アンコール遺跡とカンボジア



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アンコール・ワット
アンコール・ワット


アンコール遺跡は、カンボジアにあるクメール王朝の遺跡です。
9世紀頃から数々の建築が開始されました。

遺跡の中にあるアンコール・ワットは、アンコール遺跡の一つで、遺跡群を代表する寺院建築です。
アンコール・ワットは、左右対称の大伽藍と美しい彫刻からクメール建築の傑作と称えられています。

ちなみに、
 アンコールは「王都」、
 ワットは「寺院」
を意味します。

この寺院は、12世紀前半に、アンコール王朝のスーリヤヴァルマン2世によって、ヒンズー教寺院として建立されました。
完成までに30年もかかったそうです。
王の死後は霊廟となりましたが、1431年に首都がプノンペンに移ると、忘れ去られ、100年以上の長きにわたり、放置され、荒れ果ててしまいます。

みかねたアンチェン1世が、1546年から1564年の間に、再興を図り、これによって寺院は未完成だった回廊などを完成させました。
1632年(寛永9年)といえば、日本では天草四郎の乱があったり、長崎に出島が作られたりしていた頃です。

この年、日本人の森本右近太夫一房という人が、このアンコール・ワットの遺跡を訪ねていました。
彼は遺跡の壁面に、
「御堂を志し、
 数千里の海上を渡り、
 ここに仏四体を
 奉るものなり」
と書いています。

文面から、森本右近太夫は最初からこの遺跡を目的に訪ねて行かれた様子がうかがえます。
当時でさえ、アンコール遺跡はそれだけ東洋で有名なところだったのです。

アンコール遺跡は、カンボジアの伝統文化と国民統合の象徴です。
なにせカンボジア国旗の中央には、アンコール・ワットが国家の象徴として描かれています。
アンコール遺跡は、カンボジアの人々の誇りなのです。

カンボジアの国旗
カンボジア王国の国旗


同時に、アンコールの遺跡群は、アジアの至宝であり、世界の重要な文化遺産でもあります。
1992年、アンコール遺跡は、世界遺産に認定されました。
当然だと思います。

ところがアンコールは、世界遺産に登録されると同時に、
「危機に瀕している世界遺産リスト」
にも登録されてしまいます。
数々の遺跡が、いわば放置状態で、荒れるにまかせられていたのです。

カンボジアは、1863年にフランスの植民地となり、長く搾取を続けられるだけの国となっていました。
昭和15(1940)年、日本軍はインドChinaに侵攻すると、あっという間にフランスを追い出しました。
そして日本は、シアヌーク王を支えてカンボジアの内政・行政・法制度の改革をサポートし、昭和20(1945)年3月にカンボジアはようやく独立し、カンボジア王国となったのです。

ところがこの年の8月、日本が戦争に敗れてしまいます。
そして再びフランス軍がカンボジアに進駐し、カンボジアは独立国家から、また植民地に逆戻りしてしまいました。

カンボジアMAP


それでも国王のシアヌーク殿下は、粘り強く独立運動を続けました。
昭和27(1947)年には、独自の憲法も作りました。
そして同志たちと闘い続け、昭和28年に、ふたたびカンボジアの独立を勝ち取ったのです。

シアヌークの目指したカンボジアは、
「王政社会主義国家」です。

王政社会主義というのは、シアヌーク王のもとで、仏教を保護し、計画経済を行って貧富の差をなくそうとするものです。
戦前の日本の右翼思想に近いものです。
彼は、外交面でも厳正な中立政策を守り、東西冷戦の続く中でも、反共を旗印にした東南アジア条約機構(1956年)への加盟を拒否、アメリカが北ベトナムへの爆撃を開始すると、これに反対して米国との国交も断絶しています。

シアヌーク国王の治世の17年間は、非同盟・中立を追及した国王のもと、国内は平和で、農業生産もあがり、豊かで平和な時代が続きました。
国民は王のもとに平等であり、経済優先でなく、物財は豊かではないかもしれないけれど、食には困らず道義を大切にする国家を築き上げました。

ところが昭和45(1970)年、シアヌーク殿下が外遊している隙に、米国の後押しを受けたロン・ノルがクーデターを起こします。
そして武力を用いてカンボジア政界からシアヌーク一派を追い出してしまったのです。
それだけでなくロン・ノルは、カンボジア王国を廃止して「クメール共和国」という国家の樹立を宣言してしまいます。
ロン・ノルは、政権を取ると、激しい反北ベトナム・キャンペーンを行いました。
そしてカンボジア国内に住む北べトナム系住民、約30万人を虐殺してしまいます。

さらにロン・ノルは、北ベトナムへの補給ルート(ホーチミン・ルート)を粉砕するため、米国・南ベ連合軍をカンボジア国内にひきいれました。
米・南ベ連合軍は、カンボジア国土全域に空爆を開始したのです。
この空爆のために、カンボジア国民数十万人が犠牲になりました。
当然農業生産は激減する。
輸入でなく国内産の農産物で食べていたカンボジア国民は、瞬く間に飢えに苦しめられるようになってしまっています。

食えなければカンボジア国民だって怒ります。
多くの若者が武器をとって立ちあがりました。
こうしてカンボジア国内は内戦状態になってしまったのです。

昭和46(1971)年、内戦陳圧のために、カンボジアに米軍が侵攻しました。
ロン・ノルは軍事独裁体制を宣言しました。
カンボジア国内は血みどろの内戦状態になりました。

そんな状況に変化が起きたのは、昭和48(1973)年の米国のベトナムからの撤退です。
ロン・ノルは後ろ盾を失ないました。
この隙を突いたのが、Chinaの援助を得たカンボジア共産党(クメール・ルージュ)です。
クメール・ルージュは武装し、ロン・ノルを追い詰めました。そして在カンボジア米国大使館から米国大使も追い出します。

昭和51(1976)年、クメール・ルージュのポル・ポトは、カンボジアを「民主カンプリア国とすると宣言しました。
「民主」と名前はついていますが、共産主義政権です。
「民」というのは、あくまでカンボジア共産党員だけを指しますから、言いかえればカンボジア共産党員だけに人権を認める国家です。

当時のカンボジアは、長引く内戦によって農業インフラが破壊され、食糧輸入援助も停止されてしまっていました。
国内が長引く内戦によって極度に疲弊していた中で、ポル・ポトは、それまで流通していた貨幣制度を一方的に廃止し、共産主義の理想に基づいて都市住民を農村部へ強制入植させ、そこで強制労働を課したのです。
極端な“原始共産制社会制度”への回帰を実行したのです。
そしてさらに、旧政権関係者、都市の富裕層や知識層などを、カンボジア全土で虐殺しました。

