉そう、恐そう」な人に対しては無条件で従っていくようです。本気で恐いのと、相手の「悪」を見抜く力がないー勇気と知性と情報が足りません。最初から勝てると思ってないから、見て見ぬふりをするようです。
損得勘定も働きます。喧嘩して傷ついたら、損。悪く思われたら、損。波風立てると、変な人だと思われるから、損。

私は、麻生さんが、いくら正しく戦っても、民衆の大半が卑怯者と臆病者と、無責任ものと、欲張りばかりだから、これは、きつい戦いだなあと、思います。

公平に軍配をあげてくれる人はいませんでした。私は、しばらく地元で干されたのです。
でも、激励してくれた人がありました。
「近くの人が、わかってくれなくても、遠くで、誰かが、きちんとみてくれているもんやで。がんばりなさい」

その通りだったと思います。
そして、あのとき、踏ん張ったことは、私の財産になりました。
次の勝負でも、つっぱれましたから。
一度、敵に後ろを見せるくせをつけると、次からも逃げ腰になります。人生は、そこで終わりです。
あとは奴隷の人生です。

ただの一度も、敵に後ろを見せてはなりません。
一度でも後ろを見せた人を、私は自分の手帳の、「信用できない欄」に書き込みます。1度逃げた人は最後まで逃げます。信用してパートナーになってはいけません。

のちに「まるで怪物みたいな人ですね」と、役所の人が恐れていたと聞かされました。
失礼な!若いころは美人で有名だったのに。

椿

私も肝に銘じます!


かぐやひめさんへ、

かぐやひめさん、前から強い方だとは思っていましたが、本当に勇気のある方ですね、本当にご立派です。尊敬します。

ヤクザ相手に、女一人で直談判に行くなんて、相当なものです。相手は、警察ではなく、かぐや姫さんが怖かったのではないでしょうか? かぐやひめさんの“燃えるような気概”に、圧倒されたのだと思います。しかし…、そのヤクザの自治会長のせいで、荒廃した町は、今現在どうなっているのですか? 良くなったのでしょうか? すごく心配です。町の方達の「長いモノには巻かれろ」的な姿勢は変わりましたでしょうか?

>警察に相談したら「その人が、迷惑料をとらなくても、誰かがとるんです。ほっておきなさい。その町に住めなくなりますよ」と、反対に忠告されました<

本当ですか?ここまで、日本の警察は屁垂れになってしまっているのですか?長野の北京五輪聖火リレーの時も、見事にシナの手下になって、日本人を制圧していましたものね。

>情けないのは、周囲の人たちです。誰一人私に味方せず、長いものに巻かれるのです。

この気持ち、痛いほど理解できます。私も何回も悔しい思いをしましたから…。

>「自分の将来を大事にしろ!」と、本気で叱ってほしい。だから、本気でかかってくるのです。 大人は逃げてはいけないのです。 そして、一度、手掛けたら、生んだわが子と同じ、死ぬまでかかわる覚悟がいる。 中途半端に投げ出すなら、何もしない方がいいのです<

これを聞く度に、戦後のGHQによる歴史断絶、日教組による歴史捏造を本当に、心の底から憎く思いますね。かっての日本人には、隣近所のオジサン・オバサン、お爺ちゃん、お婆ちゃんが、他人の子でも悪い事をしたら、良くし叱ってくれましたよね。それに子供の方も、大人が少々理不尽でも、黙って従ったりするなど、礼儀もまだまだ健在だったように思います。

>途中で投げ出すことは、負けることで、それは戦わないより、もっと悪い結果を生みます。<

この“かぐやひめさんの含蓄のあるお言葉”は、実際に戦い続け、勝利した経験のある人しか、語れない言葉です。

>立ち上がった以上、決して後退しない。 命ある限り、戦う。 力が及ばないのは恥ではありません。 志の及ばないのは恥です。<

全くその通りだと思います。『最後まで戦う。戦い続ける。』これを私も肝に銘じます



かぐやひめ

椿 様    
椿さん、あなたも、そう、思われますか?
本当にそうですよね、八割汚い水に覆われて、今にも沈没しそうな神州・・・でも、そこに、天が降ろしたとしか思えない「人」が、わずかですが、確として点在している。
何度も生まれ変わってこの国を守ると・・・決意した魂が降っているとしか、思えないのです。

時宗も、そうだったと思います。
人一人、一人の力は、本当に大きいのです。

私が決心していることは、自分の住む町内を理不尽のまかり通る場所にさせないことです。
青少年が荒す場所に、させない。
自治会などの組織に降りる公金を公平に分配する(少人数の利権にさせない)

国を愛するということは、自分ひとりから、
わが家から、わが町から始まります。

以前、あきらかに「やくざ」だった老人が自治会長になった時がありました。小指の無い彼を差別しないで受け入れようと努力した結果、彼が自治会長になった理由が「新築マンション」に、ごてて補償金をせしめることだと気付きました。

私は、それが許せなかった。
役所に相談したら「それが、目的で自治会長になるのは、普通の話です」と、取り合わない。
警察に相談したら「その人が、迷惑料をとらなくても、誰かがとるんです。ほっておきなさい。その町に住めなくなりますよ」と、反対に忠告されました。

でも、私は許せなかった。
ある晩の会議の席で「女だとて、容赦しないぞ。」と、かかってきたので、私は握りしめていた携帯電話にあらかじめ110番を打ち込んで「あんたが、何かしたら、すぐ110番に電話する」と振りかざしました。
相手は、だまった。(当時は、やくざには警察が一番こわかったみたい)

情けないのは、周囲の人たちです。誰一人私に味方せず、長いものに巻かれるのです。
結果、彼が自治連合の会長になった。

そしたら、それまで町内に起こったことのないことが起こりだしました。
公園で、深夜、シンナーの1斗缶が売買される、
夜中路上駐車している車の列に、空気銃が撃ち込まれる
自動販売機が荒らされる
公園で40名ほどの15,6歳の男女が集まり一晩中騒ぐ。

その時、私は骨身にしみて感じました。
一人の人の馬鹿に出来ない影響力です。
「ここの町内会の会長はやくざです」と、看板を掲げているわけではないのに、彼が会長の間に、前代未聞の出来事が次々起こったのです。

