重慶空爆について考える

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広島・長崎に落とされた原爆、東京大空襲や、太平洋沿岸の各市町村への米国の艦砲射撃等の無差別爆撃は、これより先に日本軍が、中国の“重慶”を爆撃し、無差別に市民を殺戮したことがきっかけになっている、という説があります。

『重慶抗戦紀事』によると、日本軍の重慶への爆撃は、1938年12月4日より1943年8月23日にかけて、断続的に218回行われたとされており、中国側の死者は計11,800人、家屋の損壊は17,600棟となっているとか。。

一般市民への無差別爆撃は、1899年のハーグ陸戦条約での禁止事項です。

そのジュネーブ条約を先に破り、一般市民への虐殺を日本が先にしたのだ、というのが彼らの主張のようです。

都市部への爆撃は、それが軍事施設であれば、正当な軍事行為です。
そしてその軍事施設(飛行場、兵器庫、兵舎、対空設備、艦船等)への攻撃を受けた際、一般市民が巻き込まれないように、配慮するのは、むしろ攻撃を受ける(可能性を含む)側の軍に課せられた使命です。

つまり、軍は、一般市民に対して、避難命令を出さなければならない。
もし、その避難命令が出されず、避難措置が採られていなかったのなら、それが戦闘中のことであれば、爆撃してきた側の国の責任ではなく、むしろ攻撃を受けた側の責任です。

そこで重慶爆撃についてみてみると、どうも不思議なことがある。

まず、責任追及というものは、責任を追及する側と、される側の特定が必要となります。

この場合、責任を追及される側は、もちろん日本です。

では、責任を追及する側は、誰でしょうか。

1938年~1943年当時、重慶にいたのは、蒋介石率いる国民党です。

国民党は、南京を追われた後、重慶を首都と定めた。

ただし、この時点で、国民党は中国の正当な政府ではなく、単なる中国エリアの軍閥にすぎません。
なぜなら、国民党が中華民国をうちたてて、蒋介石が初代総統に就任するのは、1948年のことだからです。

そして毛沢東率いる中国共産党が中華人民共和国を打ち立てるのは、1949年10月1日(中華人民共和国建国記念日)です。

つまり、重慶爆撃があったと彼らが主張する1938年~1943年というのは、まだ中華民国も、中華人民共和国も誕生していません。

つまり彼らは、どちらも、この時点では正当な政府ではなく、重慶を統治していたのは、中華民国・・・いまの台湾であり、毛沢東率いる中華人民共和国は、この時点では、重慶は、他国ですらあった。

そして中華民国は、いまにいたるも重慶に関する日本の責任追及はまったく行っていず、かさねていうなら、東京裁判の判事として名を連ねた中に、梅汝敖(中華民国派遣)もいるけれど、その東京裁判で重慶空爆に関しては、まったく問題視されてもいない。

つまり、中華人民共和国が、重慶空爆被害を主張するのは、そもそも筋違いであるともいえそうです。


さらに重ねて年次の推移をみてみると、

第二次世界大戦のはじまりは、1939年9月1日のドイツ軍によるポーランド侵攻。

大東亜戦争の開始(真珠湾攻撃)は、1941年12月。


で、重慶爆撃が、1938年12月からとするなら、戦争前の出来事ということになります。

なるほど、1938年当時といえば、前年の7月に盧溝橋事件があり、ここから日華事変がはじまっています。

しかし、当時の中国は、清国が倒れたあとで、国家はいわば内乱状態にあり、蒋介石率いる国民党と、毛沢東率いる中国共産党が互いに衝突し、内乱を起こしていた時期にあたります。

要するに1938年~1943年という、日本軍が重慶爆撃を行ったとされる期間は、国際法上は、中国に政府はなく、いわば、いまのソマリアのような無政府状態になっていたわけで、日本はその無政府状態にあったシナに、治安維持のために出動していた。

よく、日中戦争という言葉が使われます。
そしてその日中戦争において、日本は、重慶を無差別爆撃し、多くの市民を殺傷したという。

しかし、戦争というのは、国家対国家の紛争解決の最終手段をいいます。

まだ中華人民共和国も、中華民国も誕生する前の段階では、中国には国家はない。
ない国と戦争はできないから、これは「国家対国家の戦争」にあたらない。

では日本軍が戦った相手はなにかというと、蒋介石率いる当時「国民党」を名乗った中国のいち軍閥であって、幸か不幸か、当時の中国共産党とは、日本軍は、一度も戦火をまじあわせていない。


