藤堂仁右衛門と湯浅五助



民衆の仕合(しあわ)せを願って行動することが、政治権力や行政や司法の役割とする。
そのために、権力よりも上位に天皇という存在を戴(いただ)き、その天皇によって民衆を「至上の宝」としてきた、これが日本の形です。
そしてこれこそが、全世界が歴史を通じて築くことができなかった、そして日本だけが実現できた、人類社会における究極の民主主義の姿です。

澪標(れいひょう・みをつくし)
20220505 みをつくし
画像出所=https://www.asahi.com/and/article/20170118/300004553/
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日本をかっこよく!

関ヶ原の合戦のときのことです。
伊勢・伊賀32万石の大名であった藤堂高虎の家臣に、藤堂仁右衛門(とうどうにえもん)という人がいました。
激しい戦いの中、藤堂仁右衛門が水を飲もうと谷川に降りたところ、敵の大将、大谷吉継の重臣である湯浅五助(ゆあさごすけ)に出会いました。

勇名で鳴らした湯浅五助です。
「いざや、尋常に勝負!」と手にした槍を持ちかえました。

すると湯浅五助、
「いや、待たれよ」という。「実はいま、主(あるじ)の大谷吉継の首を埋めているところでござる。勝負はするが、貴殿を見込んでお願いがござる。主人の容貌は腐りの病で見るに耐えぬほどになっている。首を晒されたなら天下に醜貌(しゅうぼう)を晒すことになろう。ついては首を埋めたこの場所を、どうか他言しないでもらいたい。我が願いを聞き届けとあらば、よろこんで槍を合わせよう。」というのです。

主君を思うその気持ちに打たれた藤堂仁右衛門は、「委細承知」と答え、五助が首を埋め終わるのを待ちました。
そして尋常に勝負し、見事、五助の首をあげました。

関ヶ原の戦が終わり、大谷吉継の首探しが始まりました。
ところが、どこをどう探しても、首が見つかりません。
そこで家康は五助を討った藤堂仁右衛門を呼び出しました。
「何か手がかりを知っているのではないか。」

問われた藤堂仁右衛門は、家康に向かって言いました。
「吉継殿の首の在処は存じております」
「ではすぐにこれへ持ってまいれ」

ところが藤堂仁右衛門、首を横に振ります。
「それはできかねることにござる。
 湯浅五助殿に頼まれたのでござる。
 それゆえ、たとえご上意であっても、
 その場所をお答えすることはできませぬ」

家康の近習たちは、色をなして怒りました。
「殿の御前であるぞ。どうしても教えられぬと申すか」
「たとえご成敗されても、申し上げられませぬ」
「ならば成敗するぞ」
「ご随意に」と、藤堂仁右衛門は、首を前に伸ばしました。

その様子を黙ってじっと見ていた家康は近習に、
「そこにある槍を持て」と命じました。
一同に緊張が走りました。

家康は、槍を手にすると言いました。
「仁右衛門、その心がけ、いつまでも忘れるなよ」
そう言って、その槍を藤堂仁右衛門に与えました。

大谷吉継は、敵の大将です。
その首を差し出せば、藤堂仁右衛門は大きな恩賞に預かれます。
さらに勇猛で知られた湯浅五助の首さえもあげているのです。
損得でいえば、藤堂仁右衛門は死んだ五助に自分が言った言葉を守るよりも、家康に首を差し出した方がはるかに「得」です。
けれど、損得より、もっと大きなものを大切にしたのです。

「身を尽くす」という言葉があります。
かねて古代から大切にされてきた日本の概念です。
自分のすべてを捧げるのです。

この言葉が、そのまま海上交通の標識になっています。
それを「澪標(みおつくし)」といいます。
「澪標」は、浅瀬を通行する船に水深を知らせる目印の杭です。
標識の向こう側は浅瀬で、そこを船が通行したら座礁してしまう。そういうところに立てられる標識です。
大阪市の市標にもなっています。

「れいひょう」と読めば良いものを、あえて「みをつくし」と読むのは、理由があります。
船が進んではいけないところに侵入するのは、船が座礁の危険を伴う。
これは人で言ったら、怪我をする、ということです。
もしかしたら、それによって死んでしまうかもしれない。

だから、日頃は、その標識の先には行ってはいけない。
けれど、行かねばならないときが来たら、命がけでそこを進む。
だから「澪標」は「身を尽くし」です。
「澪(みお)」は「れい」とも読みます。
「れい」は、「霊(れい)」でもあります。
我が魂を賭けて、命がけで物事に取り組むから「みをつくし」です。

藤堂仁右衛門は、家康の指揮する東軍の兵としてではなく、約束を守るという一点に命をかけたのです。
それは、軍の中にあっては、まさに命がけのことでした。
それでも彼は「みをつくし」たのです。

こうした心得は、藤堂仁右衛門のような大名に限らず、下級武士たちにとっても、あたりまえに具わっていた観念でしたし、現代日本人にも備わっているものです。
政治家として当選するためには、よく「地盤・看板・算盤」といいます。
この3つが揃わなければ、政治家になれない。当選もしない。

けれど何にもなくても、現状をなんとかして打破したい。
既得権益にまみれて、国民不在となっている現在の政治を、いまいちど庶民の手に取り戻したい。
そしてどこまでも、選挙も政策も、しっかりと学んだみんなの総意と合意によって形成していきたい。
そういう心で、いま立ち上がった人たちがいます。

これもまた、まさに「みをつくし」です。

日本は、天皇のシラス国です。
それは、天皇を絶対権力者として崇(あが)める政治体制ではありません。
まして、天皇教でもありません。

国家最高権威として、政治権力を持たず、また政治権力よりも上位の御存在である天皇が、民衆を「おほみたから」とする。
そうすることで、権力の最大の使命を「民衆が豊かに安全に安心して暮らせるようにする」とした、これは究極の民主主義といえる国家体制です。
それを日本は、7世紀という、いまから1300年もの昔に実現しています。

民衆の仕合(しあわ)せを願って行動することが、政治権力や行政や司法の役割とする。
そのために、権力よりも上位に天皇という存在を戴(いただ)き、その天皇によって民衆を「至上の宝」としてきた、これが日本の形です。
そしてこれこそが、全世界が歴史を通じて築くことができなかった、そして日本だけが実現できた、人類社会における究極の民主主義の姿です。

こうして保護された日本の庶民は、ただ自分が生き残るために、嘘や虚飾に走るのではなく、みずからの霊(ひ)に恥じない生き方を追求することを大切に生きることができました。
そして人々がそういう生き方に、まさに「みをつくす」ことができる社会が構築されたことによって、我が国は、きわめて民度の高い社会を築き上げることができたのです。

藤堂仁右衛門の行動も、これを赦(ゆる)した家康の行動も、ここに原点があります。
家康の家臣たちにとっては、勝利の確定のために大谷吉継の首は欠かせないものです。
けれど、組織の頂点にある家康にとっては、ひとりひとりが誇りを持って生きることができる組織そのものが大事なのです。

これが日本の形の根本です。


※この記事は2022年5月の記事のリニューアルです。
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にせん

命よりも誇りや約束を大切にする。
その生き方が後世まで伝わり、みんなの学びになる。ステキな流れです!

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