グアム島の戦い



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ラッテ・ストーン (Latte stone)
ラッテストーン


↑の写真はグアムのラッテ・ストーン (Latte stone) です。

ラッテ・ストーンというのは、マリアナ諸島に見られる石柱群なのだけど「9世紀から17世紀にかけて作られた古代チャモロ文化の遺跡」らしいという以外、何に使われたのか、どのように使われたのかなど、いまではなにもわからなくなっています。
日本の縄文文化との関わりを指摘される方もいます。

現地の人々は、ラッテ・ストーンには「タオタオモナ」と呼ぶ祖先の霊が宿っているとして近付こうとしないともいいます。
その「タオタオモナ」が、いったい何なのかさえも、いまでは歴史の闇に消えてしまっています。
私は個人的には、「tao tao mona」は、「tae nai mono(絶えないもの)」もしくは日本語の「to toi mono(尊いもの)」が転じたものだろうと、想像しています。
絶えないもの、絶やしてはいけない精霊が宿っている。あるいは尊いもの、捧げなければいけない尊いものが宿っている。
そんな言い伝えが残っているのなのではないか、などという意味です。正しいかどうかは、わかりません。私のただの想像です。

けれど、縄文人たちは南米までも交易していたというし、古代から海洋交流がさかんに行われてきたなかで、日本的なものの考え方が受け入れられ、チャモロ文化の中に取り入れられたとしてもおかしくないし、もしかしたら、その逆で、我々日本人が、チャモロ人達から何かを「学び」、日本語に組み入れられたのかもしれません。
脱線しました。本題に戻します。

このグァム島を含むマリアナ諸島に人が住みついたのが、紀元前3000年~2000年頃だといわれています。
マレーシアやフィリピン、インドネシアから、カヌーに乗って移住してきたといわれています。
一方、魏志倭人伝によると日本は黒歯国といって、どうやら南米のエクアドルあたりまで進出していたようですから、縄文人たちとも交流があったかもしれません。
いまとなっては、歴史の闇の彼方のお話です。

ヨーロッパ人がグァムにやってきたのは1521年のことで、マゼランがヨーロッパ人としてはじめてでした。
そしてグアム島は、1565年にスペイン人のレガスピがやってきて、島の領有を宣言し、スペインの植民地となりました。

現地の人とスペイン人との間には、何度となく激しい戦いがあったようです。
しかし、スペイン統治の333年間に、先住民であるチェモロ人の純血種は絶えてしまいました。
現在島にいるのはスペイン人との混血だけです。
そして、チェモロ人たちの文明がどのようなものであったのか、どのような歴史を持っていたの、どのくらいの人口があったのかさえも、いまでは、まったくわからなくなっています。

チェモロの歴史は、完全に絶えてしまったのです。
いまのこっているのは、石でできたラッテ・ストーン、ミクロネシアダンス、庶民の生活、恋人岬の伝説、そしてスペインなまりのチェモロ語など、その痕跡しか残っていません。

植民地になる、他国に占領される、それはそうなることを意味します。
日本もかつて占領統治を受けました。
それでも私たちが日本文化をいまだに失わずにいるのは、ABC級戦犯などという汚名を受け、多くの人が殺されながらも、生き残った人たちが日本人であることの誇りを失わず、占領統治下にあっても、武器を言論に置き換え、またなによりも国土の保全と復興のために真剣に真面目に取り組んでくださったおかげです。

戦争は、銃を手にして戦うことだけが戦争ではありません。
占領統治下も、戦争状態です。
だからこそ、昭和27年のサンフランシスコ講和条約で、やっと戦争が終結したわけで、それまでは日本はずっと戦争状態です。
占領に流され、日本を見失い、おかしな政治思想に流された人もたくさんいましたが、それでもなお、日本が日本でいられるのは、終戦後も、日本を守るためにたくさんの血を流してまで戦い続けてくださった諸先輩方がいてくれたおかげである、ということを、まず申し述べておきたいと思います。

さて、グァムを植民地にしていたスペインは、1894年にアメリカと米西戦争を起こします。
そして戦争は米国の勝利となり、グアムはアメリカに割譲されました。

初代総督の米海軍大佐レアリーは、グアムの英語化を指示しました。
その内容は、住民が英語でサインができればOKというものであったそうです。
住民に対する教育は、アメリカはまるで関心を持ちませんでした。

これは重大なことで、現地の人たちはチェモロ語しか話せないし書けないのに、公用語は英語なのです。
つまり、役所関連の仕事は、英語でなければいっさいできない。
ところがその英語を教えてくれる人はいないし、そんな教育の制度もない。
当時の現地の人たちの苦労が偲ばれます。

一方、1914年にはじまった第一次世界大戦の結果、1919年のパリ講和会議で、日本は、ドイツ領だったミクロネシアと、北マリアナ諸島をドイツに代わり統治することになりました。
日本統治になることで、ミクロネシア、北マリアナはみるみる発展していきます。

ここでおかしな現象がおきます。
大国が勝手に決める国境とは別に、島の人々は、相互に交流しているのですが、米国領であるグアムのチャモロ人は、日本領になった近隣の島々を訪問すると、そこで日本統治による発展を目の当たりにするわけです。
チャモロ人たちが、日本人に対し尊敬と賞賛の気持ちを抱いたのは、当然の帰結だったろうと思います。

