木炭バスと鬼塚道雄



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木炭バス
木炭バス0711


昭和16年に、日本はABCD包囲網による経済封鎖を受けました。
このため当時でも年間2千万バレルの石油が必要だったのに、米国の輸出規制によって戦時中の昭和19(1944)年には164万バレル、昭和20(1945)年に至っては、ついに輸入量がゼロとなっています。
飛行機を飛ばすにも、船を走らせるにも、冬の暖房にも、輸送などにも、石油は近代国家に欠かせません。
ところが日本はその石油の輸入ができなくなってしまったのです。

日露戦争くらいまでは、世界の資源エネルギーの主役は石炭でした。
それが第一次世界大戦頃から、主役が石油に交替しはじめました。
日本は、石炭は自国内で産出できます。
けれど、日本に石油はありません。

これは、エネルギーの最先端にある軍にとって、きわめて重大な事態でした。
飛行機も戦艦も戦車も輸送船もトラックも、石油がなくては動かないからです。
しかも日本は、その石油の多くを米国から輸入していました。

昭和12年といえば、4月にはヘレン・ケラーが来日して、日本人女性中村久子に「私より不幸な人、そして、私より偉大な人」と激賞し、また同じ月には日本とヨーロッパを始めて結ぶ航空路の開発のために、97式飛行機が「神風号」という名で初の飛行を成功させています。
また10月にはパリ万博で日本館が設計賞を受賞しています。

こうして日本がまさに世界の一等国としての地歩を固めていった一方で、同じ昭和12年の7月には盧溝橋事件、廊坊事件、通州事件が相次いで起こりました。
8月にはChina国民党の徴発による第二次上海事変が勃発、12月には南京城の攻略戦が行われています。

China国民党の背後には、これを操ることでChinaを最後には植民地化して利権を得ようとする米英の一部政治家たちによる企みがある。このことは当時の世界のまさに常識でした。
けれど日本は、石油を米国に依存しています。
ということは、万一の有事の際、日本は石油を輸入できなくなる。

すでに、自動車やバス、トラックなど国内の物流に大きな力を得つつあった時代です。
石油を断たれることは、日本の軍事活動が制限されてしまうということであるとともに、国内の様々な物流、つまり庶民生活にも多大な影響が生まれてしまう。

そこでこの年、農林水産省が中心となって「木炭ガス発生装置の普及奨励事業」が展開されました。
機関車、トラック、タクシー、バスから、なんとオートバイまで、民生用にはできるだけ、石油ではなく「木炭」を使おうというのです。

木炭を使って内燃機関(自動車のエンジンのような機械)を動かすという技術は、エンジンが誕生した頃までさかのぼる古い技術です。
簡単にいったら、焚き木を不完全燃焼させたときに出る煙から煤(スス)を取り除き、そのガスを燃焼室に送り込んで圧縮し、爆発させる。

いまでも天然ガスで走らせているタクシーなどが、この「ガスを使ったエンジン」を使用しているのですが、ただ、天然ガスと違って、木炭ガスは、とんでもなく手間のかかるエンジンでした。

焚き木を燃やして煙を出すのですが、必要な煙が出るまでには、釜が十分に暖まらなければなりません。
このためエンジンの始動に、ものすごく時間がかかりました。

一応、カタログ上は、「木炭への着火、ガス発生までに最良な状態なら5分程度、良好な状態なら10分以内にエンジンが始動する」と書いてあるのですが、実際には、焚き木の積み込み、着火、燃焼状態の確保等に時間がかかり、実際にエンジンを始動するまでには、熟練者で1時間、一般の人の場合だと、2時間近く時間がかかったようです。

定期バスはともかく、これで日常に使用するオートバイまで走らせていたわけですから、まさに先人の苦労やいかばかりか、といった感じがします。

そしてさらに、得られる出力は、性能はいちおうこれまたカタログ上は45馬力とされているのだけれど、釜の炊きが悪いと10馬力出るか出ないかでした。いまだと原チャリのエンジンが、性能の良いものだと同じくらいありますから、簡単に言ったら、原チャリの牽引で30人乗りのバスを走らせていたようなものだったわけです。
それで、薪をいっぱいに積んだときの航続距離が、だいたい50kmくらいです。

しかも木炭バスは、エンジンが温まるまで走れない。
走っても、釜の具合でよくエンジンが止まる。
そのたびに車掌さんがバスから飛び降りて、釜のなかの火を長い鉄の棒で突いて木炭をならしながら走っていました。

石油の輸入ができなくなってからのことではありません。
石油の輸入が、将来厳しくなるかもしれない。
そうなったとき、お国のために石油は、戦艦や戦車や飛行機などに使う大切なものだから、自分たちは、なんとかして石油を使わなくても良くなるように工夫しようとしたのです。

自分のいまの目先の利益だけを優先しがちな現代人と比べて、昔の日本人は、そういう意味でも凄かったと思います。

ちなみに、すこし脱線しますけれど、日本に鉄砲がもたらされたとき、日本が種子島という火縄銃を造ったとうのは誰でも知っている有名な話です。
これは日本刀を造る技術の蓄積があったからこそできたことなのですが、ところが問題は火薬です。
当時の火薬は、硝石75%、硫黄10%、木炭5%の配合割合だったのですが、その肝心の硝石が日本で産出しません。
ですから戦国大名たちは、当初は、ポルトガル人たちから火薬を買っていたのです。

