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小野田寛郎さん

小野田寛郎(おのだ ひろお)さんといえば、大東亜戦争終結から29年間、フィリピン・ルバング島で帝国軍人としてすごし、帰国した方として有名です。
↓は、その小野田さんの名言です。
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「なぜ30年もの間、頑張れたのか……。
それは、生きる目的、果たすべき目的があったからです。
なにもないのに頑張れないでしょう。
その生きる目的を果たすために、死んでもいいという覚悟をするのです」
「サバイバルというのは、どんな困難な状況にあっても生きる望みを失わないこと」
「(30年もルバング島にいて)これは国のミスなんだから“失った時間を返せと賠償請求をしたらどうか”と言う人がいました。
僕はいまこうして生かさせていいただいているんです。
死んでいった仲間もいるのです。
“僕はそんなに狭い料簡はもっていないよ”と笑って済ますのですが」
「島で一番大事なのは健康です。
そして健康でいるためには頭をよく働かせなくてはダメです。
健康でないと、思考が狂い消極的になる。目標とか目的意識が希薄になるんです」
「よく島でたった一人になって、孤独感はなかったかと聞かれます。
僕は孤独なんていうことはないと思っていました。
22歳で島に入りましたが、持っている知識がそもそもいろいろな人から授かったものです。すでに大きな恩恵があって生きているのだから、決して一人で生きているわけではないのです」
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小野田さんが、何度も繰り返しおっしゃる言葉は、
「生きる目的」
「死んでもいい覚悟」
「一人では生きられない」です。
30年もの間、島でたった一人で闘っていた小野田さん。
その小野田さんが、
「人は一人では生きられない」
とおっしゃる。
そして「大きな恩恵があって生きているのだから、決して一人で生きているわけではない」とおっしゃる。
まるで人は木の股から生まれてきたのだ。個人主義がいいのだという現代日教組教育の、まさに対極にある思想と生き方がここにあります。
その小野田さんが、従軍慰安婦について書いている記事があります。
ご紹介します。
内容の濃い文章です。
原文をまるごとご紹介します。
http://www4.airnet.ne.jp/kawamura/enigma/2005/2005-01-16-onoda_ianhunoshoutai.html-----------------------------------
私が見た従軍慰安婦の正体-小野田寛郎
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首相の靖国神社参拝や従軍慰安婦の問題は、全く理由のない他国からの言いがかりで、多くの方々が論じているところだ。
南京大虐殺と同様多言を弄することもあるまいと感じていたのだが、未だに妄言・暴言が消え去らない馬鹿さ加減に呆れている。
戦後六十年、大東亜戦争に出征し戦場に生きた者たちが少なくなりつつある現今、私は証言として、「慰安婦」は完全な「商行為」であったことを書き残そうと考えた。
外地に出動して駐屯する部隊にとって、治安維持と宣撫工作上最も障害になる問題は、兵士による強姦と略奪・放火である。
そのためにどこの国もそれなりの対策を講じていることは周知の通りである。
大東亜戦争時、戦場には「慰安婦」は確かに存在した。
当時は公娼が認められている時代だったのだから至極当然である。
野戦に出征した将兵でなくとも、一般に誰でも
「従軍看護婦」と言う言葉は常識として知っていたが、
「従軍慰安婦」と言う言葉は聞いた者も、また、使った者もいまい。
それは
日本を貶める為に後日作った造語であることは確かだ。
淫らな言葉だが、中国戦線では「ツンコ・ピー」「チョウセン・ピー」と呼んでいた筈であるが、他の人の見ている所でする筈のないことだけに、「慰安所」のことも「慰安婦」のことも、公の場で自己の見聞を正確に発表する人が少ない。
あまり詳しいと「よく知ってるね」と冷笑されるのが落ちだろう。
では何故、君は、と私に聞かれるだろうが、幸い私はその実態を外から観察出来る立場にあったから、何も臆することなく、世の誤解を解くために発表することが出来るのだ。
◆漢口の「慰安所」を見学
商社員として十七歳の春、中国揚子江中流の漢口(現武漢)に渡った私は、日本軍が占領してまだ五カ月しか経っていない、言わば硝煙のにおいが残っている様な街に住むことになった。
当時、漢口の街は難民区・中華区・日華区・フランス租界・日本租界・旧ドイツ租界・旧ロシア租界・旧英国租界に分かれていて地区ごとにそれぞれ事情に合った警備体制が敷かれていた。
日華区とは日本人と中国人とが混じって住んでいる地区で、そこに住む中国人は中華区に住む者と同様「良民証」を携帯しており、そうでない者は警備上難民区に住まされていた。