そして、1941年12月8日、日米が開戦となりました。
日本は、真珠湾攻撃の5時間後、米領グアムへの攻撃を開始し、わずか1日で米軍の軍事施設を陥落させました。そして12月10日には米領グアムの占領を宣言しています。日本軍は、めちゃくちゃ強かったのです。

日本によるグアムの統治は、その後、約2年7か月続きました。
日本は、グアムを「偉大なる神の居る島」を意味する「大宮島」と改名しました。
そして学校、医療、道路などの社会的インフラを整備しました。
同時にチャモロ人に対して、住居・信仰・言論の自由等を保障しました。

現地での教育は日本語で行いました。
本当はチャモロ語で教育したいところですが、社会用語や科学技術用語は、全部日本語です。
ですから現地の社会制度を確立し、技術振興を図るためには、日本語で教育するしかなかったのです。

国民皆教育制度は、日本統治下の「大宮島」時代になってようやくグアムで確立されました。
日本語での教育なのですが、島の人々はとても勤勉で、また日本語での教育を受けることをたいへんに喜んでくださったそうです。

米国統治時代には、名前が英語で書ければ十分という米国に対し、日本は、学校を作り、語学、算数、理科、社会をきちんと教育しました。
いまでは学校教育を面倒に感じる人も多いかと思いますが、それは戦後教育にある一定の歪みが生まれたためで、本来は知識を得ることはとても楽しいことです。

そのことは、二十四の瞳などの物語を読んでも、子供たちも親も、みんなが学校が大好きだったという事実が証明しています。
楽しいからこそ、毎朝5キロも10キロも歩いて登校したのです。
当時を知るチェモロ人たちも、当時の日本語の学校の思い出が、まさに人生の宝ともいえるものになっているといいます。
それが本来の教育というものなのだろうと思います。

グアムには、いまでも、当時世話になった日本人の名前をもらい、自分の家族名にしている人たちがたくさんいます。
日本統治時代の教育が、いまでの彼らの誇りなのです。

ところで、グァムが日本の統治下になるということは、米国にとってグアムは「敵に占領された米国領土」となります。
米軍は、日本本土攻略のための基点として、そのグアムの奪還と占領を目論みます。

1944年、米軍は先ず戦艦による艦砲射撃と空母艦載機及び陸上爆撃機(B-29)で、グアムの日本軍施設の爆撃を開始しました。
予定では6月18日には部隊を上陸させるはずだったのだけれど、日本軍の猛烈な抵抗にあい、上陸開始は、1ヶ月以上も遅れた7月21日です。
その間、1ヶ月以上にわたり、グアムは艦砲射撃と空爆の嵐に遭いました。
美しいサンゴの自然が破壊され、山の形さえも変わってしまっています。

日本守備隊は、米軍の上陸を、水際で食い止めようとしました。
そのために揚陸中の米軍を重火器で激しく攻撃しました。
日本守備隊は、20両のLVT(水陸両用装軌車)を破壊したけれど、弾薬の補給が間に合いません。

島にいた日本軍守備隊の将兵18,500名。
対する米軍は2個師団55,000人+戦艦+航空機による爆撃という圧倒的戦力です。

7月28日 早朝から、上陸した米軍は、戦車数十両で日本軍師団司令部のある本田台を包囲しました。
日本側はこれに対し、対戦車爆弾を抱えて、敵戦車に体当たり攻撃を行いました。
しかし、機銃や火炎放射機に阻まれ、味方の死傷者がつのり、ついに対戦車爆薬さえ尽きてしまいます。

それでも日本の将兵たちは、手榴弾による悲壮な攻撃をしかけました。
戦車に手榴弾は通用しません。
では何をしたのかというと、敵戦車に乗り込み、天井の蓋を開けて、中に手榴弾を放り込んだのです。
完全防備で、しかも周囲を米兵で固める戦車には、近づくことさえ容易なことではありません。
それを近づき、戦車の上に乗り込み、手榴弾を放り込む。
あまりにもすごい戦いです。

この悲痛な状況の下、高品彪(たかしなたけし)中将は、全島で3000名以上の生存者があることを考え、戦車の重囲から脱出し北方での再起を決意しました。

高品彪(たかしなたけし)中将
高品彪中将


午後2時、高品師団長は、敵の機関銃弾を受け、壮烈な戦死を遂げられました。
7月29日、日本軍の残存兵力は、陸軍約1000名、陸戦隊約800名、戦車部隊、砲6門、その他約2500名とりました。
この時点で、もはや日本軍には、陸海軍の区別も、第1線と後方の区別もありません。
その中で、まだ戦える者全員が又木山(マタグアック)に集結しました。

全員が負傷兵です。指のない者、腕のない者、足のない者、片眼がつぶれている者もいました。
残された戦いの手段は、敵戦車、敵機関砲に対し、銃剣突撃だけです。銃はあっても弾がない。