その火薬一樽は、日本人の若くて美しい女性50人と等価で交換でした。
このため日本人女性が奴隷としてヨーロッパで盛んに売買されるようになり、この実情をヨーロッパで直接見た天正少年使節団などが、たいへんなショックを受けたという記述などが残っています。

ところが、しばらくすると、日本は火薬の輸入を辞めてしまいました。
なぜ辞めたのかというと、なんと、硝石を国産の自前で作ってしまったのです。

硝石というのは、もともとヨーロッパでは、家畜小屋の地面に浸透した家畜の排泄物が微生物の作用によって発酵し、硝酸カリウムとなったものです。
で、日本でどうしたかというと、農業用に下肥を発酵させた肥料を昔から使っていましたから、その技術を応用して、屎尿から硝石を自作してしまったのです。

ただし、ただ買って来るのと違い、出来上がるまでに6年くらいかかったそうです。
それでも作ってしまう。
おかげで日本は、他の植民地となった国々のように、奴隷を輸出するという必要性さえもなくなり、結果として庶民の安泰を保っています。

以前、船大工さんをしておいでの方のところに訪問した際、十数年ぶりに和船の注文を得たとき、和船を作るのに必要な「妻夫釘(めおとくぎ)」という名の特殊な形状をした釘が、和船製造には必要なのだけれど、いまではもう、作られていないし売ってもいない。
そこで、父親の船大工さんに、「入手できない」と言ったら、「だったら自分で作れ」とあっさり言われて、実に驚いたという話を聞いたことがあります。
必要なものがあれば、買って来るのではなくて、たとえ時間がかかっても、努力してなんでも自分で作ってしまう。

いま日本の中小の町工場が、職人技の凄さで世界に冠たる技術を誇っていますが、それも、もともと「必要なものがあれば、なんでも自分で作ってしまう」という日本人ならではの姿勢が、いまに生きているものなのだろうと思います。

先日、安倍総理が選挙の応援演説の中で、世界一細い注射針のことをお話されていました。
糖尿病患者さんなどは、日に何度もインシュリンの注射をしなければなりません。
その注射が、とにかく「痛くないように」との思いから、何度も金型を調整して、ついに、世界一細い注射針を作ってしまった。
なんと針の直径0.2ミリです。
(普通の予防接種などに使われる針は0.4ミリ)

話は脱線しましたが、石油が不足する。
それがわかったとき、それなら石油の代わりに焚き木を使って車を走らせてしまおう。
そのためにどんなに時間や労力がかかったとしても、お国のためにがんばろう。
そういう心が、当時の日本には、全国津々浦々までしっかりと根付いていたわけです。


さて終戦後、まだ間もない昭和22(1947)年9月1日のことです。
午前8時頃、長崎市の北側の山中にある打坂峠(うちさかとうげ)の急な坂道を、大瀬戸発、長崎行きのバスが満員の乗客を乗せて登っていました。

この頃の打坂峠は、もちろん舗装などされいていないデコボコ道です。
道は狭くてくねくね曲がり、道路勾配は20%もあったのだそうです。

いまの道路構造令では第20条で、道路勾配は最大12%以下と定められています。
勾配5%の坂が20メートルもあったら、もはや坂の向こうはみえないくらいの急な坂になるのです。
打坂峠の20%という坂道が、どれだけ急な怖い道だったかが伺われます。

バスが坂の半ばに差し掛かったとき、突然エンジンが停まってしまいました。
運転手は直ぐにブレーキを踏みました。
ところが、ブレーキが利かない。
サイドブレーキも利きません。
エンジンもかからない。

上り坂の途中です。
バスがバックで坂を転げ落ちないよう、運転手はギアを前進に入れようとしました。
ところが前進ギアも入らない。
あとでわかったことですが、ギアそのものが壊れてしまっていたのです。

上り坂でいったん停止したバスは、ズルズルと坂道を後退し始めました。
運転手はバスを止めようと必死に操作しますが、バスはドンドン下がって行きます。
急な坂道なのです。
しかも曲がりくねっている。
乗客は30人あまりです。

このままでは大惨事になると思った運転手は、車掌をしていた鬼塚道男(おにづかみちお、当時21歳)さんに向かって、
「鬼塚!直ぐに降りろ!石ころでん棒きれでん、なんでんよかけん車の下に敷け!」
と叫びました。

その声を聞くやいなや、鬼塚車掌はバスから飛び降りました。
そして近くにあるものを片っ端から車輪の後ろに置きました。
バスが後ろに転がり落ちるのを、なんとかして止めようとしたのです。

ところが急な下り坂で加速がついたバスの車輪は、木片を弾き飛ばし、乗り越え、石を粉々に砕(くだ)いて、後退してしまいます。

乗客たちには、なすすべもありません。
「こいは、もう、おしまいばい!」

乗客全員が、そう思ったとき、バスは崖っぷちギリギリのところで止まりました。
そこは高さ20メートルの険しい崖(がけ)でした。
あとすこしで、大事故になるところでした。
運転手も乗客も、みんなほっとしました。

