世界に誇る縄文文化

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縄文対弥生
縄文対弥生


2005年の夏休みの頃のことです。
国立科学博物館で「縄文対弥生ガチンコ対決」という催しものが開催されました。
上は、そのときのポスターの写真です。
実は、この写真、縄文人、弥生人に現代人が扮しているのですが、服装や装飾品、髪型に加えて、モデルの顔立ち、体型などまで、非常にしっかりとした時代考証に基づいて、写真に収まっているものです。

ひとくちに縄文時代といっても、年代的にはものすごく長い期間です。
 縄文時代草創期がいまから二万年~九千年くらいの前。
 縄文時代早期が九千年から六千年くらい前。
 縄文前期から晩期が、六千年から二千年くらい前の時代です。
縄文時代は、通して見れば一万八千年くらいの長い期間なのです。

ヨーロッパなどでは、だいたい一万年前くらまでを旧石器時代、一万年から三千年くらいまえの時代を新石器時代などと呼びます。
ですから日本の縄文時代というは、欧州やChinaにおける旧石器時代後期から新石器時代にかけて栄えた、まったく日本独自の文化の時代ということができます。

冒頭の縄文時代の女性像は、その長い縄文時代のなかで、一万二千年から五千年前の鳥浜貝塚遺跡からの出土品などをベースに復元されたものです。
鳥浜貝塚遺跡というのは、縄文のタイムカプセルとも呼ばれる遺跡です。

鳥浜貝塚遺跡は、福井県若狭町にあります。
丘陵の先端部にあり、現在の地表面より3~7メートル下に埋まっていた遺跡です。
海抜ゼロメートル以下の低湿地遺跡で、河床の下で、縄文人が湖岸から水中に捨てていた日常生活のゴミの山が、いわば密閉されていた遺跡です。
第10次までの発掘調査で出土した遺物は総数20数万点にも及びます。

第四次発掘調査(昭和47年)では、「鳥浜貝塚」のシンボルとも言える縄文時代の逸品「赤色漆塗り櫛」が発見されました。九本歯の短い飾り櫛で、実に美しい漆塗りが施されています。

赤色漆塗クシ(鳥浜貝塚遺跡)
縄文時代前期、日本最古の櫛とされている
赤色漆塗クシ


「取り上げた瞬間は真紅の櫛だったものが、5000年後の空気に触れたとたん、手の中でみるみる黒ずんだ赤色に変色していった。」という報告書の記述がありますが、発掘現場に居た者ならではのリアルな驚きと興奮が伝わってくるとともに、それだけ良好な保存状態であったことを示しています。

さらに、赤色漆を全面に塗った上から、黒色漆で模様を描いた木製の深鉢や皿、焼いた上に真っ赤なベンガラを塗って仕上げた丹彩土器など、当時の高い技術による品が数多く見つかりました。
発見された遺品の中からは、編み物も数多く見つかり、当時の衣装や風俗、生活の様子がかなり詳しく明らかにされました。
これを復元して見せてくれているのが、冒頭の国立科学博物館の写真なのです。

縄文時代というと、なにやら、髭(ひげ)もじゃらで髪(かみ)はボサボサ、鹿の毛皮をかぶって下半身丸出しの原始人の姿などを想像してしまいますが、どうやらこれは大嘘です。
こうした考え方は、「文明文化はChinaから朝鮮半島を経由して日本に渡ってきた」のだから、「日本文明は大化の改新(645年)以降に始まった」のであり、「それ以前には日本には文明はなかった」・・・すなわりChinaが親、朝鮮が兄、日本はおとんぼ、という歴史認識から生まれた、いわば政治的な創作です。

ここでもう一度、冒頭の縄文女性像に登場していただきます。

縄文女性


冒頭の写真でも明らかですが、縄文時代の被服で特徴的なのが、女性の装飾品が多いことです。
耳飾り、首輪、腕輪など、種類も多彩で、しかも彫刻付きです。
耳飾りは形も大きく、繊細な彫刻が施され、ネックは複雑に加工され、ヒスイや大珠で彩られています。
腕飾りに至っては、貝殻の裏側のパールカラーのキラキラ輝く部分を表側にした美しいものに仕上がっている。
展示品は古くてくたびれているけれど、これが新品だったら、そのまま現代社会でも立派に通用する装飾品です。

また服装は、布製で、極彩色の美しい模様が描かれています。
このデザインを復元したスタッフは、縄文人のこの服装が「そのまま原宿あたりの町を歩いても、なんら違和感がない」と述べています。
おもしろいことに、男性の装身具が腰飾りだけに限られいるのに対し、女性のそれは、実にカラフルに彩られ、種類も多く、加工も美しいです。

特定のシャーマンの女性だけが、ガチャガチャに着飾っていた、というのではありません。
出土品の数の多さからみて、10~200戸くらいの集落で、特定の、たとえばシャーマンだけががカラフルな装飾品をまとっていたとは言い難いのです。
つまり、すべての女性が、美しく着飾っていた、ということです。
女性が美しく着飾れるというのは、いいかえれば女性がとても大切にされてる社会だったということです。

しかもおもしろいことに、縄文時代の発掘品に、まったく「武器」が出土しないのです。
植物採取や狩猟のための道具はあっても、人を殺すための武器、たとえば長い柄のついたハンマーのようなものが、ありません。もちろん刀剣や槍の類もないのです。
女性たちが繊細な彫刻を施した装身具や、美しく彩色された衣類で美しく着飾り、男性たちは武器を持たない。

おそらく繊細な加工を施す彫刻品や土器などの生産は、男たちがやっていたことでしょう。
男は狩猟や採取を行うかたわら、繊細な彫刻品を作る(彫刻品の多くはいまでも男の仕事です)。
女たちは男たちが作った装飾品で、きれいに着飾り、食事や子育てを行う。

ちなみに、日本の縄文期の遺跡は、数千か所発掘されていますが、諸外国に見られるような、頭に矢じりが突き刺さっているようなもの、肋骨に槍の穂先が挟まっているような遺体は、いまだ発見されていません。
つまり縄文期の日本は、人が戦いや争いをすることなく、男女がともに働き、ともに暮らした戦いのない、平和な時代だったということができます。

日本では、そういう時代が二万年近く続いたのです。
これはすごいことです。

日本人は平和を愛する民族です。
戦いよりも和を好む。
そうした日本人の形質は、縄文時代に熟成されたものといえるかもしれません。

弥生時代にはいると、服装も土器もシンプルなものになり、刀などの武器や鎧を着た武者の人形なども出土しています。
女性たちが美しく着飾れるというのは、平和な世の中のある意味、象徴的なできごとといえるかもしれません。
なぜなら戦乱の世の中では、のんびりと凝った装身具を身にまとったり作ったりするだけの余裕がない。
ガチャガチャした女性の装身具は、敵から逃げるのには不都合です。

縄文人たちがどこから来たのかということについては、最近の遺伝子の研究で、ずいぶん明らかにされています。

Gm遺伝子の分布
(クリックすると大きくなります)
Gm遺伝子の分布


上の図をみると明らかなのですが、Gm遺伝子の中で、afb1b3遺伝子というものがあります。図の赤の遺伝子です。
これは抗マラリア遺伝子で、この遺伝子を持っているとマラリアにやられない。
戦時中、日本の将兵の多くが南方戦線でマラリアにやられましたが、現地の人がなんともないのに、日本人がずいぶんやられた背景には、こうした抗体を持つ遺伝子を持っているかどうかがファクターになっていました。

また、図をみるとab3st遺伝子(図の黄色の部分)を日本人は多く持つのに対し、朝鮮人やChineseにはそれが少ないです。
つまり、彼らは日本人とは同種ではないということです
むしろ、日本人とそっくりの遺伝子を持っているのは、バイカル湖のほとりあたりの人たちなど、中国の辺境部の人たちです。

このことが示すことはひとつしかありません。
それは、もともと中国から日本にかけて、同じDNAを持つ人々が住んでいたけれど、中国の内乱による殺し合いによって、中国や朝鮮半島の人種は、まったく異なる人達に代わってしまったということ。
そして日本や中国の辺境部には、そうした争いを嫌った人たちの遺伝子が残ったということです。

もうひとつ大切なファクターがあります。
気温の変化です。
過去35000年の気温変化をみると、一万八千年前~二万年前に極寒期があり、現在より気温が7~8℃低かったことが知られています。

過去35000年の気温変化
過去35000年の気温変化


このときの海水面は現在より120~140m低かったのだそうです。
海峡深度との比較から、北海道は宗谷海峡、間宮海峡がシベリアとかなりの期間繋がっていたし、いまある大陸棚は、おおむね海上に出ていました。

ちなみに日本の南側・・・屋久島~奄美大島間は深度千メートルあるので、繋がっていません。
津軽海峡と対馬海峡西水道(=朝鮮海峡)も、つながっていたとは言い難い。こちらは水深150Mほどなので、微妙といえば微妙なのですが、完全な陸続きとは言い難いようです。

