愛する人とともに・・・山本権兵衛



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山本権兵衛
山本権兵衛


戦艦三笠を駆ってロシアのバルチック艦隊を撃滅したのは、ご存知東郷平八郎連合艦隊司令長官でした。

この東郷平八郎を大抜擢したのが、ときの海軍大臣山本権兵衛です。

山本権兵衛は嘉永5(1852)年に、薩摩藩の右筆をしていた武家の生まれです。
当時の武家の躾(しつけ)はとても厳しかった。

逸話があります。

雪の降った朝のことです。
庭で槍術の稽古をしていた権兵衛が、寒さのあまりかじかんだ手にホウホウと息をかけていた。これを見た父は、裸足で庭に飛び降りるなり、権兵衛を怒鳴りつけます。

「武士がそんなことで役に立つかっ!」

そして権兵衛の頭をつかむと、その頭を雪にねじこんだ。

さらに寒中でも毎晩、井戸水を石鉢に汲み入れ、翌朝、この氷のような水で子供たちに縁や棚を拭かせたそうです。

こういうのって、いまどきは児童虐待とか言われるのかな。
でも、そうやって鍛えあげられることによって、後の山本権兵衛の強い人格ができあがった。

形はどうあれ、問題はそこに相互信頼という心があるかどうかなのではないでしょうか。

権兵衛は、とても気が強く喧嘩っ早いことでも有名だったそうです。

喧嘩している子供たちのところに権兵衛があらわれる。
すると、「権兵衛が来た~~!」と言ってみんなが一目散に逃げ出したそうです。
それだけ一目置かれる存在だった。

厳しく育て上げられた権兵衛は、12歳で薩摩湾で起きた薩英戦争に参加します。もっともこのときは砲弾運びの手伝いだった。

権兵衛が数え年で16歳(いまの15歳)になった時、薩摩藩は、戊辰戦争のための藩兵の募集をした。
権兵衛は、さっそく役所に出かけて、従軍したいと申し出ます。

ところが藩の決まりで、18歳以上でないと従軍できない。
権兵衛は上役に、迷わず「18歳です」と答えて採用になった。

いまでいったら中学3年生で、権兵衛は北越から東北へと転戦します。

戊辰戦争が終わって帰郷した権兵衛は、郷中の大先輩だった西郷隆盛を訪ねます。
西郷は「おはんは海軍に行きなさい」と、権兵衛に勝海舟への紹介状を書いてくれた。

紹介状を胸に、権兵衛は東京へ出ます。
このときの権兵衛18歳。

勝海舟といえば、大西郷と江戸開城の談判をした人です。
よほどの豪傑が出てくるのだろうと身構えていたら、ひょろっとした小男が出てきた。
下男だろうと思ってたかをくくっていたら、なんと勝海舟本人だという。

あわてて「ご指導を願いたい」と平伏したけれど、勝海舟は首をたてにふらない。
西郷さんの紹介状を持ってきました、と言っても、とりあわない。

結局この日、朝の9時から午後4時まで粘ったけれど、
勝は、
「海軍なんざぁ技術的なことばかりで難しいから、止めた方がいいぜ」と、許してくれない。

しかたなく翌日あらためて出直して、その日もまる一日嘆願を重ねた。
けれど、やっぱり許しが出ない。

三日目にも朝から出かけ、まる一日粘った。

その根気に海舟もようやく兜を脱ぎ、その日から権兵衛は海舟の食客になったといいます。

実はこのとき、勝海舟は、内心大喜びしたと思うのです。
勝は、国思いの男です。
そこに西郷隆盛推薦の男の子が来た。
みれば、眼光鋭く、体躯も堂々、声にも張りがある。
聞けば10代で戊辰戦争を闘ってきたともいう。

これは見どころのある男です。

しかし、勝は、すぐには、OKといわなかった。
権兵衛に、どこまでもやり抜こうとする執念があるのかを見定めようとした。
それが、この3日間のできごとだったのであろうと思います。

かくして勝海舟の家に居候を許された権兵衛は、東京開成所(東京大学の前身)で海軍の基礎学ともいうべき高等普通学(数学、外国語、国語、漢文、歴史、物理、化学、地理など)に通います。

そして開成所を卒業した権兵衛は、築地にできたばかりの海軍兵学寮に入った。

ところが権兵衛は、相変わらず酒を飲んでは喧嘩ばかりしている。
学科は苦手で、得意といえばマストのぼり(笑)