極端な原始農本主義政策、ろくに考えもなしで人だけ入植させた非効率的な農業経営、そこにカンボジアの大旱魃が襲います。
ポル・ポト政権のカンボジアは、わずか4年の間に、飢餓と虐殺で、全人口の2割にあたる300万人の命を奪ってしまったのです。

これに追い打ちをかけたのが、出生率の極端な低下です。
共産主義は男女の性差を否定する。
男女の違いが否定され、武器と暴力が支配し、ごく少数の共産党員以外の人間には一切の人権が認められません。
非共産党員であり、男性に比べて体力に劣り、武器を持てない女性たちは、単に共産党員たちの性の道具となりました。
そして妊娠したら用済みとして殺害されたのです。

こんな話があります。
村を管理していた共産党の幹部が一人の少女を見初め、結婚を申し込んだ。
しかし少女は断った。すると翌日その兄と父が呼び出され、二人は帰って来なかった。
数日後二人が着ていた服が共産党から村への支給品として村人に渡された・・・

ポル・ポト軍は、思想的には、毛沢東の文化大革命に強い影響を受けていたといいます。
偏狭なナショナリズムと共産主義思考に凝り固まったポル・ポト軍は、ベトナム戦争終結後ソ連に接近したベトナムに対しても、伝統的な反越感情と相まってあからさまな敵対政策をとりました。
要するにポル・ポト共産党にとっては、すべてが階級闘争であり、同じ共産主義者同士であっても、それは闘争の対象だったのです。

ベトナム共産党は、あからさまな反ベトナム政策をとるカンボジア・ポル・ポト共産党政権と対立を深めました。
そしてついにカンボジアに侵攻を開始します。
そして昭和54(1974)年1月、ベトナムは、ポル・ポトを倒し、カンボジア国内に親ベトナム派のヘン・サムリンを擁立して「カンプチア人民共和国」を樹立しました。

これに対し、ベトナムにカンボジアを奪われた中国共産党は、ポル・ポトを支援していたこともあり、これに猛反発します。
中国共産党は、カンボジア政権の後ろ盾になったベトナムへ侵攻しました。こうして始まったのが中越戦争です。

中越戦争はわずか1か月で終息しました。
ベトナム戦争で実戦経験豊富なベトナム軍に対し、中国共産党軍は、そこここで惨敗してしまったのです。
ちなみに中国共産党が指揮するChinaが、ちゃんとした軍事力を持つ国家と戦争をしたのは、この中越戦争だけです。
他のものは軍事力を持たない国のみへの侵攻です。

要するに武器を持たない相手に対しては、暴略の限りを尽くせるChina軍も、まともな戦闘力を持った国家との戦争では、一瞬にして惨敗・・・惜敗ではありません、惨敗です・・・しているということです。
このことは記憶すべき史実です。

話をカンボジアに戻します。
親ベトナム派のヘン・サムリンによる「カンプチア人民共和国」は、国家は名乗ったけれど、国内は再び内戦の渦となりました。
5~10月の雨期には、反ベトナム勢力である民主カンボジア三派連合(KR、王党(シハヌーク)派、共和(ソン・サン)派)が、タイ国境付近からゲリラ戦を展開しました。

11月~4月の乾期にはベトナムから武器の供給を受けたヘン・サムリン政権も参戦し、重火器で攻勢する。
この内乱は、その後まる10年続いています。

そしてChinaは欧米で開発された武器のコピー商品の武器を、大量にヘン・サムリン陣営に売り捌きました。
この交易でChinaは大もうけをしています。売られたChina製の地雷は、カンボジアの国中にばら撒かれまています。

戦火を逃れたカンボジア人は、国境を越えてタイに流入しました。
多くの人々が祖国を追われたまま、タイで「難民」として保護されています。
こうした情勢を憂慮した国際社会は、カンボジア和平に向け様々な取り組みを行いました。
平成元(1989)年には、パリで、第1回カンボジア問題国際会議が開催されました。
この会議に、日本は招かれて参加したのですが、実は、国際的な和平会議に日本が呼ばれたのは、この会議が戦後初めてのことでした。
それまで日本は敗戦国であり、第二次世界大戦の敵対国として、こうした平和会議には戦後まったく呼ばれなかったのです。

ようやく国際和平会議の席に呼ばれるようになった日本は、翌年(平成2年)には、今度は日本の主催で、「カンボジアに関する東京会議」を開催しました。新たに国際平和会議に参加した日本が、今度はイニシアチブをとって国際会議を開催しています。
この国際会議も、日本が音頭をとっての国際的地域紛争の解決のための国際会議開催として、戦後の初の出来事です。当然、日本には大きな責任が課せられます。

席上、日本は、カンボジアの4派の政党が、みんなで対等に参加する最高国民評議会の設置を提案しました。
これからは武器ではなく言論と選挙で戦え、というわけです。提案は全会一致で採択されました。

すこし補足しますが、この全会一致というのは、実は日本の政治文化の特色といえるものです。江戸時代までの日本語には、リーダーという単語(訳語は指導者)はありません。日本社会は、あくまでも集団で合意を形成するコンセンサス(Consensus、一致)社会だったからです。

さて、翌年(平成3年)、パリ和平協定で、カンボジアの内戦は終結しました。日本外交と、日本的コンセンサス合意形成が、まさに大勝利したのです。

平成4年になると、国連カンボジア暫定機構(UNTAC)の事務総長に日本人の明石康氏が就任し、UNTACによるカンボジア暫定統治が開始しました。
日本国内では「国際連合平和維持活動等に対する協力に関する法律」が成立し、この年、日本による初の自衛隊、PKO部隊が派遣されています。
このときのことは、覚えておいでの方も多いと思います。
まさに国論が真っ二つに割れて、自衛隊派遣賛成か反対か、大論戦が展開された。
自衛隊を派遣しようとする政府と自民党に対し、当時の社会党などが猛反対を繰り広げました。憲法9条を死守して一切日本はその軍事力を海外に派兵すべきではないというのです。

道路補修にあたる自衛隊
道路補修にあたる自衛隊


国内に多くの否定派の意見を受けながら、ようやく日本の自衛隊はカンボジアに到着しました。
カンボジア国内での公正な選挙の実現のために、道路を作り、地雷を撤去してカンボジアの国民が安全に生活し、かつ安全に生活できるよう、国家インフラの整備のお手伝いをしたのです。
同時に、医療支援、食糧支援を行いました。こうして日本は、「武器で争わなくても生きることができる」国土の整備事業を、カンボジアの民衆と一緒に展開したのです。