さらに日本人と似た遺伝子を持つ人達は、地球気温の寒冷化の時代に一部の人たちはベーリング海峡を越えて、北米大陸に移住したようです。
そうです。
アメリカインデアンの先祖です。

縄文土器の伝播
縄文土器の伝播


非常におもしろいのが、長崎県の対馬越高遺跡で発掘された七千年前の土器(上図右)と、神奈川県大和市で発掘された一万二千年まえの土器です。
模様が酷似していますが、神奈川の土器の方が五千年も古いです。
要するに、日本の縄文文化はChinaから朝鮮半島を経由して入ってきたものではないということです。

その朝鮮半島では一万二千年前から七千年前にかけての遺跡が、まったく発見されていません。
これは実に不思議なことで、一万二千年前から七千年前までの五千年間、朝鮮半島からは人間が住んだ痕跡が消えているのです。
なにもない。ヒトの気配が、朝鮮半島からまるでなくなるのです。

朝鮮半島の一万二千年以上前の遺跡・・・つまり旧石器時代の遺跡なら、50ヵ所程度発見されています。七千年前以降の遺跡なら、数多く発見されています。
要するに朝鮮半島には、旧石器時代の遺跡自体の数がほどんどなく、しかも一万二千年前から七千年前までの五千年間、遺跡の空白期間がある。
そしてその期間を通じて、日本には、数多くの遺跡が発掘されています。

朝鮮半島で、遺跡がなくなる五千年間、そこでいったい何があったのかは、まさに「神のみぞ知る」こととされています。
ただ、おもうにこれは人々が火を使い、山を禿げ山にしてしまったせいなのではないかと思います。
山はきれいな水を生み、様々な生命を育みます。
その山を禿げ山にしてしまうと、山の貯水能力は失われ、そこは荒涼とした荒れ地になります。
緑がなければ人は住めないのです。

朝鮮半島でふたたび遺跡が現れる七千年前、なにが起こったのかというと、鹿児島県沖の薩摩硫黄島のあたりの鬼界カルデラ火山の大噴火が起こっています。
世にいう、アカホヤの大噴火です。

この噴火で地表に出たマグマは1兆3000億トンです。
噴出量の対数をもちいた噴火マグニチュードMで規模を表現すると8.1です。
火山灰は、遠く関東地方にまで達します。
これは日本における最大の火山爆発です。
アカホヤ噴火のあと、カルデラ破局噴火は、日本に起こってません。

その噴火で、アカホヤ火山灰と呼ばれる膨大な火山灰が遠く東北地方まで降っています。
当然、南九州の生態系は破壊され、ヒトの住めるところではなくなってしまいます。
とりわけ火山による噴煙は、多くのガラス分を含みます。
これを吸い込むと、肺や気管にガラスが刺さり、人口が激減します。
そして農地は火山灰によって破壊されます。
そしてこの頃から、西北九州を中心に新たな漁労文化の遺跡が多数出土しています。

生態系が破壊され、土地が火山灰に覆われて植物体系が破壊された中では、人々が生き残ろうとすれば、漁労に頼らざるをえない。実にわかりやすい話です。
必然的に漁業は、それまでの沿岸漁業から、大型魚(マグロ、サワラ、シイラ、サメ)を対象にした、外洋性の大規模漁業のニーズが高まります。

大型魚を釣るには当然大型の釣り針が必要です。
そしてまさにこの時代に合わせたかのように、九州西北部と朝鮮半島東南部に、5~10cmの大型の釣り針が出土しています。
同じ遺跡から、幾何学文様をもつ縄文式土器が出土していますから、これは同じ縄文文化圏の人たちの遺跡であることがわかります。
しかも土器は、模様の共通性だけでなく、土器の生地の製法にも共通性が認められます。
祭りの道具と考えられる貝殻製の面も、韓国東三洞貝塚と縄文中期の熊本県有明海沿岸でそっくりな面が出土しています。

こうしてみると、次のようなストーリーが読み取れるようになります。
1 アカホヤ火山灰の打撃の少なかった西北九州には、九州南部・中部からの避難民が押し寄せた。
2 急激な人口増加は、それまでの西北九州の果類、芋類といった植物食をベースにし、タンパク質の供給を魚に求める、補完的な小規模漁業では、食の供給を不足させた。
3 そこで、食を補うためにみんなで協力して漁業資源の獲得に乗り出し、漁のために遠く朝鮮半島にまで人々が進出した。
遺跡の出土品と年代は、そうした流れを如実に物語っています。

ちなみに、西北九州や朝鮮半島で大型の釣り針が発掘されたのと同じ時代というのは、Chinaはまだ黄河文明が始まる前です。
長江文明といわれる浙江省余姚市の河姆渡遺跡(かぼといせき)が発掘されています。
河姆渡遺跡なら、約七千年前の遺跡ですから、時代的にはほぼ同じ時期にあたります。
ここでは、大量の稲モミなどの稲作の痕跡が発見された。

Chinaが春秋戦国時代を迎えるのは、いまから三千年の昔です。秦の誕生にしてもいまから二千二百年前です。

さて、ここからはねずきちの勝手な想像です。
実は、以下の筋書きは、いまの日本ではタブーとされている説なのかもしれません。
なぜかというと、日本文化はChinaから朝鮮半島を経由して日本に来たという前提にたった議論でないと、教科書に載せてもらえない。
しかし、そういう先入観をとりはらって遺跡を見てみると、実はまったく別なストーリーが見えてきます。

すこし重複しますが、整理してみます。
まず、いまから一万八千年ほど前に、地球の気温がいまより-8度下がりました。
当然、北極や南極の氷の量が増えた。海面が低下した。
海面の高さは、いまより140Mも低くなります。

海底の深度からみて、シベリアと樺太、北海道、本州、四国、九州は、それぞれ地続きになります。
一方、琉球列島は、深度1000Mなので、海のまま。
朝鮮半島と日本の間は、深度150Mなので、微妙というか、陸続きではなかった可能性が高い。

地球気温の急速な低下で、バイカル湖付近にいた旧石器人の一部が、樺太を経由して日本に流れてきます。
このことは、Gm遺伝子の構造からみて、100%間違いない。
日本に流れてきた彼らは、土器を使う縄文文化を形成します。青森県の大平山元遺跡には16500年前の土器が出土している。

日本に住む縄文人たちの人口は、徐々に増え、二万人程度が、本州を中心に分布します。
その縄文人たちには、武器がない。
その代り、彼らは、彫刻や装飾を好み、日々工夫して美しい土器や飾りを作ります。
要するに働きものだった。
いろいろ工夫し、漆のカンザシなども作るようになった。

古来、凝った装飾品を作るのは、たいてい男性の仕事です。
そして女性たちは、その装飾品を身に付けた。

武器を持たず、労働を好み、自然の恵みと和を大切にして生活する日本人の気質は、こうした縄文人によって、形成されたとみることができようかと思います。
なにせ、縄文時代は、一万八千年前から一千年前まで一万七千年も続くのです。

争いよりも和を好む。女性や美に対して造詣が深い。そして先祖とのつながりを大切にする。
縄文人のこの気質は、日本人の気質そのものです。

一方、朝鮮半島では、いまから一万二千年前から七千年前までの五千年の間、人の姿が絶えて見えません。遺跡がない。
一万二千年以上昔の遺跡も、せいぜい50か所。日本の5000か所の100分の1です。
ともあれ、五千年の間、朝鮮半島には人が住んだ形跡がない。
それは疫病が流行ったためなのか、核爆発でも起こったのか、理由はわかりません。
とにかく人がいなくなった。

ちなみにボクは、この五千年というのは、樹木が原因だったのではないかと思っています。

どういうことかというと、木は、燃料にされます。
つまり、火をおこすのに使われる。
で、そのために木を切ると、そのあとなかなか生えてこない。
とりわけ、禿山になると、洪水の原因になって、平野部に人が住めなくなるし、いったん禿山になった山は、こんどはなかなか木が生えなくなります。

実際、日本でも、大東亜戦争のとき、戦争のため、森林の30%が喪失しています。
それは人が資源として木を伐採したということもありますし、爆撃で焼失したという側面もあった。
ともあれ、3割の森林資源を日本は失っています。
それを、昭和天皇が先頭をきって、植林を行い、そのおかげで日本の森林は、昔ながらの緑をとどめることになった。

ただ、そのとき、早く育つスギを中心に植えたため、スギが生育した昭和の終わりごろには、戦前にはなかったスギ花粉症が大流行することになりました。
要するに、樹木(森林)は、伐採したら植林しなければ木は生えてこない。

おそらく日本でも、縄文時代に庶民が一般的に使う食器として陶器が作られたということは、相当数の木が伐採されている。
日々の食事のためにも、樹木の伐採はあったでしょう。
そしてそのままでは、日本も山々は禿山になり、山が禿山になったら、山が雨水を蓄積できなくなるから、平野部は洪水に侵される。