兵学寮時代の権兵衛を書いたものには、こんな記載があります。

----------------------------
山本権兵衛首謀となりて、しばしば教官排斥の運動を起こし、教官室に乱入し、あるいは教官と乱闘し、あるいはテーブル、イスなどを破壊し、流血の暴挙を演ずるに至れり。
----------------------------

もてあました教授陣は、権兵衛をドイツ軍艦に乗せてしまいます。

これが権兵衛の人生の転機になります。

このドイツ軍艦で、彼は生涯の師と出会うのです。
その師とは、ドイツ艦「ヴィネタ」の艦長グラフ・モンツです。

権兵衛はこの船で、10ヶ月に及ぶ世界半周の航海に出ました。
そこで権兵衛は船の操縦や軍事技術はもちろん、政治、経済、法律、哲学、服装、生活態度、礼儀、趣味など、あらゆる分野について、モンツから学びます。

モンツはドイツの貴族出身で、高い教養と高潔な人格の持ち主だったそうです。
しかも温情あふれる人柄、そして・・・いかにもドイツ人らしい“鉄骨のような合理性”を持つ人だった。

後年権兵衛は語ります。

「私の今日あるのは、まったくモンツ艦長の感化による」

後年、数々の海軍改革を実施し、日本を日清・日露戦争の勝利に導いた権兵衛の合理主義の精神は、このドイツ人、モンツ艦長との出会いがあったからだといわれています。

権兵衛がモンツから学んだことに、もうひとつ、とても大切なことがあります。
それは妻に対する姿勢です。

ドイツの練習船「ヴィネタ」に乗る直前のことです。

権兵衛は、海軍士官合宿所の向かい側にあった女郎屋で、17歳の少女トキと出会います。
トキは、新潟の漁師の娘で、家が貧しくて売られてきたばかりだった。

権兵衛はトキの身の上を聞き、心からいとおしく思ったそうです。
なんとしてでもこの娘を苦境からすくってやろう。こいつこそ私の妻だ。

彼は同僚の協力を得て、女郎屋の二階からひそかにトキを綱で降ろします。
そして、知り合いの下宿にかくまい、結婚してしまいます。

結婚してしばらくしたときのことです。
トキが権兵衛の乗る軍艦を見学に来ます。

その帰り。

軍艦から戻るボートが桟橋に着くと、権兵衛はトキの履き物を持って先に桟橋に渡り、彼女の足元にそれをそろえて置いた。

これを見ていた他の将兵たちは、権兵衛を冷笑したそうです。
当時の日本でこんなことをする者はいなかったのです。

そもそも、妻を軍艦に案内することがまずあり得ない。
まして妻の履き物を夫がそろえて置くなど、ありえません。
男として恥ずべき行為、というわけです。

しかし権兵衛は、まったく意に介しません。
「妻を敬うことは一家に秩序と平和をもたらすのだ」

彼はこう言ってはばからなかった。


この時代、国内では、旧士族による反政府運動や、農民による反乱が続けて起こっています。

佐賀の乱
萩の乱
神風連の乱・・・

こうした戦いでは、いきおい陸軍が主役になります。

そして西南戦争の翌年(明治11年)には、参謀本部条例が改正され、海軍は陸軍に従属するとされた。いわゆる「陸主海従」です。

これに対して当時海軍大佐だった権兵衛は、異議を唱えます。

「島国の国防は海上権を先にすべきである。
 我が国は陸を主としているが、
 せめて陸海対等にすべきである」

まさに正論です。

しかし当時の日本軍中枢は、参謀総長有栖川熾仁親王、次長川上操六、陸軍大臣大山巌、陸軍次官児玉源太郎、しかも彼らのバックには山県有朋がいる。