ところでこうした自衛隊の活動に、わざわざ現地まで出かけて行って反対運動をした日本の国会議員もいます。
社会党(当時)の辻本清美議員です。
彼女は自ら所有するピース・ボートという大型観光船に乗って、支持者とともに暑いさなかに、カンボジアのトティエ駐屯地まで赴きました。
このときの様子が「ああ、堂々の自衛隊 PKO従軍奮戦記」(宮嶋茂樹著)に書かれていますので、すこし引用します。

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 さすがに自由を愛する方々である。一行はてんでばらばらに行動され、まったく統制が取れていない。
太田三佐(広報担当)が声を嗄らして説明しようとするが、その周りには人が寄り付かぬ。
人だかりがしているのは、代表の辻元清美さんの周りである。無視されつつ頑張っていた太田三佐が、質疑応答を始めると、ようやく人びとが集まってきた。
その目は敵意に輝いている。
いまなおこんなに戦意旺盛な同胞がいるのかと、私は感心する。
その表情そのままに、敵意あふれる声で質問が飛んだ。
「この山では一日どれだけの土砂を採るのですか?」
太田三佐が丁寧に数字を答える。質問者はしてやったりと声を励ます。
「それだけ採って、環境への影響は?」
「は?」
さしもの三佐も目をぱちくりさせている。
「ですから、雨が降って、土砂が水田に流れ込むなどにより、環境への悪影響があるでしょう。それは調査してるんですか」
 それは異様な光景だった。背後の兵舎には、汗とドロにみれ、基地にすら帰ることができぬトティエ駐屯の自衛隊員がが、埃まみれで死んだようになっている。
自分たちの利益のためにやっているのではない。カンボジアの人びとのためにやっているのである。
その前で、化粧の白い顔を曝した同じ日本人の一行が、「環境への影響は」と尋ねる光景。
超現実主義の映画を観ているようで、私はかすかな吐き気すら感じた。
太田三佐は誠実に答える。
「正直言って、環境の調査は行っていません」
答える三佐の顔がやや紅潮する。
「そりゃあ、環境への影響はあるでしょう。しかし、私たちの仕事は、選挙をスムーズに進めるために、橋や道路を修復することです。そのためには採石場が必要なのです。私たちがしていることは、将来的にも、きっとカンボジアの人たちの役に立つと信じています」
堂々、太田三佐は言い切った。言い逃れも一切しない、立派な態度であった。
(P183)
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自衛隊員による地雷・不発弾等の除去作業
(カンボジア)
自衛隊員による地雷・不発弾等の除去作業


続いて辻本清美ご一行は、自衛隊の中心的な宿営地であるタケオ基地を訪問しました。そこでの出来事です。

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 国連旗の前で記念写真を撮る方、荷物運搬車に乗り込んでしまう方、そこらの建物に勝手に入ってしまう方。
まことに自衛隊は民主的軍隊である。
イランあたりでこんなことをすれば、すぐに数名の射殺者が出ていたであろう。自衛隊は、数名の広報が声を嗄らして幼稚園の先生のように走り回るだけであった。
「あ、そこの人、隊員のテントに勝手に入りこまないでください」
「お願いですから、ちゃんと団体行動してください」
さすがの切れ者、山下一尉も疲労困憊した表情で呟く。
「わしらはツアー・コンダクターか……」
自衛隊迎撃部隊は、劣勢を余儀なくされていた。ピース・ボート部隊は、さらに頭脳的な作戦に出た。兵站の道を絶つは、バルチザン型攻撃の基本である。彼らは、基地の厚生センターに集中攻撃をかけ始めたのである。
「おおっ、キリンビールが70円だって」
自衛隊がシンガポールから苦労して運んで来た糧秣に目をつけたのである。慌てて、山下部隊が、これの阻止に回る。
「そこの人、飲物は隊員のための物です。皆さんが飲むと、隊員の分がなくなってしまいます」
引き続き、駐車場で、ピース・ボートのメンバーと隊員との対話集会が開かれた。
なんだか、その内容はオフレコとのことで、辻元さんはピリピリしていたが、結局この時のピース・ボートの方々の質問は産経新聞が書いてしまったので、私も記念に書いておこう。
「従軍慰安婦を派遣するというウワサがあるが」
「・・・」
「隊内でコンドームを配っているとか。(相手の隊員を指差して)あなたのポケットにもあるんでしょう」
「・・・」
「防衛大学では、帝国時代の軍人を尊敬している人がたくさんいるんでしょう」
「・・・」
などなど。
 やがて、一同はまたバスに乗り込み、プノンペンへと去って行かれた。戦いすんで日が暮れて。太田三佐は幽鬼のように憔悴し、一言私に呟くと、宿舎へと消えて行った。
「疲れた・・・」
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 日本の自衛隊は、カンボジアの平和と安定実現のため、あちこちに埋まった地雷や不発弾の処理をし、安全な道路を作り、落ちて壊れた橋を架け、住民に食糧や水、衣類などの物資の支援を行い、医療活動を行ったのです。
すべては、カンボジアで公正な選挙が行われるように、との配慮からです。

ようやく国連カンボジア暫定機構監視のもとで、カンボジア第1回の議会選挙が行われたのは、平成2(1990)年のことです。自衛隊が懸命になって命がけでの地雷撤去作業を行った結果です。
選挙自体には、当然のことですが日本はいっさい干渉していません。
誰を選び、どういう政治体制を望むかは、あくまでカンボジア国民が決めることだからです。
日本は、住民の安全を図ることだけに注力したのです。
いわば無私の貢献です。
私たち日本に住む者にとっては、そんなのは「あたりまえ」のことにすぎないかもしれないけれど、こうした地域住民の意思を最優先した外国の干渉というのは、実は世界の歴史で実際にその経験を持つのは日本だけです。
このあたりが、他国支配による選挙と日本が関与した外地との大きな違いです。
戦前も戦後も、これは変わらぬ日本の姿勢です。

こうして選挙は無事に終了しました。選挙結果は、王党派のフンシンペック党の大勝利でした。
カンボジアは議会を開催し、自分たちの手で作った新憲法の施行を発表しました。
彼らの作った憲法、それは、カンボジアに王制を復活させる、というものでした。
そしてシアヌーク殿下が再び国王に即位されました。
国王の下には、第一首相、第二首相の2名の首相による連立政権が発足しました。
国名も、新たに「カンボジア王国」と定められました。
そしてカンボジアに「カンボジア王国」の国旗が掲揚されました。
冒頭に掲載した国旗です。
それは、旧日本軍に支えられて独立国家を勝ち取ったときにシアヌーク殿下がカンボジア国旗として制定した国旗でした。
カンボジアの多くの国民にとって、この国旗こそが、カンボジアの誇りだったのです。

