伊58潜水艦と原爆のお話



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伊58潜水艦
伊58潜


我々は旧日本軍は非科学的,非人道的であったように教育されてきました.そしてアメリカの勝利は正義と民主主義の勝利であったように語られています。

日本側の激戦に関する報告や体験談はほとんど語られず、生き抜いた元軍人たちの証言は、反日的、反国家的な偏向を持つ者のものだけが紹介され、当時、真剣に国のために命を捧げようとした人々の話は、まるでスルーされてきました。

以前、舩坂弘さんの活躍を≪ランボーは日本人だった!舩坂弘軍曹物語≫という記事でご紹介させていただきましたが、その舩坂さんの書いた本に、次の記述があります。

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われわれとともに戦い、散っていった戦友たちを思うとき、私はこの師団に所属したことを誇りに思わないわけにはゆかない。

戦後、軍隊に対する一方的な批判や、あたかも太平洋戦争の犠牲者を犬死となすような論がしきりになされた。

だが、それらはいずれも軍隊において落伍者出あった者のするインテリ兵の時流に乗った発言であって、当時の私たち青年は純真素朴に「故国のために死す」ことを本望として敵軍に突入していったのである。

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役立たずのインテリ兵の「時流に乗った発言」は、戦後のGHQによる宣撫工作や、まともな人の公職追放などを受け、「単なる非常識」の「腰ぬけチキン」の発言が、普通ならあり得ない市民権を得たというのが戦後の日本であったろうというのは、巷間、よく言われていることです。

たとえば特攻にしても、いまだに多くの「保守」を自称している方々ですら、初期の頃の特攻は効果があったけれども、後期はほとんど撃墜されて効果がなかったと信じている人がいます。

しかし、アメリカ公文書館が時限切れで公開したウォーダイヤリー(戦闘記録)によると、特攻攻撃によって、なんと六割近くの艦船が突入被害を受けていると書かれている。

しかも被害を受けた船は、大破により廃棄と発表していたけれど、ウォーダイヤリーによると、そのほとんどすべてが、実際は沈没、または使用不能艦となっていることが確認されています。

ウソも隠しもない、これが事実です。

以前、「回天」のことも書きましたが、「回天」については、昭和20年8月15日の終戦の日、米政府は「回天特攻中止」を特別に日本側に申し入れています。
それだけ被害が甚大であると恐れられていたのです

南方戦線の島々での玉砕戦でも、いまわれわれが入手している各種数字は、島への上陸作戦の初日の戦死者は、上陸作戦の戦死者として数えずに、行方不明者としてカウントする。

戦闘記録フイルムに数百の十字架が建っていても、戦死者は、百名近くと発表する。
島での戦没者は、戦後すぐに、アメリカに移送する。
実際の被害が見えないようにする。

一方で原爆投下については、狂気となっていた日本軍部に対して、いちにちもはやく戦争を終わらせるために原爆を投下したと、きれいごとで誤魔化そうとしていました。

ところが、実際には、空母機動部隊の指揮官として戦艦武蔵を沈めるなど日本海軍を敗北に導いたハルゼー提督が、次のように語っています。

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広島、長崎への原爆投下は、明らかな間違いである。
原爆は多数の ジャップを殺したが、ジャップは、それよりかなり前からロシアを通じて和平の打診をしていた。

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和平工作に関しては、≪斬っても突いても死なない男、鈴木貫太郎≫で、実際に日本は終戦の半年前から、必死の和平工作をしていたのが事実です。

当時の情勢を振り返れば、昭和二十(1945)年三月には、硫黄島が占領されています。

制海権、制空権を失った日本は、連日B-29によって都市爆撃を受けていた。太平洋側の主だった市は、ことごとく米軍の艦砲射撃によって壊滅的打撃を受けています。(おかげでウチの実家も焼け出されました)。

筆者は少年時代を太平洋側の地方都市で過ごしましたが、子供の頃、中心街のいたるところに防空壕が残っていました。

遊び場にしていた近所の広場は、ある日、防空壕跡の陥没で、突然穴が空き、山を切り開いて市街化のための区画整理をすると、そこここに、防空壕跡の穴が、まるで虫の巣のように空いていた。

昭和二十年の日本の石油の輸入量は、ゼロです。
軍需物資の備蓄も使い果たしていたし、昭和二十年四月の戦艦大和出撃以降は、軍艦を動かす燃料もなかった。

首都防衛のための厚木飛行場の戦闘機は、墜落させたB-29から燃料を吸い出して、ようやく飛行機を飛ばしていた。(このB-29から抜いた燃料の方が、備蓄していたガソリンよりもはるかに精度が高く、飛ばす飛行機の調子もよかったそうです。

大都市の軍需工場は破壊され、都市自体が灰燼に帰し、食糧も底を尽き、産業基盤も生産能力もない。それが当時の日本の実情だった。

六月の沖縄戦の終了後には、ブラッドレー米国統合参謀本部議長は、次の報告書を大統領に提出しています。

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日本は既に事実上敗北しており、降伏を準備している。

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スチムソン陸軍長官によれば、日本は昭和二十年七月の時点で