簡単にいったら、中枢は全部長州閥で占められていたわけだし、「陸主海従」の中で、海軍大佐あたりが何を言おうが、蟷螂の斧でしかない。

それでも権兵衛はあきらめずに、言い続けます。

そして10年。

ついに海軍大臣となった権兵衛は、宮中に参内し「陸海平等」を天皇に上奏します。
そして陸軍の譲歩をも引き出し、海軍軍令部の独立を勝ち取った。

権兵衛の執念が遂にここに実ったのです。
権兵衛は、「陸主海従」から「陸海平等」へと大改革をついに実現したのです。


権兵衛の大改革は、もうひとつあります。

彼が海軍大臣官房主事のときのことです。
時の海軍大臣は、西郷従道。西郷隆盛の弟です。

権兵衛は、海軍諸制度の改革と不要な人員整理の改革を大臣に奏上します。
これをみた西郷従道は、度肝を抜かれます。

なんと将官(局長、部長級)以下、97名の海軍士官をクビにするというのです。

「こんなに整理したら、有事の際に、支障はないか」という西郷従道に、権兵衛はいいます。

「新教育を受けた士官が増えています。
 心配はありません。
 戦争になったら、整理した予備役を召集します」

この大改革で、権兵衛は維新の論功行賞による人事を排します。
海軍近代化に不可欠の、年功序列でない、実力本位の合理的新体制を実現したのです。


明治31(1898)年、権兵衛は海軍大臣に就任します。

日露戦争を前に、風雲急を告げた時代です。

権兵衛は常備艦隊(後の連合艦隊)司令長官に、東郷平八郎を大抜擢します。
当時の東郷平八郎は、舞鶴鎮守府長官だった。これは窓際ポストです。

いわば、地方支店の営業所長を、いきなり連合艦隊司令長官に抜擢したのです。
周囲が唖然としたのはいうまでもありません。

いったいどんなスゴイ人物がやってくるのだろうと思っていると、「風采のあがらん小さな男が、ヨボヨボ下を向いて」着任した。

これには海軍内部だけでなく、他の大臣からも物議がかもしだされます。

「なにも窓際で予備役編入寸前の東郷を起用することもなかろう」
「凡才ではとても大任など果たせやせんよ」
「それにしても風采があがらなさすぎる」等々

しかも東郷平八郎と権兵衛は同郷です。
合理主義といいながら、内実は、ただの同郷人事かよ、おかしいんじゃないか、という声が明治天皇の耳にまで届いた。

天皇は、権兵衛を呼びだします。
このとき権兵衛が言ったのが、あの有名な言葉です。

「東郷は運の強い男です」

後にこの人事は、陸軍の児玉源太郎の参謀次長就任と並ぶ二大傑作人事と評されます。

しかしじつはこの人事は、権兵衛にとっては、とても辛い選択だったのです。

東郷平八郎の起用には、前任者の日高壮之丞を解任しなければならなかった。日高は権兵衛の竹馬の友です。
権兵衛と一緒に海軍兵学寮に一緒に入り、いつも一緒に遊び、いつも一緒に連れ添った。なんでも互いに議論しあった大の親友です。

しかし権兵衛は私情を捨てます。

日高は有能な海軍士官です。
しかし、自分の才気に溺れ、独断専行の傾向がある。

ロシア戦は、国運を賭けた戦争です。
その司令長官は、上の方針に反する者であってはならない。

東郷は風采はあがらないが、合理的かつ冷静沈着な判断と行動ができる男です。
それにきわめて運が強い。
権兵衛は東郷以外に、この国難を委ねる人物はいないと心に決めます。