カンボジアの国旗変遷


下のグラフは、カンボジア共産党(クメール・ルージュ)政権終了から26年経った2005年度のカンボジアノ人口ピラミッドです。
図を見ると、25歳以上と24歳以下の人口が対照的です。
人々が殺し合った時代と、助けあう時代。どの時代がほんとうにカンボジア庶民の幸せの時代といえるのか、グラフをみたら一目瞭然です。。

カンボジアの人口(2005年)
カンボジアの人口


ここまでのことを行ったのは、当時外務大臣だった宇野宗佑氏です。
後に彼は、こうした貢献を認められて内閣総理大臣に就任しました。
けれど金満政治家として有名な糸山英太郎に、神楽坂の芸者とのスキャンダルを暴露され、失脚してしまっています。

このスキャンダルは、 神楽坂の美人芸妓に、宇野総理が、「もし自分の愛人になってくれたらこれだけ出す」と言って自分の指を三本出した(30万という意味)。
それを300万円だと思ったが、宇野氏は30万円のつもりだった。
これに憤慨した美人芸妓憤慨した、というものでした。
その話を糸山英太郎議員がマスコミにリークしたことで、大騒ぎになっています。

指三本事件をリークした糸山英太郎は、金まみれの大規模選挙違反で、選対本部長以下1287人が検挙されるという、異例の選挙違反事件を起こした人物でした。
一説によれば、宇野外務大臣の努力によって、カンボジアに平和がもたらされ、地雷や武器の販路を失った某国が、そうした貢献と実績のある宇野外務大臣が日本の総理になることに腹をたて、宇野氏を総理の職から引きずりおろすために糸山氏にカネを渡して工作をしたとのウワサもあります。
実際のところは闇の中です。

平成6(1994)年に、河野洋平氏が外務大臣に就任したあたりから、カンボジアは、ふたたび悪化していきました。
総選挙を控えた平成9(1997)年、ふたたび国内で武力衝突が発生してしまったのです(7月事変)。
そしてラナリット第一首相が失脚するなど、カンボジア情勢は再び不安定化してしまいました。

この事態を受け、日本は、訪日したフン・セン首相に働きかけ、停戦とラナリット殿下の選挙参加など4項目の提案を行ないました。
そして平成10(1998)年7月に実施されるカンボジア総選挙への資金的協力を行うとともに、選挙専門家1名と監視員32名を派遣し、自由・公正な選挙の実施に向けて貢献しています。
そしてこの選挙で、カンボジアには第一次フン・セン首班連立政権が発足しました。

平成11(1999)年には、上院が新しく設けられ、カンボジア王国は二院制へと移行しました。そして同年ASEANへの加盟も果たします。

平成15(2003)年の第3回選挙では、第二次フン・セン首班連立政権が発足。翌年にはシアヌーク国王が引退し、シハモニ新国王が即位しました。
同年WTOへ加盟とASEMへの参加も決定。
カンボジアは着実に民主化への道を歩みはじめました。
これにあわせて、日本は、カンボジアの法治と同国人同士の人権擁護法ために、司法体制の整備と向上のため現地に専門家を派遣し、民法・民事訴訟法の起草に協力しています。

30代の女性判事や検事たちも、何度もカンボジアに行って、現地の人と一緒に国の根幹である法律を作りました。民事訴訟法は2006年7月、民法は2007年12月にそれぞれ公布されています。
冒頭に述べたアンコール遺跡についても、日本は平成5(1993)年10月、「アンコール遺跡救済国際会議」を東京で開催し、翌年には「日本国政府アンコール遺跡救済チーム(JSA)」を結成しています。
そして、ユネスコ文化遺産保存日本信託基金(注1)を通じ、これまでに延べ680人以上の日本人専門家を現地に派遣し、遺跡の保存・修復活動を行ってきました。
しかも日本は、カンボジア人自身の手による保存・修復の実現を目指し、あくまでカンボジア人専門家と共に現場での保存・修復活動をしています。こうすることで、彼らへの技術移転を図ったのです。

冒頭のアンコール遺跡は、このような日本をはじめとする国際社会からの支援の結果、平成16(2004)年7月、第28回世界遺産委員会の席上、「危機にさらされている世界遺産リスト」からの除外が決定されました。
日本の、このカンボジアにおける実績は、アフガニスタンやイラクなどが現在直面している紛争後の文化遺産保護という課題の解決の成功例として高く評価されています。

(注1)平成2(1989)年8月、世界の文化遺産保存のために日本がユネスコに設立した基金。これまで同基金を通じて、バーミヤン遺跡(アフガニスタン)など、24か国において計30件の保存・修復プロジェクトに協力を実施。

以上、カンボジアの近代史を概括しましたが、日本の貢献は、戦前も戦後も、こうした無私で見返りを求めないという姿勢は、ずっと一貫しています。
いろいろ言われはしますが、満州にしても、台湾や朝鮮半島、パラオ、インドネシア、フィリピン等々にしても、常に日本は現地の人々の幸せと安寧を最優先にしてきました。
戦前も戦後も、日本の心はまったく変わっていないのです。

それをいい加減なデマゴーグで葬り去り、歪曲や捏造までして誠実な日本の貢献を貶めようとする。
あるいは、日本を常に悪と決め付け、あらゆる努力や貢献には目をつぶる。
日本国内に巣食う、反日左翼の人たちに、果たして「誠意」という言葉はあるのか、と聞きたいです。

そうそう!
もうひとつ書いておきます。
ピース・ボードさん達が帰国したあと、日本の自衛隊の皆さんに、著者の宮嶋さんがインタビューしています。
そのときのお話です。

「私はいつもの屋台へ行き、
 隊員たちに今日の感想を聞いた。
 『いや、ひさびさに綺麗な日本の女性を見て、
  目の保養になりました』
 『見るだけで手が出せなかったのは残念です』
みんなはしゃいでいた。」
(p188)

きれいな女性と言われたのは、いわずもがな辻本清美議員です。
実際にきれいかどうかは別として、どんなに嫌なことでもみんなで笑ってすごす。
危険な作業でも愚痴さえいわずに現地の人たちのために貢献する。