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すでに日本の海軍、空軍兵力は 事実上存在しない。
残っているのは進攻艦隊に、こうるさく抵抗する程度の戦力である

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と述べています。

終戦後の昭和二十年九月に日本に訪れた、米国戦略爆撃調査団も、

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たとえ原爆が 投下されなかったとしても、ソ連が参戦しなかったとしても、本土上陸作戦が行われなくても、日本は非常に高い確率で九州上陸作戦の決行予定日である昭和二十年十一月一日から、十二月三十一日までの間に、確実に降伏したであろう

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という最終報告書を、トルーマン大統領に提出しています。
(U.S Strategic Bombing Surbey,Summary Report ( Pacific War ) ,1946、の26頁)


そんな状況下で、なぜアメリカは日本に原爆を投下したのか。

それについて、歴史学者 バーンスタインは、次のように述べています。

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日本への原爆投下は「ソ連を威嚇すること」が根本理由であり、ソ連の影響力が日本、満州、China、朝鮮に及ぶことを阻止するために、いわばソ連に対する威嚇攻撃として、日本に原爆を投下した。

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ソ連に対抗するために、日本に(?)、なにやらおかしな話に思えるかもしれません。

なので、もうすこし詳しく述べると、ソ連に対抗するために、核による報復攻撃を受ける心配がない日本に、原爆を投下した、ということです。

核は、いまも昔も、使えない究極の兵器です。
相手国が核を保有していたら、報復攻撃を惧れ、核は使えません。

だから、その時点で、絶対に報復攻撃の心配がない・・・すでに日本近海ですら制海権、制空権を失って満身創痍となっている日本・・・に原爆を落とすことで、ソ連に対する威嚇を行った。

戦争は、常に政治的産物なのです。
戦闘行為には、つねに政治的目的がある。

このことは大変重要な事実を示唆しています。

つまり、核のない大国は、それだけで国民を核の危険に晒している、ということです。

まさか、と思うかもしれませんが、実際、日本に核は投下されています。
あの時点でもし、日本が核を持っていたら、アメリカは日本に核を落としましたか?

さらにいえば、当時アメリカは、日本の主要都市11カ所に、連続して原爆を投下する計画でいました。

原爆は、当時のお金で二十億ドルという巨費を投じて開発された兵器です。
いまの相場に換算したら、一兆円くらいの巨額の資金です。

そして、これも日本ではあまり語られないことですが、広島に投下された原爆と、長崎に投下された原爆では、その種類がまったく違います。

広島上空で投下された原爆( リトルボーイ )は、ウラン235型原爆です。

長崎で投下された原爆(Fat Man)は、プルトニウム型の原爆です。

そしてこの二度にわたる原爆投下は、原爆開発のマンハッタン計画を担当した ロス・アラモス研究所の公式記録によれば、 史上二度の「原爆実験」とされています。

あくまでも「実験」です。

で、被害の実態が詳しく記録された。

広島で二十万人、長崎で七万四千人の非武装の市民を無差別に殺した原爆は、アメリカにとってはあくまでも「実験」だったのです。

要するに、日本人は対ソ戦略作戦のための原爆実験のモルモットにされたわけで、だからこそ、すでに半殺しにされ、抵抗力が奪わ、反撃の可能性のまったくない日本が、原爆投下のための実験場所に選ばれた。

戦略的には、最早原爆を落とす必要すらなかったのです。

要するに、アメリカは、「戦争を早く終わらせるために原爆を投下」したのではなくて、ソ連の参戦が間近なので、早く原爆を投下しないと日本が降伏して戦争が終わってしまう。だから≪戦争が終わらないうちに≫大慌てて原爆を投下したのです。

実際、原爆を米国本土のカリフォルニアの軍港からテニアン島に運んだ、米重巡洋艦インデアナポリスは、西海岸からテニアンまでの一万二百キロを、わずか十日で、走り抜けています。

平均時速54キロ。当時としては猛烈な高速です。
要するに大急ぎで運んできた。

はやくしないと、戦争が終わっちまうからです。

ちなみに原爆投下のためのマンハッタン計画は、投下の2年前である昭和十八年にはできあがっていますが、その全編を通じて、ドイツ、ヨーロッパ戦線に使われる予定はまったくありません。

つまり、対ソ戦略上必要な「原爆投下による人体実験のため」、広島、長崎に原爆が投下された。

当時、有色人種はヒト(人間)ではなかったのです。

東京裁判でオランダの代表判事をつとめたレーリンクは、アメリカが日本に原爆を投下した理由を次のように述べています。

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ナチスドイツはユダヤ人を人間として扱わなかった。
同様に米国も 日本人を人間として扱わなかった。