言いかえれば、私一人でも、この町は守れるということです。
要の位置におりさえすれば。

なんなんでしょう?
波動?オーラ?
おそるべし、見えない力、見えないエネルギー。
見えなくても存在し、世界を動かします。

以来、私は、町で起こる不祥事に責任を感じるようになりました。行政も、警察も、あてにはならない、自分の町は自分で守らなければならないと心に据えました。

少しの努力でいいのです。
正しいことは、正しい。
ならぬことは、なりません。
そう、はっきり言い、絶対に信念を曲げないことです。つまり、勇気です。

そのうえで連帯することです。
40名の公園での騒ぎを解決するために、同じ中学校区の代表者が集まって飲む会を催しました。
大人たちが連帯しなければ、青少年の非行防止に水漏れが生じます。
彼らは動物のような勘で、覚るのです。大人の本気度を。
彼らが荒れるのは、本当はさびしいからだと、私は知っています。
「自分の将来を大事にしろ!」と、本気で叱ってほしい。だから、本気でかかってくるのです。
大人は逃げてはいけないのです。
そして、一度、手掛けたら、生んだわが子と同じ、死ぬまでかかわる覚悟がいる。
中途半端に投げ出すなら、何もしない方がいいのです。

国を愛するのも同じ。
今、ポッポにトップの座を許したら、私の町にやくざが会長になった時のような、前代未聞の事件だらけになります。
小泉の時、どれだけ、バラバラ事件とか、外国人の一家皆殺しがありましたか?

でも、私は、一時荒れた町を、もとに戻しました。
「一人の力」を知ったからです。

静かな湖面に投げ入れた小石の波紋がどこまでも届くように「正しい信念」は、どこまでも、広がり影響を与えます。
「悪」が、現実的な結果を生むことを、恐れず、
「善」にも、はてしない影響力があることを忘れないようにしたいと思います。

ただし、最後の石は自分が投げ込む気迫がなければなりません。途中で投げ出すことは、負けることで、それは戦わないより、もっと悪い結果を生みます。

立ち上がった以上、決して後退しない。
命ある限り、戦う。
力が及ばないのは恥ではありません。

志の及ばないのは恥です。

椿

『憎まれ役』に徹します!

かぐやひめさんへ、

>京都の五条あたりに「皇居を遥拝する高山彦九郎」の像があります。(この人が誰なのか知らないのですが)また、西郷隆盛はいまぞ最後という時に皇居に思いをはせ自刃したそうです。<

ご謙遜ですね。本当に何でもよくご存じじゃないですか、私はこういう事には、トント疎いです。だから、このブログに来て、みなさんのコメントや、ねずきちさんのトピで勉強させて頂いているのです…。

>椿さんは前世では誰だったの?どう考えても前世でも、国のために戦っていらっしゃると思います。 <

いえいえ、かって私は、無知であったが故に、愚かな“左翼がかった平和主義者”で、先人方に対してとても恩知らずな人間でした。その“罪滅ぼし”と言っては何ですが、米・中・露・朝・韓&媚米中朝派・売国奴・反日日本人に対しては、徹底的に「糾弾する側の人間」に徹っしてやろうと思っているだけです

彼らの嫌なこと、都合の悪い事は、「下品」と言われようが、「大人げない」と言われようが、なりふり構わず、執拗に糾弾し“憎まれる側”に立ってやろうと思っています。

何故なら、日本人の多くは、本当に大人しく、あまり騒ぎ立てしない良識ある人々が多いし、「上品な方」が多いので、ヤクザ・チンピラとの対峙は、大変なのだと思います。ですので、私はあえて反対の人間になってやろう!と決心したのです。

上品な人間」もいなくては、国として恥ずかしいですが、また「戦う人間」もいなければ、国を守れないし、成り立ちません

かぐやひめさん、私ね、昔の日本って、本当に絶妙なバランスを持っていた国だなと思うのです。実際、国民性が大人しい農耕民族で、海洋国家で、他国からの侵略がほぼ皆無のような国だから、本当は武士のような「戦う人間」って、あまり必要なかったんじゃないか?と思うのです。

ですが日本人は、指導者から庶民にいたるまで、キチンと神道や仏教の教えをベースに、倫理観・道徳観を身につけて、平和な国家を形成しながら、その上で、侵略者に対してもキチンと対峙できるように、心身ともに鍛え抜かれた、同時に学者でもある、『武士という文化的集団』をもっていたいたことは、驚愕に値します。

>最近の日本にはかつての愛国者が七生報国のために多く、再来しているような感じを受けます。<

同感です!!七生報国の為に、多くの英霊達が舞い戻ってきて下さっているように、私も強く感じます。特に面白いなと思う事の一つは、外国人でありながら、日本の文化・伝統を学び、日本人以上に日本を愛し、擁護して下さる方々がいるということです。

日本国籍を有しながら、平気で日本を貶め、日本を売るような日本人がいるのに、反対に、あの反日で有名な国々から、日本の擁護者や助っ人がポツポツ出現してきているのも、何とも奇妙で、面白い現象だなと思います。『彼らはもしかして、前世は日本人だったのかな?』とか、反対に、『日本に巣くう売国奴や反日日本人達の前世は、米・中・露・朝・韓人だったのかな?』とか、最近私もよく思うようになりました




かぐやひめ

政権の寿命と靖国参拝
椿さん
では、佐藤栄作氏も、中曽根氏も、靖国に参拝してたのですか?
そんで、まことに短い鈴木善幸(やばっ、麻生首相の舅じゃなかった?)氏とか、海部氏とか、森氏とか小渕氏とかみんな参拝しなかったのですか?

そんなにわかりやすい・・・・ことだったのですか・・・

それにしても、椿さんは、まるで幕末の志士ですね。
京都の五条あたりに「皇居を遥拝する高山彦九郎」の像があります。(この人が誰なのか知らないのですが)また、西郷隆盛はいまぞ最後という時に皇居に思いをはせ自刃したそうです。
バスガイドの説明で泣いちゃいました。

最近の日本にはかつての愛国者が七生報国のために多く、再来しているような感じを受けます。
椿さんは前世では誰だったの?どう考えても前世でも、国のために戦っていらっしゃると思います。
ほかにも、そういう人たちが、ここを行きかっている気がします。
みなさん知識も意識もすごいもの・・・・
それとbbさんがおっしゃるように、上品です。

かぐやひめ

椿さん!大真面目に「同意」します。
>かぐやひめさん、私思うのですが、これから首相でも官僚でも、海外から帰国したときには、必ず靖国神社に、無事帰国の報告をしてから、国会に帰ればいいと思うのですが?いかがでしょう。 <

これこれ、これです!
当たり前じゃないですか!
麻生さんが靖国に正々堂々といってくれたら、私、泣いちゃうよ。

はっきり言って、「勝ち目」は無いのだから、命を捨てても参ってほしい。
そしたら、将来、日本は必ず蘇れると思う。
「麻生さん。もう、すでに負けているのだから。死ぬ気で行ってよ。もう、何をしても多勢に無勢でしょ。」

起死回生のために靖国神社が鳥居を高くして待ってくださっているのに。
勝ちたくないのかな?