机に座って文句ばかり言っている反日の人たちよりも、私にはそうした明るい笑顔の自衛隊員の方が、よほど誇らしく、また頼もしく思えます。


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感動】心打たれる戦地の犬たち〜軍用犬と兵士


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コメント

KESSELRING

アンコールワットはクメールの遺跡文化ではない!
ポロブドゥール、エジプト、中南米。

これらの巨石文明は吉村搾取の様な正統派考古学者(自称)の言う事は全く的外れです。

nanashi-san

No title
なんで、こうも間違うのか。
これも天命というものか、、もう諦めます。

nanashi-san

No title
すみませんがコメントの場所を間違えましたので貼り直します。

文字程、人を語るものはなかろうと思います。多くの人はお手本を見ながら習字をやりますが、なるほど見た目によい文字は書けるようにはなりますが、しばらくすれば結局は自分の文字に戻ってしまう。
そしてその文字には、その人の性格、健康状態、生活態度までが現れる。
文字、程、飾れないものはないのではないのではと思います。それは上手、下手という区分ではありません。
私も、自分の文字に気に食わない部分があり直そうと努力しますが非常に難しいものです。結局は自分自身を変えない限り文字も変わらないということなのでしょう。

王義之のような天才は別かも?、、、とは思いますが、できれば過去に旅してお目に掛りたいものです。

bb

共通一次世代さん
  ↑
敬称抜けてました。

ねずきちさん疲れてます。

ごめんなさい。

いつもコメント楽しみにしています。

ねずきち

共通一次世代へ
みなさま、いつもコメントありがとうございます。

共通一次世代さん、カンパは、匿名でももちろんOKです。
でもせめて、HNは書いてくださいね^^

愛信

【草莽崛起 外国人参政権反対 有楽町マリオン前街頭宣伝 三橋貴明氏】
さて、三橋貴明さんブログから演説をもらってきました。三橋さんの
3分演説。わかりやすくて明快!日教組はまだしも
キムチ(外国)政党はおかしいだろと言っています
万歳三橋さん!


【動画ニュース掲示板】
http://www.aixin.jp/axbbs/kzsj/kzsj6.cgi
【動画ニュースタイトル一覧】はこちらをクリックして下さい。

おれんじ

F2ブログランキング
それと、提案なのですが、ねずきちさん、F2ブログランキングのクリックボタンを政治ブログランキングのボタンと一緒に一番最初にもってきたらどうでしょう?きっと皆さん押してくれると思うのですが。

皆さん、是非ねずきちさんのランキングを上げましょう♪

おれんじ

No title
ねずきちさん、お久しぶりです。

確かアンコールワットの修復にも日本人の職人さん、NGOの皆さん、学者さん、ボランティアの皆さん等々たくさんの方々が参加されていますよね。こういう事を日本政府は世界にもっと伝えるべきですし、国内でも子供たちに教育すべきだと思います。自虐的な(しかもウソの!)事ばかり教室やメディアで教えるのは一体何なのでしょう?!しかもこういう記事を見ると「自己陶酔など恥ずかしいにも程がアル」としたり顔に言う人は何なんでしょう?

メディアや左翼に執拗に貶められる自衛隊の皆さんに涙が出てしまいます。この間の台風災害でも、一生懸命救助活動に汗を流していらっしゃる陸自の皆さんを写しながら一言も彼らについて報道しないテレビ局の傲慢さよ!

もちろん彼らも人間ですし組織ですから不祥事もあるでしょうが、私達が応援しないでどうするのでしょう?心から自衛隊の皆さんに感謝の気持ちを表します。そしてそんな隊員の素顔を伝えてくれる不肖宮嶋さんにも。

以前、インドネシアの日本軍について述べさせて頂きましたが、私達の先人である方々は武士道の精神を受け継ぐ立派な兵隊さんでした。あの方々のアジアに残した貢献を絶対に忘れてはなりません。

あと、椿さんの辻元評に爆笑しました。

応援クリック。

レイ

No title
カンボジアは第二次大戦の日本国家賠償を最初に放棄した国との話を聞いたことがあります(もし間違ってたら訂正願います)。
 それだけカンボジア国民は日本に思い入れがあったのでしょうか。
 しかし、鳩山総理はそのような歴史の経緯を考えもせず、何も恩義が無い中国韓国の言いなりになっています。
東アジア共同体は、戦前日本が大東亜共栄圏で失敗したが如く、破綻するのが目に見えてます。
 もっと広くアジア・環太平洋の国々と戦略的外交を広めて欲しいものです。

共通一次世代

続けてすみません
リンク先にあるブログ「夕刻の備忘録」さんも以前言及されていたと思いますが、街の中の巨大モニターやワイドビジョンなるもので、ネットで多数出ている秀逸なフラッシュを流すことは出来ないものかと私もずっと思っています。

稲田議員や佐藤議員の国会の質疑も流せないものでしょうか。また街頭でも小さなモニターを持っていくのはどうでしょうか。

フラッシュは本当に解かり易く、言葉が発せられていない分、心の叫びを感じ取ることが出来るように思います。

前にも書きましたがドラマではなく、ありのままの真実を流せばいいだけ。
捏造、嘘を言う必要がないから頭を悩ますこともないし、小細工も何もいらない。ドラマを作る必要はなく、ありのまま真実を伝えればいいだけ。
自衛隊の貢献をそのまま流せばいいだけ。

そしてその事実を何故今まで国民は知りえなかったのか?NHKは?マスコミは?
マスコミの「知らせるべき真実を知らせない」『大罪』に、怒りを感じる国民が増えなければ・・。「何故?」と「心からの怒り」と。

※カンパですが、ねずきちさんのところならと思っています。HNと都道府県だけでも良いのでしょうか・・?金額はすずめの涙ですが、協力できればと思います・・。

共通一次世代

No title
今日、ねずきちさんのエントリーを読んで、カンボジアで自衛隊がこれ緒ほど貢献していると知りませんでした。ふと思い出したのは、UNTAC選挙ボランティア中田厚仁さんのお名前でした、岡山県警の高田警視も殉職されたのですよね。しかし断片的なことしか思い浮かばない・・。

ネットで調べてみたら、カンボジアへのPKOに参加した日本人はとても多く、自衛隊からは、総勢約1800人、また文民警察として75人の警察官が派遣されたそうです。自衛隊の伊丹のある部隊では、PKOへの志願が定員の30倍にも達したとのこと。

また、中田さんの遺骨と共に帰国された父、武仁さんに対し、当時「政府は、あるいはUNTACはどう責任をとってくれるのか」というような恨みつらみの言葉を聞き出そうとした放送局のインタビュアーもいたそうです。純粋な志を持った人たちを利用する左翼やマスゴミには本当に反吐が出ます。