世界中、それが原因で砂漠化しています。
たとえば、エデンの園というのは、サウジアラビアの真ん中あたりに実在したといわれていますが、緑豊かだったはずのエデンは、人類が火を使う(火=赤=リンゴ)ことによって、砂漠化し、そこはいまだに荒涼とした砂漠のままです。
つまり、朝鮮半島でも同じことがおこったのではないか。

12000年前まで半島に住んでいた人々は、火を使い、そのために半島の山々が禿山となり、平野部に洪水が起こり人が住めなくなった。
緑がないから、狩猟も採取もできない。
平野部は洪水に侵されて、農作物もできない。
つまり、人が住めなくなった。

逆に日本は、日本中に数万カ所ある縄文時代の遺跡に、それぞれ庶民の使う道具としての土器が出土していることを考えると、縄文人たちは、相当数の木を伐採しながらも、同時に植林事業をみんなで力を合わせて行っていた。
そうでなければ、いかに温帯とはいえ、木々の育つには何年もかかることを考えると、植林しなければ、砂漠化した可能性の方が高いのです。

植林を行った縄文人と、行わなかった半島人。
その違いが、もしかすると五千年の遺跡不在と、人々が豊かに暮らした日本の縄文期の違いになったのではないか。
そんなふうに思います。

さて、そんな中で、いまから七千年前に鹿児島沖で大噴火が起こります。
屋久島近くの海中で起こったアカホヤ噴火です。
この噴火で地表に出たマグマは1兆3000億トンです。
噴出量の対数をもちいた噴火マグニチュードMで規模を表現すると8.1です。
火山灰は、遠く関東地方にまで達します。

これが日本での最大の火山爆発です。
アカホヤ噴火のあと、カルデラ破局噴火は日本に起こってません。

この大噴火で、おそらく南九州の人々は、大打撃を被った。
野山は火山灰に覆われ、もはや狩猟生活は営めない。
生き残った彼らは、九州北部に流れます。

これによって、九州北部の人たちは、いきなり人口が増えた。
こうなると食料が足りません。
彼らは、食糧事情のため、近海漁業から、徐々に遠洋漁業に向かいます。
そして、遠く朝鮮半島東部(日本海側)にまで進出し、一部の人はそこに住みつくようになります。

なにせ、この時代に、同じ作りの大型の釣り針や同じ製法の土器が、九州と朝鮮半島東側(日本海側)で発掘されているのです。そして日本側の出土品の方が、すこし時代が古い。
朝鮮半島東側(日本海側)に住みついた人々は、やはりそこでも、日本の縄文文化の伝統に従い、武器を持たず、平和な暮らしを続けます。
平和は、人口の増加をもたらします。

朝鮮半島の東海岸(日本海側)に住みだした人々は、人口の増加とともに、一部が半島の西側(東シナ海側)に住み始めます。
そうして朝鮮半島では、半島の日本海側の人々が新羅族、東シナ海側の人々が百済族を名乗った。

ちょうとこの頃、Chinaは、春秋戦国時代を迎えています。
世が乱れ、戦乱が相次いだのは、史書に明らかなとおりです。

戦乱は、対人用武器を育てます。
東シナ海を漁場にする百済は、Chinaに近かった分、Chinaの武具を比較的早期に取り入れます。
武器を持つと、強くなった気になれる。
働かなくても、人から食い物を奪うことができる・・・ろくでもないことを覚えたものです。

朝鮮半島西側の百済の人は、東海岸の新羅の人々を度々襲います。
新羅の人は、もともとの日本人(縄文人)ですから、対人武器を持たない。

ニコニコしているところを襲われ、食い物や女を奪われます。
対抗するために新羅族も武装します。
百済と新羅は、この後、ずっと争いが続きますが、ついには新羅族が百済族を滅ぼしています。(しかしそれは7世紀になってからのできごとです)。

五千年近く続いた新羅族と百済族の争い。このことは、新羅の百済の、現代にいまなお続く仲の悪さとなって表れています。
武器を持った百済人は、海を経て日本にもやってきます。

ただ、当時の船ですから、人数が乗れない。
新羅は陸続きだから襲うことができたけれど、日本には船で行くから少人数です。
これでは戦いにならない。
少人数でやってきたから、せいぜい武器を自慢するくらいしか能がない。

縄文人は、新しいモノ好きです。
なんにでもすぐに興味を持つ。
縄文人は、もたらされた武器をみて、大喜びします。

そしてさらに工夫を凝らして、より使いやすいモノに改良する。
鉄砲が伝来して40年で、日本が世界最多の鉄砲所持国になったようなものです。

中にはこれに対抗するために、武術を鍛えた人々もいました。薩摩のクマソ一族などはその典型であったかもしれません。
自衛、防衛のために工夫を凝らし、絶対に負けない腕力を、みんなで協力して作り上げた。

人々が武器を持つようになったことで、縄文人の文化は一変します。

とりわけ渡来人たちは、衣装も軽衣装で、装飾品も少ない。
要するに、戦いに明け暮れる文化、社会構造のもとでは、凝りに凝った土器や装飾品を作る余裕がなくなり、衣類も逃げやすく動きやすい簡素なものが喜ばれたのです。

簡単に言ったら、武器を持ってる→強そう!→かっこいい→真似したい・・・で、服装がシンプルになり、土器もシンプルで合理的なものになった。
弥生時代の始まりです。

ちなみに、未婚の女性は、自分とすこしでも遠い遺伝子を持った男性を好むという傾向があるのだそうです。
これは遺伝子の遠い人との間で子を作った方が、優秀な子孫を残せる可能性が高い(反対に近い遺伝子を持った人が相手だと近親婚となり奇形が生まれやすい)からなのだそうです。
つまり、渡来人たちは、けっこうモテた。

いまでも、少女マンガの主人公たちは、男も女も白人顔です。
いがいと韓流ブームなどというものも、より遺伝子の遠い男性を選ぼうとする女性の本能からきているのかもしれません。

で、古代日本では、引き目かぎ鼻・・・つまり渡来人型の容姿が、高貴な美の象徴とされた。
すくなくとも絵に描かれた高貴な人は、みんな引き目かぎ鼻のキツネ顔に描かれています。
実際に美人だったかどうかは別として、要するに洋モノ(当時で言ったら渡来モノ)が、高貴とされた。

それが絵画におけるキツネ顔や、土器における弥生顔となって普及します。
時代がずっとさがって、足利時代の応仁の乱あたりになっても、高貴な武士や貴族は、引き目かぎ鼻でキツネ顔に描かれています。
反対に、火事場泥棒をしている連中は、どんぐりまなこに、四角い顔、つまり縄文顔に描かれている。

現代の漫画では、かっこいい役は、西洋顔、悪役は東洋顔に描かれる傾向がありますが、ようするに、大昔の絵画でも、実際に美人であったかどうかは別として、渡来顔が高貴、地元顔が、下品顔とし描かれた。
ただ、だからといって、キツネ顔の渡来人が政権を取ったようにいうのは間違いです。
現代社会の漫画で、かっこいい主役たちが西洋顔をしているからといって、日本の内閣が西洋人というわけではない。

弥生期にはいった日本には、Chinaの春秋戦国の血なまぐさいウワサ話や、朝鮮半島における新羅と百済の諍(いさか)いについての情報ももたらされたことでしょう。
日本人は、日本人々の生活を守るため、国を統一する必要にせまられた。
みんなで武器を持ち、みんなで国を守るという思考が生まれた。

そう考えてみると、古代の「東征」も、日本が海外からの軍圧に対抗するため、一緒に戦おうよ、一緒に武装していこうよ、という、戦いというより、一種の啓蒙活動であったようにすら思えてきます。
実際、戦いなら、相手を何人殺したとか、全滅させたとかいう話が、記紀にでてきてもよさそうなものですが、そうした話がまったくない。

おそらく、東征というのは、かっこよく完全武装した団体で隣村に行き、外国が攻めてきたらやばいから、あんたらも、仲間になって、俺たちと一緒にブソウしようぜ、みたいなかなり牧歌的なものだった可能性がある。

いろいろ書いていますが、要するになにが言いたいのかというと、約二万年にわたって、武器すら持たず、牧歌的で平和な暮らしを築いてきた日本(このことは間違いのない事実です)に、Chinaから朝鮮半島を経由してやってきたのは、実は「武器文化=人殺し文化」、すなわち「恐怖の文化」だった。

クチ裂け女の噂話じゃないけれど、恐怖というのは、それなりに強い文化的伝播力を持ちます。
女たちや生活を守らなければならないと考えた縄文人たちは、新たに武装し、弥生文化を開いた。
つまり、古来、Chinaからはいってくる文化には、ロクなものがなかったといえないか、ということです。

儒学や朱子学、陽明学、漢詩のようなものは、それなりに価値を持ったけれど、Chinaかぶれが日本に招いたのは、武器にかぶれて働かない傾き者に、盗っ人、強姦、権勢欲。
仏教はよかったけれど、乱暴者の僧兵を招いて都を移さなければならなくなったし、China事変や、満洲では、日本人がさんざひどい目に遭わされている。