8月9日、早朝から約50両の米戦車が、一斉に最後の日本軍陣地である又木山への攻撃を開始してきました。

8月10日、残った日本兵は、みなで話し合って、翌11日を期して最後の攻撃を敢行することを決めました。
午後8時、小畑英良中将が天皇陛下並びに大本営に対し「己れ身を以て、太平洋の防波堤たらん」との決別の電報を打っています。
そして、8月11日午後2時35分、 又木山に集結した日本軍残存兵力の約60名が、小畑中将とともに自決されました。

8月13日、米国はグアム全島の占領をラジオで発表しています。
グアムの陥落によって、米軍はグアムに航空基地を設置。日本本土への無差別空爆が始まっています。

この戦いで、日本の守備隊総員2万810名のうち、1万9,135柱英霊の命が失われました。
しかし、それでも一部の生き残った兵士はゲリラ戦を行って執拗に抵抗を行い続けました。
ナイフしかない、食べ物も、水もない。
そんな状況下で、亡くなった将兵の武器や弾薬を集め、ジャングルに隠れながら戦い続けています。

そのなかのひとりに、若き日の横井庄一伍長がいました。
彼は、1972年(昭和47年)まで、グァム島内に潜伏。
味方の再来までと、ひとりグアムで戦い続けたのです。
横井庄一氏の帰国の際の第一声は「帰って参りました…恥ずかしながら、生き永らえて帰って参りました」というものでした。

横井さんは、日本に帰国後、どうして日本は負けたのかの質問に、こう答えられました。
「武器がなかったからです。精神は勝っていた」

グアムは、いまは、アメリカ領土です。
しかしグアムは、米国の「未編入領土(Unincorporated Territory)」とされています。
グアムは、グアム議会の決議より、米国合衆国憲法が優先され、住民は合衆国政府が定めた納税義務を負っているのですが、そうであるにもかかわらず、グァムの人々には、大統領選挙に参加する資格は与えられていません。

要するに「未編入領土」というのは、植民地の言い換えです。
つまり、グアムはいまだに米国の植民地です。
そして全島の3分の2が、米軍基地です。

ラッテ・ストーンが何に使われたものかは、17世紀後半のスペインによるマリアナ諸島の侵略により、古代チャモロ文化が途絶えてしまったためよくわかっていないません。
宗教施設や、墓石、建造物の土台説などがあるそうです。

近年では、インドネシアのボロブドゥール遺跡に、アウトリガーの付いた外洋帆船と共にラッテ・ストーンと思われる石柱の上に建造物が乗っている壁画があることから、建造物の土台説が有力となっているといいます。


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1972年 横井庄一さん
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コメント

ケン・芳賀

グアム戦争戦跡を歩いて
 興味ある記事でした。ねずきちさんは他の記事でも感じますがよくお調べですね?それに目の付けどころが素晴らしいと思います。
 さて、グアム戦争のことです。私はグアムに居住して13年目の出版業とトレッキングツアー、戦跡ツアーなどを生業としている者です。従ってグアムでの戦争は生還兵や現地ローカルも含めてできる限りの取材をして参りました。まあ、本文には記載されていませんがローカルを虐殺していたこともあって色々と考え感じることがあります。これまで出版されている戦記物にはその熱血、血涙は感じますが人肌を感じる機会が少ない。それは戦争のイメージ世界を具体的に説明しようとしているからでした。
 私はその戦跡、ジャングルや荒原を歩き、当時の兵隊の思いを感じてみようと思い歩きました。そこから感じ得たものは「なぜこのような国にしてしまったのか?」「自分達の必死の願いはこのような愚かな国のためだったのか?」という叫びのようなものでした。
 この本文に記載されている米軍のアサン上陸戦の戦い、その最中にマリアナ師団長である高品彪(たけし)中将が本陣を構える作戦壕に、報告のために山野を駆け巡った後に辿り着いた兵隊がおりました。静岡県の石川真澄さん(当時伍長)がその人です。大変なおもいで作戦壕に辿り着き、多くの戦友の屍をかき分けて中将の前に進みでて「師団長殿、我が隊はほぼ壊滅状態であります。よって今夕をもって夜襲をかけたいのでありますが、なにとぞ許可を下さい」と勢いよく訴え出たそうです。ところ「お前達は何をもって夜襲しようというのだ。いいか生命を祖末にしてはならぬ。死ぬ為にここに来たのではないのだぞ。祖国を護るために戦っていることを忘れるな。生命ある限り最後まで戦い抜け、決して死に急いではならぬ。犬死にしてはならぬ!」と戒めたそうです。石川さんは肩を震わせながらそう思い出し語りしていました。
 また、そのアサン海岸を夜襲した日本兵は決死の覚悟で川を下り、未明に米軍高級幹部が熟睡している海岸ちかくの幕舍を殴り込み突撃したのですが(生き残り総勢250名のみ)、幹部は逃げ去り、兵隊はその場で全員が射殺されました。その彼等の凄まじい夜襲を見て米軍の従軍記者が「彼等(日本兵)は一体どういう民族なのであろうか、まるで恐れを知らず、勝てる見込みがないのに次から次と襲いかかってくる。一体なぜなのだ、何が彼等をしてそこまで駆り立てるのか?」といわしめました。・・・貴方にはそれが何だかおわかりになりますか?
 わからないのは当時も今も変わらぬアメリカ人気質、それにそれを恐れる中国や北朝鮮ですね。それが祖国愛、愛国心です。我々日本人が65年の間に完全に記憶や道徳の中から払拭してしまった「国を愛すること」なのですね。