自民党の佐藤正久参議院議員のHPより ↓
「小切手外交再び!湾岸戦争の教訓はいずこへ」
  (「汗」より「金」が日本国民の意思か?)
http://east.tegelog.jp/index.php?blogid=24&archive=2009-11-12  
(以下抜粋)
===========
鳩山政権は、インド洋での給油活動を止める代わりに、アフガニスタンに50億ドル(約4500億円)、パキスタンに10億ドル(900億円)の民生支援を行うことを決めた。
11日の朝日新聞によると、ある外務省幹部は「国際社会が腰を抜かすぐらいの巨額支援だ」と胸を張ったという。腰を抜かすのは、国際社会だけではなく、納税者の日本国民も同じだ。
インド洋で海自が供給する油や水の代金は年間20億円にも及ばない、5年でも80億程度だろう。「80億」が「4500億」へと増額される、汗をかくことを止める代償は高くつくということだろう。

(中略)
上記4500億円の支援金額には、派遣される日本人文民の給料や手当、宿泊代、警備代、防弾車代等は入っていない。防弾車は1台1500万円以上するし、民生支援が本格化すると警備費も年間数千万はくだらないだろう。 

しかも、先ずは総額ありき決定で、具体的な支援内容の決定はこれからで固まっていない。支援の柱を?治安能力向上?反政府勢力との和解と社会復帰?持続的・自立的発展のための民生支援というが3つにすることは決まったようだが、どのようなプロジェクトにいくら支援するかも決まっていない。
 
国民を舐めている!血税をどのように考えているのか?景気低迷で、どれほどの零細企業の方々が苦しんでいると思っているのか?にも係わらず、内容を決めないまま、こんなに拙速に支援額を決めて良いのか?

佐藤も実際に、復興支援の現場で汗をかいた経験があるが、お金のバラマキでは信頼感は得ることが出来ないし、技術移転も不可能だ。学校1つ作るのにも、現地で丁寧に調整を重ね、青写真、詳細設計を行い、事業実施にあたっては、技術移転、即ち教え込みながら建設を進めて行くため、事業調整開始から建設完了まで少なくとも半年はかかる。
 
2001年から2009年まで約9年間のアフガニスタンへの支援金額が、約2000億円に止まっているのもこのような背景がある。支援額をケチっているのではなく、現場の方々が安全対策を取りながらも必至に丁寧に行ってきた結果だ。
===========
(以上抜粋)

現地の人々から「信頼」を得て、別れを惜しまれるほどの軍隊が他にあるんでしょうか・・。

先日の予算委員会での佐藤議員の質疑を「参議院インターネットテレビ」で見ました。岡田外相が以前テレビで自衛隊を「若葉マーク」をと放言したことに対し非常に憤っていらした。絶えず、自衛隊員とその家族のことを想い、彼らの名誉と誇りを安易な言葉で傷つける外相に怒りをぶつけたのも当然のことであると思います。

また、議員の「インド洋派遣中止によって、得る国益と失う国益を明確に答えてください」との問いに、鳩山内閣の閣僚はまともに応えることが出来なかった。このことさえも国民は殆ど知らない・・。

私達国民は真実を知ることが出来ない。
自衛隊の海外派遣での活躍をどれ程の国民が知っているのか。
テレビでは「自衛隊は殺人集団だ」と言い放つ慶応大学の教授がのうのうと出ている。慶大は何故、このような教授を教育者として認めているのか?
本当に怒りが湧いてきます・・。

自衛隊は誇り高い日本の軍隊です。これを広めたい。↓

【アナタヲ守リタイカラ】(2004年のフラッシュ)
http://nekozemax.hp.infoseek.co.jp/mamoritai.html

椿

『ポゴールの薔薇』


シアヌーク殿下って…確か日本軍を礼賛した映画、『ROSE DE BOKOR』(ポゴールの薔薇)を制作された方ですよね?

シアヌーク殿下ご自身が、日本兵の一人に扮したり、日本の芸者達が出てきたりして、大東亜戦争の時に、カンボジア人と日本軍が一緒に、フランス軍と闘う(45年3月9日のcoup de force)というお話だったと聞いています。

一度見てみたいのですが、探してもありません。

でも・・・もっとビックリしたのは、この『ROSE DE BOKOR』は、北朝鮮で制作され、金日成も日本人役で出演していたと聞きましたが…、本当でしょうか?(笑)

有り難い事です。私達の英霊の功績を忘れずに、映画にまでして“称えて”下さって…。この話を聞いたときに、物凄くカンボジアに、親近感がわきましたもの…。

しかし…あの帰化人“辻元清美”のゲスな事、ゲスな事…。「日本人だと名乗るな!恥ずかしい!」と、思わず突っ込みたくなるような“下賤な女”です。

そんな下卑た質問を、誇りある日本自衛隊員達にする暇と、お頭があったら、カンボジアに埋められた「中国産の地雷」によって、身障者になられたカンボジアの方々の為に、国連に行って「マトモな抗議デモ」の一つもやれば!!と、思ってしまいました。




-

外国人住民基本法
鳩山のいう、「友愛ボート」とは、自衛艦に、外国人と民間人を乗せ任務させる。
また「移民ではないものの、居住する外国人を増やす施策を検討する考えがある」と示した。

この外国人とは、南北朝鮮、みんだん、総連、同和団体のことなのか。

民間人には必ず、国民を欺くために著名人を起用し、国際貢献という大義名分の下に、外国人が正面玄関から、どうどうと自衛隊と係わる。

国民も初めは、うるさくともその内、おとなしくなる。敵は充分日本人を知り尽くしている。

1000万人の移民は反対が多すぎる。 ならば、旅行でも何でも入国させ、3年間住まわせ永住権を。5年住んだら国籍を与え日本人となり、家族親戚を日本で暮らすために呼ぶ。

これらの権利を、与え認める法案が、「外国人住民基本法」です。
上記の方法ならいつの間にか、1000万人以上の外国人が日本に、日本人以上に優遇され権利を持って住めることになります。

ほぼ、誰でも受け入れるので、不法滞在という言葉は存在せず、当然犯罪だったのが犯罪では、なくなります。
すでに日本国の法相は、3家族の犯罪人達に、特別永住権を与え 「国民を試験」 しています。

「日本列島は日本人だけのものではない」まさしくその通り。

鳩山、小沢等は 「犯罪集団」 なのでは?
国家反逆罪 ? 国家背任罪 ? 国家転覆疑い罪 ?