難民区は日本兵も出入りを禁止されていて、私たち在留邦人は届け出て許可を得なければ出入り出来なかった。それだけ危険な場所だった。
私は、仕事が貿易商だから、難民区以外はよく歩いた。
ある日、汚れた軍服を着た兵士に「慰安所はどこか知りませんか」と路上で尋ねられ、一瞬思い当たらず戸惑った。
しかし看板に黒々と「漢口特殊慰安所」と書いて壁に掲げていて、その前に歩哨と「憲兵」の腕章をつけた兵隊が立っている場所を思い出したのでその通り教えてあげた。
映画館と同様に日華区にあった。汚れた軍服から推測して、作戦から帰ってきた兵士に間違いない。街を警備している兵士は、そんな汚れた軍服で外出してないからだ。
私は「特殊慰安所」か、なるほど作戦から帰った兵士には慰安が必要だろう。
小遣い銭もないだろうから無料で餅・饅頭・うどん他がサービスされるのだろうと早合点していた。
ところが、私の知人が営む商社は日用品雑貨の他に畳の輸入もしていて、それを「慰安所」にコンドームなどと一緒に納入していたので「慰安所」の出入りが自由であった。
彼に誘われて一般在留邦人が入れない場所だから、これ幸いと見学に行った。
私たちは、憲兵に集金の用件を話してまず仕事を済ませた。
日が暮れていたので「お茶っぴき」(客の無い遊女)が大勢出てきて、経営者と私たちの雑談に入ろうとしてきたが追い払われた。
そこには
内地人も鮮人も中国人もいた(
現在、鮮人は差別用語とみなされ、使われない。しかし朝鮮半島が日本統治だった当時は「日本人、朝鮮人」などと言おうものなら彼らに猛烈に反駁された。彼らも日本人なのだからと言う理由である)。
群がってきた彼女たちは商売熱心に私たちに媚びてきた。
憲兵は特別な事情の時以外は、部屋の中まで調べに来ないからである。
料金は女性の出身地によって上中下がある。
また、利用時間も兵士は外出の門限が日没までだから日中に限られるが、下士官は門限が長く、将校になれば終夜利用出来る。料金も階級の上の方が割高で、女性たちは当然、同じ時間で多く稼げることになる。
半島出身者に
「コチョ(伍長─下士官)かと思ったらヘイチョウ(兵長─兵士)か」
「精神決めてトットと上がれ ネタン(値段)は寝間でペンキョウ(勉強)する」とか、笑うどころではない涙ぐましいまでの努力をしているのも聞いた。
内地人のある娼妓は「内地ではなかなか足を洗えないが、ここで働けば半年か一年で洗える」といい、中には「一日に二十七人の客の相手をした」と豪語するつわものもいた。
◆どこにもいなかった「性的奴隷」
ここで親しくなった経営者の話を紹介しよう。
「体力的に大差がない筈なのに、内地人は兵士たちと言葉が通じるために情が通うのか、本気でサービスして商売を忘れ健康を害してしまう。そのために送り返さねぱならず、経営者にとって利益が少ない。兵隊さんには内地人ばかりで営業するのが本当だが」と本音を漏らしていた。
私の育った街には花柳界があったので、芸妓と酌婦をよく眼にしたが、当時は玄人女と呼ばれた彼女たちの外出姿でも一般の女性と見分けることが出来た。
その目で見れば漢口の街でも同様だったが、特に朝鮮人の女たちは特色があった。
というのは彼女たちは数人で外出してくるのだが、民族衣装ではなく、着慣れないツーピースの洋装のせいで着こなしが悪く、また歩き方にも特徴があって一目で見分けられた。
彼女たちは実に明るく楽しそうだった。その姿からは今どきおおげさに騒がれている「性的奴隷」に該当する様な影はどこにも見いだせなかった。
確かに、昔からの言葉に、「高利貸しと女郎屋の亭主は畳の上で往生出来ぬ」というのがあった。
明治時代になって人身売買が禁止され「前借」と形は変わったが、娘にとっては売り飛ばされた」ことに変わりはなかった。
先述の「足を洗う」とは前借の完済を終えて自由の身になることを言うのだが、半島ではあくどく詐欺的な手段で女を集めた者がいると言う話はしばしば聞いた。
騙された女性は本当に気の毒だが、中にはこんな話もある。
「『従軍看護婦募集』と騙されて慰安婦にされた。
私は高等女学校出身なのに」と兵士や下士官を涙で騙して規定の料金以外に金をせしめているしたたかな女もいた。
またそれを信じ込んでいた純な兵士もいたことも事実である。
日本統治で日本語が通じた故の笑えない喜劇でもある。
ところで、
その「慰安所」にどれだけの金が流れたのだろうか。これが「慰安婦」が「商行為」であった確かな事実である。
私の次兄が主計将校で、漢口にある軍司令部に直接関係ある野戦衣糧廠にいたので「慰安所」について次のような統計があると教えてくれた。
当時、漢口周辺には約三十三万人という兵力が駐屯していたが、ある理由で全軍の兵士の金銭出納帖を調べた。
三分の一が飲食費、三分の一が郵便貯金、三分の一が「慰安所」への支出だった。貯金は給料の僅かな兵士たちにとって嬉しいことではなかったが、上司から躾として教えられている手前せざるを得なかったのが実情だった。
私も初年兵として一ケ年、江西省南昌にいたが、食べたいのを我慢して貯金した。