日本側資料によると、重慶爆撃は、作戦が終了するまでに72回(=中国発表は218回)の長期の空襲を行っているけれど、1941年9月には、日本軍は作戦を打ち切っている。

ところが、中国側の主張では、重慶爆撃は1943年8月まで続いたという。

作戦を打ち切っているのに、爆撃がされるはずもなく、これはあきらかにおかしい。


さらに被害者の人数の問題があります。

冒頭に、≪中国側の死者は計11,800人、家屋の損壊は17,600棟≫という、中国側の発表数字を書きましたが、

中国の発表は、年々被害者の数が増えている。

2000年07月13日
「死亡した2500人の同胞を」

2001年06月06日
「市民1万1889人が死亡、1万4100人が負傷」

2004年07月14日
「被害者は5万人以上で」

どうもあやしい。


ねずきちは、人を利用主義的に利用するということが、いちばん嫌いです。

なかでも亡くなられた人の数というのは、その亡くなられたおひとりおひとりが、生きていた人間であって、おひとりおひとりにそれぞれの人生があったことを思えば、数を間違えるなど、言語道断です。

おひとりおひとりに人間としての尊厳を認めるならば、数は実際より少なかったら死者への冒涜になるし、多くてもやはり冒涜だと思うのです。

人を大切に思うなら、数の間違いなんて、あってはならない。

その数が、年々変化する。
それってつまり、亡くなられたおひとりおひとりの人命を尊重するという考えではなくて、数にモノをいわせて、おのれの政治的主張を押し通そうとする政治的プロパガンタにすぎない。

政治的プロパガンタであるということは、亡くなられた死者をすら利用主義的に利用しているわけで、それは人として許されない行為ではないかと思う。


さらに続けます。

日本軍による空爆はあったのかなかったのか。南京陥落後、蒋介石が重慶に逃れ、ここを国民党の本拠地に置いたのは事実です。

そして日本軍が、重慶爆撃をしようとしたのも事実です。
ただし、当時の日本軍は、爆薬もガソリンも乏しく、爆撃対象は飛行場と軍事施設に限られた。

中国の文章によると、
「1940年6月上旬頃までの爆撃は、もっぱら飛行場と軍事施設に向けられていたが、重慶市街にも相当数の対空砲台があり、そのため味方の被害も増大する状況となったので、作戦指導部は遂に市街地域の徹底した爆撃を決意した。」
などと書かれています。

山本七平の「ある以上体験者の偏見」という本がありますが、そこには次のような文章があります。

-------------------------------------
(日本軍)の欠陥兵器を次々にあげていけば際限ないが、あまり長くなるのでこの章の最初に述べたAさん、陸軍の重爆隊の生き残り、の言葉を収録し、それを敷衍してこの稿を終わろう。

「新聞に出なかったけれどなぁ、重慶・昆明の爆撃はひどかったよ。

日本の高射砲は絶対に当たらネーが、中国のは米国製でなぁ、よく当たりやがるんだ。

一回行けば八機は落とされた。重爆ってのは九人乗ってたんだぜ、そのたびになぁ、
8×9=72人 の遺骨無き部隊葬よ」
------------------------------------

どうやら、上の中国側の文章にある、
≪重慶市街には相当数の対空砲台があり≫、
≪味方(日本軍)の被害も増大する状況≫

の2つは、事実のようです。

問題はそのあとに続く、≪市街地域の徹底した爆撃を決意した≫ですけれど、当時の世界で、市街地の無差別爆撃ができるほどの余裕があったのは、米軍だけです。

日本にはそれだけの余裕はありません。

日本が重慶への爆撃を行ったことは、陸軍飛行戦隊の記録にもある。

しかし、基本的に物資の乏しい日本機が爆撃を行うのは、軍事施設への精密爆撃です。しかも、いく都度、むしろ日本の方が、飛行機を撃ち落とされている。

高機能の高射砲を持ちながら、一般市民が巻き添えになったとするならば、それは当時重慶を占領していた国民党軍が、一般市民に対する避難勧告を怠ったからであるといえます。