見えない力が信じられないのかな?クリスチャンだから?

安倍さんが靖国を避け、従軍慰安婦を謝罪した・・・どれだけ落胆したか・・・そういう弱い心ではだめです。あえて、言いたい。その立場にある人には責任があります。


椿

麻生氏に『靖国参拝』をお願いしたい。

>そういう首相が出たら、私達感涙にむせびながら、ついていくよね。<

本当に…。もしこういう首相が出現したら、毎日「靖国神社」と「皇居」と、「首相官邸」の方角に向って、お祈りさせて頂きます。

>小泉首相が、なぜ、あれだけの支持を得たか!郵政民営化なんかじゃありません。 靖国参拝です。<

同感です!!!
お気づきですか? 『靖国参拝』をされない政権は“短命政権”です

小泉氏は、見事に最後まで総理大臣の任期を勤めあげましたよね? 安倍さんは、中韓をうまくかわして、「参拝するもしないも、明言はしない」と、姑息に立ちまわったせいか、途中でポキリと枝折れしちゃいましたよね?。 あの時、小泉氏の意思を継いで、シッカリと英霊方に参拝していれば、あの安倍さんも、心がポキリと折れる事も無かったように思われます

福田元首相に関しては、何も言う事はありません。北京五輪前に、サッサと辞めて欲しかったくらいです。

ですが、麻生さん、本当にお願いします。日本国総理大臣として、正々堂々と、英霊方が眠る『靖国神社』に、お参りして頂きたい。人間は目に見える力だけではない、目に見えない多くの方々によって守られているという事を知って頂きたい!!

かぐやひめさん、私思うのですが、これから首相でも官僚でも、海外から帰国したときには、必ず靖国神社に、無事帰国の報告をしてから、国会に帰ればいいと思うのですが?いかがでしょう。

もっと欲を言えば、全国一律、年に一回は、小・中・高生を国の補助金で、『靖国参拝』をさせるべきではないでしょうか?


かぐやひめ

おかえりなさい、椿さん
>何もそれを踏躊する必要は、全くありませんし、新総理自身が、『祖国日本を守る為に、尊い命を捧げた日本の英霊方に感謝と尊敬の念を捧げるのは、子孫としては当然であり、他国にとやかく言われる筋合いはありません。むしろ、アジアを白人帝国主義から守った、我々の英霊達に尊敬と感謝の念を持って、中国・韓国・朝鮮こそ、靖国に参拝して頂きたい!』と、一回くらい誰か言ってよ!<

ほんとうに、言ってほしいですね!
その気迫には、諸外国こそ、うしろにさがると思う。

日本の偉大さを知らないのは、むしろ日本自身であって、日本の恐さは、むしろ、彼らの方が知っているのですから。

それぐらい言ってやったら、悪い夢でも見たみたいに、まっさおになるんじゃないでしょうか。

そういう首相が出たら、私達感涙にむせびながら、ついていくよね。

小泉首相が、なぜ、あれだけの支持を得たか!郵政民営化なんかじゃありません。
靖国参拝です。
彼は売国政治家だった。あの靖国参拝は、大方アメリカさんの要望ないし指令によってやった程度のことだと思います。しかも、彼の父親の出身は朝鮮らしいけど。

それにもかかわらず、日本民族の心の底に燃えている埋み火をかきあげ、燃え上がらせた功績は大でした。
たしかに、今のこの愛国心の高まりは、あの参拝がきっかけであったことは間違いありません。
戦後60年の8月15日には10万人が靖国に粛々とお参りしたと言うじゃないですか。マスコミはスルーでしたが。

椿

愛国心
かぐやひめさんの『深い愛国心』に、心から敬意を表します。

>その程度の体験しかないので、椿さんのお気持ちが十分には理解しきれなかったのです。 でも、中国のこと詳しく知るにつれ、わかりました! <

そうでしょう!わかって下さってありがとうございます。でも、私も海外で生活し、実際に一般庶民のシナ・朝鮮と接するまでは、平和ボケの“ボケボケ振り”でしたよ。(笑)。きっと、みなさんが「はああああ???」って、呆れ返るくらい、お綺麗ごと=いい格好しいでしたよ。

>「かっか」きてたわけじゃなかったですか? <

かっか来てました。すみません。。。(笑)。

>こっちが、ぼーっとしてるから、椿さん、さぞかし頭に来たんじゃないかと思いました。<

いえいえ、左翼も真っ青な「偽善的人権主義」にドップリ浸かっていた過去の自分を思うと、本当にここのコメント者の方々は、大変聡明なんだと、嬉しい驚きです

>「殴られる前に、殴れ!言うべきことは言え!あいまいな顔はするな!一歩も引くな!いっぺんでも甘い顔を見せるとなめられるぞ!」 て、日本の政治家に檄を飛ばしたいでしょ。椿さんも。 <

そうそう!(笑)。特に売国政治家・官僚たちは、「一歩譲ることは、100歩土足で踏み込まれるぞ!!」と、檄を飛ばしたくなります(笑)。

>毒ギョーザ事件以後、背中をどつきに行きたくなるばかりだったじゃないですか。<

どつくどころか、蹴りを入れたくなったのが、『靖国参拝問題』、『歴史捏造問題』、『シナ・朝鮮の内政干渉には、さすがに温厚な私?も怒り心頭でした!

>1980年ごろ・・・靖国参拝も遠慮して、小平が国内反対派から、あんまり責められないように調子を合わせていた時あったでしょ。 <

確かに、あの中曽根氏の判断ミス・浪花節判断によって、歴史問題でシナにつけ入る隙を与えたのは、返す返すも残念無念です。ですが、何もそれを踏躊する必要は、全くありませんし、新総理自身が、『祖国日本を守る為に、尊い命を捧げた日本の英霊方に感謝と尊敬の念を捧げるのは、子孫としては当然であり、他国にとやかく言われる筋合いはありません。むしろ、アジアを白人帝国主義から守った、我々の英霊達に尊敬と感謝の念を持って、中国・韓国・朝鮮こそ、靖国に参拝して頂きたい!』と、一回くらい誰か言ってよ!と、毎年独り言を言っている私です。