 さて、グアム戦争では日本によっておよそ700名の地元チャモロ人の尊い生命を犠牲にしました。このことを知る人は少ないのですが大切なことでもあります(私のブログを参照下さい)。国のために他国に侵入し住民を巻き添えにしたことは悲劇ですから。それに較べて、日本軍は住民を犠牲にしましたが、米軍は(軍事目的といういいわけの元)そのチャモロ人の誇りともいうべき文化遺産を激しい爆撃でこなごなに粉砕してしまったのです。ですから彼等には観光に供せるほどの建築物が遺されておりません。チャモロ人(グアム)には歴史も文化もない、観光業者は平然とそういってのけますが、彼等の精神の拠り所である文化遺産をアメリカ軍が完全粉砕してしまったのです。これは非常に重要なことであります。広島、長崎に原爆を落して平然としている神経に共通していますね。
 さきほど「国を愛すること」といいました。ではその国とはなんでしょう?今の人は国という形而上的なものに対して激しい憎悪を持っているようで「愛国心」というと右翼かファシストのように捉えます。無知だから仕方がないのですが、国という意味を知らない所為もあります。「天皇を中心とした歴史と文化の継続」(三島由紀夫)が国そのものなのですね。長い時間をかけて築き上げた伝統と習慣ですが、まあ、戦争で亡くなった兵隊を擁護しても意味ありませんが、その国を護持するが為に尊い生命を投げ出して下さった気高さだけは大切に思い、受け継いでいきたいものであります。これまで多くの人と話す機会がありましたが、結局は、考えるだけではなく行動しなければ国は滅びますね。いかがでしょう?

かぐやひめ

LAYさま
明日は見えません。
私たち自身気付いていなかった「小泉改革」のところから、相当大きく舵が切られていました。

それでも、私は、日本を、日本人を信じたいと思います。
確かに、落ちるところまで落ちるかもしれません。
「落ちた」と感じるのは、日本人の公徳心の減少、エゴイズムの台頭と定着。個人主義への傾斜。こういうことと連動する「皇室軽視」です。

最近聞いた恐ろしい話は、「現在の20歳代前半の人々と旧日本人は、話が通じない」という情報です。
完全にマスコミに洗脳されて、テレビに子守されて育った「バブルの申し子たち」は、すでに本物の日本人ではない様子です。
この様子を語り「日本は、どうなるのでしょう?」と、締めくくった人は、韓国人との混血でした。
示唆に富んだ話だと思いました。

つまり、血統だけでは論じられない。
「日本」とは何か、
日本人とは何か
私達は、今徹底した分析をする必要があります。青い目の「日本人」も、確かにいます。中国名の「愛国者」も、あるようです。

英霊への感謝を忘れれば、どんな世の中になるかわからない!

そう、恐れた私の直感が、今、現実のものとなっています。

これは、本当は、マスコミが勝ったわけでもなく、民主が勝ったわけでもありません。特亜が勝ったのでもない。

私たちが、負けたのです。
相当前から「おまえは、もう死んでいる」状態でした。
相当まえからです。

なぜ「死に体」だったのか・・・その本当の理由を「ねずきちさんのブログ」に見つけたから、私はここの長期滞在者になっています。

今、急角度で、何かを変えることはできないと思いますが悲観はしたくありません。
だって、私がいる。あなたがいる。

なにごとも、大きなことは、まず小さなことから始めるしかありません。
そして、その小さな芽は「新しい歴史教科書」運動に、少しずつですが結実しています。
「NHKの大罪」に集まる人の数と品格に結実しています。
私達はゼロではないのです。

一人ひとりが英霊から問われていると、私は思っています。

日本の長い歴史の中で、起こったことは、「ありえない」ことばかりでした。

LAYさん、あきらめないで、むしろ楽しみにしましょう。
夜明けの前は一番暗いのです。

そして、やまない雨はありません。

Lay

かぐや姫 様
いつも 日本を憂う熱い想いを拝読させていただき、勇気づけられております。 

いま都議選の結果が報道されていますが、結果は民主党の大躍進ですね。 大衆マスコミのほとんどが「反日カルト原理主義者」に乗っ取られているのですから、ネット少数派は太刀打ちできませんでした。

ネット利用者が多いだろう東京でこの結果ですから、衆議院選挙では…何か特別なことでも無い限りかなり不安です。

>パルチザンのように、私達、あらゆる手段で立ち向かわなければなりません。いくら時間がかかっても。 < との気丈なご意見には頭が下がりますが、私は、日本人は落ちるところまで落ちないと分からない(想像力の欠如した)民族なのでは、といつも悲観的になるのです。

明らかに当時でも「戦争犯罪」と言える、アメリカの一般市民に対する絨毯爆撃、原爆投下を自分たち(日本)の責任とし、「戦争はこりごり」と学習した国民は、平和憲法を持てば戦争はしなくて済むという(事実なら人類最高の発見)妄想に身を委ねて来ました。

次は、チベットや東トルキスタンのように数十年後、完全に国体・文化を破壊された日本を目の当たりにしてから「学習」するのでしょうか? 「戦争もダメだけど、侵略されてもダメだ!」と。

焼け跡から奇跡の復興をしてわずか60数年、あと数十年で共産国に蹂躙されるだけの子羊のような国家になり果てるとは…これを防ぐ現実的手立てが我々にあるのでしょうか?