朝鮮半島について言えば、Chinaから武器を輸入して、男が武器をもてあそぶようになった百済族と、古代のまま男が武器を持たないで働くことを重視して平穏な生活を望む新羅族とでは、その生き方に根本的な違いが生まれた。
最初のうちは、Chinaにかぶれて武器を持った百済が半島で勢力を持ちます。
しかし、あまりの乱暴狼藉についに怒った新羅族は、百済に戦いを挑むようになる。

一方、武器を持った百済族の一部は、日本にもやってきます。
男が鋤(すき)や鍬(くわ)よりも武器を選ぶ百済族と、やはり武器を持たない大和の縄文族。
やむなく大和縄文族も、武器をもって立ち上がった。
そして国力を増すために、全国を統一し、朝廷を建てた。

もともと働き者の大和族です。
輸入した青銅武器に工夫を凝らし、また戦い方にも工夫を凝らした。
気がつくと、熊襲族など、むちゃくちゃ強い部族が誕生した。

その後、新羅族は、Chinaかぶれの百済族を滅ぼします。
滅ぼされた百済からは、たくさんの渡来人が日本にやってきた。

まぁ、大昔のことなので、実際のところはわかりません。
ただ、思うに、「和をもって貴しとなす」という聖徳太子の教えは、そのまま古代の縄文日本から延々と伝わる日本の伝統の根幹だったのではないかと思うのです。

男が武器より労働に生き甲斐を見出すという日本的性格も、やはり日本人の縄文時代から長く続いてすでにDNAに刻まれた伝統なのかもしれません。
そして日本という国の乱れは、常に「Chinaかぶれ」があらわれることから起こる。

文化は、Chinaに始まり朝鮮半島を経由して日本に流れてきたという説があります。
トインビーの説など、その典型です。

しかし、なるほど武器や仏教伝来に関しては、そういうことがいえるかもしれないけれど、すくなくとも遺跡を見る限り、Chinaよりも日本の文明開化の方がはるかに速い。
朝鮮半島など、約五千年の空白時代すらあるのです。

日本には、男性が武器を持たず、女性たちが美しく着飾り、和をもって貴しとする人々の和の文化がもともとあり、そうした大和人のDNAは、現代にまでしっかりと受け継がれている。

Chinaや朝鮮から伝播したのは、人殺しのための武器と、争いごと、盗っ人や強姦魔など、これまた、いまも昔もなんらかわらない。

以上の日本文化発祥説ともいうべきものは、ねずきちの勝手な想像です。ただし根拠はあります。
文明東進説(Chinaに起こった文明が半島を経由して日本にもたらされたとする説)を、いったん白紙にしてみると、むしろ文明西進説(日本に起こった文明が、半島やChinaに伝播して古代文明が花開いた)で説明した方が、はるかに合理的な説明がつく。

ただ、いいたいのは、日本は、一国一文明の国であり、縄文の昔(ヨーロッパでいったら旧石器時代の昔)から、男が武器より、もっぱら加工や工作、あるいは労働を重視し、女性たちが美しく着飾り、のびのびと安心して生きれる文化と生活があった、といえようかと思います。

古代も、中世も、昔も、現在も、日本は平和で高い文化意識を持った民なのです。
そんな日本を、私たちの世代で壊してしまうということだけは、絶対にしてはならないことだと、ねずきちは強く思うのです。

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姫神: 縄文海流~風の縄文Ⅲ
三内丸山遺跡 (青森県)、 積丹半島 (北海道)。縄文語とは縄文時代に使われていたであろう言葉を指します。文字を持たなかったため確定ではありませんが、崎山教授の学説によると縄文人の言葉は北方と南方から伝わった言語が混合して形づくら れ、詳細な検証と現存する古語の記録を参考に推測されています。縄文人は自然と一体になって生活していたと思われます。


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コメント

M

No title
すばらしい記事ですね。
楽しかったのもありますが、肩の荷が下りたような気分になりました。
この競争ばかりの陰惨な世の中がどうにも生きづらいと感じていたのですが、
もともと一万年以上も縄文人が平和に生きていたと聞いて、
そのような生き方が本来的なのだと思えるようになりました。

また縄文時代のようにひとびとが平和に生きられるようになればいいですね。

マジカルアイ

縄文文化万歳!
とても面白い説ですね。縄文時代から日本人は武器を持たない平和主義者であり、装飾品の加工技術も優れており、とても高度な文明があったことは間違いないと思います。同じ日本人として、遠い先祖の方々を誇りに思います。

aaa

No title
阿蘇の爆発が日本最大の爆発ではないでしょうかね?

あと,縄文時代にはすでに稲作が始まっていましたしね。
これはプラントオパールで実証済みです。

shinen

素敵な色彩ですね
いつも、知らない世界を教えていただいてありがとうございます。縄文時代は教科書では2ページほどしかなかったような気がします。この衣装は本当に素敵で、日本人が古来から持っている感性に感動しました。

unimaro

No title
良いエントリを有難うございました!

名津

漫画描いてるのでレスせずにはおれないんですが、かならずしも漫画の善玉・美男美女は西洋風ではありません(笑)
アニメなどは画面やキャラ立ちのために目や髪の色が黒だけでなく色んな色で塗られ目の中身を細かく描写して生き生きとさせるためか面積広めに描きますが、西洋人を念頭に入れてるわけではないです。
ここの部分、外国のアニメ・漫画ファンで日本のキャラは白人ばかりだと髪と目の色が黒や茶でないというだけで思い込む人がいるのですが
アニメや漫画のキャラは作者の絵柄にも左右されますがそもそも漫画絵は実際の人間からかけはなれており、古今東西の良いところ取りの造形だったりします。
彫りも深すぎないように、かつ華やかになるように描かれているのです。

あと、韓流スターの人気に触れてますが、正直彼らはイケメンに見えるのかというとかなり微妙です。

縄文人

すべては唯識である。
太字の文 一切皆空であり、あると思っているだけでそれは例え捉えたとしてもある刹那のものでしょう。捉えたとするものもその人の捉えたものであり、コトバで捉えたものに過ぎない。生まれた時から視覚がない人が象の部分に触って象をコトバで自分なりに想像するのと変わりがない。
 縄文時代の人間も今の人間も変わらない点もあり変わった点もあるだろう。それは自分の感じであって必ずしも正しいとして決めこんではならないのでは?
 私も日教組組合員でしたが世界の教組の中でずば抜けて素晴らしいことをしたと思っています。教育研究集会を続けたことです。小学一年生にどうやってかなもじを教えるとどの子もしっかりおぼえたか、数学をどういう順序で三ケタ±三ケタを教えると誰でも間違いを少なくなるかの具体的な実践発表しあったのです。外国でも教師が研究サークルやNPOでやったでしょうが、日本の教員組合は組織的に大学の専門研究者といっしょに研究しあったたのです。だから高校や高専の教員ではなく小学生の担任教師で生きがいを感じたのです。実は日教組主流派からはいじめられっぱなしでした。日教組を悪者にする石原や橋下の政治やが敵視する日教組観の浅い人間観にはあきれます。地域を地方といい、先住民を蛮民とか土人とか呼んで、撫育を教育と考える中央主義、エリート主義、自己チュー主義こそ3・11で目覚めてもらいたいものです。原発を誘致したのは福島県浜通りの多数派・常識派でした。原爆アレルギーを馬鹿にし東北に押し付けたのは誰ですか?がんばれ!東北、というが無知で欲張りな多数派には何をがんばれ!というのですか?くたばれ!東京、というのと同じ感じがします。
 利他の心こそ広がるべきです。人は誰でも食わなければ餓死するのです。国民の餓死をなくすることこそ政治なのではないですか?我欲の政治家との絆をもつ無知と無慈悲の多数の常識が諸悪の根源ではないですか。
 3・11の原発の人災で小学生が問うています。「僕のお父さんは東電の社員です」で、東電だけでなくみんなが悪いのでは?つまり被害者も避難者も含めてだれもが加害者でないかというのです。あなたは何を反省していますか?