権兵衛は、日高に解任を通告した。

日高は腰の短剣を抜きます。

「権兵衛、何も言わん。これで俺を刺し殺せ」

誇り高き軍人である日高の怒りと失望は、察してあまります。
権兵衛には、日高の心が痛いほどわかった。

権兵衛は、眼に涙を浮かべて日高に語ります。

「そのおはんの性格が、国家の大事に際して不向きなのだ。だから東郷を選ばざるを得なかったのだ」

そして最後に言います。

「俺たちは竹馬の友だ。私はおはんに少しも変わらぬ友情を今も抱いている。
しかし、国家の大事の前には、私情は切り捨てなければならんのだ」

日高も国を思う気持ちは同じです。

彼も涙を浮かべてうなずいた。

「権兵衛、よくわかった。よく言ってくれた」

権兵衛も泣いた。
日高も泣いた。

二人は互いの手を両手でしっかりと握りあったといいます。

こういう話をね、浪花節と笑っちゃいけません。
お互いに真剣だったのです。
真剣だから刀を抜いた。命をかけた男の会話なのです。

こうして、日本の誇る大英雄、東郷平八郎連合艦隊司令長官が誕生したのです。

昭和8(1933)年12月8日、山本権兵衛は81歳でその生涯を閉じました。

その8か月前のことです。73歳になる妻登喜子(トキを改名)がお亡くなりになりました。

登喜子が最期のとき、権兵衛も病床に臥していたそうです。

権兵衛は、家の者に言うと、自分を登喜子のいる2階に運んでもらった。
そして妻の手を握って言葉をかけたそうです。

お互い苦労してきたなぁ。

だがな、わたしはこれまで何一つ曲がったことをした覚えはない。

安心して行ってくれ。

いずれ遠からず、後を追っていくからな」

登喜子は、目からポロポロと涙をながして夫の手を握り返したそうです。

その日、登喜子は夫の愛を胸に抱きながら旅立ちました。

山本権兵衛といえば、海軍を大改革し、後の内閣総理大臣にまで出世した人として有名です。

しかし、ねずきちには、ひとりの女を生涯愛し続けた権兵衛という人が、とても偉大な人物に思えます。

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コメント

遠藤

No title
 この男ありてこの海軍ありき。ですね。

トラネコ

出でよ、サムライ!
今回も素晴らしい日本人のお話を有難うございました。今の日本の不幸は、政財界の指導者に山本閣下のような豪傑が不在なことです。豪傑であってしかも無私無欲、天下国家のために己を捨てられる、こんな人物が日本にいなくなりました。いや草莽の中にはきっとまだまだ、少なからずサムライがいると思います。しかしそのような人々は「自分を売りこむという行為ができません。自分を売り込み社交上手な人が政界に進出し、華々しい出世をするのかも知れません。しかし動乱期には幕末のような無名の志士たちが出ていますから、きっとこれから民主党政権が続けば、悪化するであろう日本において、名もない救世主が無数現れることを信じています。

枯れ葉

以前はわかりませんでした。
戦争とか単に野蛮なものと教育されてきたので
西南戦争も大東亜戦争も忌避する気持ちが強かった。

しかし、ちょっと待てよと思われることが積み重なり、
おそるおそる『マッカーサー回顧録』その他の書物を読むようになりました。動画やブログ、相反する意見のさまざまなサイトを数ヶ月かけてよみあさりました。

そういうなかでたどりついたのがこの素晴らしいサイトです。

わが鹿児島市には東郷平八郎像のある公園があります。

像の目線のかなたに広がる錦江湾の眺望はすばらしいです。

日本の国難の連続期にみごとなことをやってのけた
偉大な先輩の像のそば近くにいくとき、
感謝と誇らしさにみたされ、私は思わず涙ぐんでしまいます。

日心会にも登録しました。

鹿児島においでの際は可能なかぎり協力したく
思っております。

keito

No title
海軍大臣山本権兵衛
ご立派なお姿です。

一途な目をしてらっしゃいますね。そしてその生涯も一途でいらした。
奥様も幸せな生涯をすごされたと思います。まさに乾杯させて頂きたいご夫婦です^^

共通一次世代

続きです
当日聞き取れなかったところもあったので、再度衆議院TVのビデオライブラリーで、5日の衆議院予算委員会での稲田議員の質問を聞きました↓(抜粋)
~~~~~~~
「共生の問題とこの参政権の問題というのはまったく別の問題ですし、情緒的な感情で地方参政権の問題を考えてはいただきたくないと思っております。
実はその総理の「日本列島は日本人だけのものではない 」というご発言ですけれども、私、最初聞きました時に、失言か、何か、口が滑ったのかなと思いましたら、そうではなくて非常に重大な意味を持つ、総理にとって大変思い入れのある言葉なんだということを、総理の書かれたものなどを読み返していくうちに気付いた次第でございます。」
~~~~~~~

↑こう述べて稲田議員が参考資料として挙げた鳩山の下記の「語録」を見てみると、このような考えの持ち主が今の日本の総理大臣をしていることに改めて愕然とします。私も「日本列島は~」の言葉はついその場で出た言葉だと思っていましたので・・。また、それよりも何よりもこういう人間を近くで見ていながら支持できる大勢の民主党の議員が恐ろしいです。

~~~~~~~
★『論座』平成8年6月号に鳩山氏が寄稿した論文「わがリベラル・友愛革命」より ↓

「友愛革命の原点はまさに政治家を捨てる覚悟に他ならない。」

「何げなく私たちは、日本は日本人の所有物だと考えている気がするし、その暗黙の了解のもとに各種政策が遂行されているように思われてならない。しかし、思い上がりもはなはだしいと言うべきだろう。」

「私などはさらに一歩進めて、定住外国人に国政参政権を与えることをも真剣に考えてもよいのではないかと思っている。行政や政治は、そこに住むあらゆる人々によって運営されてしかるべきである。それができないのは畢竟、日本人が自分に自信がないことの表れである。」

※↑ちなみにこちらは鳩山氏のHPにも載っています。
『わがリベラル 友愛革命 』 http://www.hatoyama.gr.jp/speech/ot02_2.html

★平成14年8月8日付夕刊フジコラム、民主党代表としての発言↓
 
「しかし友愛はそうは行かない。『日本列島は日本人の所有物と思うな』などという発想は、日本人の意識を開くことであり、死を覚悟せねば成就は不可能であろう。私はそこまで日本を開かない限り、日本自体の延命はないと信じる。だから、私がその先兵を務めたいのだ。」
~~~~~~~