出撃して撃ち落とされた日本兵にも、亡くなられた中国の方にも、深く追悼の意を表したいと思います。

いまとなってたいせつなことは、戦時中に大切な命をなくされたおひとりおひとりへの深い追悼と慰霊が第一と思います。

そして追悼と慰霊に際して、たいせつなことは、亡くなられたおひとりおひとりへの追悼です。

間違っても数ばかりが先行し、肥大化するようなことは、あってはならないことだし、それを政治的に利用するなどということは、なにより、亡くなられた方々への冒涜であると、ねずきちは思います。

亡くなられた方の数に洩れがあってはならないし、同時に、数ばかりが独り歩きして増えることもよくない。人の命というものは、そんないい加減なものではないと思うのです。

重慶市で、兵士にせよ、一般市民にせよ、お亡くなりになられた方がおいでになるなら、その方々が当時の施政者にとって大切な方々なら、当然、誰と誰がお亡くなりになったかきちんと把握されていることでしょう。

当然、人数もはっきりとわかる。

それが「わからない」というなら、当時の重慶の施政者は、兵士や市民を「顔のある人間」、「たいせつな人」としてみていなかったということになる。

人の命は、じっぱひとからげにされるべきものではないです。

人の命がかかっている事柄である以上、もし重慶爆撃による一般市民の死傷者を問題視するなら、ただ相手が残虐だ、残虐だと騒ぐのではなく、具体的な事実を正確かつ詳細に検証すべきでなないかと思います。

人はそれぞれ幸せに生きる権利を有するものだと思います。
そして人々の集合体である国家は、人々の命に責任がある。

数も正確に知れないような政府なら、それはもはや政府ですらない。

避難勧告すらせずに、一般人の人命まで犠牲にしたというなら、それはもはや政府の名に値すらしない。

ひとの命を大切にしないような政府なら、重慶政府が政府の名に値しないものであることを自ら認めているに等しい。

そしてもし、重慶無差別爆撃なる主張が、なかったことを、政治的にあったとしているなら、人命軽視もはなはなだしい。

なぜならそれは、人の命というものを、政治的にもてあそんだことになるからです。

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日テレ村尾アナの超かんたん山鳩クッキング!?


国民が知らない民主党政権で治安崩壊 !?
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コメント

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No title
またしてもNHKが重慶爆撃について悪質なプロパガンダを垂れ流しています
重慶爆撃のパイロットの手記で印象に残っているのは アメリカ製の高性能高射砲で撃ち落とされて戦死することより 飛行機が故障して不時着して国民党に捕らえられることがなにより恐ろしかったということです
通州事件の被害者のような身の毛もよだつ拷問で殺されるのがはっきりしていたからです

重慶爆撃は「地下軍事工場爆撃」が目的では
バトル・オブ・チャイナ(日本語版 "The Battle of China" 1944
ttps://www.youtube.com/watch?v=PtFJW-Vnfxw
The Battle of China 1944 World War 2 full length documentary
ttps://www.youtube.com/watch?v=lQsIZSaEQvE

アメリカが対日戦の戦費を米国民に公募するためのプロパガンダ映像です。
ストーリーは、1927年、第二次南京事件の時に流布されたとされる「田中上奏文」を正当化するように作られています。田中上奏文は今ではコミンテルンの偽造文書であるとわかっています。ですから内容を全部信用するわけにはいきません。
その日本語版25分40秒から「1937年の南京戦」27分から「1937年の南京虐殺」の様子があります。「被害者は男女合わせて4万人」となっています。ただこの虐殺の映像は、他のもろもろの映像の張り合わせのようで、例えば座らされている2人が銃殺される(右側から銃だけが見える)は国民党兵士が共産党員を銃殺される様子であることは明らかになっています(画質が劣化する映像。銃をもっている兵士が撃つ様子が映っている鮮明な元の映像がある)

重慶爆撃は「地下軍事工場爆撃」が目的では

バトル・オブ・チャイナでは、30分20秒から「蒋介石の対日戦略」、36分30秒から「重慶爆撃」、40分から「重慶の地下軍事工場は昼夜稼働」していたという映像があります。日本が夜間爆撃したのは、軍事工場の稼働中の明かりを確認し、工場破壊が目的かもしれません。

名無し

親戚の方がこの作戦に参加してました。
軍事工場を破壊することが目的だったそうですが、重慶に行ったらそれらしきものはほとんどない。民間人への攻撃は禁止されているので、仕方がないから、畑や人気の無さそうな場所を爆撃したらしいです。
蒋介石に嵌められた!日本を悪者として世界に宣伝するのが目的だったんだ!…と悔しい思いをしてたみたいですね。
この記事を読んで納得しました。
はめるために