連合国の国民(白人)は、有色人種を、昔から人間以下とみなすように教育されてきた。

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ついでにもうひとつ。

当時の アメリカの雑誌タイムに書かれた言葉です。

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普通の日本人は知性が低く、無知である。

たぶん人間なのだろうが、 人間であることを示すような点はどこにもない。

~~~~~~~~~~~~~

これが日本人に対する考え方だったということです。

ちなみに、日本に投下する原爆を大急ぎでテニアンに運んだ米重巡洋艦インデアナポリスは、任務終了後、フィリピンのレイテ湾に向かう途中で、日本の伊五八潜水艦が撃沈しています。

昭和二十年七月三十日、午前0時14分のことです。

すこし溜飲が下がるお話なので、最後にそのときの戦記を添えておきます。

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伊号第五八潜水艦は、昭和一九年九月に乙型二九隻の最終艦として竣工された潜水艦です。

なんと最新鋭のレーダー装備を完備。(レーダーは米軍だけの専売特許ではありません。そもそもレーダーの開発者は日本人の八木秀次博士です)

さらに人間魚雷回天を搭載した新鋭艦です。

昭和二十年七月十八日、「回天・多聞隊」6基を搭載し、山口県の平生基地を出撃した伊五八潜水艦は、出撃して十日目に、レーダーで敵、大型タンカーと駆逐艦を発見し、回天二基を発進させます。
そして駆逐艦一隻を撃沈。

次いで伊五八潜は、東カロリン諸島方面に向かいます。

艦内は、まるで蒸し風呂のように暑かったといいます。

昭和二十年七月二九日午後十一時、月の昇る時刻に合わせて、潜望鏡深度に浮上した伊五八潜は、月明かりで洋上を視察。

続いてレーダーで上空の敵機を探るも、反応なし。

「浮上する、メインタンク・ブロ~」

橋本以行(はしもともちつら)艦長の令に静かに浮上した艦橋に、航海長、信号長、見張員が駆けのぼり、素早く九七式12cm双眼望で、洋上を探ります。

当時のレーダーは、捕捉距離が1万2千メートル。つまり、約12kmです。視界があれば目視の方が、遠くまで見渡せる。

「左前方に何か発見」見張り員が叫びます。

航海長もそっちの方角を探る。
月明りの水平線に、点のような艦影一つ発見。

橋本艦長は、直ちに「潜航」を命じます。
潜行しながらも、橋本艦長は黒点をしっかりとらえています。
黒点はやがて、次第にハッキリし艦影を現す。

敵艦です。

薄暗い月明りの中で、なんと一万メートル以上の距離で、敵のレーダーより先に敵艦を発見、捕捉しています。日本の見張員はものすごく優秀なのです。

重巡洋艦インダナポリス
インディアナポリス


艦長が静かに命じます。

「魚雷戦用意」

続いて、「回天用意」の号令もかかる。

敵艦はまったく気づきません。
対潜警戒のジグザグ航行もない。
こっちに真っ直ぐ進んできます。
周りに護衛艦もいない。

そのうち艦橋が確認できる距離にまで近づきます。
敵の重巡洋艦です。

この明るさでは、性能の低い潜望鏡しかない回天では、命中は厳しい。
橋本艦長は、この時点で、通常魚雷による攻撃を決断します。

距離、約四千メートル。

敵は、進路を少し変えます。
これだと、真上を突っ切られる恐れはありません。

むしろ好射点です。

艦長は潜望鏡で標準を合わせながら

「魚雷発射管6 発射始め」

と命じます。

それぞれの乗組員は、敵艦の速度、方位、距離を測定し、諸元を調整します。

狙いは艦橋にです。

距離千五百メートル。

射程にはいります。

「よーい。てっ~!!」

艦長の号令一下、6本の魚雷は2秒間隔で発射され、扇型に開きながら敵艦めがけて進んでいきます。

しばらくの静寂のあと、潜望鏡を覗く橋本艦長の声が響きます。

「命中!」

一発目は一番砲塔の真下に命中。
二発目は二番砲塔に命中。
三発目は艦橋付近に命中です。

その光景を第二潜望鏡(夜間航海用)で視認した艦長は、他の乗員にも潜望鏡を覗かせ、確認をします。

しばらくすると、三発の衝撃波。

次に発射する魚雷装填のために、伊五八は、ひとまず潜航します。
装填を終えて、潜望鏡深度に浮上すると、敵艦の姿は既に洋上にない。

この間、わずか一二分です。

橋本艦長は、艦隊司令部に打電を命じます。

「ワレ伊五八潜、ヤップ島北西方 北緯12度02分 東経134度48分ニオイテ アイダホ型戦艦ヲ撃沈ス」

このとき撃沈した船が、日本に二発の原爆を落とした敵の重巡洋艦インディアナポリスでした。

ちなみに、大東亜戦争で、日本が撃沈した米軍艦船は、350隻以上にのぼります。
そして戦績は、初戦の驚異的強さを誇った時期だけでなく、ミッドウエーで敗れ、海軍力を大幅に低下させ、制海権すらなくなった中ですら、継続して戦績を挙げています。