一人の兵士がそれぞれ三等分して使った訳ではないだろうが、人間の三大欲は食欲、睡眠欲と性欲と言われるだけに、貯金を睡眠に置き換えると全く物差しで測った様な数字である。
ちなみに当時の給料は兵は一カ月平均十三円程で、その
三分の一を約四円として計算すると三十三万人で総額約百三十二万円になる。
「零戦」など戦闘機一機の価格は三万円と言われたが、実に四十四機分にも相当する。 サラリーマンの初任給が四十円そこそこの頃だったのだから、経理部の驚くのも無理のない話である。
以上が、私が商社員として約三年半の間、外部から眺め、また聞き得た「慰安所」と「慰安婦」の実態である。
私が漢口を去った昭和十七年夏以降に、漢口兵站(作戦軍の後方にあって車両・軍需品の前送・補給・修理・後方連絡線の確保などに任ずる機関)の副官で「慰安所」等を監督した将校の著した『漢口兵站』と照合してみたが、地名・位置等について多少の相違点は見いだしたが、本題の「慰安所」について相違はなく、より内情が詳しく記されていた。
これでは
誰がどう考えても「商行為」であるとしか言いようがないだろう。
「商行為」ではない、軍による「性的奴隷」であるとそれでも強弁するとすれば、知らな過ぎるのか、愚かで騙されているのか、そうでなければ関西人が冗談めかして言う「いくらか貰うてんの?」なのかもしれないが、あまりにも馬鹿げた話である。
◆問題にして騒ぎ出す者たちの狙い
次に、軍関与の暴論について証言する。
私は二十歳で現役兵として入隊、直ちに中支の江西省南昌の部隊に出征した。
初年兵教育が終わって作戦参加、次いで幹部候補生教育、途中また作戦と、一ケ年一度の外出も貰えずに久留米の予備士官学校に入校してしまったから、外出して「慰安所」の門を潜る機会に恵まれなかった。
だが初年兵教育中、古い兵士には外出がある。外出の度にお土産をくれる四年兵の上等兵に「外出でありますか」と挨拶したら
「オー、金が溜ったから朝鮮銀行に預金に行くんだ」と笑って返事をしてくれた。
周りは周知の隠語だからクスリと笑うだけだった。
南昌には師団司令部があった。
「慰安所」には内地人も朝鮮人も中国人もいて、兵士は懐次第で相手を選んで遊んだのだろう。
私は幹部候補生の教育を、南昌から三十キロ以上も離れた田舎の連隊本部で受けた。
「慰安所」は連隊本部の守備陣地の一隅に鉄条網で囲まれて営業していた。
教育の末期に候補生だけで本部の衛兵勤務につくことになった。
もちろん勤務は二十四時間である。
私は営舎係だったので歩哨に立たないから何度も歩哨を引率して巡察に出た。
巡察区域の中に「慰安所」も含まれていた。
前線の歩哨は常時戦闘準備をしている。
兵舎内の不寝番でさえ同様だ。鉄帽を被り、銃には弾を装填し夜間はもちろん着剣である。
その姿で「慰安所」の周囲だけならまだしも、屋内も巡察し、責任者の差し出す現在の利用者数の記録を確認する。軍規の維持とゲリラの奇襲攻撃を警戒しているからである。
考えてみるまでもない、そこで遊んでいる兵士は丸腰どころではない。
もっと無防備で不用心な姿の筈である。
その将兵を守るべき責任は部隊にあるのは当然だ。
それに性病予防の問題もある。そんな田舎に医師や病院がある筈がない。
性病予防のため軍医や衛生兵が検査を実施するしかない。
「慰安所」の経営者は中国人だったし、日本では当時公認の娼妓と呼ばれた女たちも中国人だった。
彼らも食料やその他の生活用品が必要だ。
大人数なのだから、それなりの輸送手段もいる。辺鄙な場所だから部隊に頼る以外方法がない。
部隊が移動する時もそうなるだろう。
私の話す湖北省の言葉もだいたい通じたので、経営者と立ち話をして彼女たちについてそれなりの様子も聞き出せた。
今でも「慰安所」の両側に部屋のある中廊下を巡察した不粋な自分の姿を思い出すが、こんな漫画にもならない風景が現実にあったのだ。
これは私の部隊だけではないと思う。
もう六十年も昔のことである。
時代が変わり、また平時と戦時の違いもある。
したがって娼妓(ここでは慰安婦に相当する)に対する解釈も当然変化している。
そうであるにもかかわらず、
すでに証拠も不完全になっていることを幸いに、今更これを問題にして騒ぎ出す者たちの狙いは何なのか。
言えることはただ一つ、不完全だからこそ喚き散らしていれぱ、何かが得られると狙っているということだ。
戦場に身を曝し、敵弾の洗礼を受けた者として最後に言っておく。
このことだけは確かだ。
野戦に出ている軍隊は、誰が守ってくれるのだろうか。周囲がすべて敵、または敵意を抱く住民だから警戒を怠れないのだ。
自分以上に強く頼れるものが他に存在するとでも言うのならまた話は別だが、自分で自分を守るしか方法はないのだ。
軍は「慰安所」に関与したのではなく、自分たちの身を守るための行為で、それから一歩も出ていない。 「異常に多く実を結んだ果樹は枯れる前兆」で「種の保存の摂理の働き」と説明されるが、明日の命も知れぬ殺伐とした戦場の兵士たちにもこの「自然の摂理」の心理が働くと言われる。