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承認待ちコメント
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No title
 ひとつ前の無差別爆撃といっている人。文章を引用するのはいいがよく読めよ。

 [一九四〇年]六月上旬頃までの爆撃は、もっぱら飛行場と軍事施設に向けられていたが、重慶市街にも相当数の対空砲台があり、そのため味方の被害も増大する状況となったので、作戦指導部は遂に市街地域の徹底した爆撃を決意した。すなわち市街東端から順次A、B、C、D、E地区に区分して、地区別に絨毯爆撃をかけることになった。」

 この部分「市街地に大量のトーチカがある」と述べているだろうが、ゆえにそこは非戦闘地域ではない。トーチカという戦闘兵器が配備された戦闘地域だ。

-

No title
 一九三九年の重慶爆撃は無差別爆撃ではありませんが、一九四〇年の重慶爆撃は無差別爆撃です。

 海軍航空隊の指揮官として、重慶爆撃に参加した巌谷二三男氏の証言
「 [一九四〇年]六月上旬頃までの爆撃は、もっぱら飛行場と軍事施設に向けられていたが、重慶市街にも相当数の対空砲台があり、そのため味方の被害も増大する状況となったので、作戦指導部は遂に市街地域の徹底した爆撃を決意した。すなわち市街東端から順次A、B、C、D、E地区に区分して、地区別に絨毯爆撃をかけることになった。」
「 建物が石材や土などでできている中国の街は、一般に火災は起こしにくかったのであったが、重慶の場合はよく火災の起こるのが機上から見えた。これは市街中央部の高いところは、水利の便が悪かったのであろう。また使用爆弾も、戦艦主砲弾(四〇センチ砲弾)を爆弾に改造した八〇〇キロ爆弾から、二五〇キロ、六〇キロの陸用爆弾、焼夷弾などをこのごも使用した。」
「六月中旬以降の陸攻隊は連日、稼働全兵力をあげて重慶に攻撃を集中した。その都度偵察写真が描き出す重慶市街の様子は、次第に変わり、悲惨な廃墟と化していくように見えた。何しろ殆ど毎日、五十数トンから百余トンの爆弾が、家屋の密集した地域を潰していったのだから、市街はおそらく瓦れきと砂塵の堆積となっていったことだろう。」
「 ことに[八月]二十日の空襲は陸攻九〇機、陸軍九七重爆十八機、合わせて百八機という大編隊の同時攻撃で、これまた一連空が漢口からする最後の重慶攻撃となった。
 この日、爆撃後の重慶市街は各所から火災が起こり、黒煙はもうもうと天に沖し、数十海里の遠方からもこの火煙が認められた。」
(巌谷二三男 「海軍陸上攻撃機」朝日ソノラマ)

 陸軍航空隊独立第一八中隊(司令部偵察飛行隊)の一員として重慶爆撃に参加した、河内山譲氏の証言
「五月末迄2連空は夜間爆撃を主としていたが、途中で1連空と共に昼間に切換え、目標も重慶の軍事施設だけを選別していたのを改め、市街地をA・B・C・D・E地区に区分した徹底的な絨毯爆撃に変更した。」
(河内山 譲 「司令部偵察飛行隊 空から見た日中戦史」叢文社 P一六五)

「[一九四〇年]七月下旬漢口に進出した零戦隊の飛行隊長横山大尉は十月頃のある日(期日は明らかでないが十月中と思われる)命により重慶爆撃の効果確認のため、単機重慶の低空偵察を結構したがその時の重慶市街は文字通り廃墟と化し、惨憺たる光景を呈していた。」
(「日本海軍航空史 4戦史篇」日本海軍航空史編纂委員会編 時事通信社 P五六九)

 絨毯爆撃=無差別爆撃ととる限り、一九四〇年の重慶爆撃は無差別爆撃であったと言わざるを得ません。
 しかしながら、重慶への無差別爆撃は、ドイツ、イギリスの無差別爆撃と殆ど同時期なので、無差別爆撃の先鞭を付けたとはいえないと思われます。