かぐやひめ

Layさん!ほんとうにそうです
私は、いまでも、麻生総理に期待しています。
総理の本心は、そうだと信じるからです。

でも、みなさん同じ思いだと思います。
昨秋・・・日教組に真っ向勝負をかけた中山さん
「日本はいい国だ」と言って下さった田母神閣下
あの度毎、なぜ?と。

正直、国民は麻生さんには、金持ちの坊ちゃんらしい「大胆さ」「周りに遠慮しない唯我独尊」いわば、方向違いの小泉流を期待したと思うのです。

じっと、見守っていますが、実際の麻生さんは「大胆というよりは細心」「八方への気遣い。原則の遵守」・・・それは、思いもかけない麻生さんのしたたかさかもしれません。

そうでなければ政権は守れなかった・・・それぐらい魑魅魍魎が跋扈する世界だとは思う。安倍さんの時は、一人ひとり閣僚をもがれた。今回は個人の人格攻撃だった。何をしてもしなくてもマスコミは攻撃する=これこそ、情報による外国からの攻撃だと私は(たぶん、相当のみなさんが)気付くにいたりました。

いくつかの局面で、麻生さんが、大向こうを張って千両役者になれるはずの場面があった・・・Layさんも、きっと、何度も「ここぞ!」と思われたはずです。けれど、麻生さんは、そうはしてくれなかった。一番大事なのは一日も長く生き延びること・・・まるで、硫黄島の洞窟の中で耐え続けるように、今日も、麻生さんは堪え続けているようにみえます。

今の風潮を見れば、鳩山邦夫さんに乗るのも勝機ではなかったかと、私は思います。
国民は「小泉改革の欺瞞」に気付き始めています。

しかし、いくら「アメリカの顔」が変わったからといって彼ら大統領と言う名のパペットを操る「手」は同じなのだから、今と言うタイミングで、彼ら盗人の手を払いのけることは、想像もできないぐらい危険なことなのでしょう。

麻生さんが受けた脅迫が彼個人のことですんでいたかどうか・・・国民や国を人質にされているのですから・・・

最近、私は、思うようになりました。
「金?!金で済むならくれてやったらいい。
ただし、誰が、どういう汚い手で奪い去ったか、その真実だけは日本国民全員に知る権利がある。」

まるで救世主のように、あるいは、巧妙な詐欺師のように他人の財産をもっていくんじゃない!
きちんと「ありがとう」を言え。「ごめんなさい」を言え!
いっぱい言うことがあるはず。
日本によって救われた経済がたくさんあったはず。
日本人を、どんだけ虐殺したか!国際法に違反して!
いっぱいいっぱい「ごめんなさい」があるだろう?
それを「原爆を落としてやったから、戦争をやめられたんだ。感謝しろ」だと!?

決して許さない。だから
もってけ!!
ありがとうも、ごめんなさいも言えるはずはない。確信犯なのだから。
その正体を告白するはずもない。

だからと言って、日本人が、いつまでも騙されているなんて思うな。

正しく歩んだ国が、最後に勝つのは、長い歴史を見ればわかります。
ローマ帝国は?秦は?イスパニア帝国は?大英帝国は?どこにいきましたか?
そして、これらの国々には、今は見る影もありません。
アメリカ帝国の凋落を、私達はたぶん自分の目の黒いうちに目撃するでしょう。(もっとも、背後にいる黒い手は生き延びるのかもしれません)

さて、麻生政権。
大見得は切ってくれませんでした。
今後も切ってくれないと思います。

けれど、ここにこられる皆さんなら中川大臣と麻生総理が組んで世界経済の潮流を変えたサミットを御存じでしょう?
あるいは、総理が、ぱっとロシヤに飛んだこと、プーチンが来たこと。インドとなんだか提携したこと。
まともに報道されないけれど、麻生さんは、大切な布石を打っておられると思うのです。彼にしかできない豊かな功績がこの短い期間にたくさんあったと。

ただし、まともに知られていませんから、国民は大半が麻生さんを「あほ」だと思っています。情報弱者としては、それが精一杯です。

こうして、まもなく大団円を迎えます。
関西しかやってない番組かもしれませんが青山繁晴さんが「選挙」を占い「どっちも勝てない」と言ったそうです。

私は、情報弱者がだまされて大挙して民主党に入れると感じていましたが、最近では、「どっちも勝てない」が正解かもしれないと思い始めています。

どう考えても「組む相手が違う」政党ばかりです。ゆすぶったらばらばらになるでしょう。
明日は見えない。単純に自民党に過半数を!というのが「こたえ」かなあ?自民党にも売国奴が、ほら!ほら!ほら!ね。

真剣に国を思い、一生懸命の人が最後の勝者になると私は信じます。「最後」というのが、この秋のことなのか、もっと先なのかもわかりません。みなさん、決して日本をあきらめないでしょう?日本が蘇るまで、決してあきらめませんよね。

麻生さんの一番の功績は、日本人一人一人を目ざませたことだと思います。
これが悪夢であって、目が覚めたら、「あ、麻生政権が続いている!」だったら、私きっと嬉しくて泣くと思う・・・



Lay

かぐやひめ 様
>今さら言ってもしかたないけど、1980年ごろ、小平が、資本主義経済に変えたがっていたころ、
「中国国内から、突き上げをくらっちゃうもんで、日本憎し!という姿勢をとらな、しゃあないねん」と、言われたかして、靖国参拝も遠慮して、小平が国内反対派から、あんまり責められないように調子を合わせていた時あったでしょ。
あれが、今でも、どうしても腹が立ちます。 <

1982の第一次中曽根内閣のころではないでしょうか? 靖国参拝を止めました。 「親日的な中国首脳の立場を思って」という事ですが、まんまと策に嵌ったわけです。 

現在も同じですが、国益にのっとり戦略的外交を推し進める組織なり機関が日本にはありません。 総理大臣の判断に影響を与える国家情報機関が無いのです。 先進諸外国と比べても異常といえます。

中曽根・宮沢・村山首相とその当時の「場当たり的思いつき発言」がどれほど日本の国益に損害を与えたことか!

私は麻生総理には、民主党や近隣諸国に対して思い切った発言を期待しています。 それも言えないようでは自民党の過半数はないと思います。

野狐禅

No title
NO 麻生、BUT 麻生

先ほど投稿を失敗しました、お許し下さい

野狐禅

No title
色付きの文字太字の文NO 麻生,BUT 

かぐやひめ

椿さん(*^_^*)
私が知っている中国育ちの中国人は一人だけ、結局日本人には、とても付き合いきれなくて、次々彼女から去って行きました。
その程度の体験しかないので、椿さんのお気持ちが十分には理解しきれなかったのです。
でも、中国のこと詳しく知るにつれ、わかりました!

