日本刀と鉄砲伝来

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日本刀0009


「日本刀(Japanese Sword)」という呼称は、実は、海外製の日本語です。

もともと日本では、刀(かたな)か剣(つるぎ)と呼んでいました。
ですから、刀鍛冶(かたなかじ)はいるけれど、日本刀鍛冶(にほんとうかじ)はいません。

「日本刀」という呼称が最初に用いられたのは、北宋の詩人、欧陽修(おうようしゅう 1007年~1072年)の「日本刀歌」です。

この歌は、宋では焼かれ、散逸してしまった書物が、日本にはいまだに存在しているのは嘆かわしいことだ、という主題の漢詩です。
その詩の中に、Chinaの商人が宝刀と呼ばれる日本の刀を、日本まで買い付けに行くことが歌われている。

Chinaの北宋の時代といえば、日本では平安時代です。
そんな時代にも、日本刀は、高い評価を得ていました。

時代が下って、幕末から明治になると、日本画とともに日本刀が西洋に数多く流出します。

日本刀の「吸い込まれるような」切れ味というものは、世界中、どこにもない鋭いもので、これが西洋で大評判になります。

で、日本画が西洋の絵画と区別して「日本画」と呼ばれるようになったことに呼応して、日本刀も、「日本刀」と呼ばれるようになったのだそうです。

おもしろいことには、日本刀は西洋でしきりに研究され、その成分分析や、切れ味の分析が事細かに行われるのですが、結果として西洋人が、日本刀を作ることはありませんでした。

理由は、「鍛えて焼きを入れることができなかった」のです。

工芸品や技術品は「マネをしたらできる」ほど甘いものではありません。
さりげない部品のひとつ、鉄の鍛え方ひとつをとっても、長い年月をかけた創意工夫あります。
トヨタが最新鋭の工場設備をChinaに作ったけれど、Chinaトヨタで作ったエンジンは、トラブル続出になっている。
機械を使ったらできる。ロボットを使えばできる、教えたら簡単にできる、そんな甘いものではないのです。


鉄を溶かすためには、1800度の高熱が必要です。
西洋では、コークスを使って鉄を溶かし、鋳型に流し込んで刀を作ります。

しかし日本の燃料は木炭です。これは最高でも1200度にしかならない。
ですから、鉄は完全には溶けません。
完全には溶けないから、鉄をたたくことによって均質にし、さらに刃の部分に焼きを入れて、そこだけ硬さを増して、薄く研いだときによく切れるようにしているのです。

これはたいへんに手間のかかる作業です。
加えて、叩きにものすごい技術がいる。ただやみくもに叩けば刀になるというものではないのです。

このたたきによって、鉄の重さがどれくらいになるかというと、なんと、3分の1です。

鉄の中の不純物を減らすため、刀鍛冶は、全体の重量が3分の1になるまで槌(つち)で刀身を叩くのです。

そして刃の部分以外に粘土を塗って火の中で焼きます。
真っ赤に焼けた刀身を、水につけます。

すると粘土のない刃の部分は硬くなり、粘土に包まれた刀全身は柔軟性のある柔らかさを持つようになります。

さて1543年、ポルトガル人を乗せた貿易船が種子島(鹿児島県)に流れ着きました。
鉄砲伝来です。

当時16歳だった島主・種子島時尭は、2丁の鉄砲を買いました。購入金額は、いまの相場に換算すると約1億円だそうです。つまり、鉄砲1丁を5000万円で買った。

なぜ2丁買ったかというと、1丁は鉄砲として使うために、もう1丁は研究するためです。

種子島時尭は、家来に命じて鉄砲作りを徹底的に研究させ、翌年には、国産の鉄砲を作ってしまいます。

ポルトガル人にしてみると、鉄砲1丁が5千万円です。
これは大儲けできる。そう思って、彼らは1億円相当の銀を得て、ポルトガルに帰ります。
そして翌年には、船に鉄砲を山盛りにして再び日本にやってきた。