かぐやひめ

私も、本当に嫌なんです。もちろん
ねずきちさんが、リンクを張ってくださっているhttp://blogs.yahoo.co.jp/sort5694(東北工程)さんのブログの7月2日~5日のあたりを読んでみてください。

なぜ、バブル経済で、あんなに景気がよくて、ロックフェラービルまで買収した日本にいて、庶民の生活が少しも楽にならなかったのか、わかります。

つまり、戦後の努力の結果日本は本当にGDP世界1になってしまったそうです。
そうなると、腹にすえかねるのがアメリカさんです。
2位までは許そうでも、1位は嫌じゃ!と。
そこで、必要性もない消費税を導入して、景気を冷やした。そして、日本の産業の空洞化をたくらんだ・・・
さらに、私が、愕然としたのは田中角栄による日中国交回復です。1972年のことでした。
中国にODAを出し、そのリベートを角栄がとる・・・中国利権を発明したのは角栄なのだそうで、その後へ金丸などが続いています。35年にわたるおいしい利権です。(今も、当然ある)
キックバクが戻るから、嬉しがって売国議員どもは、日本からの援助で北京に日本軍の残虐さを表すモニュメントだか公園を作り、南京大虐殺記念館なんかも、作らせた。箱モノならなんでも、儲けになるから。
そういう、こみ入った利権の網が何重にも張り巡らされ「日中友好」の美名の下で、私達の血税が日本を貶める箱ものに変わり、その利益が政治家の手に落ちていた。

その見返りとしての、昨今の特亜人口の多さです。
私が大声で「出ていけ!」と、言っても、この汚れきった利権のネットワークは断てるものではありません。

このほか、年金記録の消滅のことも、書かれています。
つまり、そういう利権政治家の手によって、国民の財産はすでに相当数持ち出されている・・・積まれているはずの年金基金も、相当額持ち出され、消滅している、それがばれるとまずいので、年金記録がどうしたとかという騒ぎにすり替えている・・・そうです。

そういうこともあるだろうと私は、思います。
世界1のGDPと言われる日本で、なぜ、飢え死にする人がでるのか、いくら働いても、生活がちっとも楽にならないのか?
その莫大な貿易黒字は、いったいどこにいったのか?
ずっと、不可解でした。

たぶん、私達国民は、相当大がかりにだまされてきたのだと思うのです。しかも、自国の上層部に!です。

世直しの必要が、あります。
教育勅語をとりもどし、ねがわくば大日本帝国憲法を取り戻す。

昨日の晩、寝ていてはっと気がつきました。
大東亜戦争は・・・まだ、続いているんだ・・・
私達、まだ、戦っているんだ・・・だって、戦争目的は完遂されていないじゃないか。
八紘一宇。信頼しあえる世界をつくるーこの仕事は、先人によって、私達の世代に託されている。

どこから、登ればいいかわからないけれど、はるかな高みに、向かわなければ。

私だって嫌です。
はっきりいって、彼らと、かかわるごとに、信じられない目にあっています。被害にあうばかりです。

でも、政治の世界でこれを防ぐことは、ほぼ不可能だと考えざるをえません。みんなが、特亜の利権に群がっているからです。
私達は自衛のための備えをしなければならないし、だまされないための訓練もしなければならない。
向こうが言う前に大声で言いきる練習もするしかありません。
警察だって、果たして頼りになるかどうか。
検察だって、司法だって・・・教育勅語をもたず、「利権だけのために生きてもOK」と考えるエリートに占拠されている気がします。あぶないあぶない。

まずは、教科書を変えること。
マスコミを攻撃し、国民のために正しい公平な情報を提供するシステムを構築すること。
パルチザンのように、私達、あらゆる手段で立ち向かわなければなりません。いくら時間がかかっても。

坐って「特亜、嫌い。帰れ」と言っていても、事態は悪くなる一方です。
思いはまとまりませんが・・・

bb

ねずきちさん、こんにちは。
本日3歳の孫が一人でお泊りに来ています。アンパンマンを見いている間にコメントします。

何回読んでも、日本統治の生真面目さが伝わってきます。西欧やシナと違って、支配しよう、奪おうではなく、一緒にいい世の中を作ろうというこの姿勢。もしかしたら世界中でわが国だけのような気がします。