「かっか」きてたわけじゃなかったですか?
こっちが、ぼーっとしてるから、椿さん、さぞかし頭に来たんじゃないかと思いました。

「殴られる前に、殴れ!言うべきことは言え!あいまいな顔はするな!一歩も引くな!いっぺんでも甘い顔を見せるとなめられるぞ!」
て、日本の政治家に檄を飛ばしたいでしょ。椿さんも。
毒ギョーザ事件以後、背中をどつきに行きたくなるばかりだったじゃないですか。

今さら言ってもしかたないけど、1980年ごろ、小平が、資本主義経済に変えたがっていたころ、
「中国国内から、突き上げをくらっちゃうもんで、日本憎し!という姿勢をとらな、しゃあないねん」と、言われたかして、靖国参拝も遠慮して、小平が国内反対派から、あんまり責められないように調子を合わせていた時あったでしょ。
あれが、今でも、どうしても腹が立ちます。
政治家は、お人よしというより、利権を一緒に食ってたに違いないけど。
日本人の誇りはどこへおいてきたんや!

私は、今さらにかっかして叫びたいです。
あの時の、間違いが、どれだけ大きな禍根を残したか!

共通一次世代

麻生総理の「日本」と「日本人」を信じる心
麻生総理はまさしく、今、孤軍奮闘しています。何の為に?
「日本を守るために!」

昨年総理になったときの所信表明演説も今、再び読みましたが、言葉通り、逃げることなく、諦めることなく頑張ってくれていると改めて思うことが出来ました。

先日の総理のスピーチも広く国民に伝えたい。
でもマスコミは流さない。悔しい。チラシを作って国民に知らせたい。


麻生総理スピーチ 「私の目指す安心社会」-平成21年6月25日

政府インターネットテレビ(首相官邸HPより)
http://nettv.gov-online.go.jp/prg/prg2650.html

「全文」(首相官邸HPより)
http://www.kantei.go.jp/jp/asospeech/2009/06/25speech.html

(以下抜粋①)
これから日本が目指すべき安心社会は、私たちみんなでつくり上げていくものです。安心は与えられるものではありません。自らつくり出すもの。安心は決して至れり尽くせりの受け身の安心社会ではありません。国民一人ひとりが役割と責任を分かち合う。そして、家族や地域で、また世代を超えて、ともに支え、信頼し合える社会をつくり上げることだと存じます。

(抜粋②)
ポイントの3つ目は、政府への信頼回復です。政治や行政に対する不信が社会保障への不安を生んでおります。国民の皆様が納めた税金がきちんと国民のために使われているのか不安なのです。政府はこの不安・不信に応えなければなりません。そのために国民の負担と、その見返りに得ている安心というものをわかりやすくしなければならないのだと存じます。
 例えば学び、働き、子どもを生み、育む、育てるといった人生の各場面で、どのような給付やサービスを受けられるのか。それをわかりやすく解説した「社会保障ハンドブック」、社会保障に関するハンドブックをつくり、国民の皆様にお配りします。また、国民一人ひとりが必要な支援を迅速・確実に利用できるよう、安心保障カードをお配りします。

(抜粋③)
皆さん、しばしば政治を変えなければならないとおっしゃいます。そのとおりです。しかし、このような言葉をもてあそんでも、むなしさだけが残りませんか。具体的に何を変えるのか。どのような目標を立て、どのような道筋で実現するのか。それを明らかにしない限り、政治への不信は戻らないと存じます。そして、政権与党はそれを実行し、実現しなければなりません。その責任がある。勿論、財源を考えないばらまきや不相応に矛盾した政策の羅列はもはや許されないと存じます。財源もなしにサービスだけを約束する、そのような無責任なことは、政権与党はできないのです。

(抜粋④)
今日のお話の最後になりますけれども、次のことを申し上げたいと存じます。自民党は変わります。変わらねばなりません。私は、日本の政治を変えなければならないと思っております。私は、国民が日本の政治に不満を持っていること、それを認めなければならないと申し上げました。
 そして、政府、自民党がその責任から逃れられないことも認めています。自由民主党は長年にわたって日本の政治を担ってきたんです。成功への貢献とともに、失敗に対する責任も認めなければならないと思います。私たち自由民主党は常に満点だったというつもりは全くありません。
 しかし、問題が指摘されるたびに、自由民主党という政党は自らを改革し、課題を克服してきたのが歴史だと思います。

 今、更に大きな変革、改革が求められております。自由民主党は変わります。そして、私は日本の政治を変えます。日本を守るために変える。それが日本を再び強く明るい国に変えるためであります。次なる発展に、私、麻生太郎と我々自民党は責任を持たねばならない。責任を持つ。

 国民の暮らしを守るのが自民党、日本を守る自民党、それを最後に申し上げて講演を終わらせていただきます。

共通一次世代

日本人としての誇り。矜持。
ねずきちさん、皆さん、こんばんは。
最近、産経新聞の連載【昭和正論座】で、香山健一・学習院大教授(当時:昭和50年8月13日掲載)の「自己犠牲求む永遠の価値」という内容を読み、ねずきちさんのエントリーと重なるように、とても心に残ったので、紹介したいと思います。

http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/090627/plc0906271920003-n1.htm
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/090627/plc0906271920003-n2.htm
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/090627/plc0906271920003-n3.htm

(一部抜粋)
生命さえ助けてくれるなら、どんな脅迫にも屈するという生き方は、誇りも理想も人道も忘れた奴隷の生き方ではあっても、決して自由な、誇り高き人間の生きるべき生き方ではあり得ない。悲しいことではあるが、それ以外に仕方がないのなら私は愛する両親や妻や子供たちのために、自由と、日本の美しい伝統と、この民族の未来のために、自分の生命を投げ打つであろう。脅迫に屈し、誇りも理想も捨てて、奴隷の如く生ける屍(しかばね)の如く、全体主義の圧制のもとに生き続けるぐらいなら、私はこれとの生命を賭けた闘いと名誉ある死を躊躇(ちゅうちょ)することなく選びたいと思う。たとえこの身が滅んでも、必ずや子供たちが、そして生き残ったひとびとが、若い世代が私の殉じた自由の価値を守り続けてくれることであろう。

椿

笑い!!
>かっかと頭にきつつ「目を覚ませ!日本人」と、叫んでおられるのか、ほんとうによくわかりました。<

思わず笑ってしまいました。(笑)。そんなにカッカしてましたでしょうか? 海外で生活していた時の“シナ・朝鮮・欧米の厭らしさ、姑息さ、偽善性、差別意識、厚顔無恥さ”を、このブログで思い出してしまい、「そうだ!そうだ!、日本人よ、騙されるな!!」という思いが湧き上るのだと思います。

ただ、私が恐れているのは、シナ・朝鮮・欧米が日本に対して「高慢な態度」をやめ、『微笑み工作』に転じて来る事です。その偽りの微笑みに、お人好しの日本人は、すぐにも騙されるのではないだろうか?と、心配で心配でなりません。