鳩山氏は「友愛」を政治的に説くならば、財を投げうち、自身の家の鍵を解き、鳩山会館を無償で「食」と「住」において開放し、自身は裸足で世界中を回り、本人の言う「死ぬ覚悟」で世界に「友愛」を説けばいい。
民主党の山岡国対委員長や川上義博が永住外国人への地方参政権付与に動き出したようですね。民主党の議員は、日本を破壊へ導くために「死んだ駒」になるつもりなのか?自分で問い質せ!と言いたい。

共通一次世代

No title
5日は、仕事が丁度休みの日だったので、国会中継を午後から見ようと思ったら、なんとNHKは流さず・・・。
で、TEXASさんも紹介されている衆議院TVでナマ中継を見ていましたが、本当にあの日の中継を何故NHKはしなかったのかと腹立たしい思いがします。NHKは質問者の名前を見て、わざと放送を外していたのではないかと勘ぐってしまいます。

今回、下村氏は民主党と日教組の関係を、小里氏は首相の献金疑惑にインサイダー取引疑惑、閣僚(直嶋氏、赤松氏)と労組、パチンコ業界との関係疑惑を 、稲田氏は地方参政権から夫婦別姓、戸籍廃止、対馬問題(亀井大臣は「気にしすぎだよ」とか何とか答弁していた)等、質問に立った自民党議員諸氏は民主党のアキレス腱を直撃していました。

私の見ていた当日の衆議院TVは、それぞれの追及の場面で、ここぞというときに画像が途切れたり、音声が変になって挙句は聞けなくなったり・・。それもまるでわざと音声途切らせているのではと疑いたくなるくらいのタイミングで、もう、イライラしながら聞くことになりました。国民がちゃんと国会の審議を地上波でしかも公共放送のNHKで見ることが出来ないのはやはりどう考えてもおかしいです。

内容は、国民に民主党の正体を暴くに相応しい内容でだっただけに、この日こそ流れて欲しかった!!NHKの馬鹿たれ!!!卑怯者!!

そして、改めて思いました。今、国会の場では自民の保守議員にとにかく頑張って貰わないといけないと。直接対決の場はやはり国会です。だから応援します。

かぐやひめ

あ太郎さん 犯罪は、政権を反映するよね
わけのわからない、銃乱射とか、こどもが次々狙われて、殺されるのに、犯人が、まったくわからないとか、

理不尽な理由で、いきなり殺される

そういう事件は麻生政権時代には、なかったと、記憶します。

ところが、最近、どうですか・・・毎日、気味が悪い・・・

国のトップは、きちんと反省してほしい。

家の主の行状が、子供の品行を左右するように、見えないところで有機的につながっているのです。

私は、小泉時代の日本の犯罪が嫌いでした。

TEXAS

衆議院
http://www.shugiintv.go.jp/jp/index.php

こういうサイトがあるとは知りませんでした。

あ太郎

無念
島根の女子大生・・・・・むごいなぁ。 むごすぎる。 親はどんな気持ちで対面するのだろう。

法務大臣の千葉景子が「死刑は慎重に」などと言ったとたん、むごい犯罪が増えだした・・・・・と考えよう。

kotarou

No title
素晴らしい薩摩隼人のお話、感動しました。

薩摩の方と云えば私には宝暦治水の平田靱負と云う方が心に沁みついています。

素晴らしい日本人の方のご紹介、子供たちにも伝ええいます。
これからもどうぞ沢山教えて下さいますようお願い申し上げます。

ありがとうございました。

かぐやひめ

いや、民主はもたないと思う
今日、酒屋によったら、
店番のおばちゃんが、国会中継をみていた。
そして「いろいろ上がるらしいよ」と私を捕まえて言う
「子供手当とか、高速道路ただとか、する必要があるの?財源もないのに。つかう人の自己責任で、出せばいい。なんで、高速道路を走らない者が、それを分担せんとあかんの?」
「そうだよね。おかしなことばかり。」
「そう、そう、こんな変なこと!」