運転手はバスから降りました。
そして、「鬼塚!どこに、おっとか!」と声をかけました。
返事がありません。

乗客たちも、降りてきました。
そしてひとりの乗客が、「バスん後ん車輪に、人のはさまっとる」と指差しました。

車輪の下に、鬼塚車掌が横たわっていました。
彼は自分の体を輪止めにしてバスを止め、崖からの転落を防いだのです。


朝の10時過ぎ、自転車に乗った人が「打坂峠でバスが落ちた。早く救助に!」と長崎バスの時津営業所に駆け込んできました。

時津営業所の高峰貞介さんは、すぐにトラックに飛び乗って、急いで現場に駆けつけました。
バスは、落ちてはいませんでした。
崖、ギリギリのところで止まっていました。
運転手いました。
真っ青な顔をしていました。
ジャッキで、バスの車体を持ち上げていました。


高峰貞介さんは後に事故の様子と鬼塚さんについて次のように語っています。

=======
たしか、朝の10時少し過ぎだったですたい。
自転車に乗った人が「打坂峠でバスが落ちとるばい、早よう行ってくれんか」って、駆け込んで来たとです。
木炭のトラックの火ばおこしてイリイリしてかけつけると、バスは崖のギリギリのところで止まっとったとです。

もうお客はだれもおらんで、運転手が一人、真っ青か顔ばしてジャッキで車体を持ち上げとったですたい。
「道男が飛び込んで輪止めになったばい。道男、道男」って涙流しとったです。

当時の打坂峠は胸をつくような坂がくねくねと曲がっとりましたけん、わしら地獄坂と呼んどったです。
自分で輪止めにならんばいかんと思うたとじゃなかでしょうか。
丸うなって飛び込んで。

道雄の体をバスの下から引きずり出して、木炭トラックの荷台に乗せました。
背中と足にはタイヤの跡が付いていましたが、腹はきれいでした。

十秒か二十秒おきに大きく息をしていたので、ノロノロ走る木炭トラックにイライラしながら、しっかりしろ、しっかりしろと声をかけて。
9月といっても一日ですから、陽がカンカン照って、何とかして陰をつくろうと鬼塚車掌に覆いかぶさるようにして時津の病院に運んで、先生早く来てくれ、早く早くって大声を出しました。

その晩遅くに、みかん箱でつくった祭壇(さいだん)と一緒に仏さんを時津営業所に運んで来たとです。
道男君は、おとなしかよか男じゃったですたい。
木炭ばおこして準備するのは、みんな車掌の仕事ですけん、きつか仕事です。
うまいことエンジンがかかればよかが、なかなかそげんコツは覚えられん。
よう怒られとりました。

それでもススだらけの顔で口ごたえひとつせんで、運転手の言うことばハイ、ハイって聞いとったです。
ばってん、そげん死に方ばしたって聞いた時には、おとなしか男が、まことに肝っ玉は太かって思ったもんですたい。
=======

鬼塚車掌は、炎天下のトラックの荷台で熱風のような空気を大きく吸い込んだのが最期でした。
この事故が起こった昭和22年のことです。
日本はまだ敗戦の虚脱状態にありましたし、長崎では、原爆被害のあとで、病院通いをする人もたくさんいました。

闇市への買い出し、市内の病院に被爆(ひばく)したお子さんを連れて行く母親、そういう30人あまり乗客でした。
その乗客たちの命と引き換えに、鬼塚さんは若い命を閉じました。

みんな生きるだけで精一杯の時代です。
原爆が落ちて日もない。
他人のことなんかかまってる余裕なんてなかった時代です。

それでも乗客たちはみんな、口々に身代わりになってくれた鬼塚車掌さんや、たすけてくれたバス会社の人たちにお礼を述べました。
けれど、物資が不自由な時代です。誰も何もしてあげることは出来ませんでした。

鬼塚道雄さん(当時21歳)
鬼塚道雄車掌


それから26年が経ちました。
昭和48年のことです。
新聞の投書欄に、そのときの乗客だった方が、感謝の思いを綴った記事が載りました。
その記事を、たまたま長崎自動車(長崎バス)の社長が眼にします。

社長は、その日の内に緊急の役員会を招集しました。
「私が発起人になる。浄財を集めて、鬼塚さんを供養する記念碑を造ろう!」

こうして一年後、事故が起きた打坂に、記念碑とお地蔵さんが建てられました。

救命地蔵(長崎市打坂)
救命地蔵


以降毎年、鬼塚車掌の命日となった9月1日に、長崎自動車では社長以下、幹部社員が地蔵の前で供養を行っています。
また、近くにある時津幼稚園の年長組みの園児たちも、毎年地蔵尊にお参りして、花を手向けて小さな手を合わせています。

時津幼稚園の山口理事長は、「近年、子供の犯罪が問題化しており、園児達に小さい頃から命の尊さを感じとって貰いたい」と鬼塚車掌の話を子供たちにして園児達の地蔵尊へのお参りを実施しているそうです。

鬼塚道雄車掌さんは、バスを止めようとして、若い命を散らせました。
それは「自分の命を粗末にした」ということなのでしょうか。

命は、たったひとつしかない、たいせつな、かけがえのないものです。
けれどみんなのために役に立つこと。
そのために自分の命を使うこと。
それは、間違ったことなのでしょうか。