鉄砲のない日本に鉄砲を売れば、大もうけできると、踏んだのです。
ところがこの鉄砲は、まるで売れなかった。

なんと日本では、その頃には、すでに改良を施した高性能の鉄砲を量産化していたのです。

同じ16世紀、南アメリカのインカ帝国にもスペイン人が鉄砲を持ってやってきました。
そして、スペイン人にやられ、数年足らずのうちにインカ帝国は滅亡し、文明の痕跡しか残っていません。

ちなみにインカは、黄金文明だったといわれています。
ものすごく金が豊富だった。いわば金ピカ文明です。

人類が誕生してから、現在にいたるまで、人類が採掘した金は、25Mプールに換算すると、ちょうど3杯分になるのだそうです。

ところが、そのうちの2杯分は、実は日本で産出している。
いまの日本は「金」がありませんが、これは明治のはじめに日本の金が銀と交換されて海外に大量に流出したせいです。

ですから言い換えると、インカ以上に金の豊富な日本は、16世紀、まさに黄金の国ジパングだった。

ところが、インカは滅亡し、日本は生き残っています。

インカはたった150人のスペイン人の銃によって滅ぼされました。

日本は、 たった2丁の鉄砲から、翌年には国産第1号の鉄砲を完成させ、翌年の後には、世界有数の改良型の高性能鉄砲保有国になってしまっていたのです。

こんなことが起こったのは、当時の世界で、日本だけです。

なぜ、そんなことができたのか。
実はそれは、日本は古くから、日本刀を製造する高度な鉄の加工技術があったからです。
当時の刀鍛冶たちは、刀を大量生産するシステムをすでに作り上げていました。
その技術集団が、こんどは鉄砲作りに取り組んだのです。


鉄砲伝来から32年後に、長篠の合戦(1575年)が行われます。武田軍と織田軍が相対した。
このとき、武田軍、織田軍とも、それぞれ武田の旗、織田の旗のほかに、両軍とも日の丸を掲げています。我こそは日本を代表する武家である、という印です。

この長篠の戦では、織田軍は、3000丁もの鉄砲を揃え、三列交代式鉄砲連射というヨーロッパですら使われたことのない戦術を用いています。

当時の鉄砲は1発撃つごとに、銃口から火薬と弾を詰め込みます。薬きょうに弾を込めて、後ろから叩くという銃弾が登場するのは、これよりもずっと後の時代です。

銃口から弾を込めるということは、最初の弾を1発を撃ったら、2発目を撃つ頃には敵の騎馬隊が到着してしまう。

そこで信長は、鉄砲隊の前に柵を作り、騎馬隊がすぐに突入できないようにしておいて、3000丁の鉄砲を3列に分けて配置した。
そして1発目を撃つと、すぐに引き下がって2列目のものが撃つ。同様に3列目のものが撃つとことによって、間をあけずに鉄砲を連射します。

信長のこの三列交代式鉄砲連射の戦法は、世界初の戦法です、
銃の本場である西洋で、この戦法が使われ出したのは、なんと1917年、第1次世界大戦の終わり頃です。なんと、信長の鉄砲隊の342年も後のことです。

さらに関ヶ原の戦い(1600年)では、なんと5万丁の鉄砲が火を噴きます。
この頃の日本は、すでに世界最大の鉄砲生産国になっていたのです。

関ヶ原当時、日本の所有する鉄砲の数は、世界中の鉄砲の数の何%をしめていたかというと、これがなんと、世界全体の5割です。

鉄砲が日本に伝わってから約60年後には、日本は世界最大の鉄砲保有国になっていたのです。

日本の技術力の高さは、今に始まったことではありません。
300年も400年も昔から、変わらず、世界一流の技術力を持ち続けているのです。
それこそが、日本の底力です。

もうひとつ付け加えます。
日本は戦国時代、それだけ大量な鉄砲や刀剣類を作っていながら、当時、それらを作るために大量の森林資源を伐採していながら、禿山(はげやま)を作っていません。

火力を得るために森林の伐採をしているのですが、同時に植林をしている。
なぜなら植林をしないと、崖くずれや洪水が起こるからです。

戦国大名たちは、そういう土木林業の育成も同時に行っています。

もちろん、日本が高温多湿であり、森林が育ちやすいという環境にあったことも事実ですが、欧米や朝鮮半島、China等では、食事の火を得るために木を伐採し、土地の砂漠化を招いたり、禿山を作ったりしていることと比べると、なにやら天地の差があるように思えます。