「民主党は、もたないよ。」
「そうだよ。もつはずがない」

そこらへんの、酒屋のおばちゃんが言うのよ。
民主がもつはずはありません。

-

No title
フィリピン人の小学生ら一家5人に「異例」の在留特別許可…法務省
クエバスさんは1990年に短期滞在で入国し、そのまま残留。昨年8月に逮捕され、同10月に 5人に強制退去処分が出された

なんだこりゃ。もうめちゃくちゃだな
千葉殺されろ
そして犯人 無罪になれ

あきちゃ

つД`)・゚・。・゚゚・*:.。
権兵衛と日高のやりとりがいいですね。

一人の女性を生涯愛し続ける、、、、
耳が痛いです(´-ω-`)

八目山人

東郷平八郎
私は東郷平八郎は立派な顔をしていると思います。
確か彼は15~16歳で薩英戦争に従軍し、それ以後の明治の戦争には、全てにかかわっていたと思います。
有名になったのは、日清戦争時、イギリス船籍の高陞号を撃沈した事でしょう。

アメリカの新聞記者が、東郷の人となりに感銘を受けて、東郷の伝記を書いています。

-

No title
【政治】 「外国人参政権」法案、今国会提出を検討。会期延長も検討…民主・山岡氏

★外国人参政権法案の提出検討=会期延長も-山岡民主国対委員長

・民主党の山岡賢次国対委員長は6日午前、自民党の川崎二郎国対委員長と国会内で会談し、 永住外国人に地方参政権を付与するための法案について、今国会提出を検討する考えを伝えた。
 山岡氏はこの後、記者団に対し、30日までの会期の延長を検討する意向を示した。 

 ttp://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091106-00000062-jij-pol

愛信

予算の実施状況に関する件
開会日 : 2009年11月5日 (木)
会議名 : 予算委員会
収録時間 : 4時間 05分

予算の実施状況に関する件

【動画ニュース掲示板】
http://www.aixin.jp/axbbs/kzsj/kzsj6.cgi
【動画ニュースタイトル一覧】はこちらをクリックして下さい。

やまとおのこ

No title
かぐやひめさん、つまらないたとえではありません、
国家は全て家の延長でしょう、国防は家族を守ることですし、国家財政は夫の(今や共稼ぎが5割を越える状況ゆえ妻も含む)給料です、それは規模の違いでしかありません。
その意味においても家族が拉致されたら武器を持っても取り返すのが当然のことでしょう。

プク

No title
国民であり続けるべき者が、俺は税金を払っていると威張り、住民→在日→消費者に成り下がったのです。

第一義

泣けるじゃないか!
(T_T):。。

素晴しい
近代日本海軍の創設者、素晴らしい話です。これを中学生が聞く事で人間の大きさ、鳩がすきな「友愛」の原点が判るのですが、現在の人間が軽い気持ちで「友愛・地球」を語る安易な事、是非各学校で配布してほしい様な記事です。

かぐやひめ

なんというか、いい男ですねえ、山本権兵衛さん
山本権兵衛さん!写真からも、色気が立ち上る・・・

国が、どうのと、言う前に、日本にいい男がいなくなったことが
「少子化のほんとの原因だ」と、思います。私。

その前に、いい男を産み育てる「いい女」も、いなくなりましたねえ。

卵が先か、ニワトリが先かってことですか・・・

-

良い話だな~(T_T)

かぐやひめ

国防を放棄したことこそ
戦後の日本が、だめになったことの理由は、言いだせばきりがないでしょう。
でも、たったひとつを指摘するなら「国防」を他人(アメリカ)まかせにしたことです。

つまらないたとえですが・・・私が、晴れて一戸建てマイホームを購入して、数年後の年末、あわただしいさなかに排水が逆流する事態が起こりました。

借家住まいの時なら家主さんに電話一本で、なんでもしてもらえました。

一戸建てを構えると言うのは、こういうことなのだと思いながら「業者」を探し、排水溝の一部に木の根っこがはいりこんでいたものを除去してもらい・・・費用を払い。
屋根の上から、排水管の末端にいたる一切の問題を自力で解決する・・・だから、家持ちには信用があるのだと感じました。