鬼塚さんの勇気のおかげで、30人の乗客乗員の命が救われました。
あと数メートルで、バスが崖から転落する。
鬼塚さんには、他に選択肢はなかったのだろうと思います。

そのときに、自分の命よりも、乗客の命を優先する。
そういうことこそ、人間として、もっとも勇気ある行動といえるのではないでしょうか。

99年に埼玉県の狭山市で自衛隊機が墜落しました。
そのときパイロットは、自分の命よりも、墜落したときに民家に被害がでないように配慮することを優先しました。

大東亜戦争における特攻隊戦死者は、海軍4156名、陸軍1689名、その他回天、震洋、海上挺身隊、空挺隊などを加えると、特攻作戦による日本人戦没者は1万4千名をこえます。
誰のためでもない。
みんなを守るために、命を散らせました。

足りないものがあれば、我慢して、自作してでも作ってきた日本。
人を守るために自分の命さえも惜しまなかった日本。
そして、そういう先人達の偉業を、歴史を忘れないでいる日本。

いま、私たちが取り戻すべき日本は、まさにそういう日本なのではないかと思います。

(鬼塚道雄さんのお話については、『伝えたいふるさとの100話』を参照させていただきました)

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09年9月1日の打坂地蔵尊


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コメント

釈尊石忠

生誕86年
21才同じ年齢 貧困時代は 人の命を救う。
飽食時代の 若者 殺人鬼 もう落ち度貧困時代が 良いのかな〜国会は 景気回復への 毎日の 議論 命が一番です。
釈尊石忠 合掌

-

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この出来事を知っても何も感じないでしょう。

メークボーイ

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先の震災でも、命を捨ててまで無線で避難を呼びかけた方がいました。
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boekveld

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愛信

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一月十六日、民主党大会が開かれた東京の日比谷公会堂(日比谷公園
内)の周辺では、外国人への選挙権付与を推進する同党を糾弾する国
民行動が実施された(1・16 民主党・党大会抗議!外国人地方参政権
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台湾は日本の生命線!
http://mamoretaiwan.blog100.fc2.com/blog-entry-1024.html

【動画ニュース掲示板】
http://www.aixin.jp/axbbs/kzsj/kzsj6.cgi
【動画ニュースタイトル一覧】はこちらをクリックして下さい。

ps:
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尚もこの4億円の一部が父から相続し
たものと言う。 小沢一郎の父小沢佐重喜は戦
後、岩手方面に進駐した朝鮮進駐軍でどれほど
多くの日本国民資産を略奪したのか。

TTM

英雄さん・椿さん、「意気」が合ってますね。
ウワーン!

椿さん、何時もながらの歯に衣着せぬ「過激」に
ただただ脱帽です。
この件に関しても、遠慮がない、その真剣さが伝
わって来ます。
わたくし、帽子を被るヒマもありません。

一種「皇室タブー」の空気がある中で、英雄さんや
椿さんのようなご指摘はとても貴重に思われます。

椿

雅子さんって…。

>雅子様は皇室の祭事もしないみたいですね。皇太子様も鳥居もくぐられないとか。<

私も雅子さんや小和田家に関して感覚的にですが、やはり“胡散臭い”と思っています。 彼女の祖父というのは、あの水俣病で悪名高き“窒素化学の会長”だと聞いていますし

昭和天皇陛下もお妃候補にするのを、“強く反対されていた”と聞いています。なのになぜ…?皇太子は彼女を選んだのか?

ですが…、あれほど大勢の人々を“奈落の底に突き落とした者”の子孫として、ハッキリ言って、現皇后陛下の美智子様の時以上に、国民の為、国家の為、文化・伝統継承の為、“死にもの狂いで努力すべき立場”ではないでしょうか?

子供と犬と一緒に、ゆっくり“静養している神経”が理解できない



卓ちゃん

No title
岩手県知事が悪沢はクリ-ンな政治家だと。
あきれ果ててものが言えない。
岩手県民が.異常だよて言いたい。
岩手県産の不買運動をしようてブログ見たけど。
県自体が利権の構図。
岩手県の人、目を覚まして。
今の世の中利益誘導ではありませんよ。
日本のために何を成すかですよ。
我々日本国・日本人のためになることを如何にするか。
このことが第一本文ですよ。
だから、悪澤にNOを突きつけましょう。
だって、コンクリ-トなんて順繰り出来ますもの。
早いか遅いかだけですから。
だから、悪澤を捨てましょう。
それが日本国民の切なる願いですから。
早く目覚めてください。

-

No title
今回も素晴らしいエントリー
ありがとうございます

 。・°°・(((p(≧□≦)q)))・°°・。ウワーン!! 