当時、戦国大名の間で流行ったのが、茶道です。
茶道は、緑の中に草庵を営み、そこで、正装して、威儀を正して、酒も飲まずに、苦いお茶をすすります。

安い抹茶は、ただ苦いだけですが、高級な緑茶、これはいちど飲んだらわかりますが、まさに新緑の香り、濃厚な緑の香りがします。

つまり緑の中で草庵を営み、その中で緑(自然)への感謝の意をもって濃厚な緑のお茶をいただく。自然への感謝をする。武器を得るために伐採した森林への感謝を捧げる。
だから、正装して、威儀をただしてお茶をいただいた。
だから、茶道は礼儀の道、自然との一体の道となったといわれています。


日本刀の刀鍛冶の技術、世界最大の鉄砲保有、緑への感謝、そういったものが渾然一体となって日本の文化を築いている。

やっぱり、日本て、いいですね♪

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The Samurai Sword 1/3


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コメント

atmic

火薬
関ヶ原の戦いのときの沢山の銃の話は面白く読みました。有り難うございます。色んな所に3万チョウとか5万チョウと出ていますが、それに使った火薬はどのようにして作ったのでしょうか?

アロン

No title
倭寇と戦った明軍の記録、
秀吉軍と戦った明、朝鮮の各記録にも
日本刀の威力や、剣術の技能の高さが書かれていますね。

また戦国期の南蛮人も日本人の剣技の
優秀さについて記しています。

zakimagik

長篠の戦いは意外と漫画の
「センゴク天翔記」で書かれている内容の方が史実に近いのではと思いますね。桶狭間の戦いもこれまでのイメージとは大分違うように見えます。

ガルカイ

No title
シナ事変においても、軍刀を研ぐ要員が随行した由に聞きます。やはり刀は曲がる・折れるからです。黒澤監督の『七人の侍』でもその辺の考証はきちんとされていたと思います。95?式軍刀は下士官の安物?ですが、伝来の刀
(士官クラスが軍刀拵えにして持参)は古くて鉄が硬化していて、すぐ折れたとか聞きます。その点、95式軍刀は折れたら叩いてまっすぐにできたし重宝したといいます。

研ぎ師の嫁

日本刀は研ぎの技術も世界一
 ねずきち様 初めまして。

 私は日本刀研ぎ師の嫁です。日本刀を扱った記事がとても魅力的で嬉しく思います。

 日本刀の研ぎというのは、他の国の刀剣類の研ぎとは全く異なったものです。ただ切れ味を追求するのではなく、極限まで磨きこんで刀身に『美』を呼び覚ますその技は、人を切りつけた瞬間、消えてなくなる実に儚いものでもあります。

 これは私の勝手な憶測ですが、日本人は刀を美しく磨き上げることによって、むやみに刀を抜いて人も刀も傷つけることがないようにと戒めていたのではないでしょうか。

 「この美しい刀を血で汚すときは、それ相応の時に限る」と。戦後の誤った教育による「日本人は残虐だった」との誤解が解ける日が来ることを祈っております。

とおりすがり

No title
大変感動いたしました。
ねずきちさん(様をつけると変でしょうか)、いつも日本がもっと大好きになる情報を教えてくださり、ありがとうございます。
もしいま、日本が重火器を作ることを許可されたら、いったいどんなものができるんだろうと、ちょっと思ってしまいました。きっとすごいものが出来るんでしょうね。
猫のひげ様のコメントもとても素敵でした。

井上政典

信長の三列式射撃について
信長の三列式射撃は、射撃の専門家から信憑性が疑われています。
その理由1.三人が交代するとスペースを取られ、その分弾幕が薄くなる。
その理由2.射手を固定したほうが、射撃目標を捕らえやすいため、射手、そして弾込め係2人の方が効率的で、スペースも取らず、射撃目標を捕捉しやすい。
その理由3.絶えず動き回るため、兵の体力の消耗が激しい。戦闘中はできるだけ効率的に動きます。