猫めでる婆

いつも感動をありがとうございます
8月30日以来、言い知れぬ恐怖にとり付かれ体調も崩しがちですが、ねずきちさんの一言一言に励まされています。
本当にありがとうございます。
日本は、過去に何も悪い事をしていませんよね。
謝らなければならないことなんて、何一つありません。
私なども「ありがとうございます」のつもりで「あら、お手数を掛けてすみません」と言ってしまいますが、日本が外国に対して言ってはいけない言葉ですね。

それから指三本で有名な宇野宗佑さんは、実は優秀な人だったと知り驚きました。
粋な方ではなかったようですが、それだけで社会的に葬ったマスコミは許せません。
ネットで様々な真実を知り始めて、約2年になります。
スイス政府発行の民間防衛のシナリオ通りになっているのかと思うと、民主党が恐ろしくてなりません。

bb

ねずきちさん、こんにちは。
今日のお話は、私には辛すぎて今朝から胃が重いです。なにか言おう、書こうと思うと言葉があふれ出て、散らばっていきます。まとめるのに時間がかかりそうです。今日は時間があるからかもしれません。

まず、宇野元総理の指三本事件。気付くのが遅すぎました。あの頃から、いくら正しいことをしても、政敵やマスコミに潰されていったのですね。私が気付いたのは、せいぜい安倍元総理の頃のマスコミのおかしさぐらいからでした。松岡さん、赤木さん、たいした失敗でもないのにその立場を追われ、命まで奪われました。そして、中川さん。

多分、宇野さんの頃は、それでも保守を信じていられたからでしょうか。危機感は持っていませんでした。でもいま気付きました。そして、ねずきちさんとご縁が出来ました。必然だと、この能天気な私でさえ思わずにはいられない時が来たと・・・

しかし、気付かされたら黙っていられません。敵の姿がはっきりしてきたではありませんか。霧の中での手探りではないのです。機が熟した、そう思います。焦っていた私に、いやいやこういう方法で戦うことが出来るよとねずきちさんが教えてくださいました。日常の自分を大きく変えることなく、身の丈の範囲で出来ること、そんな一見小さな力が実は大きな力になりうることを。

カンボジア、史学科に在籍していた私は一刻も早く何とかならないのかと、学生運動をキャンパスで横目で見ながら無力を恥じました。もっと学びたいと、他校を学士入学で受験しました。卒論提出から試験まで二ヶ月。それこそ寝ないで勉強しました。休憩は食事だけ。それが、昭和49年です。アメリカがベトナムから引き上げた頃です。まわりでは、べ平連はじめまるで自分達が勝利したようなお祭り騒ぎでした。

私自身は専門に専念して学ぼうと合格した大学に入り、調査調査の日々が続きました。明治生まれのお年寄りがご健在でお話を伺う、もうそれだけで人生観が変わるほどの衝撃を受けました。

ポルポトの惨劇を知り、アンコールワットが破壊の危機にあると聞き、焦燥は募りましたが、思いだけが先走っていました。

最近では、アフガニスタンのバーミヤンの仏像が破壊されました。あの仏像は頭の上まで登れて、そこから見る景色は絶景でした。仏像の周りのドームには曼荼羅が描かれていて、彩色がわずかに残っていました。三蔵法師の行程の史跡でもあります。

インドネシアのボルブドールにもいきました。石の文化です。多分アンコールワットに共通する世界観を持っている建造物です。こちらは、仏教遺跡ですが・・・

2000年にわたるわが国の文化遺産はどんなに政権が変わろうと、破壊されることはありません。(ほったらかしにされることはあっても)

私は日本人が在るがままに生きることそのものが、世界に類を見ない奇跡だと考えるようになりました。なにも偉そうに言っているのではありません。

自分達の日常をしっかり生きること。さまざまな場面で。それだけでいい。

そういうもともと持っている素養を、掘り起こし伝えていく。この活動が、だから大切なのだと心底思います。

かぐやひめさん

便宜上関東以外となっていますが、ひめ姐さんファンは関東にも大勢います。だからその胸を大きく開いて受け入れてください。仕事増えて大変でしょうが、声をかけるのは関東以外だったとしても、声をかけられたら宜しくお願いします。釈迦に説法でしょうが・・・

かぐやひめ

日心会の使命
人には、生まれ持って託された使命というものが、あるように思います。そして、私は、ずっと、自分の使命は「人と人をつなぐ」ことではないかと思ってきました。

縁あって、この会の創設にかかわり、これからの発展を願う時、やはり一番大切なのは人と人の結束だと思います。

つなげるためには、つながるためのノウハウがあります。漫然とはつなげない。
目的意識の共有、手段への共感、忘れない程度の共同の活動

そして、この会は間違いなく発展すると私が感じるのは、「目的」が、はっきり明記されていること。方向性がまっすぐ決まっていること。(会のホームページにあります)
「手段」も、文章化されていること。誰が上だの下だのいうのでなく誰かが提案し、賛同者を集め、協力する。

あと、まだ、決まっていないのが定期的な「活動」の部分です。
会独自の行事として天長節の参加が企画されていますが、何か会独自の「活動」があるべきで、それは進んでいくうちに必ず確定されて行くと思います。

私が一番思うのは、首都圏から離れて、天長節だって簡単には皇居に出向けない地方のみなさんに、どうしたら所属感をもっていただけるか、です。

私自身が、この会に一番力を入れていただきたいことは、「情報弱者に真相を届ける活動」です。
テレビと新聞しか手段のない人々が、どんな状況にあるか・・・ここに集われる人からでは、まったく違うということを、私達は、もう一度認識しなければなりません。

おりふし「嘘!」としか、思えないアンケート結果、支持率を見せられ「ありえない!」と、ここで、いくら取りざたしても、結局は選挙結果は、その通りでした。
(開票でインチキしてないか、総数でごまかしてないか?と思いましたが、公明党婦人部の人から、開票現場の民主党の票を乗せるのに、机を足したと聞いて・・・やはり、本当と認めざるをえませんでした。)

ここで、いくら、騒いでも、わめいても、駄目だと思います。ほんの少しでもいい。少しがいいのです。薬が効きすぎると返って疑うでしょう。むしろ、隙間からちらっと見せる程度が好ましい・・・そういう紙媒体が、私は、本当にほしい。

それを、身近な人に届ける活動ーそれなら、首都圏でなくても、一人でもできます。そして、みんなとつながれます。
会長の構想の中には、最初から「機関紙=出来れば日刊紙を」というのがあり、私は、構想全体の膨大さに驚愕した覚えがあります。