英雄

No title
昔は在日が悪いだの、日本がいいだの、シナが悪いとか本当の事を言っても大衆には全然受け入れられなかったのですよ。戦争に負けるというのはそういうことで、完全な自虐史観の洗脳が押し付けられてました。まあ、でもね、日本国が無くならずにまだつずいてるのは、いいとおもうのです。朝鮮と部落を使い日本を支配してるユダヤはそろそろ日本を絶滅させようと考えているのでしょうが。

シナ事変でもね、日本軍は3万だとしたらシナ軍は100万ですよ。それでも日本軍が勝ってた。シナ人は張子の虎です。自分しかない。それがシナ化というものです。バラバラで砂です。人類の悪弊です。

大陸は世界がほとんどそうです。悪意を持って人に接し、命の恩人の寝首を掻く。そうして闘争して生延びてきたのです。だから、反面、白人はヒュー間にテイを大事にしようとするのです。

日本人と同じように米国の大衆は思いやりがあっていいですよ。相手の為に何ができるか考える。


昔の戦争を体験した世代が死にたえて危ないかなと思うましたが、若い人に洗脳から覚めるひとがでてきた。

三島が盾の会とか作ってね、大衆に憂国を説いた時にはね、多くの大衆が笑ったものですよ。それをみていてね、一部のインテリなんかはね、この大衆だからなあと、日本が滅びてもいい、俺だけは公務員試験にとって飯を食うんだとね、そんなことを言ってたもんです。

日本人は本質的に滅びの、自滅願望を持っています。キリスト系の白人はね、そんなことはないです。
世界絶滅の思想を持つイルみなはね、悪魔教で全然べつなんですよ。陰謀論はね、内部情報で本当ですよ。彼ら歯ね本気です。陰謀系の疑問は一つあれば、充分に全部の陰謀が存在すると思うことです。

かぐやひめ

みんなで幸せになるのが一番いい
私達が在日の選挙権を嫌い、日本の国柄を守ろうと一生懸命なのは、日本人だけが孤立して、日本だけが豊かだったらいいと考えるからではありません。

昔も今も日本の心は同じです。

日本がしっかりしていたら、日本は、よその国を助けることができます。
でも、日本が破壊されたら、それすらもできなくなる。
だから、必死で日本を守ろうとしています。日本を守ることこそ、世界を守ることだと感じるからです。

中国人も、日本を侵略する暇があれば、自国を富ませて、自国を幸せな国にする努力をしてほしい。
自分の国を幸せにできなくて、のどが渇いた人が塩水を飲むように、日本を侵略し踏みにじっても、ただ、絶望的にいっさいを失うだけです。

韓国・北朝鮮もです。
台湾をお手本にしなさい。
日本から、日本人の分まで資金をつぎ込まれてインフラを整備してもらい、制度を整備し、学校を作ってもらい、自立できる状況をもらって独り歩きを、始めたのでしょう?
なぜ、それを、自分たち同士奪い合い、ぐちゃぐちゃにして、まだ、なお、日本に何をすがろうと言うのですか?

アメリカだってそうです。
日本は共産主義を防ぐ楯として明治建国より多くの兵士を捧げ、世界に貢献した。また、植民地経営を欧米とは正反対の形で行った。
もう、それを認めなければならない時期に来ているでしょう。

しかも、戦後も一貫して、日本は自分の国を後にして、東南アジアに井戸を掘り、学校を作り、産業の基幹をなし、それを、アジアにもたらし、ヨーロッパにもたらし、しかも、一言も「お礼」を、要求せず、いつまでも、礼儀正しく、「ごめんなさい、ありがとう」そういって、世界に尽くしているから世界一の国になったのでしょう?

みんな、学習してください。世界も、日本人も。

この日本と言う国を乱し、崩せば失うのは「あなたがた、中国・韓国・そして世界」なんですよ!

最近、私は、本当に日本が尊いと感じるようになりました。
努力しましょう。
天神地神の御加護は、必ずあると信じて。

愛信

中国企業の投資拡大促す 中台セミナー、台湾側には警戒感
台湾当局は今年7月、中国マネーを呼び込もうとパソコン、携帯電話、
自動車など100分野を対象に中国企業の直接投資を解禁した。
しかし台湾側によると、これまでの実績は22件、約12億台湾ドル
(約35億円)にとどまる。 中国は「我々が望んでいたよりはるかに
少ない」(陳会長)と不満を漏らす。

シナからの投資など期待する方が愚か者、技術情報を奪われ偽物
商品の価格破壊で市場を破壊される。
台湾人でさえこの有様、ましては日本人なら更に大きな被害を蒙る。
売国政党民主党小沢一郎はその騙しの手口を利用して日本人社会
の破壊を企む。

【その他の掲示板】
http://www.aixin.jp/axbbs/snt/snt.cgi
【その他のタイトル一覧】はこちらをクリックして下さい。

椿

『神道』と『佛教』

日本は『神道』と『仏教の国』。しかしGHQ占領以後、日本人に宗教は無くなったと言われて久しいですが…。

それでも知らず知らずのうちに、日本人の心の内には、『神道』や『仏教』の教えが染みついているのではないでしょうか?

創価・統一協会のカルト宗教は問題外ですが、キリスト教・ユダヤ教・イスラム教の一神教には、現在と未来観しかなく、“過去生”というモノが無い。

すなわち、今現在自分に起こっている現象は、過去生に起因(原因)しているという考えが、全く欠如しているように思います。

だからこそ、他人に対して平気で“惨い搾取”や“略奪”や“詐欺”や“騙し”が出来るのだと思います。

今現在をうまく乗り切りさえすれば良い、自分や一族だけが、安全で楽に裕福に暮らせれば良い、騙されたり搾取された人間が、不幸になろうが、死のうがそんな事は関係ない!という考え方が蔓延してしまうのではないでしょうか?