-

No title
日本とシナとの間で1978年8月12日に

「日中平和友好条約」を締結した際に

賠償金請求権を放棄しています。

うっかり者

なんかここ・・・
変な人たちが集まってる・・・
間違って入ってきちゃったみたい。
自分達だけで盛り上がってると、自分達の考えこそが正しいって、変な勘違いしちゃうよ。
あんたたち、すっごい間違ってる。
真実から目を背けるなよ。
議論すりかえて、重慶空爆まで「なかったことに」ですか。
そうだよね、ホロコーストもなかったんだもんね(笑)
気持ち悪りぃ(苦笑)

-

No title
>じゅっぱひとからげ

「十把一絡げ」は
「じっぱひとからげ」と打たないときちんと変換されませんよ。

かぐやひめ

民主ー中韓ー党は嫌だ
私達は民主党政権になったら、中韓にすりよってえらいことになってしまうと、魂も消えそうに心配しているのに、静岡では自民党が負けたそうです。
これは、小泉時代の9・11選挙へのゆすり返しではないでしょうか。
安倍さんがひどい目にあったのも、小泉のしりぬぐい。
今「自民党だけは、いやだ」と言う人が結構います。その人たちは、かつて、自民党一本やりだった人たちです。
小泉改革に懲りた。
だまされた!と、気がついた。
それが、横須賀の選挙であり、まもなく来る選挙だと、思います。
9・11選挙のあの熱気が、今さかさまに襲いかかっているようです。
どうやら、小泉チルドレンの運命は火を見るよりあきらかですね。
ゆすりかえしは、必ず来るものなら、今回民主党が大勝利を収めたあと、必ずゆすり返す!と、希望を持ちたいと思います。

-

No title
☆☆☆ご協力のお願い☆☆☆
7月3日のテレビ朝日「ワイド!スクランブル」と、

7月5日のTBS「サンデーモーニング」で偏向報道があったので、

『偏向報道にはスポンサー問合せ』にてスポンサー情報を更新いたしました。

テレ朝系昼1200~夕方1700
http://www23.atwiki.jp/inquiry_003/pages/33.html

TBS系朝400~昼1200
http://www23.atwiki.jp/inquiry_003/pages/24.html

スポンサー問合せにご協力ください。

愛信

選挙:衆院選 県内最大規模の後援会、中山氏に出馬要請へ /宮崎

自民党県連は1区の公認候補予定者に上杉光弘・元参院議員を決めている
が、無所属の新人で民主・社民・国民新党が推薦する元林野庁長官の川村秀
三郎氏との厳しい選挙戦が予想されていることから、中山氏を推すべきとの声
が大半を占めた。

【要請書送信先国会議員一覧】一部抜粋(九州)
http://www.aixin.jp/yskgdb.cgi

自民(衆) 6 遠藤 宣彦 九 州 福岡1 1回 YQI05603@nifty.ne.jp
九 州 福岡2
民主(衆)__ 藤田一枝 九 州 福岡3 -回 fujita@fukuoka3.com
自民(衆)-6 渡辺 具能 九 州 福岡4 4回 g04961@shugiin.go.jp
自民(衆) 1 原田 義昭 九 州 福岡5 5回 yoshiaki@y-harada.com
自民(衆) 2 鳩山 邦夫 九 州 福岡6 10回g03612@shugiin.go.jp
九 州 福岡7
九 州 福岡8
自民(衆)-8 三原 朝彦 九 州 福岡9 5回 info@mihara.gr.jp
自民(衆)27 西川 京子 九 州 福岡10 3回 office@nishikawa-kyoko.jp
自民(衆) 0 武田 良太 九 州 福岡11 2回 ryotaofc@jeans.ocn.ne.jp
自民(衆)-1 福岡 資麿 九 州 佐賀1 1回 takamaro@sirius.ocn.ne.jp
自民(衆)18 今村 雅弘 九 州 佐賀2 4回 g00598@shugiin.go.jp
自民(衆)-5 保利 耕輔 九 州 佐賀3 10回g04060@shugiin.go.jp
自民(衆)__ 富岡 勉 九 州 長崎1 1回 tomioka@dream-nagasaki.jp
自民(衆)-6 久間 章生 九 州 長崎2 9回 tokyo@f-kyuma.com
自民(衆)-6 谷川 弥一 九 州 長崎3 2回 03-3506-0557
自民(衆)__ 北村 誠吾 九 州 長崎4 3回 momotaro@seigo.info
自民(衆) 7 木原 稔 九 州 熊本1 1回 03-3508-7477
自民(衆)__ 林田 彪 九 州 熊本2 4回 03-3580-2284
自民(衆)__ 坂本 哲志 九 州 熊本3 2回 03-3508-3834
国民(衆)__ 松永 真一 九 州 熊本4 -回
社民(衆)__ 中島 隆利 九 州 熊本5 -回
民主(衆)__ 吉良 州司 九 州 大分1 2回 info@genkina-oita.com
九 州 大分2
自民(衆)17 岩屋 毅 九 州 大分3 4回 info@t-iwaya.com
自民(衆)12 中山 成彬 九 州 宮崎1 6回 n2@nakayamanariaki.com
自民(衆)27 江藤 拓 九 州 宮崎2 2回 etohtaku@face.ne.jp
自民(衆)32 古川 禎久 九 州 宮崎3 2回 03-3506-2503
九 州 鹿児1
九 州 鹿児2
国民(衆) 6 松下 忠洋 九 州 鹿児3 -回 info@matsushita-tadahiro.net
自民(衆)__ 小里 泰弘 九 州 鹿児4 1回 yasuhiro@ozato.info
自民(衆)-2 森山 裕 九 州 鹿児5 3回 g08204@shugiin.go.jp
国民(衆)10 下地 幹郎 九 州 沖縄1 3回 webmaster@mikio.gr.jp
自民(衆)__ 安次富 修 九 州 沖縄2 1回 098-898-9531
自民(衆)__ 嘉数 知賢 九 州 沖縄3 4回
自民(衆)__ 西銘恒三郎 九 州 沖縄4 2回 nishime-koen@nirai.ne.jp