-

No title
>古代の「東征」も、日本が海外からの軍圧に対抗するため、一緒に戦おうよ、一緒に武装していこうよ、という、戦いというより、一種の啓蒙活動であったようにすら思えてきます。
>実際、戦いなら、相手を何人殺したとか、全滅させたとかいう話が、記紀にでてきてもよさそうなものですが、そうした話がまったくない。

この部分の記述に関してはちょっと違うと思います。
日本を誇りに思う事は大切ですが、歴史は美化するのではなく、正しく認識されるべきです。

下記のサイトに載っているように、私は不比等が日本国の基礎を築くにあたって不要な部分を隠蔽したのだと考えています。
当時、漢文を読めるのは一部の上流階級に限られていましたから、天皇の正当性を高めるために、血なまぐさい東征の記述は残さなかった可能性があります。
神話でも東征で皇子が命を落としたとありますので決して放牧的な物ではなかったはずです。
明夜航記 http://yumiki.cocolog-nifty.com/nautica/

日本国は日本人のために

No title
そうですよね、縄文の火炎土器は魂を熱くしてくれますもんね。 半島・大陸は、我々の日本列島に「殺し」や「辱め」を持ち込んだが、それでも良い物は「発展」させ、世界に互して近代化を遂げ、欧米の唯我独尊を終わらせた。

松倉

No title
2010/02/25(木) 22:32の名無しさんの書き込みについて

示されたリンクを辿って読んでみたところ、国際学会の「最新見解」の一つではありますが、あくまで仮説なので鵜呑みにせず検討してみる必要があります。
出アフリカから詳細なデータを基にしているようですが、日本列島(樺太も)・南シベリアの人の移動については過去の研究の古いデータ(当然だが上記の地域で現在進行形でどんどん発見あるいは再調査されている遺跡や人骨の最新データを取り込んでいない)を引用して、そのまま当てはめています。
参考のまとめblogでも意見が対立していますし、今後の研究の進展に期待ですね。

おこま

もしかして
ご他聞にもれず自虐歴史を真に受け、日本はアジア諸国を侵略していたと思っていました。大地震で、目が覚めました。初めて祖国を思い、祖国のために祈りました。
そして神道を勉強し始め、日本はなんと素晴らしい国だったのかと知り学ぶたびわくわくしています。
日本は日出る国、であり、ヒ(霊)出る国なのだそうですね。ということは日本が人類の起源であり、従ってシベリアから人が渡ってきた、のではなく、日本からシベリアへ渡ったのではないか、そんな仮説も立てられるかもしれませんね。 日本に生まれて誇りに思う。これからの人生、今までのご先祖さまへのお詫びの意味をこめ正しい日本人として生きていきたい。

kuni

感動しました
これは、本当に出版してほしい!!!
日本には、誇りある出版社はないのか??
ねずきちさん、本当に有難う。

たまちゅう

No title
在日の横暴によるマスコミの腐敗、中共の日本堕落化&乗っ取り画策等、遅まきながらここ数年で気づかされ、こんなやつらに我がDNAを踏みにじられてなるものか!と憤慨すること多い毎日でした。ただ、われわれはあの大陸から来たのか・・・と思うと拳の振り下ろし先が無かったのですが、塗り替えられていたのは戦後史だけではなかったのですね!!この説を呼んで涙が出ました。日本人ですもの、ねずきちさんのブログを教科書として新たに学びなおします。

百瀬

ももちゃん
今朝の信州は寒い。北アルプス・槍ヶ岳などが美しい朝です。縄文人は何処から来たか、貴方の説に出会って私の考えとツナがった。日本人は朝鮮や中国から来た渡来人ではない。そして鹿児島大噴火で日本から朝鮮や中国に日本人が渡来して行った自然状況が納得です。そして朝鮮に人がすまなかった5000年間は多分寒くて住めなかったことも原因でしょう。ただその5000年の間の紀元前4000年頃には信州では製鉄が始まっていたというのが私の研究で、主張です。詳細は<御柱祭・火と鉄と神と・彩流社>をお読み下さい。そんなバカなとバカにされていますが、純度の低い自然界の中にある鉄分は500℃位で熔解し始めます。さらに縄文土器は800℃位で焼成します。このことだけ考えても製鉄のルーツが始まっていたといえます。そして日本縄文製鉄文化は縄文時代に製鉄だけでなく、銅鐸文化のルーツでもあります。<御柱祭・・>お読みいただいてご感想お聞きしたいですね。

いづのめ

GWに吉野ヶ里に行って
はじめまして
GWに吉野ヶ里に行き、環濠に城壁のような木の柵があった遺構はあるのか確認したら、「木の柵は出ていない・想像で」だそうです。

米作りだって自然に感謝し水利を考えなければ出来ないことであり、弥生時代になって争いが起こってきたという説は疑問です。
縄文時代でも、誰かがとってきて備蓄しているものを奪ったほうが楽ですし。
それと縄文人も弥生人も長い年月で食べ物が変わった事による骨格の変化と人種の混合があるだけで、同じ民族には変わりないと思います。

侍ジャパン

自国の文化を誇りに思います
 自分も若いときはずっと縄文人イコール原始人のイメージでした
まったく違う事実を知ってうれしくなりましたね!
やはり自国の文化を誇りに思うのは大事なことです・・・
日本中に戦後敷き詰められた、左翼思考と反日思考。
ここから脱却するのは生易しいことではないでしょうが
地道な活動からしか人は変わらないので、ねずきちさんの
こちらのサイトは利用させていただき、勉強させていただきます。 多少の歴史的間違いや行き違いも時にあるかと思いますがねずきちさんは歴史学者ではありませんし、また自分でもおっしゃられているように自分の仮説です、とおっしゃってますから
むしろそこから日本人としてどう行動すべきかを汲み取りたいと
思います^^

新しい縄文時代が見えました
最近ねずきちさんのブログを知り、少しずつバックナンバーも楽しみに読まさせて頂いています。
私も縄文人は原始人のイメージだったのですが、目を見開かされました。たぶん、ねずきちさんの描かれている通りだったんだと思います。そんな縄文時代の映画、ドラマがあってもいいですね。

どりあん

なんとなく納得!
好戦的と言われていた日本人が、実は穏やかな民族であることをあなたのHPで知りました。
しかし、「では、いったい何故なんだろう?」と言う疑問が以前から残っていました。
今日、過去のページを見ていたら面白そうだったのでなんとなくこのページを見ていたところ、その答えを見つけることが出来ました。

大変ためになるブログです。
いつも妻と一緒に見ています。
今後も是非頑張ってお続けください。

くろくま

ありがとう
ただただ、おもしろく、わかりやすく、興味深く読ませていただきました。縄文人の心大切にしたいですね。

隠れ念仏

(^_^;)
バイカル湖からシベリアを越えてカラフト・カムチャッカから北海道・本州へ南下する流れと、スンダランドから台湾、沖縄、九州へと北上する流れがありますね。
北が山幸彦、南が海幸彦でしょうか?
神話、今だ終わらずですね。
陛下の国の人達だもの。
当然と言えば当然。

-

No title
日本の歴史、世界の歴史
学生の頃に混ぜ合わせることができず疑問に思っていた箇所です。
縄文土器が世界的にも古く芸術的にも優れていることも伺いました。
勉強になりました。
ただ、環境的なことや食料的なことを考えて日本からバイカルに
北上して行ったほうが考えやすいと思えます。

らい

今年初めの、朝鮮と日本2000でしたっけ、見ました。古墳から出土した金冠がそっくりで、朝鮮から伝わっただとかあったけど、冠に付いてるヒスイのまがたまには、会話中誰も不自然に触れない(笑)百済が日本側だった説とかも全く無し。あれは韓国の独善的見解の歴史をそのまま犬HKで垂れ流して、日本に押し付けてるだけですよね。番組名に、韓国研究による~とかつけて欲しい。日本の学会じゃ主流じゃないのに、何も知らない子供達にはとてもじゃないけど見せたくないものです。

-

No title
今日もとても素敵な日本の歴史紹介ありがとうございました。とても魂の底から、喜びを感じます。ETV特集「日韓交流2000年」番組観ていて、はなはだしく嫌悪感を感じました。理論や理屈ではなく心に響く物には、大きな深い喜びを覚えます。「本当の日本史」「もうひとつの日本史」など
出版本なりますこと願う一人です。

PPG

『日本人に謝りたい』(モルデカイ・モーゼ著)【訂正】
 いやぁ、驚きました。あれだけ読み返して確認したのにまだ誤字脱字があるとは情けない。

【誤】
マルキズム

【正】
マルキシズム

ジャギ様

土器は日本から世界に伝播した
 縄文人のことはよくわからないです。
 確かなことは、シャコ貝や椰子殻の調理器を除けば、世界で一番早く家族鍋を楽しんだ社会ではないかということです。
 土器という人口物で煮沸した産湯を使い、夏は水瓶の冷たい水で涼をとり、保存性とげっ歯類から食物を守れる万能アイテム土器製造は、人類の生存率を劇的に高めたことは間違いありません。
 土器を作るというソリューションは以前も書いたように、複数の文化伝播者の力により日本から世界中に拡散したことも、いずれ世界のアカデミズムが認めることになるでしょう。
 おそらく最初は、小さな火山口に子供たちが度胸試しで色々なものを投げ入れ、翌日冷えた火口から取り出した粘土が別物に変性したことの「気づき」が発端だと考えられますが。(はじめから野焼きでは土器は出来ません。)
 縄文土器は現在、我々の身近な生活用品、鋳物、焼物、塑性物、セラミックスの起源といっても過言ではありません。
 土器製造技術の伝播が無ければ金属器を作ることが、可能かどうかを想像してみてください。(おそらく無理でしょう。)
 中国でも古い土器の出土は報告されますが、発掘量、バリエーションともに日本の足元にも及びません。
 オーパーツもどきの単品出土は技術が断絶したことを意味し、後世になんら影響を及ぼしていないことを証明しています。

PPG

『日本人に謝りたい』(モルデカイ・モーゼ著)【補足】
【ねずきちのひとりごと】
『白旗の少女』
(2010/02/18 00:40)

《コメント》
[一億総アナーキスト(1)]
(02/18 19:28 By:真正保守)

 上記コメントの内容は先のコメントを補って余りある。

椿

No title


>雑音には一切反応厳禁!<

あなた、独裁者ですか?どうして色んな意見があってはいけないのですか?ちょっと理解できません!!