その代表国が、今のアメリカや中国だと思います。

日本にもいろいろな育てられ方があるので、一概には言えませんが、大枠では、『他人を騙して、不幸に陥れ、自分だけのし上がり、楽をすることを卑しい事として、軽蔑する民族性があります。

というのは、知らず知らずの内に、そんな『悪徳は、必ず自分の身に、何倍にもなって返ってくる、子孫にも百害あって一利なし』と、“宇宙の真理=神仏の真実”を自然と理解しているからだと思います

現在の己を知りたければ、己の過去を見るがよい、己の未来を知りたければ、己の現在の言動を見よ!』と小さい頃によく教わりましたが、

現在と未来(天国)の教えしかない一神教では、過去生=(己の過去の罪や徳)についての教えはないように思います。

そう思えば、シナ・朝鮮、アメリカ…、そして「闇の支配者達」が、何故、これほど“我利我利亡者”となって、万物の恩恵を破壊し、他民族を侵略し、地獄の苦しみを平気で与える事が出来るのかが、よく理解できます。

彼らにとってこの世界は、100年程度のもので、死ねば灰になって、消滅するくらいに思っているのでしょう。

それかまさかとは思うけど、自分達だけは金の力で、死ねば天国に入れてもらえる等と、“勝手な妄想を逞しくしている”だけなのでしょうか?(笑)。



No title
http://www.toshokan-sensou.com/anikan.html#column_02
ここの古怒田って奴をみてくれ
どう思う?

杜若

No title
たぶん、精神の高みに限界はないのでしょう。
地獄にはたぶん下限がありそうですが。

神の存在が無現の可能性なら、人の精神の到達点もたぶん限界がない。
そんな気が最近しています。
私のように、世俗にとらわれている身にとってはおこがましい考えかもしれまえんが、人には無限の可能性が神より託されているような気が致します。

椿

友人からのメールをご紹介させて下さい。


現世(うつしよ)は、魂を磨く為の旅路

人間は、己の生命(肉体)を維持する為、数多の動植物を糧としながら存続します。 だから、生きているのではなく、多くの恵みによって生かして頂いているのだと思います。

従って、万物の霊長として命を享受された事に、深く感謝し“己の血肉となった他の命を活かして”やらねばなりません。

人間以外の生物は、地球の環境を考えたり、他の生物を心配し、助けたりする事はできません。 それをするのが、人の役割であり、神の御心を実践する為、人は生かされているのだと思います

つまり、 現世を、神の坐す高天原(たかまのはら)に近づける事が人の役割ではないでしょうか。 天孫降臨時に、邇邇芸命(ににぎのみこと)に授けられた三大神勅は、

①・天壌無窮の神勅
②・斎庭の稲穂の神勅
③・宝鏡奉斎の神勅


天照太神が、現世のあり方を示されているのだと思います。 この現世(うつしよ)では、人と人との関わりを避けては通れず、人は御互いの触れ合いの中で、切磋琢磨することによって、それぞれの魂が磨かれます。

人が人である由縁は、その心・霊魂(一霊四魂)にあり、己の役割に勤め励む事で、魂を成長させる事にあると思います。 己の役割とは、今自分に出来る事、これは神との約束であり、自分への宿題です。

それを実践する為、悠遠の祖先達、そして、父母より肉体を借り、産土(うぶすな)の神達より、分霊(わけみたま)を授かる事で、 実に凄まじい確率の中から、やっとの思いでこの世に生命を授かります。

そうして、人間は“神の恵み”と“万物の恩”そして、“人々の助け”によって生かされているのです。 日常生活で我が身に起る事は、全てが魂を成長させる為の修業だと思います。

特に、嫌な事や不幸な事は、幸せを知る為の材料であり、不幸を知る事で幸せを知ります。 例えば、空腹がどんな素晴らしい調味料にも勝る事が何よりの証です。 空腹を知る事で、食事の喜びも分かります。

食事の喜びは、即ち生への喜びであり、自他の命に対し感謝が出来る一時だと思います。 その感謝の気持を忘れたら、今自分に存在(又は所有)する何か良いことを失います。
病気になって健康の有り難さが分かる様に、人は失って初めて“そのものの有難さ”に気付きます。 好くない事が起るのは、感謝の気持を思い出させる為かもしれません。

肉体が求める欲望に振り回されず、“霊魂(心)が主”である事を忘れなければ、 この人生は、『魂の大いなる旅路』の途中であり、身体の消失も通過点の一つとして、誰もが経験します。

その旅を通じて神の御心に叶う世を求める。 それが、この世に150億年の宇宙の記憶、遺伝子を結集して造られた、“万物の霊長たる人間の使命”だと考えます。




konichiwa

No title
これは本当にやばい。センター試験で外国人参政権、合憲プロモーション。
http://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org568052.gif

杜若

No title
>共通一次世代様

私の文章はわかりにくいところが多々ありまして、詳しく書いて頂きありがとうございます。私もキリスト教に不信感を抱いている訳ではありませんが、その歴史を見たときに、余りにも悪用され過ぎているのでは?‥‥の疑念があって、年を経るごとに距離を置くようになってしまいました。
日本でも、イエズス会の戦国時代当時の悪行みたいなものもありますし、‥‥。何故秀吉はキリスト教を禁止したのかが若いころには理解できませんでしたが、今では当然のことだったんだなと思ったりしています。