彼らに聖人君子か、禅宗の悟りを開いた法師の真似をしろと要求することが可能なのだろうか。
現実は少ない給料の中から、その三分の一を「慰安所」に持って行ったことで証明されている。有り余った金ではなかったのだ。 「兵隊さん」と郷里の人々に旗を振って戦場に送られた名誉の兵士も、やはり若い人間なのだし、一方にはそうまでしてでも金を稼がねばならない貧しい不幸な立場の女性のいる社会が実際に存在していたのだ。
買うから売るのか売るから買うのかはともかく、地球上に人が存在する限り、誰も止めることの出来ないこの行為は続くだろう。
根源に人間が生存し続けるために必要とする性さがが存在するからだ。
「従軍慰安婦」なるものは存在せず、ただ戦場で「春を売る女性とそれを仕切る業者」が軍の弱みにつけ込んで利益率のいい仕事をしていたと言うだけのことである。こんなことで騒がれては、被害者はむしろ高い料金を払った兵士と軍の方ではないのか。
「正論」一月号より
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これが間違いのない真実なのです。
当時の日本の兵隊さんの給料は、月に13円から、将校クラスで25円です。
その時代に、売春婦のチョーセン人女性たちは、月にブスでも1000円、ちょっといい女なら2000円を稼いでいたといいます。
日本に最初に来日して「私は慰安婦でした」と騒いだ婆さんは、売春婦当時、当時のカネで5万円の貯金があった。いまの相場で言ったら、10億円相当の貯金があったということです。
それが婆さんになって、売春行為ができなくなっても、まだ日本にタカレルんじゃないかと恥も知らずに日本にやってきて、「ワタシ、キョウセイレンコウサレタ。ワタシフコウダッタ」と大騒ぎしてた。
そもそも「従軍慰安婦」という言葉自体が、間違いなのです。
実際には、単なる「追軍売春婦」であり、商売女でしかない。
この問題が、どういう経緯で国内外で問題視されたのかについては、以前のボクの記事
「従軍慰安婦問題について考える」に詳しいので、そちらをご参照ください。
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-378.html慰安婦問題を持ち出すような連中にビタ1文出す必要などない!と怒りを感じる方
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女性から見た慰安婦問題1/3
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コメント
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2013/12/12 編集
孫中山
2013/05/26 URL 編集
nisimiyu(西川美幸、日本物理学会代議員)
皆様に真実を知って頂き、今後の被害が防げれば幸いです。
2013/03/11 URL 編集
(^o^)風顛老人爺
追軍売春婦であり、従軍慰安婦は存在せず!(怒)
仰る通りであります。
周囲の情報弱者の自称 善人の輩が二言目には「 日本は日本軍は南京大虐殺、従軍慰安婦云々・・・・・・戦争で悪い事をしたのでシナ朝鮮半島に謝罪すべし! 」囀るので
その都度、 「 日本を貶めて自分を善人、善良な人ぶるな。
従軍慰安婦は存在しません、戦地売春婦である。
南京大虐殺以前に第二次上海事変は蒋介石の明確なる侵略戦争であり、日本軍は自衛戦争を行っただけである。
組織的に指揮官が統制し部隊毎に降伏しないシナ軍が悪い、
即決裁判を省いて処刑を行ったのは日本軍の失策であるが南京大虐殺を行う程日本軍は暇では無い。
人の口に膾炙した三光則ち犯し尽くす、殺し尽くす、焼き尽くすは日本軍の標語では無い。
一旦、敗勢が濃くなるや算を乱してんでばらばらに敗走し
略奪強姦強盗放火を行い更には私服で戦闘行為を行い民間人に紛れ込む便衣兵はハーグ陸戦法規違反で即 銃殺されて当然である。
」
と。
理屈っぽいと非難陰口を叩く輩が大半ですが自分達を正義の権化と過信し反論されるとは思っておりません。
転じ、付記URLは元警視庁通訳捜査官 坂東忠信氏の公式サイト『外国人犯罪の増加から分かること』
でございます。
日本に移民し乗っ取りを計るシナの武器無き戦争、移民間接侵略の詳細な記事が御座います。ご高覧頂けると幸いであります。
m(_ _)m乱文にて 敬具
2009/11/30 URL 編集
トラメ
その方は位は忘れましたがそこそこ高い位の方だったと記憶しています。
その方曰く「僕の知る限りでは両方聞いた事もないよ」と仰っておりました。
従軍売春婦はいたようですが・・・・
2009/11/26 URL 編集
ひとだま
そうですね、こんな国益を害する行為をするなんて・・・。
一刻も早く法務大臣の座を退いてほしいです。
2009/11/26 URL 編集
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2009/11/26 URL 編集
たぬきち