 以上の理由で、三列式射撃は、鉄砲を移動させ、人は動かずに狭いスペースで効率的に射撃目標を捕らえて射撃した。

 さらに、馬防柵よりも前で射撃をしている。これは長篠の合戦の屏風に描かれている。それならばなおさら射手と射手の間隔は狭くないと、虎の子の鉄砲隊が壊滅する恐れがあり、そんなことは作戦上しません。

 いつも素晴らしいお話を書いていただいているのに、こういう軍事的なミスをかかれるのはもったいありません。
荒木肇先生のメルマガや本で研究されるといいと思います。

杜若

No title
武器にはそれぞれ使い場所と言うものがあり、戦場で主に使われるのは槍でしょう。そして市街戦、城内、屋内では刀剣などを使用する。
といったことではないかと思います。

私は、社会人になってから友人の勧めで剣道と居合道というものに接する機会がありました。私は、模擬刀を振りまわすだけでしたが、指導して下さった方は真剣を使っておられました。
持たせてもらったことがありますが、何とも言えないような、気分が引き締まる感じがしました。

昔の武士は、常にこうだったのかと思った次第です。日本刀は戦うためだけではない。時には自らの命おも奪う。
自らに、責があれば、武士ならば自分で命をかけた責任を取らねばならない。そんなものだったのでしょう。現代人とは生き方に差が生ずる(その真剣さにおいて)のも無理はないと思いました。

SR400

知ったかぶりですが
中国刀というのは片手で遣うもので、一般的には単刀というそうです。「単刀直入」の単刀です。青龍刀というのは柄の長い薙刀様のもので、単刀が一キロ前後であったのに対し十数キロから数十キロの重さがあったとか。
習練にかかる時間を「百日刀、千日槍、万日剣」という言葉であらわすそうですが、身捌きの簡単なものからこうなるとか。これらの武器は手の延長ですから、日本の刀のように、身捌き以上に身に着けねばならない両手刀法の要、「手の裡(手の内)」の習練となると、兵士に持たせるのは大変です。更に高価だったでしょうし。
結局、大陸にあまり刀が残ってないのは、遣い方を知らない、手入れをちゃんとしない、扱い方も知らない、の結果赤鰯になって捨てられたからでは、と思います。

一知半解

日本刀が日本で通用した理由、中国で通用しなかった理由。
ねずきちさんの記事にあるように、日本刀は素晴らしい刀でした。
それに関してはねずきちさんの記事におまかせして、私は日本刀の別の面を指摘しておきたいと思います。

まず、ひとつ指摘しておきたいのですが、明時代にたくさん日本刀が中国に輸出されましたが、殆ど残っていないそうです。

なぜなのか、いくつか推論があるようなのですが、どうやら日本刀というのは実戦向けではなかったという事が、その理由らしいです。

確かに切れ味は鋭いのですが、刀身を目釘一つで支えているため、すぐに使えなくなるという致命的な欠点があるため、実戦向きではなかったとのこと。

実戦向きにするならば、握りは刀身と一体につくるのが合理的なのですが、そのような握りを備えた日本刀はありませんでした。

また、実用的でなかった点として、反りが足りないという事も挙げられるようです。殆ど直線のような反りでは引き切る事ができないので、素人向きではなかったわけです。
その点、中国の青龍刀は、湾曲度が強く振り下ろすだけで引き切れるようになっていて扱いやすかったようです。

上記の理由が、戦乱の多かった中国大陸で日本刀が殆ど残っていない理由とされています。

そんな日本刀が日本では実用向けだったということは、それだけ日本が平和だったことの証かも知れないな…なんて私は考えているのですが。

愛信

ニコ動、世論調査の結果でたよ~
ニコ動、世論調査の結果でたよ~
とにかくむちゃくちゃ雑多なメモ
ネット世論調査「内閣支持率調査2010/01/26」結果
http://d.hatena.ne.jp/perushaneko/20100126