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歴史は政治が作る?

中国国民党の歴史観
国民党は、第二次大戦後、所謂日中戦争での犠牲者数をかなり低く見積もっていました。
現在中国で言われているのよりも遥かに少ない数、下手をすれば十分の一程度の犠牲者数を公式に発表していました。
しかも、「重慶爆撃」について全く問題にしていなかった。

さて問題です。

現在、何故「日中戦争」の犠牲者数は、日増に増え続けているのでしょうか?

こたえは「政治」です。

bb

ねずきちさん、こんにちは。
>それが「わからない」というなら、当時の重慶の施政者は、兵士や市民を「顔のある人間」、「たいせつな人」としてみていなかったということになる。<

四川大地震のとき、同じことを感じました。四川には核疑惑、武器庫疑惑もありますね。

「パール判事の日本無罪論」から引用させてください。少し長くなります。パールハーバー以前からアメリカは戦争当事国になっていたと言う判事の主張の根拠を示す、文章です。

引用です。(要約)
 英米が蒋介石の対して、経済的・軍事的に、あらゆる援助を積極的に行っていたことは、まぎれもない事実である。(中略)
「アメリカ合衆国が中国に対して、経済的にも、また、軍事資材の形においても、非交戦国としてはかつて見られなかった規模において援助し、かつアメリカ市民の若干の者は、日本の侵略に対して、中国人とともに戦闘に参加した」(検察側の記述ーbb注)これは英国としても同様であった。
(中略、日本海軍は中国沿岸を封鎖)それでも、香港、アモイ・・・インドシナを通じて、おびただし兵器弾薬が白昼公然と送り込まれた。そのとき例のパネー号事件なるものが起こるのであるが、米軍パネー号には敗走する中国の将兵と武器が満載されていた。このとき重慶の山奥に蒋政権は遁入する。今度は英国がビルマから四川に到る道を開削し、軍事物資を送る(援蒋ルート)。もう1つ仏印ハノイを拠点とする雲南ルート。(中略)外務省は関係国に中立義務を果たすように抗議するが、援蒋行為は拡大するばかり。日本の世論は激昂。(中略)援蒋行為を敵性行為とみなし、英米を敵性国家として非難。
パール判事はこう述べる「国際法の基本原則によれば、もし一国が、武力紛争の当事国に対して、武器、軍需品の積み出しを禁止し、他の当事国に対して、その積み出しを許容するとすれば、その国は必然的に、この紛争に軍事干渉をすることになるものであり、宣戦のの有無に関わらず、戦争の当事国となるのである。」