それに、初めてみる投稿者の方だと思いますが・・・。それとも、誰かが、成り済ましているんですか?


0428

「行為」「言葉」「文字」
我々が考える歴史、日本史とは、文字としての「魏志倭人伝」(3世紀)、「古事記」「日本書紀」(8世紀)に基づきます。
しかし、「文字」の前から「言葉」で生活をしていたはずですし、「言葉」の前から「行為」はあったはず。
『歴史はその背後にあるものの影でしかない、ということを意識する必要のために、いっそうの探求を求められているのが縄文時代だといってよいであろう』
これはTEXASさんご指摘の、西尾幹二氏の言葉です。
これを解りやすく後世に伝える役割が、この「ねずきちのひとりごと」だと、私は思います。

雑音には一切反応厳禁!

Q9FC

No title
スケールが大きいのに、連綿と合理的に繋がっている、素晴らしい内容です。悠久とも言える、気が遠くなるほどの年月を紡いで来てくれた我々の祖先に感謝の言葉もありません。日本人の先祖の事績の偉大さ重さは計り知れません。これからも、我々が継続していくべきと強く感じます。

新しい発見が、さらに日本の豊かさを証明し続けることと確信させてくれました。ありがとうございました。

日本列島にも悪事が発生し内乱も起きたことが示されており、決して日本を持ち上げるだけの記事で無いことは明らかです。
物事の本質・根幹から視線を逸らそうとして、根拠も示さず必死でネガティブなイメージを植え付けようとするコメント者は哀れです。半島と列島とのつながりから日本の歴史をスタートさせたい心性は、正しい歴史認識からほど遠く、醜いものにしかなりません。

PPG(真正保守)

『日本人に謝りたい』(モルデカイ・モーゼ著)
【ねずきちのひとりごと】
『いくつかの主張』
(2010/02/15)

《コメント》
[「リチャード・スルー・ブログ」について]
(02/15 22:53 By 真正保守=PPG)

 ここで紹介した書籍
『日本人に謝りたい』
(モルデカイ・モーゼ著/久保田政男訳、日新報道/1979年出版、1999年復刊)
 は、戦後日本の病理を理解するための必読書である。
 また、ユダヤのニューディール派が何故マルキズムを考え出し、君主制倒壊(日本で言えば天皇制)や階級闘争、家族制度破壊を推進したのか?
 さらにまた、日本にいる反日左翼を誰が醸成したのか?
 を知る上でも読んでおいて損はない。
 この本では触れていないが、ニューディーラー(ユダヤ勢力)がしてきたことは、日本にいる「マイノリティや敵対的民族で構成される反日左翼」を理解する上でも非常に参考になるかと思う。
 以下に非常に興味深い一文を紹介しよう。

【ゲッペルスは戦後日本の予言者だったのか】
 ドイツのゲッペルス宣伝相は、ドイツ国民に与える警告として次のような内容の文書を一九三四年に公布している。
 それは、非常に強大な超国家的勢力が、文明の破壊にもつながる心理戦、神経戦を挑んできている。これに対してドイツ国民は十分警戒しなければならない。この心理戦、神経戦の目的とするところは、人間の純度を落とすことにより現存する国家を内部からむしばんで行こうとするものである。
 ゲッペルス宣伝相が挙げたこの超国家的勢力の狙いとする心理戦、神経戦とは次の如き大要である。
「人間獣化計画」
 愛国心の消滅、悪平等主義、拝金主義、自由の過度の追求、道徳軽視、3S政策事なかれ主義(Sports Sex Screen)、無気力・無信念、義理人情抹殺、俗史属僚横行、否定消極主義、自然主義、刹那主義、尖端主義、国粋主義、享楽主義、恋愛至上主義、家族制度破壊、民族的歴史観否定
 以上の十九項目をつぶさに検討してみた場合、戦後の日本の病巣といわれるものにあてはまらないものがただの一つでもあるだろうか。否、何一つないのを発見されて驚かれるであろう。ゲッペルス宣伝相は、戦後の日本に対する予言者だったのであろうか。

(以上)

 このあとに、非常に重大な指摘が書かれているのだが、今回は紹介がメインなので割愛する。
 最後に、この引用部分を読んで、民主党政権の政策が思い浮かばない人はいないだろう。

-

No title
普段は見てるだけなのですが、致命的な勘違いをしてるようなので書き込みます。
縄文人は北方系ではなく南方系です。

以下引用文のC3は北方系のY遺伝子のことね。

日本語の文献では、C3が、日本列島一番乗り!でも、英語の国際文献では違うよ。
インドネシアから来た貝紋人と縄文人が北方勢力を押さえて、日本列島一番乗り!
しかも日本の貝紋人は、日本列島~ベーリング棚~北米~南米、一番乗りの偉業!
シベリアC3は、日本の貝紋人の後から北米に入ったものの、南米まで、よう行かなんだショボ。
縄文人は、大陸から来たのではなく、インドネシアのスマトラから北上、
日本列島~沿海州~モンゴル~チベットへ移動。途中、混血しながら通過したので
いわゆるSOV文法の、昔「アルタイ語圏」と言われた言語を北方アジアに残した。
これが国際学会での最新見解。以下は、National Geographic のサイト。
ページが出たら、スクロールバーを真ん中へんまで下げてみ。脱アフリカ後の
貝紋人と縄文人の、日本への到達マップが図にして有る。
http://www.crystalinks.com/migrationhuman.html

引用終わり。
以下の文章を見ると疑問がすっきりすると思う。

異父兄弟である日本人と韓国人
http://kuroneko.blogdns.net/HP/aicient-Japanese/Japan-Koria.htm

日本人どこから来たんだ?7(前編)
http://taatanniji.blog99.fc2.com/blog-entry-13.html

右向き太郎

気付けよ!


アノねー、売国奴ってのは最初は特に必ず日本史を振りかざして高飛車に言って来るつーのっ!

こん位分かれよっ!
ここの糞馬鹿どもっ!!!!!


椿

侵略者から『平和な国を守る』には、どうするの?


美しく着飾った女性達、武器でなく芸術品を作る職人の男性達、季節は麗しく、食物は豊富で、平和な国・・・、そしてその平和な国を“侵略者”から守るには、皆さんは、『具体的』にどうすれば良いと思ってらっしゃる?

神に祈っていれば宜しいのでしょうか侵略者と対話すれば宜しいのでしょうかお金を渡せばいいのでしょうか

はて???具体案が無いのが、とても残念に思いますが・・・。



ねえさん

ねずきちさん
いいお話です
勉強になりました
私は縄文人ですね~四角い顔だし…
そして髪型も


ぃえんどぅ

なるほど
非常に興味深い話ですね、面白いです。
遺伝子、気象、火山の噴火、そして遺跡と、科学的な証拠から考えれば明らかに「文化西進説」の方が説得力があります。

bingo

No title
なんだか、わけのわからないゴミが、ここでもすぐ湧くよううですね。せっかくの歴史が勉強できるサイトなのに。

JPN

No title
右向き太郎

質問 1
リチャード・コシミズは、何番ですか ?
1. 愛国者 2.売国奴 3.工作員

質問 2
その理由は、何ですか
( )

でん

No title
日本人は宇宙人が遺伝子操作で・・・・

bingo

No title
>「和をもって尊しとなす」という聖徳太子の教えは、そのまま古代の縄文日本から延々と伝わる日本の伝統の根幹だったのではないかと思うのです。

まったくそうだと思います。しかし、戦国武将は、必ずしもそうでなかったし、幕末の維新、戊辰戦争で戦った人々、大東亜戦争で命を絶たれた人々は、その思いがあったにも係わらず、その通りの崇高な武士道とも言うべき価値観が世界に全面的に通用したかどうかの現実面も考える必要があります。また、明治天皇が発布された軍人勅諭の内容にも、そのようなことは書かれていません。「武」を軽んじ、「文」を重んじるは、烏合の衆と書かれています。

戦後、日本の腰ぬけとも言うべき平和ボケは、日本国の滅亡を招く可能性があることも考慮すべきことです。事象は、すべて相手あっての現象です。田母神前航空幕僚長のお考えも、決して、座して死を待つような国防のあり方ではないはずです。シナ、朝鮮、あるいは米国に、日本の伝統的価値観が通用すると言う前提を取り下げるべきです。さもないと本当に、日本国の滅亡です。