【動画ニュース掲示板】
http://www.aixin.jp/axbbs/kzsj/kzsj6.cgi
【動画ニュースタイトル一覧】はこちらをクリックして下さい。

tokumei

参政権反対の陳情わずか1日で棄却 千葉県市川市議会

愛信

吉本興業が28日に臨時株主総会 株強制買い上げへ定款変更
吉本興業が28日に臨時株主総会 株強制買い上げへ定款変更

株式の非上場化を目指している吉本興業は28日、大阪市内で臨時株主総会
を開く。
親会社の投資会社、クオンタム・エンターテイメントによる完全子会社化に向
け、昨年秋に成立した株式公開買い付け(TOB)に応じなかった株主から
保有株を強制的に買い上げるため、必要な定款変更の議案を提案する。
実現には議決権の3分の2が最低ラインとなる。TOBでクオンタムは吉本株
の88・52%を確保しており、議案は承認される見通し。

クオンタム・エンターテイメントはジョージ・ソロスです。
哀れ吉本興業株主、この国を思う皆様へ、哀れ日本民族にならないように
気をしき締めて行きましょう。

【スポーツ・芸能の掲示板】
http://www.aixin.jp/axbbs/sgm/sgm.cgi

ひなげし

No title
大変、面白い記事、楽しく読ませていただきました。

鉄砲伝来から瞬く間に鉄砲を生産してしまったのは、日本人の技術もありますが、その時代が武器を必要とする戦国時代だったからという時代背景もありますね。
これが平和な時代であれば、いくら技術があろうとも、そこまで多量の生産はされなかったと思います。

そして、日本が世界最大の鉄砲保有国かつ世界最大の軍事国家だったからこそ、スペインの侵略もうけずに済んだのですよね。本当に戦国時代でよかった。

ところで長篠の戦いでの三段撃ちですが、史実ではないというのが定説になっているようです。
資料的価値のたかい「信長公記」にその記述はなく、それを元にした江戸時代の小説「信長記」に初めて載ったものだそうです。
また、実際に検証してみると前後の入れ替わりに場所がとられて、あまり実用性が無いというのも読んだことがあります。

しかし、三段撃ちはなくとも信長側が多数の鉄砲を用意して有利だったのには変わりはないと言えるでしょう。

たけるくん

No title
ねずきちさん、いつも素晴らしい記事をありがとうございます。
張り付けてある動画 The Samurai Sword  ですけど、イギリスのBBCが作ったものですね。
全体として、日本刀と日本の素晴らしさが伝わってくるよい動画であると思います。
しかし、いろいろ突っ込み所があります。大きく2点。

まず1点は、モンゴル軍が襲来してきたとき、モンゴル軍は、槍と弓矢を武器に戦ったが、日本人は、日本刀で戦ったので、苦戦したと表現されています。
日本でも、戦いの主な武器は、とっくの昔に槍や弓矢になっていたのです。しかし、日本人は刀を捨てなかった。それどころか、そこからますます進化させました。これが、イギリス人には、理解できなかったんだと思います。日本人は刀が、主な武器だったから、どんどん進化させていったと考えたのでしょう。その後、鉄砲が主な武器となっても、刀を捨てず、刀を使う修行をやめなかった。日本人にとって、刀は、単なる武器ではないのです。

もう一点は、戦争中に捕虜を刀で切り殺したと言っていることです。さりげなく、日本を貶めています。
全体として、日本をほめている内容だけに、これは、効きます。十分に知識のない人は、ああ、やっぱり日本は、悪かったんだと思ってしまいます。

Sword_343

韓国刀?
鳩坊のところの蓮舫ちゃんが楽しんでいた陸自の広報施設、りっくんランドで、韓国軍の将官から贈られたという「韓国刀」と言うのが展示されていました。
朴さんや李さんが日本刀の外見だけをパクったヤツで、知らない人が見ると、「ふーん、韓国に日本刀のルーツがあるんだ。」と誤解されそうでした。
安っぽく展示されていたのはいいのですが、「韓国刀」は不適切だと思いました。

通りすがり

No title
ねずきちさん、こんにちは。
いつも勉強させてもらっています。

>さらに関ヶ原の戦い(1600年)では、なんと5万丁の鉄砲>が火を噴きます。この頃の日本は、すでに世界最大の鉄>砲生産国になっていたのです。
>関ヶ原当時、日本の所有する鉄砲の数は、世界中の鉄
>砲の数の何%をしめていたかというと、これがなんと、世>界全体の5割です。