共通一次世代

No title
あ、「塩狩峠」、杜若さんと被ってしまいましたね。
キリスト教、私も三浦綾子さんの小説を続けて読んだ頃惹かれました。いまだに惹かれるところはあります・・。

共通一次世代

No title
ねずきちさん、今回のエントリーを読んで、すぐに、昔読んだ三浦綾子さんの小説「塩狩峠」を思い出しました。峠にさしかかった列車の連結器が外れて、最後尾の客車が逆走し始めた時、線路に飛び込み、自らの体で暴走する車両を止め、多くの乗客の命を救った主人公の話。

私は知らなかったのですが、この小説のモデルは明治時代、旭川運輸事務所に勤務していた長野政雄さんという鉄道職員さんだったそうです。昨年が殉職されて100年目だったそうです。↓
http://www.yomiuri.co.jp/book/column/pickup/20050315bk02.htm
【殉職の意味問い続ける…塩狩峠(北海道) : コラム : 本よみうり堂 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)】

先日、テレビで、阪神大震災の起こった日にNHKでずっと被災状況を伝えた宮田修アナウンサーが宮司になっていた、というのを知りました。
宮田さんはあの時「アナウンサー」として状況を伝え続け、決して民放のキャスターように野次馬根性的報道をしなかったのを自分も強烈に覚えています。

宮田さんは、被害状況をを伝えている間、ずっと怒っていたそうです。どんどん死者が増えていく中、とてつもなく理不尽さを覚えたそうです。どうしてこんな風に突然、未来ある人たちがどんどん命を失っていくのか、それが悔しくて堪らなかったそうです。

方や、阪神大震災で自衛隊反対と反米というイデオロギーの為だけに多くの人たちの救出の邪魔をした社会党。

沖縄での普天間で、基地反対運動をするために2度にわたる小学校の移転計画に反対し、小学校を盾にし、子供たちを人質にし、何より子供達の安全をないがしろにしたサヨクの市民団体。↓

『【揺らぐ沖縄】児童の安全より反対運動優先か 基地隣接の小学校移転』
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/100109/plc1001092327012-n1.htm

そして卓チャンさんが言われている通り、事業仕分けで小中学校の校舎の耐震工事の予算を削った民主党。

そして、「景気の二番底が懸念されている今、予算成立の審議が遅れれば、一番に影響を被るのは国民だ、検察の正義が国民にとって迷惑になることもある」などと卑怯な論調を張る民主党支持者達。

吐き気がするほどの猫なで声で「国民の皆様」と連呼して国民を馬鹿にする民主党。

検察と戦う?全面戦争?
いうなれば、日本国民と戦うということ?
一体どこの国の国会議員なのか?

杜若

No title
若いころ、塩狩峠という小説を読んで、一晩泣き明かしたことがありました。純真だったせいもあって、そのバックボーンにあるキリスト教というものに強く惹かれました。しかし、今では返ってそのキリスト教が邪魔をして同じように、自らの身を犠牲にして人生を閉じられた方に全幅の共感を感じなくなってしまっています。

日本人の中には、キリスト教のようなバックボーンがなくとも自己犠牲を厭わず人助けされる方が多いですよいね。

また、以前このブログでも紹介されていたのではと思いますが、上杉鷹山の逸話などを読んでみますと、そこにはキリスト教をバックボーンにした西洋社会では到達できなかったような理想社会がすでに造られていました。この方は、たしかケネディ大統領が、もっとも尊敬する日本人は?と聞かれて、名前を出されたが、日本人の記者はその名前をしらなかった、なんて逸話があります。

高等宗教の最高の徳目はやはり、人を生かすことでしょうがそれを自然な形で発揮できる、民族の血を誇りとしなくてはいけませんね。

ただ、私にはとっさにこのような行動をする自信はありませんが。









なんか久しぶりに魂を感じました

彼は特別ではない私達と同じ本当の日本人
21歳、成人して間もなく、人生これからってっ時にこの決断…
30人の命と自分1人の命を天秤にかけ「自分の意思」で自分の命を差し出す

「自分には無理だ」と皆さん思うでしょう?でもね、きっとこのねずきちさんのブログを見に来る
方の中には同じように逼迫した場面だと「損得なしで頭より体が先に動いてしまう」スゴイ人が結構いるの
では?と私は思ってます(笑)この話を後の世に語り継ぐ事が彼にとって何よりの供養です

ひなげし

No title
いいお話をありがとうございます。
またまた、涙が出てしまいました。

卓ちゃん

人類抹殺計画
ハイチでは死者が増えていく一方なのに何もしないとゆうか、情報が無いとゆうことで動かない。
ポッポは、地球環境から見れば人間がいなければ良いと言った。
だから支援を遅らせている。
テント・食料・機材関係を送らない。
行動する気持ちがあれば方法はきっと見つかるはず。
日本人の子どもも殺そうとしている。
小中学生を。
耐震補強の予算をカットした。
公約のためといいながら所得移転に転嫁した。
子どもの命と親の朝鮮玉入機代のどちらが大事なのか?
馬鹿ぞろいの民主党は本当の友愛のため自壊してくれ。
日本人のため。

日本人でも
日本人でも自分は安全地帯に逃走、検察と対決?一口で秘書を救えるのに殺しておいて「対決」もありゃしない。

こんな人間が「国民」を救えますかね、これが日本の首相と第一党の幹事長てんですから、このバスの車掌さんの爪の垢でも煎じて飲んでほしい。

かぐやひめ

阪神淡路大震災から15年
成人式のお祝いのすぐ後のことです。
まだ、お正月の気分が抜けないアーケードには、紅白の餅花をあしらった飾りが揺れていて、その後ろから業火が迫る、思いだすのも悲しいできごとがありました。

誰も、まさか、次の朝、財産と家族を失うなんて、思いもしないで床に就いたのです。今朝と同じ朝が明日も訪れると、露、疑わずに・・・亡くなった方の数が6430余人と報道されました。一瞬にして6000名!