鳩山政権の「事業仕分け」という名の予算削りには論議が集中しています。
その手法の乱暴さへの反対も高まっています。
とくに科学技術関連の予算への大ざっぱな抹殺には深刻な懸念が表明されています。
アメリカで長年、医療関連の研究にかかわってきた日本人学者からもその懸念が述べられました。
私の知人でもある越谷直弘氏です。越谷氏がすでに文科省の中川副大臣らに送った請願文の内容を以下に紹介します。
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文部科学省担当副大臣 中川正春様・政務官 後藤斎様
前略
米国 B・ロックフェラー脳神経科学研究所で准教授を務めて
おります越谷直弘と申します。
このたび日本の行政刷新会議の「事業仕分け」作業についてのニュースに心を痛め、以下の意見を寄せさせていただくこととしました。
科学研究の大幅な抑制は、1年で、その直後に留まらず将来に対して計り知れない悪影響あると考えられます。
土木や福祉など他の公共事業とは全く性質を異にする点であり、是非周知させて頂ければと思います。
先生方には当然なことと思いますので、以下、事情の不明な方々へという文体にさせて頂きます。
科学は研究室に於ける文化であり、一年一年の重複によるたゆまぬ 継承が必要で、一旦絶えれば復旧は困難です。
しかもそれは、学生や若手が非営利の研究キャリアを諦めただけで途絶えてしまう性質の、非常に脆弱な文化であることを、ここで強調させて頂きます。
そして1年度、フェローシップなどの募集をやめるだけで、その年 は勿論、それに続いていた後輩たちも、非営利研究キャリアを諦めてしまうでしょう。
本質的な、新分野を拓くような科学は、営利団 体では無理ですが、それこそが日本の科学の裾野を保っているのです。
若手のサポートを断てば、あっというまでしょう。
また、スーパーコンピュータに代表される先端科学技術は「世界一 でなくていい」といった性質のものではなく、アポロ計画がランド マーク事業として多くの周辺科学の絶大な向上を促したのと同様、全体を引っ張る効果にこそ最も文化的、産業的価値があるのです。
また日本の現在のレベルは世界に一目置かれていますが、このような事業を取りやめたら、全体の科学レベルも低く、ひいては先進度 も低く見られることになるでしょう。
国際的観点では、例えば日本から財政援助を受け、国連の分担金も3%しか払っていない中国 は、有人宇宙ロケットを飛ばし、現在日本を上回るスーパーコンピュータを誇っています。
こちらアメリカではオバマ大統領が景気刺激策として、科学研究に大幅な予 算を注入したばかりです。
国立保健研究所 NIH は、大学研究 のグラントも出している関係上、近年2兆円強の予算が付いていますが、1500億円の注入がありました。
日本の逆行は甚だしい限 りです。
公共事業として、現在と将来の日本への投資という点が看過されているのではないでしょうか。
土木や福祉の削減とは異なり、一時の抑制が長期の悪影響、もしかしたら百年単位の坂道を転がるきっかけとなる危険性は、強調してし過ぎることがありません。
取り急いでの乱文をご容赦ください。
国民への周知と、科学研究の御支持を何卒お願い申し上げます。
草々
2009年11月23日
越谷直弘拝
(私は「無能」と書きましたが、これは失礼かもしれません。知っててやっているなら、有能な工作員の日本破壊行為です。)
2009/11/26 URL 編集
たぬきち
子供に人気のお笑い風にいうと「お願い!東京タワーからバンジージャンプして、ひもが切れて~」ですね。
(中国人の)レンホーが「二位ではだめなんですか?」といって日本の国益に反する行為をするのは理にかなっています。
道理に反するのは、レンホーを選んだ国民、仕事を与えた
売国総理、批判のできないマスコミでしょう。
2009/11/26 URL 編集
ふく
私には・・・
悪魔に乗移られた人達が、自分で自分の命を絶つことが出来ず「殺して下さい・・」と懇願しているように見えます。
そろそろ止めをさしてあげなければ。
2009/11/26 URL 編集
かぐやひめ
ここんとこ朝日は赤字続きだそうです。時間の問題です。
れんほーは、中国人
さすがに神戸市長もスーパーコンピューターのことでは、怒って東京にいってました。
2009/11/26 URL 編集
椿
ごめんなさい、全然関係ないのですが、あの民主党の『スーパーコンピューター』の予算の廃止には、はらわたが煮え繰り返ります。あの“蓮ほう”って女は何者?
『世界一になるのに、何の意味があるのですか?二位ではだめなんですか?』と、世にも恐ろしい愚問を投げかけて、こんな阿呆が予算云々を語る資格があるのか?
それ以上に、こんな奴を国会議員にしているなんて、日本は何とボケなのか?!
こんな無知で「百害あって一利なし」のボケ議員に、国民の血税を使って雇ってるなんて、情けなくって涙が出る!!
私はこの民主党の“日本崩壊工作”の何年後かが、非常に怖い!一体、日本をどこまで転落させるのか?!!