欧米・シナ・朝鮮の歴史を振り返ると、日本流の『負けて勝つ』という原理は一切通用しないという事が分かります

日本は、昔から、一時的に負けても、生き残れる可能性があったからこそ、『相手に譲るという事が、習慣として成り立ったのでしょう。ですが、欧米・シナ・朝鮮の風土では、「負けてやる」などという“風流なお遊び”は、絶対に許されないのだと思いますその場その時の隙を狙って勝たねば、生き残れない“弱肉強食の世界”。この違いが、日本vs欧米・シナ・朝鮮との違いなのだと思います

実際、いつも疑問に思うのです。日本人は、チベットのように、俗世から離れた“精神世界”を目指したいのか? それとも、国家・国民を持つ俗世間の一員として、侵略や謀略に対しては、こちらも“立ち上がって戦うのか?”という事です。 

敵側の出方次第では、こちらも国・民を守る為に、相手国の人間を殺さねばならないのですから、今の日本人がイザとなれば、「戦争という状況」を選べるかどうかです。かってのチベットと同じように、在の日本社会は、軍隊を軽視し、核武装論さえも封殺しています。チベットと同じ轍を踏もうとしているのでしょうか?

私はチベットのダライ・ラマ法王様をとても尊敬しています。ですが、精神的指導者である彼には、政治の指導者としては難しいところがあるのではないか?と思います。チベットのように、侵略者に対して、寛大な心を持つことは、ある面、人間として大変素晴らしい行為ではありますが、その行為の結果(裏)にある厳しさ、いえ、苛烈さに、本当に対峙できるのでしょうか? 

相手を信じ・許す』という行為の裏には、“背信・裏切り”も必ず存在します。表裏一体です。日本人もチベット人もある面、そういう突き詰めたところで、物事の責任というか、厳しさというか、そういうものを考えていないのでは?と思われるのです。

切られ、貶められ、国も資源も国宝も奪われ、民は乞食と化しても、それでも相手を信じたことに、相手に尽くしたことに、責任を持って、文句も言わずに、黙って、その不名誉と虐殺を甘受出来るのでしょうか? 

そうでなければ、私達は決して『不戦の誓い!』等と、生ぬるい事を言っていてはいけないと思います。それよりも、先代方の志を引き継ぎ、『いざ、鎌倉!』とばかりに、かぐやひめさんが仰るように、国民一人一人が立ち上がり、時宗にならねば!



かぐやひめ

再生できると思います
天皇家が続く限り、日本は再生すると信じます。
やっぱり、憲法は、現憲法完全廃棄で、明治憲法に戻すのがいいのかな。

男が脆弱になって、へんてこなのは、世界的な問題ではないでしょうか?
英国紳士ていうのも、最近死滅した気がするし、アメリカの誇り高いGIも、今は無い。

これは、世界に向けてアピールされた「男女共同参画社会」という、男性と女性=「陽と陰」のバランスを破壊したところに原因があると私は思っています。

かつては「らしく」が大切だと言われました。
「男は男らしく。女は女らしく。大人は大人らしく、教師は教師らしく、警察官は警察官らしく、裁判官は裁判官らしく」この「らしさ」が拒絶されたところに自家中毒が起こっていると思うのです。
本来の流れを曲げられた「気」が、出口を求めてぐるぐるぐるぐる回って自分を攻撃している・・・そんな気がします。

大きな見えないところから知らない間に仕掛けられた破壊工作があるような気がします。そして、いつのまにか社会全体が、居心地悪くなっている。なんか、すがすがしくない。なんか、気持ちが悪い・・・その仕掛けも「マスコミ、メディア」を通して施されているのだから。しっかり目を見開いて、本当のことをしっかり見ましょう。こういうブログが、その手助けをしてくれると思います。

自然にこうなったのではなく、知らない間に仕掛けられて、操られて、その気にさせられていたことに、まずは、気づくことです。

VE

No title
武力侵略に対しては、今の日本人でも立ち上がると思います。

問題は特亜、米国いずれを問わず、、精神的・人口侵略に対しては全くといってよいほど無防備な状態になっていることです。

東京裁判史観から日本人は、早く目を覚まさないと「日本が、日本人のものではなくなってしまいます。」

みちお

No title
>こりゃたまらんと、とりあえず、引きに引いて遠巻きにするくらいしかなすすべがない。
>第一回蒙古襲来(文永の役)

余計なことですが、このとき日本が引いた(負けた)のは戦略だったという説もあります。
わざと負けて蒙古軍を上陸させる。
→博多の先には古くからの城郭地帯がある。
→そこに引きずり込んで殲滅するのが目的だったという説です。

真偽の程はわかりませんが、日本がいかなる大敵にも敢然と戦ったことだけは確かです。今の日本にはそれだけの気概を持った日本人がいるでしょうか。日本人は本当の意味で「日本人」として再生する日が来るでしょうか。
不安でなりません。

ミヤビ

迫力ありすぎます!
ねずきちさんのブログといい、コメントといい強烈過ぎて
毎回ドキドキしながら読んでしまいます。
昨日は戦争の恐ろしさに落ち込んで、ジャパンデビューを見て落ち込んでと散々な一日でした。
私たちは自虐史観とともに、日本人は諸外国より劣っているというコンプレックスをずーっと植えつけられていたとジャパンデビューを見て確認しました。
私たちが知りたいのは負けた理屈よりも、日本がこれほど長い間、皇室とともに存在し続けた事実です!
長い歴史の中でいかに先人方が日本を守りぬいてくれたのかを知り、自信と誇りを取り戻すことです。
今日の元寇のお話は勇気をいただけました。
ありがとうございました☆
本来ならば、国営放送であるNHKがそのような役目を果たさなければいけないのに・・・
本当に長い間、日本人の自国歴史観を貶めていた責任はNHKのどなたが償って下さるのでしょうか。
ねずきちさんがかわりに正しい日本の事実を教えてくださるのを楽しみにしております。



けんぶつ

No title
>仏教

 原理主義化していく仏教への危機意識が足りませんよ。
日本人の祖霊崇拝へ乗っかることで日本化し神道との融和や
混交を果たした仏教は、檀家制度で命脈を保ち、神仏の分離と、檀家制度の崩壊(家族や郷土の崩壊)の中で一方は旧来の檀家制度と地域主義の中に生き残りを模索し、他方は仏教原理主義へ傾斜して現代の思想や流行の中で生き残りを模索するという様な様態が生まれています。
 仏教は原理化すると無神論・実存主義へといたり、マルクス主義との親和性さえ垣間見せています。共産主義体制下の生き残りさえ視野にはいっています。そのように先鋭化する仏教はたとえば在特会が西本願寺を攻撃しているように反日勢力ともなっているのです。
 一創価党(池田太作)に限らず、日本仏教は実は反日宗教へと傾斜しつつあるのですよ。少々危機意識が甘くありませんでしょうか?