そして、米軍の攻撃対象がもっぱら輸送船だったのに対し、日本の艦船の攻撃対象は、必ず、軍船に向けられた。

日本は、敗色濃くなった戦場ですら、国際法規を遵守して戦ったのです。

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伊号第58潜水艦の数奇な運命


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コメント

伊400

No title
伊58のお話ありがとうございました。非常に勉強になりました。
伊58と離れて恐縮なのですが、S20年の日本が継戦能力がなかったのは誰もがわかっていたと思いますが、あなたのブログを見て日本軍が我々が理解している以上の出血を米軍に強いていたことも知りました。
S20年2月の近衛上奏文に対して、昭和天皇が「最後の一撃」論に拘ったのも誤った情報によるものではなかった可能性もあり得ますね。
硫黄島や沖縄戦などで手ごたえを感じた陸軍軍人も多かったかもしれません。
鈴木貫太郎が「ポツダム宣言」としたのも本土決戦派に配慮してのことです。
米内光政の「原爆は天佑」、鈴木貫太郎、木戸幸一らも「原爆は非常に好都合」ととらえ、本土決戦を避けご聖断を引き出しています。
原爆が2発落ち、ソ連参戦後の上に、ご聖断が下ってからも、将校が玉音盤を奪いに来たり、阿南陸相が命がけでクーデターを止めたり、宇垣纏が道連れを連れて特攻したりいろんなことがありました。
また、ソ連は終戦後も侵略を続け、北海道の手前まで来ています。
私は広島、長崎の犠牲者、満洲の犠牲者は日本分割統治や沖縄戦のような本土決戦の犠牲者を減らすための尊い犠牲と考えざるを得ません。
ちなみにうちの祖母姉妹は被爆してます。明治生まれの祖母は90代後半でなくなりましたが、3人の妹たちは90代で頭もしっかり健在です。

義本和也

伊58潜
私の伯父が伊58潜のバッテリーの機関員だったそうです。
20歳位ですから、それこそ決死の覚悟だったと思います。
もし、橋本艦長でなかったら、生きて帰って来れなかったと思います。
しかしながら、戦争の話は聞けずじまいで先日亡くなってしまいました。
もう少し、ちゃんと話を聞いておかばと後悔しております。


遠藤

No title
シベリア抑留に関しては終戦間近に関東軍司令官と大本営参謀(瀬島龍三、辻正信)がロシア極東軍司令官と密約(戦後補償の代わりに日本人捕虜を強制労働させることを認める)を結んだということを祖父(当時朝鮮軍兵事課長、エラブカ将校収容所にて抑留)から聞いたことがあります。

bingo

NHKは、シベリア抑留に関しても歪曲報道
5月25日、7時30分からのソ連による抑留を日本政府が、いかにも責任があり保障をすべきだと云うような報道をした。

シベリア抑留は、当時のソ連が、日本の敗戦を見極め、日ソ不可侵条約があったにも係わらず、南樺太、北方領土、満州などに武力侵攻し、国際法違反の中で、日本人を大量に強制労働させた末の悲劇である。


これを、NHKは、いかにも当時の日本帝国政府の責任のような印象で報道し、自虐史観をもって、辺見じゅんなる、日本人かどうかも分からない女性を証人のように出し、いかに当時の日本政府のせいだと云うばかりの報道であった。そして、その遺族に日本政府が罪を認め、そのために慰謝料を払えとの論調である。まったく、真実の歴史ではなく、怒りを感ず。

自分の親戚筋にもシベリア抑留され、遺骨が戻っていない者がいますが、NHKの報道は、当時の日本を責める内容で、ソ連、ロシアの非道な行為を問うものではない。

まったくの捏造とも云うべき報道で、NHKの報道は、工作されているとしか云いようがない。誠に腹立たしい。台湾に関する歴史捏造も問題であるが、明らかにNHKは、何らかの工作を受けているとしか思えない。

坐忘

雪風に続き伊58潜のご紹介を有難うございます
ひょっとして、雪風のコメントで伊58に触れたことに早速お応えくださったのでしょうか。
いつもながら多方面からのご考察とリアルな戦況が盛り込まれた分厚いご文章を堪能させていただきました。
爆沈させられる艦をカメラの前で初見で艦長に見せつけるとはむごいことをしますね。
ごく自然に瞑目されたお姿を見て胸が詰まりました。
重巡インディアナポリスは大役を終えた帰投の最中で、慢心のせいか魚雷回避行動を取らなかったことが致命傷となりましたね。
戦後ずっとこの回避行動が無かったことで米国内で裁判が行われ、橋本艦長は宮司職をされながらも何度か証言に行かれた映像が残っていますね。
嗚呼、それにしても原爆の被害の大きさよ。無辜の命を一瞬にして何十万も奪うとは、、、。
あまりの被害の大きさに日本の神々も日本総鎮守府大三島神社と同じご祭神を戴いた神社を出自とする人物をせめて艦長としてお遣しになったのでありましょうか。
核を搭載した原子力潜水艦のシミュレーションでは、漫画ながら「沈黙の艦隊」が印象深かったです。瀬戸内に生まれた著者の渾身の力作でした。

一有権者

No title