本当に凄いことですよね。
日本が欧米世界に飲み込まれずに住んだのは、先人達が世界最強の軍事大国を作り上げたからだった・・。今で言えば、さしずめ核弾頭ミサイルでしょうか。

ところで、アニメ監督宮崎駿さんの作品に「もののけ姫」という作品があります。
物語の舞台は戦国時代が近づく室町後期。
森林を大量伐採する鉄砲生産の要請と治水などの自然環境保護の要請との葛藤を、ファンタジーを織り交ぜて蝦夷の側から描いた美しい作品です。
ねずきちさんのエントリーを読んで、ふと思い出しました。

猫のひげ

日本の刃物
こんにちは。始めまして。
私は、楽器製作で鑿、鉋を使っていますが、刃物は日本製が圧倒的に優れています。職人の中には西洋鉋の使い手もいます。しかし、ドイツやスロヴェニアなどの楽器製作用具販売会社のカタログには、日本製の鑿、鉋、のこぎり、砥石 などが掲載されていて、諸外国の製作者の間でも日本製の刃物の素晴らしさが、一部でかもしれませんが知られているのです。切れ味とねばり、研ぎやすさで外国製は太刀打ちできないと思います。しかも、道具としての美しさを具えています。それなのに、日本の楽器製作者のなかには、わざわざドイツなどから鑿を輸入して揃えているひとがいます。ふふふ、間抜けですね。
以前、ボストン美術館、メトロポリタン美術館などで素晴らしい刀を沢山見ましたし、先般の正倉院展にも見事な刀が展示されていましたが、オランダの国王が日本の刀を所有しているのは知りませんでした。ドナルド・キーンの本を読んでみます。たぬきち様のブログは好きです。  
ところで、27日のコメント欄に「椿さまとかぐやひめさまのコメントがなくて寂しい」とどなたか書き込んでました。私は昨年夏からこのブログを楽しく頼もしく見ています。このお二方はどうかされたのですか??
序でながら、13日のコメント欄で、Linzとやらの「50歳以上のひとたちが日本を墜落させた」との趣旨の書き込みがあり、それに対する意見、反論、同意などがありました。Linz某は一方的に私たち世代に連体責任を押し付けようとしていますが、その言い分は許せません。GHQが導入し文部省、日教組が取り組んできた○×式思考がLinz某のような世代を生んだのかな??と、世代の話題ですから言いたくなりました。
私は60歳です。団塊世代最後のグループです。Linz某の言い分(その心情的お仲間もいるようでしたが)では、世代毎に考え方、生き方、思想が金太郎飴のように均一であるかのようです。100人集まれば100の考え方があるものです。偏向マスコミ、噂などに惑わされてむやみに人を攻撃するのは、ただご自分の品位を下げるだけと思います。過去を顧みて自分の全てに満点を与えられるのなら素晴らしいのですが。Linz某は多分そういう方なのでしょう。せっかく良いブログで、毎日嬉しく覗いていたのに猛烈に気分が悪くなりました。若い方(多分)と察しますが、その割りに頭が固いようですから、その辺りを自覚されてはいかがでしょうか。失礼にもほどがあります。Linz某の言い分「50歳以上のひとたち云々」によれば、櫻井よし子、渡辺昇一、西村幸祐、宮嶋茂樹、田母神俊雄、井沢元彦、中川昭一らも日本を墜落させた張本人ということになりますね。
歴史とは途切れることがない流れなのです。「50歳以上」というさ尺度が何なのかが不明ですが、Linz某の両親、親戚、などにも該当する人間はいるでしょう。Linz某とその心情的なお仲間に、とても優しく意見されておられる方がいらっしゃいましたが、たとえ日本を良くしようという目的が同じとはいえ、私は、Linz某に優しくすることはできません。独断的で固い姿勢はどこかの政党とか、マルクス主義者と似てますよ。せっかくの今の姿勢を変えることがないよう、敬意をもてる先人を探してみていただきたいと思います。