-

No title
☆☆☆ご協力のお願い☆☆☆
6月29日のテレビ朝日「ワイド!スクランブル」で東国原知事の国政転身の動きについて偏向報道があったので、

『偏向報道にはスポンサー問合せ』にてスポンサー情報を更新いたしました。

テレ朝系昼1200~夕方1700
http://www23.atwiki.jp/inquiry_003/pages/33.html

スポンサー問合せにご協力ください。

かぐやひめ

#LkZag.iM様
>■南モンゴル侵略の正体
http://www35.atwiki.jp/kolia/pages/667.html
見させていただきました。
大変勉強になりました。
中国が、どういう国かわかりました。
かつての元(モンゴル)は、とても恐ろしかったけれど、なんと、現代では、すっかり気の毒なことになっているのですね。

ご紹介のニコニコ動画で「日本人は、あれだけ大声で中国人が抗議するのだから、100ではなくても、1ぐらいは本当のことがあるだろう」と思ってしまうけれど、それは違う。中国人は100%嘘のことを平気で大声で言える・・・とても、日本人には、考えられない。日本人は大声をあげて喧嘩するというようなことに慣れていないから、すぐ「すみません」と、ひっこんでしまうが、これでは、中国人には、やられっぱなしになる・・・・外交交渉とは、相手をやっつけてなんぼの世界。外交交渉においては「我々が相手にするのは”ものすごく悪い中国人”か、”悪い中国人”しかいない。」
などなど、中国人が、どんなに日本人とはかけ離れた民族か国民性であるかが語られていました。

これは、実は、日本においても戦前には「常識」でした。国交の無い20余年の間に、私達は中国人というものの”肌感覚”を忘れたみたいです。

今こそ知る・・・なんで愛する親や祖父母が人でなしみたいに、彼らを「チャンコロ」とか「チョンコロ」と、馬鹿にしたのか・・・そっちの方が正しかったんだ。まったく学校は、なんという偽情報を教え、国の将来を危なくしてきたことか!!!!

椿さんが、いつも、かっかと頭にきつつ「目を覚ませ!日本人」と、叫んでおられるのか、ほんとうによくわかりました。

1942

No title
 <鎌倉>   <常立寺>  <蒙古の国使5人の塚>

滝の口の刑場で首をはねた蒙古の国使をこの常立寺に祭っています。で現在も祭ってあります。

対馬
対馬でも子供が泣くと「ムクリ・コクリの鬼が来るよ」と言えば泣きやんだ、と言う事を聞いた事が有ります。
日本の戦国武将でもやらない事は大陸では常識なのでしょう非常に残酷です。通州事件(別名・南京事件)でもその残虐性は日本人が目を背けるもので有り、写真も「不許可」で有ったのでしょうが、チャイナ・コリアのプロパガンダを理解して居れば「通州事件」の写真を持って置くべきでした。一枚は日本軍の石井部隊の「解剖」としてチャイナが利用して居ます。
両国は全てを利用しますから、日本人も心すべきです。

-

No title
モンゴル繋がりで・・・

■南モンゴル侵略の正体
http://www35.atwiki.jp/kolia/pages/667.html

チベット、東トルキスタンに続いて、今年から南モンゴル独立運動もいよいよ立ち上がりました。
応援しましょう!

大阪の主婦

北条時宗
ねずきちさま初めまして!私は、ねずきちさんの真実の歴史を知れば知る程に、日本人として生まれた事に誇りを持つ事が出来ました。有難うございます。
今回の北条時宗の武士道精神と大和魂に感極まり涙が止まりません。
実は土曜の午前中にご近所の、94才のお爺さまがお亡くなりになりました。
いつもニコッと温和で背筋がしゃきっとしてカッコイイお爺さまでした。今日はそのお爺さまの告別式でした、お爺さまは大東亜戦争で中国の南方での活躍で国から表彰されていたそうです。
こんな身近に大東亜戦争で命をかけて日本を守ってくださったお爺さんに感謝の気持ちでいっぱいです

ねずきち様!私達が学校で習う事が出来なかった、誇りある真実の日本の歴史、大和魂を有難うございます。
それにしても漢民族って・・・

ひなげし

あっぱれ!鎌倉武士
元寇のわくわくするストーリーをありがとうございます。本当はこれをドラマ化したら日本人の愛国心は一挙に高まり、ドラマが終わった時もスカッとするはずなのですが、NHKの大河ドラマは本当にイライラするできでしたね。途中から見るのをやめていたのですが、CGを使った元の来襲シーンは楽しみに見たところ、がっかりしました。あまりにも鎌倉武士を馬鹿にした作りでしたので。

何の準備も無く、戦い方も違う相手だった文永の役で、蒙古軍が帰ったのは鎌倉武士の頑張りが大きかったと思います。一夜明けたらいなかったというのは、上陸して野営など危なくてできなかったという事ですから。これは弘安の役でも言える事です。鎌倉武士が頑張ったから、神風が吹いた時、蒙古軍は上陸せずに船上にいたわけです。
残った船で逃げる蒙古軍を小舟で追いかける武士たちもとても頼もしい。
北条時宗はこの時の軍功を朝廷からは褒められていません。今も昔も平和ぼけの日本人は神風(平和憲法)のみで平和が得られたと思いたいのでしょう。

bingo

一気に読んでしまいました
きょうもすばらし歴史考察。日本人のあるべきルーツを見る思いでした。

北条時宗のような人物が現代の日本いるのか?つい考えてしまいました。外敵から日本を守ること。これは当時と今では事情が違い、すでに敵が国内侵入している危うさを感じますね。

まずは、内なる敵を壊滅させることから。そのような動きが、かすかに感じられるようになったと思います。手遅れにならないうちに、蒙古襲来のような危機感を日本国民は共有しなくてはなりません。

愛信

宮崎学「愛知県保釈金三億円事件」を語る
宮崎学「愛知県保釈金三億円事件」を語る

「それで捜査の方はどうする? 今のままでは埒があかんだろ? いつマスコミが嗅ぎ付
けて騒ぎ出すかも知れんのだぞ、どうするつ もりだ?」 最後の所で裁判員制度の騙し
の手口に触れて、裁判員制度を否定しています。