左翼撲滅。いくら憲法九条を後生大事に日本国が守っても日本を侵略する意図のある国は攻撃を辞める訳がない。
かえって反撃できない日本国の状況を見て大喜びするだけ。最近の中国軍の行動にそれが示されている。

左翼と称される考えの人達は反米運動には熱心だが
中国、南北朝鮮の日本国に対する干渉や侵犯行為には
なぜか批判も非難も全くしない。

これらの事を勘案するに日本の左翼とは左翼にあらず、
売国奴と呼ぶのが相応しいだろうね。
個人の考えとしてアメリカにももちろん反対すべき事がたくさんある事は承知している。
しからばアメリカのみならず中国、南北朝鮮の日本国への侵犯行為へも非難、抗議及び実力を持って排除するくらいの気概を持つ事が必要です。

なぜか左翼と呼ばれる人達はアメリカには気合を入れて抗議するが、中国、朝鮮にはしないのだ。?

愛信

たちあがれ日本 サポーター募集のお知らせ
たちあがれ日本 サポーター募集のお知らせ

いま、日本があぶない。 
平成22年4月10日、私たちは、混迷する政治情
勢の中で何としても日本を復活させたいという決意
のもと、「たちあがれ日本」を結党しました。
多くの方々に私たちの主張をご理解いただくため、
皆様の家族・親族や友人・知人をご紹介いただき
ますよう、お願い申し上げます。
「サポーターご紹介名簿」の作成はこちらをクリックして【印刷】して下さい。
http://www.tachiagare.jp/pdf/supporter.pdf

【置きビラの掲示板】
http://www.aixin.jp/axbbs/kzsj/kzsjb.cgi
【置きビラ・タイトル一覧】はこちらをクリックして下さい。

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西田議員、舌鋒鋭く「解散して民意を問い直せ」
参議院インターネット審議中継
http://www.webtv.sangiin.go.jp/webtv/index.php
2010年05月20日 外交防衛委員会 西田昌司(自由民主党)

愛信

口蹄疫!安愚楽牧場(あぐら牧場)の隠ぺい工作を旬刊宮崎が報じる
http://blogs.yahoo.co.jp/tomky55/archive/2010/5/20?m=lc#14531275


紙面で報道されたことにより口蹄疫問題の安愚楽
牧場にまつわる話は、根拠のない噂ではなくなった。
全国紙は、この旬刊宮崎の勇気ある報道を見習う
べきだ。この新聞記事を埋もれさせてはいけません。
皆さんのブログが、全国紙の代わりになるのです。
どうぞ、多くの人の目にとまるように拡散のご協力
をお願いします。転載・コピペ(必要な部分だけの
コピペも可)・リンクフリーです。

【マスコミ隠蔽の掲示板】
http://www.aixin.jp/axbbs/kzsj/kzsj4.cgi
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杜若

No title
核兵器とは必要とされなくなるまで無くなる事はありません。
科学が進歩すれば、核融合と核分裂は必然的に発見されるものです。
人類は、今ちょうどその時に差し掛かっています。核兵器をなくすには、この世から人間の葛藤と反発、個人の対立、嫉妬、憎しみが根絶されることが要件となる。対立という概念がなくなるとき、核兵器も無くなるでしょう。

では、そんなことが可能なのでしょうか?
人間は、誰しも感情を持ち合わせており、それを理性でコントロールしています。
しかし、コントロールしきれないからこそ争いがおこる。

だから、核兵器がいったん出来てしまい、その製造方法が周知されている今日、核廃絶などはむなしい叫びに過ぎないのです。

これを無くすには、やはり科学でもって、それを無力化するようなシステムが構築できることを待つしかありません。それが一つの人類の課題でしょう。(しかし、こういったシステムを喜ばない方々もおられることも承知しておくほうがいいかもしれません。)

オバマ大統領が核廃絶を唱えようとも、世界中の知識ある人間なら、そんなことは絵空事でしかないことを知っています。

オバマ大統領が言いたいのは、余分な核兵器は無駄だから必要な分のみにしようという呼びかけではありませんか?
人類を数度も絶滅させるほどには必要ないということでしょう。

左巻きの方々が、核廃絶を叫ぶのは別にかまいはしませんが、ただ、感情的にそれをごり押しするのはよくありません。

核兵器を持たない政府が核廃絶を情に訴えて、いかに叫ぼうとも、国家を預かる各国の首脳にとっては、単なる雑音にもなっていないし、聞いてもいないでしょう。

もし仮にも、核廃絶を目指すなら、我国も核を持たねばなりません。そうしなければ世界に対する、発言力などなきに等しいのです。今、我々がすべき事は、核兵器の廃絶ではなくて、厳重な管理なのです。そしてそれに対する発言権は核兵器を所有する事なのです。

左巻きの諸君。そういったことも考える頭を持ちましょうね。

中共に
右翼撲滅さん。