でも、胸が痛むのは、季節を同じくしてカリブ海ハイチで大地震が発生したことです。
こちらは、死者10万人とか、報道しています。
でも、そもそも戸籍もない国で、何人亡くなったかなんて、推定でしかないでしょうに。

でも、神戸の災害の死者数が1万人以下ですんだのは、ひとえに「発生時刻」が早朝だったからでした。

あれが、もし、30分後でも、あんなものではすみません。

火災の発生が須磨区・長田区に限られたのは「朝が早い市場が、その日の準備を始めるために火をおこしていたからです。」だから、パン屋さんが、犠牲になりました。そこから、火が燃え広がりました。

いっぱんの家は、まだ、ほとんど起きだしていません。だから火を使っていなかったのです。

あの倒壊した高速道路上にも14台しか、車がなかったのです。
もしも、人々が活動している時刻に発生していたら、死者数は単位が違ったでしょう。しかも、身元もわからない、そのまま行方不明になったでしょう。

あの大震災は未曽有の大惨事でしたが、未曽有の幸運であったともいえるのです。

ハイチの状況とは、まったく違いました。いくら、無能な村山首相であっても、なんとか、周りの皆さまのご協力できりぬけました。ハイチへは、なにか、してあげなければと思います。

それにしても、あの惨事はわずか20秒のことでした。
それでも、15年が過ぎた今になって、ようやく、あの頃の事を思い出そうかと思えるようになりました。一族郎党誰一人災害死がなかった私でもです。

3年8カ月の苦しい思い出、大東亜戦争を語れなかった人々のお気持ちは推して知るべしだと思います。10年や、15年では「語れない」
語れないまま胸に抱いたまま、先人たちは去っていかれたようです。

だから、傷をおっていない次世代が、語らなければなりません。

かぐやひめ

勇気のある日本人
他人のために命を投げ出すと言う尊い行為は、日本ではいつでも、誰でもそういう場におかれたらしてしまいそうです。

最近でも、自殺しようとする女性を助けようとして、自らが犠牲となったお巡りさんの話がありました。

そして、そういう行為をなんとしてでも、顕彰し、後世に残そうとする働きも珍しことではありません。

私は、これまで、こういうことは、諸外国でも同じだと勝手に思い込んでいました。
しかし、最近になって、日本と言う国が、よそとは全然違うことに気づいてきました。

この一年間で、一番変化したのはこの考えです。

それまでは、漠然と少なくても西洋は優れているとか、日本でできること、やっていること程度はどこでも、やっている・・・と、思っていた・・・それは、間違いだった。

日本は、世界で唯一の国だと・・・この一年間に知りました。

そもそも、あのシナ事変で、日本軍が全戦全勝だったのは、シナ兵に戦意や、愛国心が、まったく無かったからだなんて・・・まさか、思わなかったです。

どこの国の兵士も「国王のために、国のために命がけで最後の一人まで戦う気概で、戦場に来ている」と思いこんでいました。

違ったのです。よその国の兵士、市民・・・ものの考え方が日本とは、全然違う・・・

今ある日本の危機は、この「日本人だけの持つ、気高さ」に向けられた戦争。

教育で「日本や、日本人についての間違った情報を流す」
「男女共同参画などで、自立の美名を用いて、人々を分断し団結を阻害する」
「金の亡者」にさせて、人間の尊厳を失わせる・・・
こういう情報戦が行われているように感じます。

あくまでも、人間の尊厳を守ろうした先人の心を受け継ぎ、次世代へ語り継いでいきましょう。
私達も情報戦です!
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小名木善行(おなぎぜんこう)

Author:小名木善行(おなぎぜんこう)
連絡先: info@musubi-ac.com
昭和31年生まれ。浜松市出身。上場信販会社を経て執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」を運営。またインターネット・ブログ「ねずさんの学ぼう日本」を毎日配信。「歴史を学ぶことでネガティブをポジティブに」という理念を掲げ活動する。古事記・日本書紀・万葉集などの原文を丁寧に読み解き、誰にでも納得できる日本論を発信。

《著書》日本図書館協会推薦『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』、『ねずさんと語る古事記1~3巻』、『ねずさんの奇跡の国 日本がわかる万葉集』、『ねずさんの世界に誇る覚醒と繁栄を解く日本書紀』、『ねずさんの知っておきたい日本のすごい秘密』、『日本建国史』、その他執筆多数。

《動画》「むすび大学シリーズ」、「ゆにわ塾シリーズ」「CGS目からウロコの日本の歴史シリーズ」、「明治150年 真の日本の姿シリーズ」、「優しい子を育てる小名木塾シリーズ」など多数。

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