重慶に真実はもっと広めるべき史実で、欧米は認めたがらないでしょうが、先の大戦を見直す意味でも重要だと思います。

すみません、長くなりました。

渡洋爆撃
当時「重慶渡洋爆撃」と云いました。日本の爆撃機はアメリカ映画に出てくるB-29の様な爆撃は出来ません。
一発必中を要求され積載できる爆弾も小さいもので重慶の場合は蒋介石の首都以上に「蒋援ルートの基点」で有り、アメリカからの援助物資の集積場を爆撃したもので市街地を目標としたものでも有りません。

風の関係で市街地に被害が出るのは戦争で有れば致し方がない事です。アメリカ軍の無差別とは基本的に異なりますし、現在文句を垂れてる「中華人民共和国」の当時の状況は、哀れなもので「東征」と立派な名前で鍋・釜・傘・女性を連れて、毛沢東を先頭に逃げ歩いている時代です。

21世紀の未だに戸籍がはっきりしない中華人民共和国が当時の重慶の爆撃を知る人間など国府軍に居た毛沢東のスパイ位でしょうが、戦後蒋介石が重慶爆撃を東京裁判で非難した話など聞いた事が有りません。南京虐殺ですら告訴したのは良いが目撃者のいい加減さで否定されて居る。

日本人ですらA・B・C級の内容を知らない。中国人がA・B・Cなど知ってる訳がないのにA級を分祀すれば靖国神社に陛下が参拝出来るから分祀しろ、なんてアホが国家議員に居るのですから現状の日本は正に「狂気議員」の巣・国民に「歴史を鏡にしろ」と言われる前に勉強してほしい。

けんぶつ

No title
早速の切り込みありがとうございました。

政府さえなかった、人数の不正確さ、このあたりの切り込みですね。

参考となりました。現下の左翼とやりあうのは骨がおれますが、ねずきちさんというブレーンがいてまったくありがたいです。感謝いたします。

かぐやひめ

やっぱり順位が下がっていた
ねずきちさん、お疲れです。
読みやすく、わかりやすく書いて下さるまでに、きっと、何時間も資料を調べられたのだと思います。
重慶爆撃のことは、私は、まったく知りませんでした。

律令時代から戸籍がしっかりしている日本の感覚では、人数が把握できないなんて、ありえないけれど、今現在でも「戸籍の無い国」があるそうですから(カトリック国の中には、教会の台帳が戸籍の代わりになっているとか)あの時代のシナで、そもそも死者数をカウントすること自体不可能だったのでしょうね。
正確な数字が存在してこそ「いんちき」も存在するけど、そもそも種本が存在しないものだから、たやすく書き換え、何の痛みも感じないて、ことですか。
現在の中国だって、あまり変わらないのではないでしょうか?だったら、数字は常に疑わなければなりません。

ねずきちさんのブログは長く7位にとどまっていました。
日清戦争を扱ったとたん、下がりました。
今朝、10位に下がっているのを見た時、感じるものがありました。

やはり、中国が素材でした。

「爆弾は落ちてこない」「ミサイルが風を切る音もない」
でも、「今は、戦場にいるんですよ。私達」
情報戦争という戦争の戦場に。

意味がわかりますか?

では、私達がこの手に握って立ち上がるべき「武器」は、何でしょう?

やはり「情報」です。目には目を歯には歯を・・・情報には情報を!
いそいで、このブログを出版しなければなりません。
なぜなら、これが狙い撃ちされること自体「敵」だと認知された。つまり、このブログは「武器」だと認知されたからです。

みなさんにご相談です。
いろいろな書物を研究されているみなさんに、ふさわしい出版社を推薦していただきたいのです。
ねずきちさんは自費出版の備えはないそうです。

武器は情報だと言いました。
どこの出版社なら、これを出してくれそうか?
「情報をください」
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ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず

Author:小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず
連絡先: nezu3344@gmail.com
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんのひとりごと」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「奇跡の将軍樋口季一郎」、「古事記から読み解く経営の真髄」などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。

日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
(著書)

『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』

『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦

『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
『ねずさんと語る古事記・弐〜天照大御神と須佐之男命、八俣遠呂智、大国主神』
『誰も言わない ねずさんの世界一誇れる国 日本』
最新刊
『ねずさんの奇跡の国 日本がわかる万葉集』
近日発売
『日本書紀』(タイトル未定)

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銀行名 ゆうちょ銀行
支店名 〇二九(店番029)
種目  当座預金
口座番号 0083820
口座名義 小名木善行
【問い合わせ先】
お問い合わせはメールでお願いします。
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