中共にも言ってやって下さい。日本が「核」を持つとでも言うと一番反対するのはNGOよりも、「中華人民共和国」が反対してくれますよ・・ご安心のほど。

右翼撲滅

No title
日本には安保条約にもとづき強大な米軍基地がおかれ、太平洋・インド洋への出撃拠点になっています。戦時における米軍基地への核持ち込みの密約の存在もこの数年で明らかになっています。つまり、イラク攻撃がはじまるならば、軍事同盟を結ぶ日本は、アメリカの核戦争の基地になる現実的危険性を大きくはらんでいるのです。安保条約の存在こそが、日本政府が被爆国でありながら、核廃絶へのイニシアチブを発揮できない制約であり、アメリカの核戦略に協力する根拠となっているのです。核使用を防ぎ、核廃絶をすすめるためにも、安保条約の廃棄が必要です。安保条約を廃棄すれば、被爆国として、憲法9条をもつ国として、核兵器廃絶と世界平和にむけ、積極的な国際的イニシアチブが発揮できる日本にできます。

 日本の被爆者は世界で核実験がおこなわれる度に原爆の碑の前で座り込みを繰り返し、今回のアメリカの核先制攻撃発言にも抗議の座り込みをおこないました。「黙っているわけにはいかない」--被爆者たちの怒りと執念と願いを、今、私たち日本の青年が受け継がなくては…。
 私たちは、核問題について学ぶと同時に、反核の世界的NGOである日本原水協に加盟し、世界で取り組まれている「ヒロシマ・ナガサキからのアピール署名」を集めています。あなたもぜひ、平和をつくる輪に加わってください。

愛信

民主・小林千代美氏、北教組事件で議員辞職へ
民主・小林千代美氏、北教組事件で議員辞職へ

http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/100520/crm1005201053007-n1.htm

首相、小沢氏の問題再燃も今国会の会期末は6月16日。小林氏が国会閉会後に議員辞職すれ
ば、公選法の規定により衆院北海道5区の補欠選挙は10月24日となる。
小林氏が議員辞職すれば、「政治とカネ」の問題を抱える鳩山由紀夫首相と小沢一郎幹事長の
責任論が再燃する可能性がある。

【経済・政治の掲示板】
http://www.aixin.jp/axbbs/kzsj/kzsj.cgi
【政治・経済タイトル一覧】はこちらをクリックして下さい。

たけるくん

No title
動画を見て最後のところで笑ってしまいました。

アメリカの潜水艦は、反撃してこない補給船や一般商船だけを狙って攻撃していました。

だから、伊58潜水艦に重巡洋艦を撃沈されてよっぽど悔しかったのですね。
もはや戦うことのできない潜水艦を砲撃して撃沈するなんて。

-

No title
違う話ですみません。
気になる話がちらほらです。
韓国が民主党に韓国牛輸出を打診・・!
しかし韓国は口蹄疫農政汚染国、日本は清浄国、
汚染国~清浄国への輸出は出来ない・・!
汚染国~汚染国は輸出OK
民主党閣僚の宮崎放置にはこんなカラクリ・・!
私腹と祖国の為に
日本農政と無垢な命と国民を犠牲にする汚い政権与党・・!
噂です・・!

探索

最後に沈んだ米艦
護衛駆逐艦ロッシュは日本の降伏を確認していない日本軍潜水艦に対する警戒、対潜哨戒任務に従事した。
9月22日、ロッシュはフローレンス・ナイチンゲール(USS Florence Nightingale, AP-70) の護衛として東京湾に向かう。
突如艦の後部で大爆発が起こり、再び爆発が続いた。艦は戦闘配置を行ったが、爆発は浮遊機雷によるものであった。
船体後部の鋼材は大きく捻れたものの、修理班による迅速な処置で、付近の防水ハッチは全て閉じられ、防水を維持するため人為的に左舷に傾斜された。
爆発により3名が死亡し、多くが負傷した。10名がフローレンス・ナイチンゲールに移乗させられ、ロッシュは ATR-35 によって牽引された。
戦艦ミズーリ(USS Missouri, BB-63) 艦上で降伏調印が行われた15日後にロッシュは東京湾に入り、テラモン(USS Telamon, ARB-8) に係留された。
10月18日にロッシュは検査が行われ、修理を行うには費用がかかりすぎると判断された。
ロッシュは廃棄処分が決定し、1946年3月11日に横須賀沖で海没処分された。ロッシュは1946年6月5日に除籍された。
[編集] 関連項目
第二次世界大戦中のアメリカ海軍の喪失艦一覧
[編集] 外部リンク
history.navy.mil

人種差別
根本には人種差別「ジャップ」は人間では無い「猿」の感覚でアメリカ人は差別をしています。黒人などは大東亜戦争では銃さえ持たされず、後方補給業務が政一杯、単独で飛ぶ戦闘機の要因には末期には登用した。
原爆投下は、2つの種類の実験で有る事、加えてアメリカ軍事力の広報で有る事は間違いないでしょう。

杜若

No title
リンク先の回天の記事も合わせて読ませて頂きました。