国家にしても、同じことです。
一切に責任を持ち、一切を自力で購う。
そうしてこそ、国としての信用が与えられる。

また、国民にも「緊張感」と「責任感」「自覚」が備わる。

敵国から「国防を奪われ」、自ら「命をかけて国をまもるより、お金ですむなら」と、すりかえた。
ここを、取り戻さない限り、本当は、教育内容や、システムを変えても・・・だめなんです。

国家として負うべきすべての責任を果たす国に、もう一度脱皮しない限り
「電話一本で家主が、なんとかしてくれる」という気持ちでは「一本立ちではありません。」

ちなみに「本日のかぐやひめ語録http://blogs.yahoo.co.jp/nkato1947の”かぐやひめ若かりしころの写真は、ほんとにきれい!見に来てね」(ねずきちさん、すみません。場所を借りました)

みちお

No title
いつも有益な話をありがとうございます。
大正時代の内閣総理大臣山本権兵衛と現在のH首相を思わず比べてしまいました。
「器が違う」というよりも「人間としての素材が違う」と感じてしまいました。
いいえ、正直に言うのなら、同じ日本でありながらどこか別の世界の「日本」の話をしているようにさえ感じられました。

日本はどうしてこんなに変わってしまったのでしょう。

一言で言うのなら、敗戦・日教組の売国教育その他により、日本人自身が精神の支柱を失ってしまったことが原因だと思います。

敗戦後アメリカの策謀もありましたが、日本人は全責任を軍部と当時の政府に全責任をなすりつけました。
悪いのは軍部と当時の政府であって、自分たちは被害者である。
このときから、日本人の多くは自分たち自身の問題点を理解しなくなりました。
責任があるというのなら日本人全体の責任であるはずなのに、「悪いのは常に他人(政治家) →自分は常に被害者」という図式が出来上がってしまったのです。
日本人が(言い方は悪いですが)愚民化したのは、これが原因だと思います。

「人間獣化計画」という策謀をおっしゃる人もいらっしゃいます。
http://inri.client.jp/hexagon/floorA6F_he/a6fhe803.html
これが事実だとしても、これに乗ってしまったのは精神の支柱を失った日本人自身の弱さだと思います。

「政治家は国民を映す鏡」。マスコミもまたしかり。M党政権を成立させ、今のような「日本」にしてしまったのは、日本人自身の責任です。
M党に投票しなかった人も含め、(無論私も含む)日本人全員の責任です。

今の政府があまりに惨いのでマスコミの手のひら返しは既に始まっています。
http://npn.co.jp/article/detail/44283433/
http://www.asahi.com/politics/update/1105/TKY200911040485.html
http://news.tbs.co.jp/20091104/newseye/tbs_newseye4275100.html
最後はO外相の発言ですが、一部でもこのようなものが報道されること自体、マスコミの手のひら返しの証拠です。
これに伴い「国内マスメディアの偏向が異様」なことも段々に広まっていくでしょう。
日本人自身が変わり、マスコミを変えていかねばなりません。

日本人自身のために、そして日本再生のために。
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ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう)

Author:小名木善行(おなぎぜんこう)
連絡先: info@musubi-ac.com
昭和31年生まれ。浜松市出身。上場信販会社を経て執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」を運営。またインターネット・ブログ「ねずさんの学ぼう日本」を毎日配信。「歴史を学ぶことでネガティブをポジティブに」という理念を掲げ活動する。古事記・日本書紀・万葉集などの原文を丁寧に読み解き、誰にでも納得できる日本論を発信。

《著書》日本図書館協会推薦『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』、『ねずさんと語る古事記1~3巻』、『ねずさんの奇跡の国 日本がわかる万葉集』、『ねずさんの世界に誇る覚醒と繁栄を解く日本書紀』、『ねずさんの知っておきたい日本のすごい秘密』、『日本建国史』、その他執筆多数。

《動画》「むすび大学シリーズ」、「ゆにわ塾シリーズ」「CGS目からウロコの日本の歴史シリーズ」、「明治150年 真の日本の姿シリーズ」、「優しい子を育てる小名木塾シリーズ」など多数。

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