敗戦国になると、いかなる崇高なことを言っても、無駄で」空しいのです。それを本当に感じたのは、白洲次郎かも知れません。

imozaru

お茶会で広めます
毎度、毎度すばらしい発見。ありがとうございます。今回は特に秀逸。本当の歴史はいずれ多くの人が知ることとなります。

コイワイ

ホツマツタヱによると
池田満氏のホツマツタヱ研究のブログやびーちぇの「ヲシテのクニ」が少しずつ、心ある人に知られてゆくのは嬉しいことです。わたくしも全くの素人ですが。
びーちぇの「ヲシテのクニ」に皇統をつなげた人「トヨケカミ」その2改訂版によると第6代アマカミ「オモタル」さんの時代(稲作が日本に普及した頃)、気候変動による農作物の減収や貧富の差等により国内に初めて不穏な空気が流れ、盗み、略奪などが横行し世の中が乱れたと記されている。
それを取り締まるために「ホコ」後に「ツルギ」が作られ、罪人の刑の執行も行われました、と書いてあります。
http://julian.way-nifty.com/woshite/2009/08/post-f23b.html
つまり、それまでは人々は争いもなく平和に暮らしていたことが文献からも証明されていると言うことです。

そして、伝統 その1 「古代の治世」 改訂版では、2世代目アマカミ「クニサツチ」の時代は世界の各方面にまでも、文化を伝え技術指導をするため皇子たちが派遣されたと。その中に、大陸に渡っていったとされる「カのミコト・カのクニサッチ」がいるのですが、考古学・地理学からの仮説も成り立つように思いますので、そのうちにご紹介したいと思っています、と書いています。
http://julian.way-nifty.com/woshite/2009/08/post-0687.html
日本文明は固有に育った文明であり、大陸よりも古くからあった可能性が示されています。
知れば知るほど、日本という国は良い国なのだと実感します。
祖先に感謝です。
そして、この国を守り続けてゆくことが祖先に対する恩返しであり、子孫に対する責任だと思います。

右向き太郎

御丁寧に御返事どうも

正確な日本史を伝えたから、述べたからと言って愛国者だとは限らないのです。

シミズケイハチロウなんて典型的な例です。分かりやすい位です。
ねずきちもだけど・・・

収入源も含め統一協会関係者です。


騙され無いで下さい。


JPN

No title
>右向き太郎
>ねずきちって売国奴じゃね?

皆様に「そんな事は百も承知」と言われそうですが..
ねずきちさんは愛国者だと思います

JPN

No title
日本人の敵はパチンコ
パチンコ警察官 パチンコ議員 パチンコマスコミ
http://www.nicovideo.jp/watch/sm9819448

パチンコ換金禁止法が必要です !!

右向き太郎

ねずきちって逆賊?

ねずきちのブログ読んでて思うんだけど、ねずきちって売国奴じゃね?

兵庫パパ厳勝

No title
いやー、すごく面白かった。
縄文文化の素晴らしさがよくわかりました。
平和を愛し労働を尊ぶ日本人に生まれたことを
誇りに思います。
ありがとうございました。

人参

縄文文字(ヲシテ文字)重複しますが・・
池田満氏によると、漢字表記された古事記、日本書紀は少し本来の世界観と違うようです。
秀真伝、古史古伝は偽書だそうです。
日本人の精神の核は縄文時代にありそうですね。
中国、朝鮮は反日感情歴史教育が中心ですし、歴史も、争いが多すぎてか途切れ途切れで日本と比べれば壊れていると思います。
外国かぶれは日本にとっては歴史が長いのかな?
不安に思うのは、知らぬ間に全ての時代に反日日本史が埋め込まれてはいないか、という点です。

愛信

外国人参政権法案の今国会提出見送り
外国人参政権法案の今国会提出見送り

政府・与党は24日、永住外国人に地方選挙権を付与する法案に
ついて、今国会への提出を見送る方向で調整に入った。
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/politics/217417.html

マスコミ隠蔽の壁を突き破る、この国を思う人々の心の叫びが
届きました。
祝!大勝利。

【マスコミ隠蔽の掲示板】
http://www.aixin.jp/axbbs/kzsj/kzsj4.cgi
【マスコミ隠蔽のタイトル一覧】はこちらをクリックして下さい。

日本男児

No title
【チャイナリスク】
中国合弁会社幹部が体験した出国停止事件
http://www.nicovideo.jp/watch/sm9808855
平成22年2月22日
チャンネル桜 

ゲスト
三橋貴明(経済評論家/作家)
中国合弁会社取締役
中国合弁会社元取締役

イサム

東征について
東征についてですが・・・ねずきちさんのご想像のような牧歌的なものではなく、ある意味、軍事的にも経済的にも緊迫したものだったのではないでしょうか。もちろん単なる征服欲か何かで大和地方へ攻めたとは、どうも思えないです。
なぜなら、この「東征」の成功の結果をみますと、全瀬戸内地方における大きな経済圏を築いただけではなく、明らかに外敵の侵入を警戒した高地性集落が、瀬戸内から大阪湾岸に多く発掘されています。

この集落は九州北部には無い。
ということは、九州北部には別の敵対勢力があって、その勢力とは別の経済圏を作って対抗しつつ、その勢力が瀬戸内にまで攻めてくることを防ごうとした形跡の可能性が高いと想像できます。

縄文~弥生の発掘遺跡は、まだ最近でもどんどん出てていますから、もっと明らかになることもあると思います。
遺伝子についてもGm遺伝子だけではなく、他の遺伝子についての研究も期待しています。
いろいろ面白いですね。

愛信

【政論】子供の視点欠如した別姓論議 3分の2が違和感
【政論】子供の視点欠如した別姓論議 3分の2が違和感
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/100224/plc1002242320017-n1.htm

また、夫婦別姓の背景には、連合国軍総司令部(GHQ)が日本
弱体化を狙って進めた「家制度」破壊の残滓(ざんし)が見てとれ
る。「フェミニストたちが、結婚制度を破壊するために始めた運動だ」
(米ヘリテージ財団研究員)との指摘もある。

【人権擁護法案反対の掲示板】
http://www.aixin.jp/axbbs/kzsj/kzsj5.cgi
【人権擁護法案反対タイトル一覧】はこちらをクリックして下さい。

渋柿

初めて書き込みさせて貰います
感動したり、考えさえられたり、教えて頂き楽しく読させて頂くのが日課(?)の私です。
今日の”世界に誇る縄文文化”について残念なのは「縄文文字」に触れられていないので書き込み致します。

びーちぇの「ヲシテのクニ」http://julian.way-nifty.com/woshite/
と言うサイトに最近偶然にたどり着き縄文文字の美しさ不思議さにひかれているところです。

縄文文字手習い長 http://julian.way-nifty.com/nwk_woshite/2006/04/post_2fcb.html

ねずきち様に「そんな事は百も承知」と言われそうですが、僭越ながら書き込みしてしまいました。
頑張っている人に「頑張れ!」とは言い難いですが、これからも良いお話をお伝え下さい。

アワのうた
目から鱗の記事ですがことごとく納得です。朝鮮の空白の五千年、これは興味津々です。地殻変動か何かあったのでしょうか奥が深い話です。ねずきちさんの書かれる記事は実に感動します。あわのうた等もありましたらよろしくお願いします。

イサム

南からの海洋民との出会い
鹿児島県の栫ノ原遺跡には
世界最古の丸木舟制作工具が発掘されています。約1万2000年前のものです。

最終氷期が終わり紀元前12000年頃から紀元前4000年にかけて海水面の上昇にともなって水没したスンダランド(タイ湾~南シナ海)あたりから、丸木舟で黒潮に乗って北上してきた人々が、沖縄のみならず九州南部にも到達していたと考えられます。

アカホヤ火山灰の土地被害による、漁労の遠洋化ももちろん考えられますが、外洋漁労の技術をもたらしたのは、スンダランドから黒潮で押し寄せた海洋民の影響があるはずです。

大陸の北方由来の遺伝子を持ち縄文文化を担った人々と、南洋からの海洋文化をもらたした人々がこの時期に日本列島で出合ったのであろうと思います。

日向に降臨したとされる天孫の血筋である神武天皇は、海洋民の血を引いていたと考えられます。
宇佐を本拠として大和へ向った際の守護神である八幡神は海の神でもあります。

あ太郎

日本史
日本史をどこから書き始めるか、つまり初期縄文時代からか、あるいは神武東征からか・・・・。

日本人の精神性が形作られた初期縄文時代からふさわしいのかな。 

糸魚川周辺から、翡翠が出土しているがすでに原始貨幣経済が成立していたのかもしれないね。

八潮

かちぢさんへ
あなたの言ってるのと、ねずさんの言ってるの、時代が違うんじゃね?
本文読めばわかるけど、ねずさんの言ってるのは4~7千年前の話でしょ?
それにたいしてかちぢさんのいう新羅と百済の対立の時代は2~3千年前。
同列に論じるには無理があると思うけど?