サラリーマン山田

No title
鉄砲は戦国時代の日本においては今の自動車のように最大の輸出品であり、当時外国で日本のイメージと言えば刀ではなく鉄砲だったそうです。

信長の連射のできない鉄砲の弱点を補った三段撃ちは、長篠の戦いで使われたのが初めてではなく、斉藤道三との戦いでも使われていました。ただしこの時は長篠の戦いのような集団射撃ではなく、散発的なものでしたが。
「集団射撃で弾幕を張る」という発想を考えたのは信長が初めてでしょうが、三段撃ちを考えたのは信長が初めてとは言いがたいです。実はそれよりも半世紀近く前、レオナルド・ダヴィンチが実用化はしませんでしたが、三丁の銃の尻部を回転軸で留め、撃ち終わった銃を後部へ退かせて新しい銃を撃てる体勢に持ってくる三連式の銃が十列ほど並んだ大砲のような機械を考えています。
まあ、知っていたら信長は彼の性格からして鉄砲鍛冶に同じものを造らせていたと思いますから、信長は知らなかったのでしょうけど。

-

No title
織田信長 種子島時尭 刀鍛冶
日本人は凄い  (o^-^o)ノ

mini市民

No title
ドナルド・キーンの本を読みましたが、オランダの王様の刀は日本刀だったそうです。
大変な人気だったようですネ。

今日も有難うございます。

キムチ嫌い

今日も素晴らしい記事をありがとうございます。
記事の内容と関係のない意見を出すことは失礼かと思いますが、椿様とかぐやひめ様のコメントがないと寂しいです。
同じ女性としての底力に、いつも励まされています。

やまとびと

No title
偶然にも日本刀を取り上げた記事を書いていましたが、こちらのように親切な解説は一切ないので、読ませていただいてまた勉強させていただきました。

こうした一事を取ってみても、日本という国に純粋な畏敬の念と憧憬を感じます。
それは自身が日本人であるということを超えてなお感じる、偉大なものへの崇敬であると思います。

卓ちゃん

No title
鉄砲のこともそうですが、日本人の凄さの一端が窺える事では洋式蒸気船もあります。
四国 宇和島藩の提灯屋嘉蔵(前原巧山)が造っています。少しの差で薩摩藩に日本初の称号はとられましたけど。
村田蔵六(大村益次郎)に協力して書物から造り上げてます。
職人である一介の提灯屋がです。
日本人の凄さがわかります。
世界で自国のみにて資本財が賄えることができるのは、
日本とドイツだけです。
それだけ日本・日本人のすばらしさがわかる気がします。

あ太郎

発想の転換
織田信長の三列式射撃は、なんと第一次世界大戦の半ばに戦車が登場するまで有効でした。  ナポレオンもこれを取り入れていれば、欧州を支配できたかもしれませんね。

普仏戦争のセダンの戦い、クリミア戦争のバラクラバの戦いでも、これを使っていれば戦史は変わっていたでしょう。

-

No title
>世界最大の鉄砲生産国
鉄砲の生産国というだけではなく
扱い方にも長けていたなんて全く、凄い話ですよね。

-

No title
いつも勉強させていただいています。
・・・まあ、織田軍の話は作り話の説も大きいところではありますが、1年で改良・量産するに至った日本の技術は凄い、としか言いようがない遺産ですよね。
勿論、時代背景として戦国時代、群雄割拠の時代でしたから、少しでも性能の良い物を求めるという意味では、日本にとって最良の時代にやってきた異物だったのでしょうね。
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ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず

Author:小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず
連絡先: nezu3344@gmail.com
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんのひとりごと」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「奇跡の将軍樋口季一郎」、「古事記から読み解く経営の真髄」などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。

日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
(著書)

『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』

『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦

『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
『ねずさんと語る古事記・弐〜天照大御神と須佐之男命、八俣遠呂智、大国主神』
『誰も言わない ねずさんの世界一誇れる国 日本』
最新刊
『ねずさんの奇跡の国 日本がわかる万葉集』
近日発売
『日本書紀』(タイトル未定)

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<ご参考>
古事記に学ぶ経営学
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