日刊紙といえば、新聞社を買収しなければなりません。
(会長の構想にあるのだから、その日も来るかもしれません。私には、ねずきちさんのような大きな夢をみる力はないので、いつも、びっくりしています)

そう、遠くない時期に「機関紙」も実現することを心から期待しています。

かぐやひめ

東京のデモに参加できなくてジリジリしている皆さんへ
日本の心をつたえる会(日心会)では、今後、会員のみなさんと会長との間の風通しをよくするために組織を整備いたします。

民主党が政権をとって以来首都圏で繰り返される大規模なデモに、参加したくても住まいが遠くて参加できない方々には、本当にいてもたってもいられない焦燥感がおありだと思います。

*せめて一人で耐えるのではなく、同じ思いの会員同士がもっと、互いに支えあえるようにネットワークを密にしたい。
*また、言うに言えない要望を、汲み上げ会長に伝えたい。
*会長の真摯な願いを各会員さんに確かに届けたい。

上記の目的が達成できるように、模索しながら組織のネットワークづくりをいたします。

つきましては、順次かぐやひめから、個別に、メールを送らせていただきますので、よろしくお願いいたします。
かぐやひめのキャッチフレーズは「ツーステップで、相手の懐に入り込む」です。

あなたの、ご意見、お気持ちを伺いにまいります。
未入会の方で「かぐやひめに懐を提供してもいいかな?」という方がありましたら、どうか、この機会にご入会ください。
(ただし、首都圏=関東圏以外がかぐやひめの担当です)

基準点

カンボジアの復興と日本・自衛隊・JMASの関わりを誇りに思います
おはようございます。

本日はカンボジアの歴史についての解説ありがとうございます。

カンボジアと言えばポルポト政権による国民虐殺という悲惨な歴史を忘れることができませんが、その後のカンボジアの復興に日本が大きくかかわり成功させる原動力となって来たことを知り、大変に誇らしく思います。

また、この活動に自衛隊が派遣されたことは知っていても現地における具体的な貢献とその苦労については周知されていない現状に有って、本日の記事は大変に貴重な情報が得られたと思っております。

最後に御紹介のJMASのビデオも、陸上自衛隊OBを中心とする方々が、地雷処理を通じて現地に大きく貢献していることを知ることができました。また、単に「地雷を処理してあげる。」ではなく、カンボジアの人々に地雷処理の手順を教育し、雇用し、生活を安定させ、地雷処理の終わった土地をカンボジアの人々自身が耕作し収穫を得て生活する。

正にカンボジアが独立した国家として機能するために必要なことをやっておられることに深く感銘を受けました。

先日、鳩山総理は友愛精神とやらで移民受け入れ、友愛ボートなどとまともな神経をもていないことを吐露する演説をしておりますが、それぞれの国が自立するために必要な手助けをして、それぞれの国が独立した国家として発展することこそが大切であり、安易な移民政策は日本のためにもならず、またその国が発展していくのに必要な国民を奪うことにもなり、その国の発展を阻害する結果ともなることから決して望ましいものではは有りません。

現在の日本が果たしている役割こそ素晴らしいものであり、鳩山氏の唱える友愛政策など薄っぺらな思いつきに過ぎないと思うところです。

また、JMASは、カンボジアのみならずアフガニスタンにおいても活躍されているとのこと、誇りに思うところです。

些少ながら、JMASに寄付をして頑張っておられる皆さんを支援したいと思っております。

友愛ボート
鳩山首相は自衛艦隊を友愛ボートと呼ぶ艦隊を」送りそうですが、相当逝かれていますよ。
こんな男に政権を託した日本人の不幸、これから先どれだけの付けを残してくれるのでしょう。

かぐやひめ

感動しました。
カンボジアについてはポルポト政権による凄惨な粛清しか、知りませんでした。
国連を通して、日本から、なんらかの援助をしたと聞いた気もしますが、こういう大切なことを、マスコミは、報道しなかったと思います。
アジアでのことでは、印象に残るのは、「せっかく援助にいったのに、気の毒なことになってしまったボランティア」の話ばかり記憶に残っています。

このため、私達はふつう、日本の国際貢献といえば、札束で頬をひっぱたくようなODA・・・と言う印象ばかりが強いです。

土曜日に行われた有楽町でのデモで街宣にたった三橋貴明氏が「日本は世界に貢献していると思っている日本人は30数%で、世界最低の数字です。」と話されていましたね。
まさに、今日のこの記事を読まなければ、私も、自信をもって答えられなかったと思います。

ひとくちで、言えば大東亜戦争の前も、さなかも、今も、日本は同じ姿勢で海外に尽くしてきたと言えると言わざるをえません。

そして、外から見ればよりよくそれがわかるから、
まずは、現在の「貢献ぶりの報道を葬り」、「大東亜戦争を悪と決め付ける」これが、反日マスコミのやり方だった。

左翼が呼応して、教育現場にさえ同じことを適用した。
その結果が、日本の現状です。

でも、それにもかかわらず「現実に世界に貢献している”事実”ほど強いものはない」
また、最近増えているありえない残酷な事件は、実は、ほとんどが「名前はともかく、日本人の血統をひかない人々による」

こういう事実を考えると、日本は決して変わってはいないことがわかります。昔も今も、まっすぐに世のため人のために尽くそうとする人々に飾られてきました。

今、私達の番が来ました。
日心会には、心強い人々が1000人余り集まって来られています。

-

やすくに活世塾
来年平成22年4月から1年間10回の予定で、靖国教場(仮称)*御創立百四十年記念事業で境内に新築される研修施設、(平成22年3月に竣工予定)で、やすくに活世塾が開かれます。よろしかったらご参加を。http://www.yasukuni.jp/~sukei/page226.html
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ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう)

Author:小名木善行(おなぎぜんこう)
連絡先: nezu3344@gmail.com
電話:080-4358-3739
出身:静岡県浜松市
住所:千葉県野田市
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんの学ぼう日本」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「明治150年真の日本の姿」、「日本と台湾の絆」、「奇跡の将軍樋口季一郎」、「南京事件は4度あった」、などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。
日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
《著書》
『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』
『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦
『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
『ねずさんと語る古事記・弐〜天照大御神と須佐之男命、八俣遠呂智、大国主神』
『誰も言わない ねずさんの世界一誇れる国 日本』
最新刊
『ねずさんの奇跡の国 日本がわかる万葉集』
『ねずさんの世界に誇る覚醒と繁栄を解く日本書紀』

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