日本男児

No title
【国際】国際紙「カンガルー300万頭撃ち殺す豪州に反捕鯨の資格あるか」

 24日付の国際紙、インターナショナル・ヘラルド・トリビューンは、オーストラリアのラッド首相が、調査捕鯨をやめなければ日本を国際司法裁判所に提訴すると発言したことを、反捕鯨諸国の偽善性を指摘しながら異例の厳しさで非難したフィリップ・バウリング氏のコラムを掲載した。

 氏は、道徳的優位性をにじませたラッド発言の調子が、アジアの近隣諸国に今もくすぶる西欧植民地主義への嫌悪を呼び覚まし、日本よりも豪州のイメージを傷つけるだろうと分析。

 豪州の反捕鯨運動を、科学的ではなく感情的な「十字軍」だとし、「日本の捕鯨船を悩ましている豪州、ニュージーランド人活動家らに与えられた英雄的地位にも、それがみられる」との表現でシー・シェパードの活動も切って捨てた。

 その上で、ノルウェーが国際捕鯨委員会(IWC)の規制を拒否、アイスランドがいったんは脱退し、カナダは脱退後、復帰していないのに対し、日本は少なくともIWCに属していると日本にも理解を示し、ラッド発言は捕鯨諸国にIWCに協力する気をなくさせるものだとやり込めた。

 さらに、「鯨に銛(もり)を打ち込むことは、牛や羊の肉を常食としている者の間にさえ感情をかき立てるのかもしれないが、豪州は、作物や牧草を守るため年間300万頭余の野生のカンガルーを撃っているときに、苦情を言える立場にはほとんどない」と、反捕鯨国の偽善性にまで踏み込んだ。

 西洋人が東洋での犬肉消費にゾッとするのは感情からで理性ゆえではなく、鯨肉を、一部欧州国の食卓に乗る馬肉と違う扱いにする道理はないとも断じた。

 そして、「豪州が選別的感情の問題をアジアの主要同盟国との外交対立にまでしたのは愚劣以外の何物でもない」と結んでいる。

ttp://sankei.jp.msn.com/world/asia/100224/asi1002241719003-n1.htm

クジラの次はマグロ、マグロの次もまたなにか考えているだろう..
オーストラリアは牛.豚.鶏.犬.カンガルーの虐殺には沈黙 ?
アボリジニを虐殺し,カンガルーを虐殺し,でも反捕鯨のオーストラリア(黒幕は中国か?)

かちぢ

No title
大きな事実誤認あり
記紀をよく読んでください
新羅と百済は言語が違う
おそらく民族も違う
そして百済と当時の大和朝廷の人々とは通詞(通訳)無しで意志が通じた
百済の王は日本から来たとの伝承があり、王族も皇族と婚姻関係を多く結んだ
古墳からも日本しか無い木材で作られた棺や副葬品が出土している
墳墓も日本独自と言われた前方後円墳
日本の影響下にあった(あるいは同じ民族だった可能性も)と考えてもおかしく無い
対して新羅は日本とは敵対関係に長くあった
越の国を中心とする白木人(ないし白人)は新羅の事とも言われ朝廷に討伐されては反乱を繰り返してきた
継体天皇は彼らの後押しで即位したとも言われるが、事実上のクーデターのようなものであったことからも昔からの主流派とのつながりは薄い
どっちが日本とつながりが深かったかはわかりませんか?
そういった基本的な事実誤認はねずきちさんの他の論証の根拠をあやふやなモノにしてしまいますよ

写真は語る?

「固定観念」という名の神話を叩き壊せ
日本人は相当「縄文」の血が濃いようです。
例えば、従来あっさりした顔立ちが主流と見られている皇室ですが、100年前の写真を拝見すると、男性は皆、彫りが深く、ベトナム人かポリネシア人か、アラブ人の様なお顔をされています。
平安絵巻の下膨れの顔は、当時の一種の「美意識」の表れであって、実際には、現実離れしていた可能性があります。
過去においては、色黒で彫りの深い顔を「野暮な顔」と看做して蔑んでいた可能性がありますが、今100年前のお写真を拝見すると、なかなかのイケメン揃いに見えますね。

と言うわけで、日本人は、縄文系の血が濃いようです。

100年前の肖像写真が語りかけるセピア色の世界
http://yushodo.co.jp/pinus/61/meijiphoto/photom2.html

まつ星

悠久の国
今日はまた不思議な しかし懐かしいような 世界に旅した気分にさせていただきました。
このあかい漆のくし すばらしいですね。これ一つとっても
縄文時代(祖先)の計り知れない豊かさが伝わってきます。
そのころの言葉 あかは あか と考えていいのでしょうか。日の丸のあか 太陽のあか 日心会バッジのあか
赤心(まごころ) というのもありました。
悠久の我が祖国 はるかなる さやけき風がこんにちまで届いてまいりました。
すべてはだで信じられます、納得です、疑問解決です。
感謝。

たけるくん

時代の名称
さて問題です。

問1 縄文時代の「縄文」とは何でしょう?

これは、皆さんご存知ですよね。
そう、縄文式土器の縄の模様の事ですね。

問2 弥生時代の「弥生」とは何でしょう?

これは、東京の弥生町のことです。
弥生時代の遺跡が、現代の東京の弥生町から発見されたので、この時代を「弥生時代」と名付けました。

その後に続く「古墳時代」には、世界最大級の古墳が、何百個も作られた時代で、間違いなく、巨大な国家や文化があったのに、そこには触れずに、ただ古墳が造られた時代だとしています。

日本の歴史学者によって、いかに日本には大した歴史がないかと思わせる工夫がされています。
日本人が、日本の歴史に誇りを持たないようにする工夫がされています。

大阪人の私にすれば、「安土桃山時代」の名称も不満です。
信長の安土城は分かります。しかし、桃山というのは、秀吉のお墓があるところで、後に、桃の木が植えられたので、桃山と呼ばれるようになり、そこから名付けられています。
この時代は、秀吉が、天下を統一して、大阪城を築いたので、「大阪時代」にするべきであると思います。

左近尉

弥生がシンプルの謎がとけました
>武器を持つと、強くなった気になれる。
働かなくても、人から食い物を奪うことができる・・・ろくでもないことを覚えたものです。

簡単に言ったら、武器を持ってる→強そう!→かっこいい→真似したい・・・で、服装がシンプルになり、土器もシンプルで合理的なものになった。
弥生時代の始まりです。<

新しい切り口の記事で、一気に読んでしまいました。
此の記事も要保存ですネ。

恥知らずで ルール無視。
真央ちゃんの点数と、韓国の妹さんの点差は納得出来ません。

彼らの嘘をついても勝ったが大事の気性は、ここからきたのですね。

http://blog.goo.ne.jp/wagasato/e/76b80f49c0d20189de4407f9c9985e41
に、不寛容で戦好きの民族について、ちょっと書いてみました。

よろしかったら、覗いてみて下さい。

任那日本府
現在は韓国では「任那日本府」が有った時代を「伽那連盟王国」なんて教えていますが、日本府を証明する古墳が出てきたときには「埋め」て仕舞いました。
驚いたのでしょうな・・・韓国戦後教育が全廃の危機ですから、彼等はそんなことを平気でやらかします。

TEXAS

知識武装
西尾幹二の「国民の歴史」にも縄文人の優れた能力が書かれています。 戦後の日教組を主とする教育やらマスゴミによって、何が何でも文化文明は中国~朝鮮から来たと強制的に我々はさらされていたはずです。 大昔は、地軸も今と少し違っていたはずですので、ねずきちさんの話に大賛成です。 ツンドラ地方も、大昔は緑豊かな土地だったはずです。 凍結されたマンモスの口から、キンポウゲの花が見つかっています。 ちなみに、サハラ砂漠も大昔は、緑豊かな土地であったはずです。 

歴史を含めた社会科学は非常に面白く、知識武装になります。

ねずきちさんの話を単行本で、発行出来ませんかね。

たらそ

No title
いつも興味深いお話を有難うございます!
理不尽な事が多い昨今、又怒りのエネルギー渦巻くw
政治ブログの中、心洗われる思いがします。
縄文人の衣装、本当にアニメのコスプレみたいです。
素朴でも美しい装飾品。。。当時の男達は大切な女性を思い、その着飾った姿を想像しながら、心を込めて作っていたのでしょうネ。
職場の近くに、「埋蔵文化センター」なる地元の遺跡からの出土品が展示されている施設がある事を思い出しました。今まで素通りしていたのですが、今度覗いてこようと思います。

ミヤビ

おはようございます☆
縄文時代ってこんなに素敵な時代だったんですね。。
ねずきちさんの説がいいですね。
日本が平和で安全で美しくという伝統は、しっかりと守らないといけません。
素晴らしいお話しありがとうございました。
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ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず

Author:小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず
連絡先: nezu3344@gmail.com
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんのひとりごと」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「奇跡の将軍樋口季一郎」、「古事記から読み解く経営の真髄」などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。

日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
(著書)

『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』

『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦

『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
『ねずさんと語る古事記・弐〜天照大御神と須佐之男命、八俣遠呂智、大国主神』
『誰も言わない ねずさんの世界一誇れる国 日本』
最新刊
『ねずさんの奇跡の国 日本がわかる万葉集』
近日発売
『日本書紀』(タイトル未定)

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