特攻については、実のところ、ねずきちさんのおっしゃるように保守の旗を掲げはしても、納得できない部分もあるのは確かです。以前、このブログで、特攻の人命軽視(特に回天)について、コメントしたことがございまして、皆様からさんざん諭されました。
そのときのコメントは、我侭ではありましたが、削除していただきました。自分でも考えがまとまっていませんでしたし、ふらふらの心だったからかもしれません。

当時は今とは、時代が違うし、私たちの考え方にも必然、制約がかかっています。また、知っている情報もかたよったものかもしれません。だから理解しがたい部分が、心の片隅に残る。


尊い、価値ある命だからこそ大事にしてほしい。
しかし、人間とは不思議なもので、命を大事にする生き方が必ずしも肯定されないことです。
人命救助の為に、一命をなげうつのは尊い行為であって、誰もそれに文句を言う人はいません。

当時の若者が捉えた世相のなかで、彼らは積極的に自らの命を投げ出した。
これは、尊いことです。人命救助の為に投げ出した命と変わりは無い、、。と思います。

今の、世相から発せられる情報(特にテレビ)を鵜呑みにしていては、この先この国土を子孫に残せないかもしれません。
先の戦で命を投げ出された方々の願いは、愛するもの達の拠って立つ国土を、国を残さんが為であった事を肝に銘じたく思います。

核兵器に対する、考え方は、まさにねずきちさんのおっしゃるとおりでしょう。
暴力をふるうに、後顧の憂いがなければ好き勝手が出来るのは当たり前のことで、なんの反抗もできないと確信されればどんな非道も受けざるを得ないのが国際社会の力学というものでしょう。

そういった事を鑑みる時。
今の民主党の政策は最悪です。昔は、衆愚政治が謳われましたが、今時は逆です。政治家が愚民化しています。
これ以上、民主党に与党を続けさせてはほんとうにこの国は滅びます。
文章が、ちょっと支離滅裂ですね。考えが纏まらない時は仕方ありません。失礼しました。

-

No title
レーダー開発は日本人ですけど軍に理解されなくて配備されなかったんですよね?

たらればはダメですけど残念です

?

No title
「自分はアメリカで、日本兵はサルみたいな者だと教育を受けたが、そんな事は無かった。目つきはわれわれアメリカ兵と全く同じだった。」

沖縄で日本兵と実際に戦ったアメリカ兵が、こんな様な事を書いていました。また「よく訓練されて、身体能力が高い、、」など、日本軍をを褒める?様な報告もされていたようです。


日本のサヨクの本よりも、アメリカ兵の書いた本のほうが日本軍のことが良く分かると思います。

町工場の親方

本日の文を拝見して。
>役立たずのインテリ兵の「時流に乗った発言」は、戦後のGHQによる宣撫工作や、まともな人の公職追放などを受け、「単なる非常識」の「腰ぬけチキン」の発言が、普通ならあり得ない市民権を得たというのが戦後の日本であったろうというのは、巷間、よく言われていることです。

>ナチスドイツはユダヤ人を人間として扱わなかった。
同様に米国も 日本人を人間として扱わなかった。

その通りです。原爆投下、3月10日の東京下町の空襲、はその代表的行為ですが、死者の数は少なかったものの残虐極まる行為に、
動物並み、人間扱いしなかった、典型的な例が、機銃掃射です。
戦闘機による低空からの機銃掃射で、学校帰りの小学生、中学生、女学校生徒を殺したことです。
戦闘法規に反する最たるものといえましょう。
私の知人も房総南部の疎開先で、学校帰りに機銃掃射を受け、逃げ回った経験を話していました。
石原東京都知事も中学生時代その経験をして、救われた感動的な文章を書いています。
機銃掃射を受け、一回目は逃げ延びたものの、機首を翻し再度麦畑の中で襲われたときは、遮蔽物もなく完全に死を意識したところ、突然米戦闘機が去っていったので空を見たら友軍、(日本軍)、の飛行機が飛んできたため逃げていったそうです。その米軍機を追う日本の軍の戦闘機の翼にひらめいた日の丸を見たときの感動は、終生忘れられぬものである、と述べていますが、その文章を読んだときは涙が出ました。

次に私の最も許せぬ日本人について、9年前に、「朝日新聞を叩き潰す掲示板」、に、書いたものをご紹介いたします。

【私の最も許せぬ人間】

「朝日新聞をみんなで叩き潰す掲示板」---平成13.10.31.

【ポンコツ天声人語】・・・コアラのマーチ

>本島元長崎市長

あいかわらず、(朝日は) この人間を美化しているな。わざわざ昭和天皇が危篤のときに、「天皇の戦争責任」、をぶち上げたイヤラシイ奴だ。
「南京大虐殺」、等を引っ張り出してきて、「日本人の遺伝子には残虐性がすりこまれているとしか思えない」、とほざいたのもコイツである。相当に偏狭的な人物だ。こんな発言に象徴されるような寛大な人間ではない!

【私の最も許せぬ人間】・・・町工場の親方

コアラのマーチ様、「築地」、は本島ごときを美化していますか。

私の手元に一枚の紙があります。

《原爆投下・東京大空襲を容認するー前長崎市長》

『本島発言対する共同抗議声明』