「もう早く、死んで!」と叫びたいくらいです。
2009/11/25 URL 編集
かぐやひめ
本当におっしゃる通りだと思います。政府の態度は、本当にはがゆいですね。
2009/11/25 URL 編集
お達者クラブ
とても面白かったです、講演後、質疑応答は”従軍慰安婦について””国からいくらもらいましたか””30年の思い・・・悔い”等の質問がありました。
慰安婦についてはねずきちさんの通りです、お金については国の定める規定通りで、「よく言われる仰山もらったと言うのはデマです」、金銭感覚は「商社にいたからレイト換算は出来る」と笑ってました。
後悔の件では、「そういう時代だったのです、生きている幸せを感じている」でした。
フィリッピン大統領が君が代吹奏で迎えてくれて、最高の礼を持って出国を許可してくれたことも語っていました。
ガムの故横田さん、小野田さんと接触してくれた人は千葉県の鈴木さんと言う方です。恩人です。日本国民としても感謝です。
ねずきちさんのテーマで鈴木さん(だったとおもう)に脚光を当てて欲しいなと思うのです。
主催された方は、ニュージーランドにお住まいの方で、ニュージーランドの方から「日本はどうなってるのだ(怒)」と言われ、愛国・憂国の思いで小野田さんに【活】を入れてもらおうとしたのが発端だと窺いました。【どうした日本!】を言って貰いたかった。
後日、メールで裏話を教えてくれました、小野田さんの奥さんから「マスコミを刺激するような言葉は控えて」と講演会の直前まで念を押されていたとか。
”ブラジルの事務所の写真”、”憲政会館ロビーの写真”は私の記念品です。
何故、ブラジルに渡ったかについては、主催者の方は”靖国の国民・政府の思い”や”変わってしまった日本”から離れたいとの気持ちだったのではないかとのことでした。
いつまでもお元気で居て欲しいと心からの思いです。
2009/11/25 URL 編集
かぐやひめ
ようこそねずきちブログにお越しくださいました。
たぬきちさんから、お噂はよくお聞きしています。
たぬきちさんの惚れこみ方は、ものすごいです。考え方が同じ人にあえて感激なのだそうです。
ke-goさんの若さに期待しています。
お会いできるのをたのしみに
かぐやひめです。
2009/11/25 URL 編集
ネコは可愛い
以下、水間条項サイトからの転載です。
日本国内で、いま一番国民の応援を欲している組織と個人は、鳩山首相の脱税と小沢一郎幹事長への水谷建設などからのワイロを捜査している、東京地検特捜部でしょう。
法治国家に於いて、すべての国民は法の下に平等であり、首相や政権与党の権力者が法律を犯しても、手心を加えられ、罪に問われないことになれば、検察が一党独裁国家を容認したことになってしまいます。
皆様、「闇法案」の監視も大事ですが、「将を射んと欲すればまず馬を射よ」を実践しましょう。
それには、東京地検特捜部へ「鳩山首相と小沢幹事長の徹底捜査」を要望する、応援・激励のメールを送信することが効果的ですので、宜しくお願いいたします。
東京地検メールフォーム https://www.kensatsu.go.jp/kensatsumail/feedback.php?id=006
在宅起訴を逮捕にする為にも応援メールを御願い致します。
2009/11/25 URL 編集
かぐやひめ
一番効果的な方法は「為政者が決定し、すべての政策にその意図をしのばせ、関連のある事業にお金を投下する。」
さらに「マスコミがいっせいに、くりかえし、その方針を流す」
上から下へ、そして大声で、なんども。
そしたら、たちまち、その情報は常識になる。
従軍慰安婦などという「インチキ」をくつがえすのなんか簡単なことだ。
すべてのテレビ局で特集を組んで、くりかえし「真実はこうだ」を流せば、あっというまに徹底する。
あるいは、教科書。指導要領で、正しく指導せよと通達する・・・
今の日本、それが「できない」だから、私達は、苦しみながら副次的な道をさぐっている。
大きな河から、圧倒的な水量があふれてくるのに、どうやって、この流れの方向を変えられるか・・・
不可能への挑戦だとしかいえない。
あの選挙の時、ネットで、多くの人がいいかわし1000人以上のデモが行われ、最近ではその数も増えている。
ネット規制が行われないかと心配したけれど、そういう動きは見られない・・・つまり、ネットの力はみくびられているし、現実にまだまだ世の中を変える十分な力にはなりえない。
ネットの世界とつながっていない人口の方が、圧倒的に多い。
冷静に現実を分析し、なにごとも、過小評価、過大評価しないで、進まなければならないと思う。
2009/11/25 URL 編集
以蔵
「日本は敗戦処理が下手だ…。」
「まだ戦後は終わっていない…。」 と言っていたのを思い出しました。
その通りだと思います。
未だに騒ぐ輩を見ると…
「日韓基本条約」を一体何の為に締結したのか?
条約を結んだのに、何故「河野談話」「村山談話」が必要なのか?
何故今更「謝罪と賠償!」と騒ぐのか?
疑問符が付くことばかりです…。
「条約」とは、経済、外交、安全保障…等々に於いて「国家と国家の信用・約束」であり、「反古」にするならば、少なくとも条約内容の…
1「円借款」は返還。
2「国交」は断絶。
3「韓国、韓国政府」の不承認
4「日韓併合条約無効化の廃止」
…等々が素人でも考えられるが、「韓国政府、韓国人民」良いのだろうか?