【裁判員制度関係の掲示板】動画付き
http://www.aixin.jp/axbbs/kzsj/kzsj9.cgi
【裁判員制度タイトル一覧】はこちらをクリックして下さい。

反日売国の駆除には「うっかり」で決まり、毎日かかさ続けましょう。
【置きビラの掲示板】
http://www.aixin.jp/axbbs/kzsj/kzsjb.cgi
【置きビラ・タイトル一覧】はこちらをクリックして下さい。

-

No title
北条時宗・・捏造NHKは以前大河ドラマでこの時宗をえらく平和主義者にしていましたねぇ。「戦を回避できるならこの首を差し出してもいい」などと言わせていましたが、あのドラマはそれ以降見ませんでした。今は首を差し出すどころか、自分の利益の為に国を売るんですから日本人の質は落ちてしまいました。ん?でも今の政治家で本当の大和民族って何人くらいなんでしょうか?やはり公職に就く人とマスコミなどは出自を明らかにすべきですね。

bb

ねずきちさん、こんにちは。
歴史区分で言えば、古代から中世に移り、貴族の世の中から武士の世の中に移り、ようやく体制が出来上がった矢先の、元寇だったと思います。近世のように武士と農民の身分がはっきり分かれていたわけではないから、農民は日常的に鍛錬された軍人ではありません。だから所謂鎌倉仏教と呼ばれる、新宗教が興ったわけで、たとえ小石を投げ合うような戦いであっても、死と隣りあわせという状況に変わりないと思います。

けんぶつ さん

>更に、『立正安国論』を幕府に上呈した日蓮を佐渡に流した。つまり創価党の首魁池田大作を流刑にしたわけです。<
これは違うでしょう。確かに日蓮の中には時の権力に物申すという態度はあったと思います。この頃の僧侶は案外国際派で情報は沢山もっていました。元の台頭と覇権は確実に彼の耳の入っていて、それを鎮めるには法華経信仰しかないと進言したのが「立正安国論」だと思います。簡単に言えばですが。さらに彼は書簡も多く、戦で夫を亡くした女性に「安心しなさい、霊山浄土(りょうぜんじょうど)には歩いていけるのですよ。」などと慰めていたり、優しさに溢れています。私は特別に日蓮宗信者でも熱心な仏教徒でもありませんが、日蓮と聞いただけで、創価学会に短絡的に結び付けるのはよくないと思いちょっと余計なことを書いてしまいました。ただ日蓮や親鸞が権力者にとって都合の悪いところがあったのは否めません。後の一向一揆などを考えると(こちらは念仏ですが)その萌芽を見たのかもしれませんし、高野山、比叡山といった密教との関係もあったのかもしれません。いずれにしても中世に生きた人々の宗教観と今の宗教観を同じ死生観で比べては危ないと思いますが。

今は外国ではなく日本の中にいて日本を攻める、見えづらい敵と戦っていると思います。見えづらいから戦法も難しいと思います。ねずきちさんが言われるように「やられるくらいなら戦う」この気概が私たち一人ひとりに欲しいところです。

siva

No title
ねずきちサン、今日もお勉強になりました。v-353
感謝デス!
日本には『他民族の侵略に打ち勝った』という歴史があったんですね。^^
私達はその末裔なのですから、他民族の侵略を絶対に阻止せねばなりません!

-

モンゴル帝国
中国の「元朝」とは、ダイオン・イェケ・モンゴル・ウルス (大元大蒙古国 Dai-ön Yeke Mongγol Ulus) の事でしょう。
クビライ・カーンは、モンゴル帝国第五代皇帝、大元大蒙古国初代皇帝です。

東郷平八郎

No title
朝鮮民族は古代から 嘘つき・手抜きの常習犯で、誰からも信用されていなかったということが よくわかりました。
天の時・地の利・人の和といいますが この場合 時宗の決断によって人の和が成り 地の利を得ることができ ついには台風という天の時を迎えることができた。まさに神風ですね。
指導者の仕事は決断すること その方向は困難な道 逆風に立ち向かうことではないかと思います。
追加として部下を見極める目も重要です。

-

元はモンゴルですよ
モンゴル人は、今でもチンギス・ハンを民族の「神」のように崇めています。
モンゴル帝国大五代皇帝フビライは、チンギス・ハンの孫です。
元朝は則ち「モンゴル帝国」の事です。
モンゴル人が漢民族などを支配して成立した国であり、「シナ」と呼ぶのはいかがなものか?と思いました。

かぐやひめ

民族性
シナは、易姓革命で、いつもいつも皇帝が変わり、さらに「漢人」や「満人」など、部族も変わっているのに、「同じ」なんですねえ。

半島が、大陸を恐れるのはわかるけど、大陸から来るものはなんでもOKで、日本からもたらされるものは、どんなに良くてもNO.

それが、1000年前と一緒。いや、もっと前からそうだったから白村江の戦いとかもしなければ仕方なかったと思います。

北条時宗。偉かったですねえ。

ねずきちさんのブログでしたよね。
神様は日本に温暖な気候や、いいことを、いっぱい与えてくださった・・・これでは、あんまり不公平なので、朝鮮とシナを、隣に作ったって。
なんべんも、このことを、思い出しますよ。

時宗がいない!と、他人のせいにしないで、私たち一人一人が「時宗」の覚悟を立てるんです。
それしか、ありません。

神風を呼びましょう。

けんぶつ

No title
>いまの日本に一番必要なのは、北条時宗なのではないか

 正論です。更に、『立正安国論』を幕府に上呈した日蓮を佐渡に流した。つまり創価党の首魁池田大作を流刑にしたわけです。
 武断の時に躊躇するのは国を滅ぼすと思います。核武装で国家護持をすべきです。物資に剣をつき立てる覚悟をもち、そして戦略国家へ!

うさぎの耳

No title
初めまして

うさぎの耳と申します。

とても勉強になりました。

神風は心の中にある。

意志が先に来て、後で対策(システム)が作られるという事実を思い直すときなのでしょうね。
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ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず

Author:小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず
連絡先: nezu3344@gmail.com
電話:080-4358-3739
出身:静岡県浜松市
住所:千葉県野田市
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんのひとりごと」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「明治150年真の日本の姿」、「日本と台湾の絆」、「奇跡の将軍樋口季一郎」、「南京事件は4度あった」、などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。
日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
《著書》
『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』
『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦
『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
『ねずさんと語る古事記・弐〜天照大御神と須佐之男命、八俣遠呂智、大国主神』
『誰も言わない ねずさんの世界一誇れる国 日本』
最新刊
『ねずさんの奇跡の国 日本がわかる万葉集』
『ねずさんの世界に誇る覚醒と繁栄を解く日本書紀』

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