MMさん、かぐやひめさんが仰っているのは、今いる人たちのことではないでしょうか。移民計画など私もとんでもないと思いますし、かぐやひめさんもいつものコメントから想像すれば同じだと思います。ドイツでは移民のほうが生活が手厚く保護されていて、普通に働くより、月収が多くなることもしばしばだと聞きます。日本でも在日特権などというふざけた法律があり、納得できません。そのくせ、すぐ被害者ぶる。かぐやひめさんはこういう体質を変えたいといわれているのではないでしょうか。これさえ、至難の業だと思いますが・・・

goen

損な日本人
日本人としての誇り。
 日本人としての誇りは何だろうと考えてはたと困りました。
実は日本人の良さと誇りは日本にいては分かり難いのです、このBLOGなどのように外国の方とか、海外で生活した方が外から見た日本人を評価した時に感じられ、体感できるからなのかも知れません。
 日本人の良さと生活環境の素晴らしさを、日本人自身が自慢することはなかなか出来ない自慢です。その意味で渡来者在住人の日本評価は納得出来ますし聞いていて快い感じです。渡来者は先ず自分の優位性を強調しますし自慢が第一です、しかし長年住み慣れると、自慢は相手を納得させる手段としては下の下である事を体得します。
 で...その人たちの日本人観が実は大切にすべきなのですがその人達はその時点では...矢張り日本人に成っているのでしょう。自慢が下手で控えめで相手に気に入られる事を優先する人種に変わっているのでしょう...損ですね日本人て。しかし好きです
日本人が。
  対抗するより、妥協する索を考える。
  命令するより、進んで自分から取り組まさせる。
  悪い所を指摘するより良い所を誉めて伸ばす。
此って島国で外敵が少なかった、島国独特な性質ですか?。

MM

No title
かぐやひめさん


日本全国に、在日に奪われた土地が今でも山ほどあります。

自分は、あの人たちが日本語を勉強するから日本人に、、、なんて嫌です。


フランスもドイツもオランダも、、、どこも先進国だから豊かだから、暮らしやすいからと、トルコやアフリカ、中国人はこぞって移住しました。

移民に寛大だったオランダはもう崩壊しています。ドイツもフランスも散々な眼にあっています。

フランスもドイツも、移住者を何とか帰国させようと必死です。


日本はその二の舞になってはいけません。

bingo

No title
横井庄一さん、小野田少尉、最近小野田さんは、田母神さんとチャンネル桜にも、出ておられていましたが、語り口は温厚で、とてもあのジャングルの中で、20年以上も孤独な戦いをされていたとは思えないぐらいでした。

本当の日本魂を言葉の節々に感じました。それに比較し、なんと情けない売国奴、国賊議員が多いことか。日本の戦後はまだ終わっていないと思います。

今度は、国内の売国奴、カルト、反日左翼、反日朝鮮・韓国人、シナ中共、などとの戦いです。一日も早く、日本の正常な国体を取り戻さなくてはなりません。

愛信

全軍一歩前へ!
【都議選】あなたの一票が、日本を救う【緊急】

カルトは反日勢力による、たかだか30%の投票率で私達日本人の 生活を潰
し、日本の将 来を亡きものにする陰謀行為に屈してはいけません。
先ずは選挙に足を運びましょう。 情報になる材料はインターネットで集め、判断
の材料にしましょう 。TVは反日ですから信用してはいけません。
★公明党都議候補23匹を排除しましょう。
【要請書送信先都議会議員一覧】はこちらをクリックして下さい。

全軍一歩前へ!

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東京在住の知人友人に都議選投票の働きかけをお願いします。
遠隔「対話」に是非とも置きビラを活用してください。
「うっかり」してますか。
ポスティングは犬の散歩ついでにやってます。
そろそろネットの世界から外に配信しないといけないですね。
時間は残り少ない。がんばりましょう。
【置きビラの掲示板】
http://www.aixin.jp/axbbs/kzsj/kzsjb.cgi
【置きビラ・タイトル一覧】はこちらをクリックして下さい。

日露から大東亜
全て日本戦争は国体・国家維持の戦い、そして有色人種弾圧の最先端で戦った過去の日本人のお陰で現在の日本人は生かされて、世界から来日に憧れられるのです。

日本の共産党員で有ろうと社会党員をはじめ「反日」のどんな人でも日本以外で住みたい生活をしたいと考える人は99%いないでしょう。

現在の人には「差別」と怒られそうですが「渡来人」は私自身は白村江以降の「亡命者」と呼びたいと考えて居ます。

誰が良い文化・良い生活を捨てて他国の為に「渡来」してくれますか?現在と異なり海峡を渡るのは命がけ、命がけで国から逃避する・逃避する環境で有ったからを出て来た人達を日本人が「渡来人」と呼んで居るのではと考えて居ます。

反日を叫んでいる人ほど日本を出たくないでしょう。出たら食えないのですから哀れなものです。

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No title
☆☆☆ご協力のお願い☆☆☆
7月10日のTBS「みのもんたの朝ズバッ!」で解散時期について偏向報道があったので、

『偏向報道にはスポンサー問合せ』にてスポンサー情報を更新いたしました。

TBS系朝400~昼1200
http://www23.atwiki.jp/inquiry_003/pages/24.html

スポンサー問合せにご協力ください。

うさぎの耳

No title
初めまして、うさぎの耳と申します。

ねずきち様のエントリーを毎回楽しみにしており、拝読しています。

今回も大変勉強になりました。ありがとうございました。

椿

日本語統治の素晴らしさ!
日本人の中には、日本統治時代を、まるで暗黒時代のように、悪しざまに罵る人もいますが、実際、西洋人によって言語や文化・伝統を奪われたアジア植民地の人達は、“自国語で近代化を学ぶ術は無かった”と思います。