「日韓基本条約」については、04年に「ソウル行政裁判所」が「韓国政府」に対して「一部公開」の判決を下しています。
これに対して「韓国政府」は「非公開は日本政府からの要求」と説明……。
鳩山内閣は「公然の秘密」である「核密約」の公開に対して躍起になるヒマがあるならば、「徴用」「従軍慰安婦」等の個別保証に関わる、この「日韓基本条約」の「交渉内容及び全ての情報公開」に対して躍起になっては如何なものか?と思う。
2009/11/25 URL 編集
かぐやひめ
インチキだという証拠は、あがるはずです。
今までは、世論操作で、国も立ち上がりづらい空気があったかもしれませんが、
確かに、この半年を見ても、ネットのブログの数が左翼から保守へ大きく増加しているそうです。
世の中は、確かに変わっています。
私達一般国民も、あのNHK集団訴訟みたいに、出来る日がくるんじゃないでしょうか。
ええい、自分が法律に疎いのが悔しいです。
2009/11/25 URL 編集
猪
10年ほど前は実現が難しい、机上では出来るが予算を考えると気が遠くなる。と言って居たのを聞いて居りました。
今回は一企業として5兆以上の投資で実現しようとしている、日本の技術が世界に通用しなくなる、知的財産がない日本を考えただけでも恐ろしい、子孫に何も残せないのも犯罪の一種でしょう。抗議しましょう。
2009/11/25 URL 編集
ke-go
たぬきちさんよりこのブログを教えていただきました。よろしくお願いします。
こういう話は、もう韓国にも中国にもわかってもらえなくていいし、アメリカの議会にだってわかってもらえなくていいから、何よりも誰よりもどこの国の人間よりも日本人自身がもっともっと知らなければならない類のお話ですね。民族の誇りが関わります。日本人として絶対に譲れない誇りです。誇りを失い国を失った国民に何が何でも拉致被害者を取り返すぞっていう気概など生まれるはずもありませんし、命を懸けてでも領土を守るぞという政治家も生まれませんね。
政治家が堂々と『従軍慰安婦なんていませんよ』と力みもせずに言えるような国にならなければ、そういった『真実』を堂々と開陳しても選挙で落とされるようなことがないような国民にならなければ、政治家が普通に、ごく普通に靖国神社を参拝しても、仮にマスコミがあれやこれやと騒ぎ立てても、その政治家の心情をきちんと理解できる国民にならなければ、この日本のなかに戦後ずっと流れ続けている腐った歴史観を正さなければ、すべての直面している困難な問題は解決できないのだろうと思います。こんな素晴らしい歴史を持った国なのだから、日本は歴史こそが宝であり、力の源泉だと思えるからこそ余計にそう思います。
のに
2009/11/25 URL 編集
あん
2009/11/25 URL 編集
憂人
小野田さんが日本に帰還されたときの様子がTVで放映されたときに、彼が話すと唾の泡が口元にあふれていたのを思い出す方もいらっしゃるのではないでしょうか?
あれは、「ルパング島で独りで生きていると話すことがなくなり、しゃべるという行為を食べることとを身体が勘違いして反応したものだ」、と著書に書かれていました。小学生とはいえ当時彼を奇異な目で見ていた自分を恥じ入ります。
小野田さんは、戦前は商社マンで、英語と中国語の語学力をかわれて陸軍中野学校に入学し、諜報員としての一級の訓練を受けられた方で、戦時中(その後も)まさに軍神のような生き様をされてきました。著書を読むとこれが人間か、まさに人間の潜在能力をすべて使って生きて来られたのだなということがよくわかります。
小野田氏の著書は非常にたくさんあるのですが、一冊あげるとすれば
『小野田寛郎-わがルバン島の30年戦争 (人間の記録 (109))』 (日本図書センター, 1999年)
をご推薦したいと思います。まだ読まれていない皆様はぜひ。お時間のない皆様は、小野田寛郎 - Wikipedia を検索してください。
日本に帰還された後は、マスコミや世間からの誹謗中傷をあび、当時の日本に幻滅されてブラジルに移民されましたが(ものすごく苦労されたようですが、ビジネスとして成功されました)、今は国を思い、日本に居を構えてブラジルと往復しながら、ライフワークとして「小野田自然塾」を主催され日本の子供たちの未来のための活動に情熱を捧げていらっしゃいます。
彼の語りには真に迫るものがあります。ときに写実的に、ときに彼の意見を交えて(きちんと主観と客観を分けている)体験したことを淡々と、ありありと語られ、うそ偽りは微塵も感じられない説得力だけでなく、聞いた人、読んだ人を感化する力があります。
しかし、小野田氏のような真実の語部が年月の経過とともにいなくなってしまうのが残念でなりません。時間がないですね。
私は、ねずきちさんの文章が好きです。読むと元気をもらえます。ときにすがすがしい気持ちになり、ときに憂国の心を喚起させてくれます。
戦後生まれの私たちは戦後、歴史上の事実や人物から学ぶ機会を奪われてきました。小野田氏のような直接経験された方の言葉はとても貴重ですが、埋もれた歴史の事実をわかりやすい言葉で語ることのできるねずきちさんは、歴史の伝承者なのだと思います。
従軍慰安婦しかり、南京大虐殺しかり。それを日本国内のみならず、米国、カナダ、EU諸国でロビー活動を展開して日本を貶めようとする反日国の謀略は、戦後なお続く戦争だと思います。これをなんとかしたい。私も、草の根的にはなりますが、本来の日本を取り戻したい、誤った歴史認識を正したい、という思いをもって活動してゆきたいと思います。
> ねずきちさま
毎日のブログ更新、たいへんな作業だと思います。わが国にとって大切な方のおひとりです。どうかお身体だけは一番にお考えください。
2009/11/25 URL 編集
ウリ
特に印象的だったのは、田代氏の、
「リニアモーターカーの研究開発は、新幹線開業(1964年)直後に始まり、現在の技術者は、何と三代目ということです」