前長崎市長・本島等氏は、本年7月29日の共同通信社のインタビューや同月31日の産経新聞の取材に、「原爆は落とされるべきだった。(満州事変から終戦までの)、15年間にわたるあまりに非人道的な行為の大きさを知るに従い、原爆が日本に対する報復としては仕方が無かったと考えるようになった」、「東京大空襲や沖縄戦も同じだ」、などと発言しています。
これは、原爆投下や東京大空襲、さらには沖縄戦における犠牲者を冒涜し、米軍の民間人虐殺も正当化する暴言であり、私たちは、ここに共同して、本島氏に対し強く抗議します。
本島氏の発言は、原爆の投下や東京大空襲がなぜじっこうされたのか、という歴史的検証から逃避し、ただ単に、連合国側の加害・残虐行為を全く不問に付した東京裁判の、「勝者の論理」、に完全に追従したものにほかなりません。
昭和21年、連合国の手によって開かれた東京裁判においては、敗者である日本のみが一方的に裁かれ、勝者である連合国側の戦争犯罪や国際法違反行為は全く裁かれませんでした。この為、「勝てば全てが許される」、という悪しき前例が生まれ、国際法に違反した原爆の投下や一般市民の大量虐殺も容認されるようになったのです。東京裁判で原爆投下が裁かれなかったため、核兵器の保持・使用は正当化され、その後恐るべき核軍拡・核拡散の中で、私たち人類は核兵器の恐怖に脅えなくてはならなくなったのです。同じく東京大空襲などの連合軍の残虐行為が裁かれなかったことがベトナム戦争やユーゴ内戦などでの残虐行為の横行をもたらしたのです。こうした東京裁判昨に対する批判が外国の識者の中で高まってきたことが、昨今の国際司法裁判所の画期的な、「核兵器違法判決」、や国際刑事裁判所の設置決定を生んだのです。日本軍の残虐行為を理由に原爆の投下を正当化してきた東京裁判の考え方に対する反省が、ようやく国際社会で認められるようになったのです。
その意味で、本島氏の発言は、国際的に克服されようとしている東京裁判の論理に相変わらず立脚して日本の、「非」、のみを責めることによって、国際法による公正な世界を造ろうという、今ようやく始められた国際的な努力を阻害するものにほかなりません。
私たちは、本島氏の発言に強く抗議するとともに、核兵器もなく人類全てが平和で安心して暮らせる世界の構築に寄与していく一つの確かな手立てとして、原爆投下容認論にもとづいた原爆資料館・平和祈念館の、「加害」、展示を是正、いかなる事情があろうとも原爆投下や市民大虐殺は国際法上許されないとする国際世論の創出に努めることを、改めてここに決意いたします。

平成10年8月6日

           平和祈念館を正す都民連絡会

          長崎の原爆展示をただす市民の会

イデオロギーに狂った、左翼の非人間性、冷酷さには心底ゾッとします。
あの時代を一生懸命に生き、生活していた日本人、同胞の犠牲者に対する思い、同情はカケラもありません。
私には敵国よりも、国内にいる、こういう手合いが何とも許せぬ気持ちです。
こんなのを評価、美化する、「築地」、(朝日)、の下劣さに一層の怒りが湧いてきます。

イデオロギーに狂った、本島の同類項のような憎日人間が、日本人全体としては少ないものの、マスコミ、出版、教育界、左翼・鳩山民主党の事務局などには大勢います。
今後、日本国内は思想的に、内戦状態になると考えます。



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小名木善行(おなぎぜんこう)

Author:小名木善行(おなぎぜんこう)
連絡先: nezu3344@gmail.com
電話:080-4358-3739
出身:静岡県浜松市
住所:千葉県野田市
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんの学ぼう日本」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「明治150年真の日本の姿」、「日本と台湾の絆」、「奇跡の将軍樋口季一郎」、「南京事件は4度あった」、などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。
日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
《著書》
『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』
『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦
『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
『ねずさんと語る古事記・弐〜天照大御神と須佐之男命、八俣遠呂智、大国主神』
『誰も言わない ねずさんの世界一誇れる国 日本』
最新刊
『ねずさんの奇跡の国 日本がわかる万葉集』
『ねずさんの世界に誇る覚醒と繁栄を解く日本書紀』

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