日本人は、当時の西洋のあらゆる思想・哲学・数学・物理学・化学・医学を日本語で翻訳していたので、その日本語翻訳を現地語に訳して学ぶよりは、日本語から直接学んだ方が、一番手っとり早く、近代化を促進出来たのではないかと思います。

シナ・朝鮮の留学生も全て日本語で、当時の西洋の技術思想を学んだと聞いていますし、今現在でも北朝鮮などは、理数系に関しては、日本の教科書を使っていると聞いています。

実際、当時のシナ・朝鮮には、西洋の書物を自国語で翻訳するなどという能力は、皆無だったのではないでしょうか?出来ればとうの昔にやっていたでしょうから…。

それに、台湾の日本語世代の方達は『日本語によって、文学・芸術・思想、何から何まで、多くの事が学べました』と、仰ってましたから…。

結局、現在のシナの漢字は、ほとんど70%以上が、『日本語漢字』を使用していますし、、『日本語漢字』を取り除けば、もはやシナ人は、何も理解できないそうです。こういう事をシナ・朝鮮は必死で隠していますが、今や大バレです(笑)。

また、天皇陛下が訪中なさった時も、「新興国家中国への“朝貢”ではないか?」と懸念され、世界の注目を集めていましたが、私達の天皇陛下は、誠にご聡明な方です。

天皇陛下は訪中に際し、『遣隋使・遣唐使の苦労を分かち合う旅にしたい』と仰せになり、また向こう中国でも『かって日本は貴国から学びましたが、日清戦争以後は、貴国の留学生が大勢、日本で学びました.。』と言うような事を仰ったそうです。

この天皇陛下の賢明なお言葉により、シナ政府の「天皇朝貢作戦」は、見事に挫かれたのです!!コレを聞いた時私は、日本は、誠に素晴らしい『元首』がいらっしゃるのだと、心の底から神仏に感謝いたしました。本当に日本人は、世界一幸せ者だと思います。




椿

天皇皇后両陛下の『黙祷』に感謝!
以前に、天皇皇后両陛下が『慰霊の旅』として、サイパンのバンザイクリフへの訪問を切望された時、サイパンに住んでいる韓国人らが、天皇陛下訪問を阻止しようと、陛下を中傷する反日横断幕を掲げたり、抗議デモの計画をしていたそうです。現地の領事や日本人会も、有効な対策が取れずに困っていたところ…、

その時!戦前の“日本統治を知るチャモロ人”の方達が、『天皇陛下は神様である!その神様が我々の島に来て下さるというのに、韓国人は何と不届きなことをするのだ!!我々の島での、韓国人の勝手な振る舞いは許さない!!』と、多くのチャモロ族の人達が抗議の声を挙げて下さり、

もし韓国人団体が、天皇陛下ボイコットの抗議活動をするのであれば、“韓国企業をボイコット“する!』と言って下さり、ついに韓国人らは反日横断幕を撤収し、抗議活動は中止になったと言っていました。

両陛下がバンザイクリフの前で、静かに深くこうべを垂れて、『黙祷』を捧げていらっしゃる、そのお姿を拝見し、涙が溢れて、思わず合掌してしまったほどです。今思い出しても泣けてきます。

その上、両陛下は米軍関連の慰霊碑にも供花をされ、当初の予定に全く入っていなかった、あの韓国人慰霊碑にさえも、黙祷を捧げられました。本当に韓国人というのは、なんと恩知らずで、無礼千万でなのでしょう!!

ご訪問が決まる前、天皇陛下は侍従長に、『いつになったら行けるのか?年をとって行けなくなってしまうではないか?」と、ご不満を漏らされていたそうです。

天皇皇后両陛下の切なる希望により、戦後60年経って、ご訪問が実現しましたことにより、サイパンで“非業の最期を遂げられた多くの日本の方々”は、、やっとお心を慰められたのではないかと、両陛下に深い感謝ででいっぱいです


いついつまでもご皇室の繁栄をお祈りさせて頂きます。そう、千代に八千代に、さざれ石の巌をとなりて、苔のむすまで・・・です。





かぐやひめ

繁栄の代償
日本が焼け野原のまま、貧しい国だったら、よそから入って来ないですよね。

先日、テレビで東京にバングラディシュの街があるのを見ました。
広場に年に1度バングラディシュ人が1万人集まってお祭りをする・・・みんな、日本語が達者です。チエン店(飲食店)3軒の店長を任されている人が出てきて「アメリカより、どこよりも、日本に来たかった。日本が一番いいから。そして、苦節何年、日本で受け入れてもらえるよう努力して、今日がある」と。
そこまで、言われたら「帰れ!」とは言えない気がしました。いまどきの日本人より、もっと礼儀正しかったから。

私は、いつも、思うのです。
時計の針は、決してもとへは、戻せない。
どんなに懐かしくても、昔には帰れない。
手に入れた便利さは、もう手放せない。

日本が、手に入れてしまった繁栄は、手に入れるべくして手に入れたものです。

明治維新「西洋に追いつけ追い越せ」と、立ち上がった時点で、ほかのアジアの国々の群を抜いていました。
また、このエントリーにあるように、戦にも、真摯に立ち向かったのは日本兵だけです。
中国兵は、金儲けのためにいやいや鉄砲を握るから、少しでも不利になると、ばらばらと逃げてしまう、中国人相手の戦争は、全部勝っているはずです。
しかも、戦後、銃を手から離したとたん、産業の振興に全力で立ち向かい、世界1の国になりました。