というコメントです。リニアモータカーはようやく実現の運びになりそうですが、R&Dが始まってから、すでに半世紀が経過しようとしているわけです。要するに、科学技術の発展とは、それだけ時間とコストが掛かるということです。
民主党の「仕分け事業」とやらは、日本の将来の産業の芽を潰す行為そのものといえますが、ついに行政の中の人から支援依頼を頂きましたので、以下にご紹介させて頂きます。
『行政刷新会議事業仕分け対象事業についてご意見をお寄せください
http://www.mext.go.jp/a_menu/kaikei/sassin/1286925.htm
現在、政府の行政刷新会議は「事業仕分け」を行っており、文部科学省関係の事業についても以下の表のとおり対象となっております。
この事業仕分けを契機として、多くの国民の皆様の声を予算編成に生かしていく観点から、今回行政刷新会議の事業仕分けの対象となった事業について、広く国民の皆様からご意見を募集いたします。予算編成にいたる12月15日までに下記のアドレスまでメールにてお送りください(様式自由、必ず「件名(タイトル)」に事業番号、事業名を記入してください。)。なお、下記区分で宛先が不明な場合は大臣官房会計課(kaizen@mext.go.jp)までご送付願います。 (後略)』
特に注目して欲しいのは、【11月13日】 及び 【11月17日】の科学技術に関する部分です。(教育関連も相当酷いですが、科学分野に比べれば、まだ取り返しはつきます。)
【11月13日】の方では、ご存知「スーパーコンピューター」「バイオ関連」「海洋研究開発」など、将来の日本の競争力を露骨に左右する部分について、ばっさりと予算削減されています。さらに 【11月17日】 の方では、宇宙関連が軒並みやられました。
文部科学省のページをご覧頂くと分かりますが、きちんと「意見提出先」としてご担当の方の氏名が明記されています。これはかなり吃驚しました。
要するに、 わたくしたちと危機感を共有する「中の人たち」が、助けを求められているということなのだと思います。事態はそこまで逼迫しているわけですね。
戦前に世界最高水準だった日本の航空産業は、戦後のGHQ占領下において、わずか八年間、研究開発が止まっただけで、ほぼ壊滅しました。現在に至るも、未だにそのときの遅れを取り戻せていないのは、ご存知の通り。
また、技術開発投資をおろそかにし、自動車ローンの金利で食っていたアメリカのビッグスリーが、最終的にどうなったか。本ブログをお読み頂いている方々には、十分以上にご理解頂いていることでしょう。
ほんの数行でも構いません(と、「中の人」に言われました。)。皆さんの「意見」を、掲載されたご担当者のメールアドレス宛に送って下さい。先述の通り、本ブログへの一日の訪問者は、30,000人を超えます。これだけの人々が動けば、充分に社会を変えられるのです。
何卒、よろしくお願い致します。m(_ _)m
2009/11/25 URL 編集
猪
もう小野田さんの頭に日本の姿は無かったのでしょう。靖国神社に寄付金を全額寄付された、これが小野田さんの唯一の日本人に対する抗議の様な気がします。
2009/11/25 URL 編集
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そのような女性が韓国の母なのですから、推して知るべし・・!品性を欠き歴史さえも捏造して、竹島、対馬を泥棒しようとする国家国民、これが隣国韓国の正体でした。
小野田さんのお話を事実を有難うございました。
2009/11/25 URL 編集
syouwa.jp
保守にも「国体」アレルギーがある人もいるのでしょうが、敵を知り、味方を知れば百戦危うからず、です。現代と共通の問題点が、既に当時から日本にあったという証拠でもあります。ご一読をお勧めします。
ちなみに、今の反日勢力の妄動内容がこの内容を知っているのではないか、というくらいに、ピタリと一致しています。
2009/11/25 URL 編集
かぐやひめ
決して「性奴隷」などというものではなかった。
男女共同参画については、1980年代にアメリカで喧伝されたウーマンリブ運動を起点とする「文化破壊」が、今に続いています。
どの国の社会でも「男女の間柄」は、「文化の第一歩」です。社会における「陰陽」のはじめ。ここを崩すと、社会全部の仕組みが破壊されると思います。
古事記の一番最初に「イザナミの尊(女神)の方からイザナギ尊(男神)をさそって子作りをしたために「蛭子」が生まれた、そこで、今度は「男から誘って(イザナギ)」よい子を産んだと記されています。
これが、大和の文化の原点です。
女性のダンプの運転手があってもいいじゃないか。とか、女に生まれたから人生が制限されるのは、ひどいとか言い募る人がいますが「職業選択の自由」と「性差の文化」をごっちゃにしてもらうと困るのです。
「職業選択の自由」と「男女の間の文化」は、置かれている位置が違う、ぶつかりあったり、競合する間柄ではありません。
自然界も陰陽が時と所を得て、初めてなりたちます。昼ばかりになると生き物は生きていけないように、男性論理ばかりになると社会は崩壊します。
今は、そういう知恵の無い哲学の無い状況が、「豊かな食いはぐれのない経済の上」にあだ花のように咲いています。
こういう”生命の法則に反する社会”は、早晩、崩壊するでしょう。今は、爛熟期にみえます。
私達の運動は、崩壊を食い止めようとする大自然の摂理によって生み出されたいくつもの流れの一つだと思います。
涼風さん、素敵ですね。私もそよ風の一員です。
2009/11/25 URL 編集
御神酒
特に眼の輝きには圧倒されます。
政治家の眼とは比較にもなりません。
「女性から見た慰安婦問題」
講演会に出席し、実に意義深いものでした。
2009/11/25 URL 編集