今、外国人が「私も入れて!日本に行きたい」と言うのは、繁栄しているから。

古代にも、同じことがあったのだと思います。いわゆる渡来人が大勢押し寄せた時代です。大陸での暮らしがきつくて、一族郎党を引き連れてきた秦氏。
朝廷での争いの原因の多くは、渡来系との戦いだったと思うし、大化の改新なんかも、怪しいと思います。
国は、そのために乱れています。当時の日本の人口を考えると大変な比率の移民が押し寄せたわけでしょう?
一番ひどかったのは、縄文人を大殺戮した弥生人のこと。

日本列島は、何度も外からの侵入を受けています。
今回だけではないことを、思い出して気持ちを鎮めましょう。

現実の問題として、コーリアタウン、チャイナタウンを解消することは、不可能だと思います。だって日本が不景気で食えない町になる時は、特亜も、アジアも、もっと、食えないわけですから。さらに、日本に押し寄せるでしょう。

私は「60年前からの華僑です=親父の代で日本に来て日本で生まれた=」という中国人を知っています。彼の妻は、数年前に中国から彼のもとに嫁ぎました。仲の良い夫婦ですが、日本人の感性を持つ夫が、中国人妻に、苦労しているのが、わかります。

長く日本にいると、あるいは、日本で生まれると、日本人の感性を身につくようです。日本の国土に魔法の力があるのか、日本語の言霊に、その力があるのか、わかりません。

でも、確かに、日本人そして日本語には、アジアを同化させ日本化させる力があります。

それでなければ、なぜ、グアムの人が日本名を名乗りますか?
なぜ、台湾の人が「なぜ、日本は来てくれないのか?」と、懐かしみますか?なぜ、パラオが、「もう一度日本領になりたい」と、申し出ますか?

私達が、しなければならない戦争の総決算は、決して自虐史観に陥るのではなく、日本人であることへの誇りを取り戻し、尊い日本をとり戻すことだと思います。

半島の人たちが、どんなに日本をあしざまに言おうと、やっていることは、体でやっていることは、日本にすりより、日本人になりすまし、受け入れられないとみるや、裏社会に身を投じて仕返しする・・・ある意味台湾人と同じ主張を、正反対のやり方でやっている。

彼らは、本当は日本人のままでいたかった!そうとしか、言えない仕業です。
だから、日本に甘えて甘えて嘘八百ついて、日本に甘えて甘えてくるのでしょう。
国ごととってもらえないとわかると、個人で流れてくるのでしょう。そして「同じに扱ってくれなければ、こうしてやる、ああしてやる」と嫌がらせをしている。
あるいは、政治家を買収して・・・そこまで、戦前の日本だった時代がよかったのでしょう。だから、止めようがない。
彼らの中に「自分は本当は日本人だという思い」があるから、選挙権までほしがるのだと思います。「おかしいじゃないか?自分は日本人だ」と錯誤におちいているとしか私には思えない。
だって、言葉どおり、そんなに日本が嫌いなら、帰ればいいのです。日本人は、みんな「帰ってくれ!」と、思っているのに。

後戻りができないのであれば、私達がしなければならないことは、「帰れ!」と迫るのではなく、日本を取り戻し、日本の国体を確立し、彼らに迫ることではないでしょうか?

ならば、日本人になりなさい。
教育勅語を学び、身につけ、天皇家を守りなさい。それが日本の国体です。
そして、あの大東亜戦争に感謝しなさい。
あなたがたが、今日あるのは、日本の兵隊さんがアジアを解放してくださったからにほかなりません。
そうするなら、日本においてあげる。

その前に、私達日本人が、兵隊さんに恥じない日本人になりましょう。

時計の針は、反対向きに回せない。
そして、アジアを解放した日本は、戦争が終わってもなお、同じ仕事を続ける責任があるのでしょう。

日本を確立することが急務です。
正しい誇り高い日本の歴史を教えることです。
それを学べない人には出て行ってもらいましょう。
日本の制度を上から下まで変えましょう。変えて、誇り高い日本を取り戻しましょう。

日本人に英語教育なんかする必要はありません。日本語こそ、もっとも大切な言語です。

日本が崩壊したら、困るのは寄生している外国人でしょう?それとも、日本をも崩壊させて宿主をなくして路頭に迷いたいのでしょうか?
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ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう)

Author:小名木善行(おなぎぜんこう)
連絡先: nezu3344@gmail.com
電話:080-4358-3739
出身:静岡県浜松市
住所:千葉県野田市
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんの学ぼう日本」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「明治150年真の日本の姿」、「日本と台湾の絆」、「奇跡の将軍樋口季一郎」、「南京事件は4度あった」、などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。
日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
《著書》
『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』
『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦
『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
『ねずさんと語る古事記・弐〜天照大御神と須佐之男命、八俣遠呂智、大国主神』
『誰も言わない ねずさんの世界一誇れる国 日本』
最新刊
『ねずさんの奇跡の国 日本がわかる万葉集』
『ねずさんの世界に誇る覚醒と繁栄を解く日本書紀』

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